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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第三章
26/208

国境の街へ

 

「……」

 

 唐突に意識が覚醒する。

 最初に飛び込んできたのは木製の天井だった。

 彼はぐるりと周囲を見回す。

 部屋、というよりは倉庫のようなその場所に彼は見覚えがあった。

 フォゲッタを出る際に乗った馬車の一室である。

 窓からはゆっくりと進む外の風景が見える。

 馬車が小刻みに揺れている事から移動中なのだろう事が推察できた。

 両手をゆっくり握り、ゆっくり開く。

 それを何回か繰り返し、隣で小さな寝息を立てているキルシェットの存在を確認すると『タツミ』は小さくため息をついた。

 

「前は一ヶ月以上、今度は一週間足らず。なのに見た感じ時間経過はほとんど無し、か」

 

 肩を落とし、深いため息をしながら彼はぼんやりと頭上の天井を見上げる。

 

「(何故なのかはまったく検討もつかないが、こちらにもあちらにも『塔』があった。これは重要な事だ。塔が見つかったらなるべく優先して調べるべきだな)」

 

 馬車に揺られながらタツミは今後の方針をまとめていく。

 

「(まずは当初の予定通り東の大国『イース』の港町『ウインダムア』で俺が乗ってくるはずだったヤマトから船が来ていないかを調べる。どんな形であれ結果が出たら次に北の大国『ノーダリア』にあるはずの『運命神の試練場』を目指す。瘴気や塔については情報が入り次第、優先して対処していく、と。……我ながら大雑把過ぎる気がするが、何があるかわからないしこんなもんだろう)」

 

 キルシェットを起こさないように腰を上げると、御者台側の窓に近づき御者に声をかける。

 

「順調ですか?」

「はい。今のところ問題ありませんよ」

 

 柔らかな雰囲気の初老の男性。

 『ラムダ・フォルトレッシ』はギルフォードが手配した辻馬車(あちらの世界で言うところのタクシーのような物)を生業にしている男性だ。

 フォゲッタで一番のベテランで、30年間一度たりとも時間に遅れた事がないと言われており利用者からの信頼も厚い。

 ギルフォードは彼にウインダムアまでの片道移送を依頼していた。

 タツミの方の事情で、ウインダムア到着後にどう動くかが未知数である為、以降の移送を依頼するならば自己負担するようにとギルフォードに言われている。

 片道とはいえ優秀な辻馬車を手配してくれるというのはかなりの厚遇だ。

 タツミはここまで世話を焼いてくれた彼に改めて感謝している。

 

「そちらはお疲れだったようですね。お連れ様もぐっすり眠られて」

「……冒険者としては迂闊だったと猛省しています」

「ふふ、気分をしっかり切り替えられると言うのはとても大切な事ですよ。常時、緊張していては倒れてしまいます」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、タツミの後ろ向きな発言をフォローする。

 年長者の包容力とでも言うのか、傍にいると安心する雰囲気を持った男性だ。

 

「ウインダムアまではどれくらいかかりますか?」

「ウインダムアまでは食料などの補充の為に街を2つ経由する事になります。最初に経由する街は東と南を隔てる国境の街『ガレス』。ここまでは6日の行程の予定です。次に東の交易都市『サレート』。ガレス~サレート間は5日の行程の予定です。何事もなく予定通りに進めたとしておよそ20日と言ったところですね」

「経由する街には何日滞在を?」

「馬の交換、車両の整備を含めていずれも2日を予定しています」

「なるほど。ありがとうございます(という事はこうして馬車に揺られるのはおよそ16日か)」

「いえいえ。お食事の時間になりましたらこちらから声をかけさせていただきますのでそれまではどうかごゆるりと」

「はい、よろしくお願いします」

 

 聞きたい事を全て聞き出したタツミはラムダに頭を下げると客席へと引っ込み、まだ眠っているキルシェットを起こさないよう足音を忍ばせながら椅子に座った。

 

「(かなり時間が空くな。その間にこの狭い車内で俺に出来る事は……まだ途中のあれだな)」

 

 彼はしばらく手を組んで自分の考えをまとめる。

 そして集中する為に目を閉じ、ステータス画面を思い浮かべた。

 さらに自身が持っているコマンドスキルのリストを表示するようイメージを進める。

 8つもの職業をマスターした彼のコマンドスキルはかなりの量であり、それらがスキルの効果別に分かれて表示された。

 

「(ゲームと酷似したこの世界で、恐らくは俺だけがゲームの感覚でスキルを使用できる。この能力をアドバンテージとして活かせるかどうかは重要だ。どのスキルが使いやすくてどのスキルが使い所を選ぶのか、きっちり把握しておかないと咄嗟の判断でミスする可能性がある。ただでさえダイスロールなんて不確定要素があるんだ。これは何度も反復してしっかりやっておかないとな)」

