プロローグ
オリジナルの連載小説を書くのは初めてです。
投稿ペースは遅くなると思いますが見ていただければ幸いです。
都内にある9階建てマンション。
その一室でデスクトップPCに向き合って椅子に座る男性の姿があった。
PCモニターに映っているのはWebサイトではなく、全体を俯瞰するような視点になったゲーム画面。
画面の中央には『彼』が作ったキャラクターが神殿のような内装のダンジョンの中を歩いている。
彼がプレイしているのは『The world of the fate(運命の世界)』というMMORPGだ。
良くある剣と魔法の世界を舞台にしたファンタジー物の作品でプレイヤーは様々な職業、様々な種族のキャラクターを作り、五つの国から成る大陸で過ごす。
自由度が高く、農民として畑や田んぼ、果ては牧場などを経営しながらのんびり生活する事も、商人としてプレイヤーや王族などのNPC相手に交渉をしながら生活する事も可能だ。
とは言っても一番人気なのは剣と魔法の世界で定番とされている冒険者で、プレイヤー総人口の八割を占めている。
「お……?」
プレイしていた彼の口から声が漏れる
画面内の彼の分身は敵である魔物と遭遇したのだ。
敵はプレイヤーキャラを毒などの状態異常にする呪歌という攻撃を得意とする魔物『運命の天使』。
その名の通り、物語に出てくるような真っ白いