塔の発見、手掛かりの消失
魔物の群れを全滅させた冒険者たちは、一旦拠点であるアギ山の麓に戻り怪我人の手当てを行った。
とはいえ重傷者はタツミのみで、他の冒険者の外傷はせいぜい軽傷程度の物に収まっている。
正気を失って凶暴性が増していたとはいえ、1体1体はBランク冒険者にとって脅威というほどでは無い。
カロルの補助魔法とタツミの大激励による援護もあった事から、数の差を覆しての戦闘を可能にしていた。
よって治療といっても念のためという程度の物でしかない。
タツミの傷も彼自身が格闘家として習得したコマンドスキル『結跏趺坐』を使用し自力で傷の回復を行った為、ほとんど治療に手間がかからなかった。
しかし怪我人こそ少ないが被害が無いわけではない。
巨大化した最初のリザードマンに追われ、仲間を守るために2人の冒険者が死亡している。
発見した2人の亡骸は魔物たちに食い荒らされており、原型をほとんど残さない酷い有様だった。
彼らとパーティを組んでいた者たちは一様に悲しみに暮れた。
人目を憚らず泣き出す者、膝を付く者、拳を握り締める者などその反応は様々ではあったが。
しかし依頼はまだ終わっていない。
『瘴気』が振り撒く被害についてはこの場に集まった全員が目撃し、災厄と言えるほどの被害を生み出す可能性がある事を肌で感じ取っていた。
死者が出た事は悲しい、しかしだからといってずっとそのままでいる事は出来ない。
そして何より。
冒険者には常に死の危険が付き纏う。
長く続けていればいるほど『同業者の死』という事態に直面する事は多くなる物だ。
親しい人間の死を自力で乗り越えられないのであれば冒険者など辞めた方がいい。
冷たい言い方ではあるが、この世界においてこれはもはや暗黙の了解といえる冒険者共通の認識だった。
犠牲者のパーティメンバー以外の冒険者たちは死者を悼むのも程々に依頼を完遂すべく行動を開始する。
タツミもまた後ろ髪を引かれるような罪悪感を振り切って調査に移っていた。
彼は『アルカリュード』の面々と共にアギ山の中腹にある採掘場跡の調査を担当する事になった。
巨大リザードマンと最初に遭遇したパーティから聞く事が出来た情報によれば、彼らが中腹に差し掛かった辺りで奴と遭遇している。
その情報を元に付近の採掘場出入り口を洗い出し、最も近い位置にある場所に集まった面々の中で最強の冒険者であるタツミを派遣する事になったのだ。
アルカリュードはいざと言う時の連絡要員として付いて行く事を提案、彼と行動を共にしている。
「ここだな」
日が西に沈む直前、黄昏時と言える頃に彼らは目的地に到着した。
夕日に照らされているというのに採掘場は入り口付近までしか見えないほどに暗い。
アーリとカロルが覗き込んで奥を窺ってみるがほとんど何も見えず、試しに石を投げ入れてみるが反響音以外は何も聞こえなかった。
「……真っ暗ね。リューなら問題無いと思うけど。中を調べるなら松明がいるわ」
「……(コクリ)」
ルンの言葉に同意するように頷くとカロルは背中のリュックサックから松明を取り出した。
「『ファイア』」
「おお、持ってきていたのか。カロルは相変わらず準備がいいな。ありがたく使わせてもらおう」
魔法で火を付けた松明をアーリが受け取る。
少年の用意の良さに感心しながら彼女は入り口の奥に向けて松明をかざした。
穴を掘っただけの洞窟、その足元に錆付いた運搬用線路が見える。
「とりあえずはあの線路を辿ろう。中は入り組んでいるだろうから、要所要所で目印を残すのを忘れないように。線路が途切れるようなら一旦戻るという事で。何か意見はあるか?」
反対意見も無く、彼らは松明を持ったアーリを先頭に闇が支配する洞穴へと足を踏み入れる。
4人が発てる物音だけが響く洞窟。
生き物の気配が何も感じられない闇の中を彼らは息を潜め、周囲を警戒しながらゆっくりと進んだ。
「だいぶ奥まで来たと思うが……線路はまだ途切れないな」
「幾つか分かれ道があったけど片方の道は少し進むと採掘現場跡で行き止まりだったし、たぶん今辿ってる線路が一番奥まで続いてる物だと思うわ」
奥へ進むうちに闇はどんどん深くなっていく。
松明の日もこの暗さの前ではどこか心細く見えた。
声を潜めながらでも会話を続けるのは彼らの心に漠然とした不安が渦巻いているからだ。
気を抜けば闇が持つ本能的な恐怖に飲まれてしまいそうになるから、少しでも気持ちを落ち着けようとしてその結果、口数が多くなっている。