 

 異常な状況にあるが故に得られた特異な能力。

 これを有効活用する事で対応力を上げ、危険を退ける。

 それが手持ち無沙汰と言える今の状況を利用して出来る事だとタツミはそう考えた。

 

 有用なコマンドスキルを選択し、目印をつけるイメージを思い浮かべる。

 すると選択したスキル『一刀両断』のスキル名の先頭に旗印が付いた。

 目印が付いたコマンドスキルはスキル全体のリストとは別に『お気に入りリスト』に自動で登録される。

 より素早くスキルを発動させる事が可能にするという意図を持つゲーム上での機能であり、こちらの世界でそのまま使用できるようになっていた能力である。

 

 既に『斬空』、『鷹の目』など『使いやすい』あるいは『使用頻度が高い』と感じたスキルにはフォゲッタ在住時の空いた時間を使って目印を付けている。

 今やっている事はその続きである。

 ソロプレイに必要だと判断したスキルを持つ職業を片っ端から取り、スキルを習得してきた事が原因でこの作業にはかなりの時間を使う。

 さらにゲーム中と異なり、自身の頭の中でイメージする必要がある為、長時間やっていると頭痛に悩まされるという欠点もあった。

 よって多少、余裕を残した状態で切り上げる必要があった。

 

「(とりあえず今までの荒事で使ってきたスキルについては使いやすいのをまとめ終わった。後はまた時間を見て、だな。次は……)」

 

 タツミは御者台にいるラムダを一瞥する。

 こちらに振り返る様子が見られない事を確認し、さらに横で寝ているキルシェットを見る。

 

「(普段は隠すようにしないと悪目立ちするからな、アイテムの取り出しは)」

 

 起きる様子が見られない事を確認し、ステータス画面からアイテムリストを選択。

 かなりの数のアイテムが収納されているリストから目当ての名称を発見すると、カーソルをその名称に当ててクリックするイメージを浮かべた。

 念の為、左手を持ち込んだリュックの中に突っ込んで隠す。

 周りから見ればリュックの中の物を探しているように見えるだろう。

 彼の左手に淡い光が集まり出した、が外からは完全に死角になっているので光は見えないだろう。

 集まった光はすぐに望んだアイテムを形成し、左手に収まる。

 丸められた巻物がそこにあった。

 リュックの中に突っ込んだ左手を引き抜き、一緒にアイテムリストから呼び出した巻物を取り出す。

 

「(こんな感じ、か? 手順を踏んで取り出す事にも今のうちに慣れておかないと)」

 

 丸められた書を結んでいる紐を外し、内容を確認する。

 彼がアイテムリストで選択した書は『スキル書:気配察知』と表示されていた。

 

「(スキル書ってこちらの世界だと巻物状になってるんだな。文字はまったく読めないが……感覚的に俺には必要のない物だって事はわかる。気配察知は既に上級まで取得しているから俺にはもう必要ないって言うのは当たっている。たぶんキルシェットがこれを見れば気配察知の熟練度が上がるはずだ)」

 

 フォゲッタで『青い兜』や『アルカリュード』の面々にスキルについて教えた時はスキル書は使わず知識を口伝するのみだったが、旅を共にする事になったキルシェットに関しては本格的に能力育成に励むつもりでいた。

 今のキルシェットではタツミと旅するにはあまりにも弱すぎるからだ。

 

 タツミはスキル書を丸めて紐で結び直しながら、何気なくキルシェットに視線を向ける。

 試しに彼のステータスを表示するようタツミは念じた。

 イメージした通りにキルシェットのステータスが彼の脳裏に表示される。

 

「(んっ?)」

 

 以前、彼のステータスを見た時との違いに彼は心中で疑問の声を上げた。

 

「(名前の色が?)」

 

 表示されている名前は彼の記憶によれば以前は赤色だった。

 しかし今は青色で表示されている。

 

「(……もしかしてこれは)」

 

 名前をクリックするよう念じる。

 すると以前に確認したときは出来なかったはずのステータスの詳細が表示された。

 

「(見れるようになったのか? だがなんで……)」

 

 御者台の窓から見えるラムダの背中に向かってステータスの表示を念じる。

 こちらではラムダの名前は赤色で、クリックするようイメージしてみても詳細は表示されない。

 

「(『ラムダさんと以前のキルシェット』と『今のキルシェット』の違い……幾つか思い付くが、保留だな。とりあえずキルシェットの能力がしっかり確認できる事がわかっただけで十分)」

 

 彼は改めてキルシェットのステータスを確認しながら、現時点で有効なスキル書を探す。

 フォゲッタの街で『青い兜』や『アルカリュード』の面々には長時間、一緒にいるわけではない為に教える事が出来なかった習得条件が厳しく効果が絶大なスキルに関しても見繕い始めた。

 

