国境の街ガレス
国境の街『ガレス』。
東大国『イース』と南大国『グランディア』の国境沿いに作られた街だ。
互いの国境が接している為、両大国の人種が入り乱れておりその規模は国境間の動きの監視として作られた当初からは比較にならないほど大きくなり、今もその勢いは衰えていない。
しかしその内情は完全に二大国それぞれの勢力によって真っ二つに別れており、大国間の争いの縮図にもなっている。
さらにその争いの裏で暗躍し、甘い蜜を啜ろうとする第三勢力もここ5、6年ほどで現れており、街の情勢は日を追うごとに混沌としてきているのが実情であった。
この頃は表面上の平和ですらも守れているかどうか怪しい。
少しでも裏に関われば、厄介ごとになる事請け合いと言われている。
どの国境都市も多かれ少なかれ抱えている問題だ。
タツミがこの街に来た時にもその手の騒動は起こっており、彼も成り行きから関わることになった事もある。
「(とはいえ今の俺たちには関係ない話だ。極力関わらないように行動しよう)」
自身の中にある知識からガレスに関する物を引っ張り出しながら考える。
キルシェットは街の雰囲気に中てられたのか、黙り込んでタツミの横で控えるように付いてきていた。
タツミは現在、何が火種になるかわからないこの街で目立つのを避ける為に東洋甲冑を着ていない。
到着前の馬車の中でレンジャーご用達の身軽な服装に着替え、甲冑に関してはラムダに預けている。
刀は手放すわけには行かない為、フォゲッタで買っておいた竹刀袋を彷彿とさせる細長い袋に入れて持ってきていた。
ラムダとは馬車置き場で別れている。
合流は出発当初の予定通り2日後。
彼ならば心配はいらないだろうとタツミは楽観的に考えていた。
親しみやすい男性だが、同時に底知れない物も感じていたからだ。
事実、彼のステータスの見れる範囲を確認しただけでもかなりの技量を持っている事が理解できたのだ。
フォゲッタで自身とギルフォード以外は到達していないと思っていた3桁のレベルを持つ事が、その実力を如実に物語っている。
だからタツミはラムダについては心配はしていない。
問題は彼らの方、より正確に言えばキルシェットだろう。
心なしか彼の顔は青くなっているように見えるし、その足取りも弱々しい。
「(馬車に揺られている間に読んだスキル書『気配察知・中級』の効果を実感してるんだろうな)」
タツミ自身、自分たちに敵意や悪意を持つ人間の多さに辟易としている。
彼よりも効果範囲が狭いとは言え、キルシェットはこれほどの数の敵対する気配を安全であるはずの街中で感じ取った事がないのだ。
「(と言っても慣れてもらうしかないからな)」
慣れていけばチリチリとした敵意は気にならなくなる。
タツミ自身、この感覚を物にするまではかなり苦労しているのだから、あとは経験を積むしかないのだ。
「(『気配遮断・初級』の方はまだ使えていない、か。感覚的な物だし、こっちも要経験だな)」
高レベルの盗賊が覚えられるコマンドスキル『気配遮断』は一定時間の間、一定上の距離がある相手に探知されなくなるスキルだ。
初級はおよそ20メートル以上の距離の相手から、5分程度探知されなくなる。
中級、上級で距離は短くなり、使用時間は長くなっていく。
「(フォゲッタにいた時にも何度かやったが、スキル書を読む時の光景は悪目立ちする。ここなら安心出来ると確信できた場所以外ではやらない方が無難だな)」
ゲーム中ではスキル書を使用すると書その物が光の粒となって使用者の身体を包み込み、『スキル取得』あるいは『スキル熟練度の上昇』となった。
こちらの世界ではスキル書を見ると、絵巻物に描かれていた文字と絵が光り輝き読んだ人間の身体に吸い込まれるのだ。
後に残ったのは何も書かれていない書だけ。
この時の文字が光る部分というのが厄介で、昼にやっても夜にやっても近所迷惑甚だしいほどの輝きを発する。
馬車に乗っていた時にもやっているが、カーテンを閉めた状態ですら中の光が外に漏れる程。
来たばかりの場所でやればまず間違いなく注目を集めるだろうし、この街はフォゲッタと比べてどうしても治安が悪い。
良からぬ事を呼び寄せる可能性が高かった。
「(たった2日だ。それまでは覚えたスキルの習熟に専念させよう)」
頼りない足取りでついてくるキルシェットの様子を横目で窺いながら今後の鍛錬プランを練る。
その間にも気配察知が作用し、近づいてくる存在の中で敵意がある者のみをタツミに警告していた。
「(それにしても張り付いてるのが何人かいるな。数は3。大体10メートルくらいの距離を維持して視界に入らないようにしてるみたいだが……狙いは、ありがちな所で金か?)」
タツミはともかく今のキルシェットはスリの類から見れば格好の獲物だろう事は容易に想像できる。