「おそらくルンの言うとおりだろうな。これは俺の推測になるが不気味なくらい何の気配も感じられないから、俺たちがさっき全滅させた群れがこの辺に住み着いていたんだと思う」
「となると……やっぱりこの奥に瘴気に関連した何かがあるのかしら?」
「可能性が高い、としか言えないな。瘴気については魔物に取り憑く事と、取り憑いた魔物に何らかの強化を施す事、光属性の攻撃が特に有効、という事くらいしかわかっていないのだし、確信を持って何かあると言うには情報が足りない」
見えない闇の奥に危険が無いか、ルンはリューに常に警戒させている。
しかしタツミの気配察知と合わせても生き物の気配が何も探知できないでいた。
光に寄って来るような動物、蛾などの昆虫すらもまったく現れないというのは普通では考えにくい。
「一体何が原因であんな物が出現するようになったのか。……実に不可解だな。今まで冒険者の中で噂にすら挙がっていなかった事も気になる」
「……(コクリ)」
奥へ奥へと足を進める4人をじわじわと這い寄って来るような緊張感が包み込んでいく。
少し声を上ずらせながら話を続けるアーリの言葉に、カロルは表情を硬くしながら頷いた。
「それは俺も気になっていた。フォゲッタのギルド長も瘴気については何も知らない様子だったし……」
「あの博識なエルフであるギルド長が知らない、か。まったく前例の無い特異現象なのだろうか?」
タツミとアーリの会話にルンは目深に被ったフードの中で顔を曇らせる。
「(それとも冒険者に対して情報規制されているのか、よね。もしそうだとすると……下手に首を突っ込むと大事に巻き込まれるかもしれない)」
ふぅと気だるげなため息を零す彼女を気遣ってか、服の裾をカロルが引っ張った。
「(大丈夫?)」
「ふふ、心配してくれてありがとう。私は大丈夫よ」
わざわざ魔力を使った念話で呼びかけられた事から、自分の事を本当に心配してくれている事を察したルンは柔らかく微笑みながら優しい手つきでカロルの頭を撫でた。
「ッ! ……どうやら大きな空洞に出るようだ。足元に気をつけろ」
先頭を歩いていたアーリの言葉にそれまでの会話がぴたりと止まる。
タツミの気配察知には相変わらず魔物の気配は探知されていない。
タツミは用心しながら歩くアーリのすぐ横に並び、何が起きても対応できるように身構える。
物音を発てないよう慎重に彼女が空洞に松明をかざした。
「ッ!?」
息を呑んだのは果たして誰だったか。
あるいは全員だったかもしれない。
とてつもなく高い天井に鉱石採掘の為に掘られたのだろう無数の穴に、錆付いたトロッコが線路から外れて転がされている。
そんな放棄されて長い年月が経った採掘場の中央にひっそりと佇む『塔』の存在に誰もが驚き固まった。
もっともタツミの驚きと彼女たちの驚きとでは驚いている内容が異なるのだが。
「なにあれ? 塔?」
「こんな洞窟の中にか? リザードマンたちが作った物、なのか?」
「……(フルフル)」
リザードマンには人が作った施設を自分たちなりに利用する知能はあっても、人間が作るような建物を自力で建てるような能力は無い。
その事を知っているカロルはアーリの言葉を否定するように首を横に振った。
「(……間違いない。俺の夢に出てきた『窓の無い塔』だ。やっぱりこっちの世界の建造物だったのか)」
「どうしたの、タツミ?」
じっと塔を無言で見上げるタツミの表情が険しくなっている事に気づいたのはルンだった。
「……いや、なんでもない。出来ればもっと近づいて調べたいが……ずいぶんと薄いが塔自体から瘴気が煙のように立ち上ってる。迂闊に刺激したくないな」
「そうねぇ。何が起こるかわからないもの」
顎に手を当てて考え込むルンに対してアーリが唸りながら提案する。
「……ならば応援を呼びに一旦外に出るというのはどうだ? ずっとここであれを見ているというわけにもいかんだろう」
「ああ、それはいいわね。ある程度の人手があった方が調査もしやすいでしょうし何があっても対応しやすいもの」
「しかし何が起こるかわからないからな。目を離した隙にこの塔に何か起こらないとも限らないし、ただ放っておくのも危険じゃないか?」
考え込む一同にタツミがさらに意見を出した。
「2人が応援を呼びに行き、もう2人はここで塔の監視という事でどうだ? 監視組みは状況に変化があった場合、無理せず引く事も念頭に置いて行動する。応援はなるべく早く他の冒険者を連れて戻ってくる」