「(どれくらいの期間になるかはわからないが冒険者として一緒に生活するんだ。生き延びる為に俺が出来る事をしてやりたい)」

 

 彼の中には何の成果も上げられないかもしれない割に命賭けになるだろう自分の旅に少年の同伴を決めた事への罪悪感がある。

 キルシェット自身の決断だとわかっていても、あちらの世界で一般人として生活していた彼にとって、燻っているその気持ちはそう易々と無くなる物ではなかった。

 この気持ちに区切りを付けるにはもう少しの時間が必要だった。

 

 尤も彼を個人的に気に入っているために力になりたいというのが一番大きな理由なのだが。

 

 

 およそ2時間後、馬車は引いている馬3頭の休憩の為に決められた休憩ポイントで停止した。

 太陽の位置からちょうど昼時である事がわかる。

 キルシェットは馬車が止まった時の振動でようやく目を覚ました。

 

「う、ううん……」

「(起きたか、キルシェット)」

 

 幼い仕草で目を擦っている少年に苦笑いを浮かべながら、タツミは馬車の外へ出た。

 馬車を引いていた馬、ではなく馬型の魔物『ラピッドホース』は水場に口をつけて水を飲んでいる。

 

 この世界では魔物が今回のラピッドホースのように一般生活に利用されている事がある。

 もちろん調教されているのでよほどの事が無い限り人に危害を加える事はない。

 

 ラムダはラピッドホースの餌になる牧草を餌箱に入れているようだ。

 結構な量を箱に入れると水場に両手で抱え上げて持っていく。

 かなり重いだろうが、その足取りに危うげな所はない。

 

 休憩ポイントは野営などにも使われる場所なのだろう。

 よく見れば焚き火をした後やテントを張ったと思われる跡もある。

 

「(……特に妙な気配はしないな)」

 

 タツミは周囲をぐるりと見回しながら、気配察知に敵意を持つ存在が感知されない事実にほっと胸を撫で下ろした。

 

「タ、タツミさん! 寝てしまってすみません!!」

 

 意識が覚醒したのかキルシェットが血相を変えて馬車を飛び出してくる。

 その大声にラピッドホースたちが何事かという視線を、ラムダは微笑ましいとでも思ったのだろう優しげな笑みを、彼に向けた。

 タツミも苦笑いを浮かべながら彼を見つめている。

 

「あ、え……う」

 

 注目を集めてしまった恥ずかしさからか、キルシェットは頭に巻いていたバンダナで慌てて顔を隠してしまった。

 

「落ち着け、まったく。そんなに慌てるような事は何も起こってないぞ」

「うう、すみません」

 

 耳と尻尾をしょんぼりと垂らしながら消え入りそうな声で謝る彼にタツミはますます苦笑いを深めた。

 

「間違える事は誰にでもある、大事なのは繰り返さない事だ」

「あう、はい……」

 

 肩を落として意気消沈するキルシェットの肩をタツミは元気付けるように軽く叩く。

 

「俺だって今でも間違える事は多いぞ? 今の言葉だってずいぶん前に先輩から教えてもらった言葉だ」

「せ、先輩……タツミさんにもそんな人がいるんですか?」

 

 心の底から驚いたという顔をする少年にタツミは呆れて思わず米神を押さえた。

 

「おいおい、俺にだって世話を焼いてもらっていた時期くらいあるぞ? その頃に何度も失敗して、猛省して、繰り返さないように努力したんだ。だからお前も失敗したくらいでへこたれるな。まだまだこれからなんだからな、お前は。もちろん俺もまだまだ成長するつもりだが」

「そう、ですか。はい! これから頑張ります!!」

「良い返事だ」

 

 溌剌とした顔で笑うキルシェットにタツミも笑みを返す。

 これだけ前向きな返事が出来るなら取りまとめたスキル書を余す事無く有効活用できるだろうと考えながら。

 

 余談ではあるがタツミが用意したスキル書を移動を再開した馬車の中で渡されたキルシェットの反応だが。

 まず絵巻物の形で技能について残されている事に驚き、次いで自分にこんな貴重な物を貰っていいのかと恐縮し、最終的に有用なスキルを見繕ってくれたタツミに感謝しながら受け取った

 キルシェット主観ではスキル書などという物は聞いた事がない為に『貴重』だと考えたのだが、タツミからすれば既に自身には不要な代物を『捨てるのは勿体無い』という感覚でアイテムリストに置いていただけだ。

 このままでは宝の持ち腐れになりかねないというアイテムをプレゼントしたというだけなので、何も問題にはならない。

 流石にその考えがこの世界の人間の常識を崩しかねない事は理解していたので、口には出していなかった。

 

 しかしキルシェットはこんな貴重な物をくれるのは自分に対する期待の表れだと捉え、タツミの元でより一層の精進をする事を固く誓っていた。


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