気配の動向を推測しているとその3人のうちの1人が動いた。
タツミとキルシェットから死角になっている背後から駆け寄ってくる。
狙いはやはりキルシェットだったようだ。
真っ直ぐに弱々しい少年冒険者に近づいてきた人影は、タツミの手が届かない逆側からキルシェットにさりげない仕草で触れようとし。
次の瞬間。
「ぎゃぁああああ!?」
一歩で間合いを詰めたタツミに後ろから腕をひね上げられて絶叫した。
キルシェットは尻尾と耳を立たせていきなりの事態に目を瞬かせている。
人混みはタツミの行動でどよめいたが、関わりたくないのだろう、すぐに彼らから視線を外しあからさまに避けて通り過ぎていく。
「5秒待つ。何が狙いか言え。言わなきゃ折る。次は逆側の腕。その次は足だ。黙っていてもやるから早くしろ」
彼はポーカーフェイスを保ち、なるべく冷たい声音を意識して襲撃者に捲くし立てた。
「いででででっ!! くそ、離せよ!!」
「聞こえなかったか? 目的を言えと言ったんだが? そうか、折られたいのか? なら遠慮なく」
ひね上げた腕に力を込めていく。
淡々と語るタツミの様子とその迷いのない動きに本気だと思ったのか男は慌てた。
「待て待て待て! わかった、理由は金だよ、金!! そいつがあんまり無防備だったから掏れると思ったんだ!!」
「……そうか。次からは付き添いの事まで考えて相手を選ぶんだな」
ひね上げた男の腕を乱暴に突き飛ばしながら離す。
男はたたらを踏みながら体勢を立て直し、タツミとキルシェットを睨み付けた。
「けっ! ご忠告どうも!! 二度とあんたらには手を出さねぇよ!!」
捨て台詞を残して路地裏に逃げようとする男にタツミはこう返した。
「ほう? なら今も俺たちを狙っている後ろの気配はお前とは関係ないんだな?」
「っ!?」
路地裏に消えようとしていた男の足が止まる。
「二度も三度も狙われておいて無事に帰してしまうとスリの方が図に乗るだろうからな。見せしめの意味を込めて今度は前振り無しで両手両足の骨を折るか」
「っく、どうやって気付いた?」
男は観念したように路地裏に繋がる壁に手を付きながらタツミに問いかける。
「気配を消すどころか姿が見えない魔物に比べれば人間の気配はわかりやすい。それだけの事だ」
「そんな魔物聞いた事ねぇぞ」
「当然だろう。Bランク以上の冒険者にしか出回らない情報だ。街のコソドロ如きが知っている物じゃない」
男はタツミの返答に手で目を覆った。
「くそ、あんたBランク以上の冒険者かよ。完っ全に手を出す相手を間違えてんじゃねぇか」
「ちなみにお前たちが組し易いと思ったこの子もBランク冒険者だ。普段ならお前たち程度どうとでも出来るぞ。今は調子が悪いだけだ」
「わっ!」
所在無さげに横に立っていたキルシェットの頭を彼は少し乱暴に撫でる。
くしゃくしゃにされた髪を慌てて戻しながらもはにかむ少年。
目の前でそんな兄弟のように仲睦まじい姿を見せられた男はあからさまに舌打ちをした。
「けっ、完全に俺たちの事は相手にもなりませんってか?」
「事実その通りだからな。それよりも早く逃げた方がいいぞ?」
大人数が彼らのいる場所に移動してきている事を察知したタツミは、キルシェットに目配せすると男が逃げ込もうとしていた路地裏に走りこんだ。
「なっ!?」
「東か南、どちらのかはわからんが兵士の類が大人数でこっちに向かってる。捕まるとギルドの方も困るだろう?」
言いたい事だけ言うと彼は男の横を通り過ぎ、少し遅れて後を追うキルシェットを伴って路地裏の奥へと消えていった。
「ちっ、俺が『盗賊ギルド』の人間だって言うのもお見通しかよ。マジで狙う相手を間違えたな。ついてねぇ」
男は盛大なため息を漏らすと大きく手を振って散会するよう2人の子分に伝えると、聞こえてきた大勢の足音から遠ざかるように彼らが去っていった路地裏を走り出す。
東の衛兵が到着した時には騒動を引き起こした者たちは誰一人、現場には残っていなかった。
「どうにか落ち着けたな」
「そ、そうですね」
表通りに面した宿の一室でタツミはため息をつく。
あの後。
彼らは土地勘が無い事に加えてタツミがダイスロールで『2』を出してしまった為に、迷路のように入り組んだ街並みの中で迷子になってしまった。
大通りに出てこの宿『山猫の欠伸亭』に部屋を取るまで数時間を浪費してしまっている。
タツミは精神的に、キルシェットは精神的にも体力的にも疲労困憊といった有様だった。
スリ相手に冷徹な振る舞いを見せて『只者では無い』とアピールしたと言うのに台無しである。
「さていきなり盗賊ギルドの連中と関わる羽目になってしまったな。何もないといいんだが……」
「あ、あの……タツミさん」