「……(コクリ)」
「そうね。それでいきましょうか」
次の行動は決まった。
あとは各人がどの行動を取るかを詰めていくだけだ。
「俺が残ろう。一応、この中では一番の腕利きだからな。何かあっても対処できる」
「リューがいるからある程度、暗い中でもやっていけるし私も監視として残るわね」
「なら私とカロルで応援を呼んでこよう。カロルに強化してもらえば、ここから拠点までかかる時間を大幅に短縮できるしな」
「……(コクリ)」
淡々と役割を決めた4人。
さっそくアーリとカロルは予備の松明に火をつけ、大空洞を後にした。
2人を見送ったタツミとルンは岩陰に座り込み、無言で塔を見つめる。
リューが時折、舌を出しながらシュルシュルと声を上げる以外は不気味なほどに静かだ。
「動き、無いわね」
「そうだな。瘴気も煙のように立ち上っているが別に天井に滞留しているってわけでもないようだ。溶け込むように消えてる」
「この辺りには魔物がいないから……憑く対象がいないから何も出来ないのかしらね?」
「そうかもしれないな」
声を潜めての会話ではあるが、元々静寂に満ちた場所であるせいか2人の会話は思ったよりもずっと大空洞内に響いてしまっている。
それでも魔物はおろか生き物すら近づいてこないのは、この塔の異質な雰囲気に寄る所が大きい。
何故か塔を見ていると漠然とした不安を掻き立てられるのだ。
何もせずにいると嫌でも塔の雰囲気に当てられてしまう。
ルンが積極的にタツミに話しかけるのはその空気に飲まれないように気を逸らす為だ。
「ん?」
「あら、リュー?」
気配察知で塔を監視していたタツミと魔物特有の超感覚を持つリューが何かを感知し、同時に塔を見つめた。
「何か、聞こえないか?」
「? いえ、私には何も……リュー、貴方も何か聞こえたの?」
ルンの問いかけを彼女の相棒は一鳴きして肯定する。
2人と1匹が注目する中、塔に変化が起こった。
塔その物が透き通るように薄れ、消え始めたのだ。
「なにっ!?」
「薄くなって!? まさか消えているの!?」
反射的にタツミは駆け出していた。
後ろで彼を制止する声がするが止まらない。
「(俺たちの状態を解決する手掛かりになるかもしれないんだ! ここで逃がすわけにはいかない!!)」
走ってきた勢いに任せて刀を木製のドアに向かって振り下ろす。
しかし刀はドアを切り裂く事なく地面を削り取った。
「くっ、もう触れる事も出来ないのか!?」
木製の門は既に触れる事も出来ないほどに透けていた。
反対側の景色が透けて見え始めている。
諦めきれずに彼は門に手を伸ばすが、やはり触れられずに通り過ぎてしまった。
「くそ! 待て、待ってくれ!!」
しかしタツミの懇願もむなしく塔はまるで蜃気楼のようにその姿を完全に消失した。
伸ばしていた手を力無く下ろし、タツミは落胆を隠し切れない深いため息を零す。
「消えた、ようね。さっきまで空洞全体を覆っていた重い空気も無くなってるわ」
彼の様子を気にかけながらルンは周囲の空気が明るくなった事に触れた。
「……そうだな。とりあえず瘴気を生み出しているのが恐らくあの塔だって事がわかっただけでも収穫、か?」
「出来れば塔がどこに行ったのかも知りたかったわね。Bランク冒険者ですら一蹴してしまうような魔物を生み出すような現象がまたどこかで引き起こされるっていうのは正直放置できる問題じゃないもの」
「そうは言うがここで俺たちに出来る事はもう無いだろう。と言ってもフォゲッタに戻ってた所でギルドに報告して注意喚起してもらうくらいしか出来る事はないが」
塔に触れる事が出来なかった右手を見つめながらタツミはさらに言葉を続けた。
「ただ……なんとなくなんだが、あの塔は同じ場所には現れない気がする」
「えっ? それはAランク冒険者としての勘かしら?」
思いも寄らない発言に、驚き半分疑い半分の声音で聞き返すルン。
右手から彼女に視線を移しながらタツミはこう応えた。
「さっき何か聞こえないかと聞いただろ? あの時、俺には声が聞こえたんだ。何かに怯えるように震えていたその声は……」
洞窟の外から声が聞こえてきた。
他の冒険者たちが到着したのだろう。
静かな洞穴に彼らの足音や彼らに呼びかける声が響き、最奥である大空洞まで聞こえてきた。
「『近づかないで』と言っていた」
その言葉の意味はタツミにもルンにもわからない。
今はまだ。




