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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第三章
23/208

さらなる異変

 キルシェットをつれて馬車に乗ったタツミは車内で今後の事を話し合った。

 今まで彼には長期間、他冒険者と共に行動した事が無い。

 ゲームで辰道がやっていたようにソロで活動していたのだ。

 

 クエストで他冒険者と旅をした事はあるが、それはかなりの短期間での話で接触は最小限。

 ヤマトでは最終的に1000人を超える部下を抱える事になったが、あの時は軍としての規則、規律が大前提として存在し、タツミも基本的にそれに従って行動していた。

 

 よって最初のうちに窮屈にならない程度の取り決めをしておこうと考えたのだ。

 そう難しい事を決めるつもりはない。

 あくまで2人旅をするにお互いに不快にならないようにする為の約束事、そして戦闘が起きた時の初動、理由があって離れた時の合流場所の認識合わせ、合図の確認。

 その程度の物だ。

 キルシェットが真剣に取り組んでくれたお蔭もあり、1時間足らずで終わった。

 

「ふぅ……意外と早く済んだし少し仮眠でも取っておこう。この辺りは自警団が定期的に見回っているから危険な魔物が出る可能性も低いから、それなりの時間、寝ていられるはずだ」

「あ、でしたらタツミさんからどうぞ。僕はちょっと興奮してしまっていて眠くないので」

「そうか。それじゃお言葉に甘えて……」

 

 それほど大きくも無い馬車の座席。

 その背もたれに身体を預けるとタツミは目を閉じた。

 睡魔は割と早く訪れ、彼は身を委ねるように身体の力を抜いた。

 

 

 

 タツミが次に起きた場所は、狭苦しい馬車の中ではなく、こちらの世界の自室。

 辰道としてこちらの世界に戻ってきたのだ。

 都合4度目になるが未だに法則が掴めない世界間の移動に彼はため息を零しながら上体を起こす。

 

「いっつぅ……二日酔いか?」

 

 鈍器で叩かれているような痛みに思わず手で頭を抑えた。

 はっきりとしない視界でベット脇に置いてあるデジタル時計に目を向ける。

 

「ああ、豊子と飲んだ後そのまま寝たんだったな。時間は……7時か」

 

 くしゃくしゃになったYシャツとスーツのズボンを脱ぎ、ハンガーにかける。

 

「(あ~、きつい。とりあえず顔洗おう)」

 

 自宅であるのを良い事にTシャツ短パン姿でフラフラと洗面所に向かう。

 蛇口を捻り、両手に冷たい水を溜めて顔に押し付けた。

 二度、三度と同じ事を繰り返し、ようやく頭がすっきりしてきた時。

 洗面所の鏡越しにサイコロが舞うのが彼の視界に映った。

 

「げっ」

 

 思わず漏れた引きつった声を無視し、転がったサイコロの結果は『1』。

 すっきりしたとはいえ頭痛がまだ残っていた彼の脳裏に、突然ある光景がフラッシュバックする。

 

「ぎっ!? あ、ぐっ!?」

 

 フィンブ村の村人たちの遺体、原型の残らなかった冒険者の亡骸。

 あちらの世界で見てきたその光景を、遺体の苦しんだ表情や魔物にズタズタにされたその身体を、辰道は鮮明に思い出してしまった。

 

 何度も何度も繰り返し脳裏を過ぎるあちらの世界で日常的に起こる悲劇。

 『タツミの精神』だったから受け止められていた出来事が、多少落ち着いているとはいえこちらの世界での一般的な精神しか持ち合わせていない辰道に降りかかったのだ。

 

 人の死、それも他人の死を身近に感じる事の少ない環境。

 経験の少ない出来事に耐性などついているはずが無い。

 他人の死のショックと、死への嫌悪感、忌避感。

 魔物を倒した時とは違う血の気が引く感覚に彼は打ちのめされ、飲み込まれてしまっていた。


 その結果、彼はその場で盛大に嘔吐した。


「げ、あ……ぶぉおろろろ!?!?」

 

 洗面台の上だった事は不幸中の幸いだった。

 そうでなければフローリングの床に盛大にぶちまけていた事だろう。

 