前途多難な1日目に早くもため息しか出てこなくなってきたタツミに恐る恐る声をかけるキルシェット。
「盗賊ギルドってなんなんですか?」
視線で発言を促された彼は馴染みの無い単語の意味を質問した。
「盗賊ギルドは犯罪者、あるいはその予備軍みたいな連中、事情があって正規ギルドに登録できないような連中が集まってできた非合法ギルドの俗称だ。非合法と付く通り正規のギルドじゃない。国としてはギルドなんて呼び方も嫌なんだろうが、誰が言い出したかこれが浸透してるのが現状だ。こういう治安の悪い街には大抵存在する。やる事も非合法だけあって法に触れている物も多い。奴隷売買や盗賊家業、さっきのようなスリなんて所属している奴らからすればライフワークみたいな物だ」
「そ、そんな所があるんですか。……でもギルドって国が管理しているんですよね? よく野放しにされていますね」
「需要があるからな。国の要人なんかも秘密裏に利用する事があると聞いた事がある。表に出せない仕事をさせるには好都合の集まりだからな。半ば黙認されているのが実情だ。フォゲッタはギルド長が不正を許さない人だからな。もしフォゲッタで盗賊ギルドを立ち上げようとすれば速攻で潰されて終わりだ」
高潔な精神を持つギルフォードから見れば非合法ギルドなど唾棄すべき存在なのだ。
ギルフォードはギルド運営以外にもフォゲッタの役員として日々の安寧にも協力している。
フォゲッタが安定した平穏を維持できるのは彼を通してのギルドと街役場の密な連携にあると言ってもいいだろう。
大陸中を探しても表社会、裏社会含めてここまで平和な街は数えるほどしかない。
もちろんフォゲッタにも火種が無いわけではないが。
「国境の街は最低でも2つの国が運営に関わっているが、ここみたいに国同士の諍いが表面化しているとそこに付け入ろうとする連中が自然と集まる。するとあっという間に盗賊ギルドの出来上がりというわけだ。この街のソレは規模も大きいからあまり関わり合いにはなりたくないというのが正直な所だな」
「そう、ですね」
暗い表情をするキルシェット。
後ろめたい事をする輩がいる事を知りながら何も出来ない自分を責めているのかもしれない。
「気にするな、とは言えないが一介の冒険者に出来る事なんて高が知れている。常に自分に出来る事を正確に認識していないとあっという間にあの世行きだぞ? クエストももちろんそうだが、こういう街での身の振り方もな」
「は、はい。タツミさん、僕頑張ります!!」
ぐっと両手を握り締めて鼻息荒く決意表明する少年に、タツミは楽しそうに笑った。
「ああ、頑張ってくれ」
「(ふぅん。それなりに使えるはずのあいつらがスリをとちったからどんな相手かと思えば……Aランク冒険者でしかも前に騒動起こしてくれたあの男とはねぇ)」
『山猫の欠伸亭』のおかみをやっている女性は、ついさっき部屋を取った2人組みの冒険者の事を思い浮かべながら心の中で独白する。
考え事をしているその横顔はまるで能面のようで、先ほどまで2人の接客を笑顔でこなしていた人物と同じ人間とは思えない。
「(ここに来たのは偶然なのかねぇ? まぁあたしの事に気づいたわけじゃないみたいだけど)」
彼女はおかみと同時にもう一つの顔を持っている。
『盗賊ギルドの頭』という非常に物騒な顔が。
「(今日、明日の2日。報告を聞く限り馬車の休憩の為に寄っただけみたいだし。こっちからちょっかいを出さなきゃ問題ないわね。……他の連中が何かしなきゃいいけど)」
タツミも知らない事が1つある。
現在のガレスは大きく分けると東国、南国、盗賊ギルドの三つ巴の争いを行っている。
しかしその中にあって盗賊ギルドは幾つかのグループに分裂し、それぞれが自分たちの利益の為に活動しているのだ。
しかも分裂した盗賊ギルドはいずれも他のギルドを統合して勢力拡大を目論んでおり、ある意味で国同士の争いよりも泥沼化している。
そんな状況にあってAランク冒険者の存在は上手く働けば抑止力、悪く働けば起爆剤、どちらにも成り得る諸刃の剣と言えた。
彼女としては抑止力としての働きを期待して泊めたつもりでいるのだが、今ではその判断を後悔している。
その理由は現在、宿の周りにうざったいと思うほどに集まった気配だ。
どの勢力かまではわからないがどう少なく見積もっても20人はくだらない数の偵察がこの宿を遠巻きにしている。
明らかにあの男は警戒されていた。
「(……うちに泊めたのは少し早まったかもしれないねぇ)」
他の一派から見れば、おかみの行動は強力な戦力を自陣に取り込んだように見えただろう。
「(ちょいと周りの警戒強めとかないとまずいかねぇ?)」
彼女は次の客が来るまで自分たちのこれからの行動について思考を巡らせ始めた。