「う、ぁ……」

 

 胃液しか出なくなったというのに、頭に浮かぶ光景のせいで吐き気が止まらなかった。

 嘔吐の連続に涙すら流して、それでも吐き出す事をやめられない。

 辰道はそれから30分もの間、胃の中の物を洗面台にぶちまけ続けた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 出るものも無くなり、吐き続けた為に体力を使った辰道は、そのまま足元から崩れ落ちるように床に倒れ込む。

 

「(やば、い……)」

 

 遠のく意識を必死に繋ぎ止める。

 震える腕でどうにか洗面台の縁を掴み、脱力してしまった足に活を入れて立ち上がった。

 出しっぱなしになっていた蛇口の水を口に含み、ゆすいで吐き出す。

 それを何度も繰り返し、口の中に広がっていた酸っぱさを消していく。

 

「(ど、どうにか……落ち着いた、か?)」

 

 胃のむかむかは収まらないが、すぐに吐き出す程の物ではなくなっている。

 フラッシュバックする光景は今も続いており、今もまだあの現場にいるようなリアルな死が彼の背筋に冷たい物を感じさせ、猛烈な寒気をもたらしていた。

 

「(このままじゃ風邪引くかもな)」

 

 どうにか物事を考えられるまで回復したが、洗面台を離れる気にはならなかった。

 

「ひどい顔だ」

 

 涙を流し続けたせいで充血した目、顔を洗う前に比べてこけた頬、脂汗が滴る顔。

 満身創痍という言葉がぴったりな形相に、辰道は力なく笑う。

 

「あ、れ……?」

 

 笑った事で気が抜けてしまったのか。

 視界が明滅し、意識が混濁する。

 今度は抗う暇すらもなく、彼はそのまま意識を失った。

 

 しかしぐらりと揺れた身体は崩れ落ちる直前に踏ん張り、上体を起こした。

 

「驚いたな。辰道が意識を失うと俺が身体を動かせるのか」

 

 先ほどまでの形相が嘘だったように平然とした顔をした彼。

 首を回し、身体をぶらぶらと動かす様は動かしなれない身体の感覚を掴もうとしているように見える。

 

「俺の身体に比べるとずいぶん身体が小さいんだな。あんまり鍛えてないみたいだし。まぁ冒険者じゃないならこんなもんなのか?」

 

 洗面台の蛇口を閉じて流しっぱなしになっていた水を止める。

 しかし何を思ったのかまた蛇口を開けて水を出し始めた。

 

「お~、すごいな。辰道の知識で知ってたけど実際にやってみるとなんか感動する」

 

 何度か蛇口を開いては止める、開いては止めるを繰り返すと満足したのか、彼は汗をタオルで拭き取り洗面所を出て行った。

 

「とりあえずベッドで寝てればいいか? 失神した身体をいつまでも動かしてる訳にもいかないしな」

 

 独白した内容通りにベッドに飛び込み、掛け布団を被る。

 あちらの世界よりも質感の良いベッドに彼は満足げな笑みを浮かべて目を閉じた。

 

 

 

 辰道が起きた時には時刻は昼の12時を過ぎていた。

 

「あれ? 俺、倒れたんじゃ?」

 

 二日酔いの頭痛と嘔吐したむかつきは残っているが、倒れた時の物と思われるような怪我は見当たらない。

 

「なんでベッドにいるんだ?」

 

 洗面台で倒れた事を覚えている彼は自身が置かれた状況に混乱した。

 

「お、起きたか?」

「っ!?」

 

 自身以外誰もいないはずの部屋に響いた声。

 辰道は反射的に声のした方に視線を向け、そして驚きのあまり硬直した。

 東洋甲冑に身を包んだままソファーに深く座り込んで寛いでいるタツミがいたからだ。

 

「はっ? な? ええっ?」

「ん? あれ? もしかして俺の声が聞こえてるのか? というか完全に目が合ってるって事は姿も見えている?」

 

 彼の反応は予想外だったのか目を瞬かせて問いかけるタツミ。

 

「タツ、ミ?」

「おう。もう大丈夫か?」

「あ、ああ……だいぶ良くなった。……ってそうじゃないだろ。いや心配してくれるのはありがたいけど」

 

 頭を振って気を取り直す。

 じっとソファに座っている人物を見つめ直すが、やはり辰道の見間違いなどではない。

 そこにはあちら側の世界に存在する人物であり、彼自身あまり実感はわいていないが同じ魂から成る存在がいた。

 

「どうしてお前が? 前に俺の中から記憶を見ていたという話は聞いたが、いつの間にこんな事まで出来るようになったんだ?」

「いや俺にもどうなってるんだかよくわからん。たださっきお前が失神した時、俺が身体を動かせるようになったんだ。で、一通り片付けてからベッドに入った。次に目を覚ましてみたらなんでか俺としての身体でこのソファに寝そべってたんだよ」

 

 お手上げだと言うように両手を上げて肩をすくめるタツミ。

 

「あ、俺がベッドで寝てたのはお前のお蔭か。ありがとう。しかしお前が身体を持てた理由がまったくわからんな」

 

 次々と起こる異常事態に疲労が溜まってきたのか、辰道は弱々しいため息をついた。

 

「本当にな。あと色々試してみたんだが……どうも俺の身体、完全に普通の人間と同じってわけでもないらしい」

「どういう事だ?」

 

 タツミの聞き逃せない発言に眉をひそめながら彼は聞き返す。

 

「まず姿が鏡とかの映す物に映らない。この事から予測するに誰にでも俺が見えるってわけでもないみたいだな」

 

 電源を入れていないテレビに視線を向けるタツミ。

 辰道が釣られてそちらに視線を向けると、彼の言葉通りソファは映っているのにタツミの姿は映っていなかった。

 

「姿が見えない事から声も見える人間にしか聞こえない可能性が高い」

「幽霊、みたいな状態って事か?」

「たぶん。ただ触ろうと思えば物には触れるみたいだな。今もこうしてソファに座ってるし。だがすり抜ける事も出来るみたいだ」

 

 ソファから立ち上がり、テーブルに置かれたテレビのリモコンに触れる。

 テレビが点いた事を確認し、今度はテレビの液晶に手を伸ばす。

 腕が液晶を突き抜けたように見えるが、機械が壊れた音もなく画面にはニュースが映ったままだ。

 腕が引き抜かれても、テレビには傷一つついていない。

 

「なんというか……便利だな」

「確かに。まぁ本物みたいに足が無いわけじゃないし、浮く事も出来ないみたいだけどな」

 

 快活な笑みを浮かべながらタツミはソファに座り直した。

 

「それにしても……一難去ってまた一難というか。いい加減色んな事が起こり過ぎて解決できるのか不安になってきたぞ」

「確かにこちらでは俺がこういう事になって、むこうでは瘴気なんて物が出てきて……結局、俺たちに起こっている異常について具体的な進展はほとんど無いからな」

「まだまだ先は長そうだ。それでも諦めるつもりはないが」

 

 二日酔いと残酷な光景のフラッシュバックの影響で、体調は最悪。

 しかしそれでもその目には諦めないという意思がギラギラとした輝きを放っていた。

 そんな辰道の様子を見て、タツミは楽しそうに笑いながら頷く

 

「もちろん俺もそのつもりだ。ま、変に気を張る事もない。一歩一歩進んでいけばいい」

「楽天的なのか堅実なのかわからんな」

「それくらいの気持ちの方が適度に力が抜けるだろ?」

「そうだな。確かにそうだ」

 

 現状を打開しようとして焦っている辰道の事などお見通しなのだろう。

 してやったりと人の悪い笑みを浮かべるタツミに、彼はため息を付きながら観念したように同意した。

 

 不思議な事にタツミと話しているうちに、人の死を体験した事による悪寒や吐き気は無くなっていた。

 辰道がその事に気付くのはタツミとの会話が一度途絶え、朝と昼を抜いた事による空腹を意識する13時を回ってからの事である。

 

 こうして辰道の日常はさらなる変化を迎える事になった。

 だんだんと巻き起こる異常事態に適用できるようになってきている事にタツミが気づいていないのは果たして幸か不幸か。

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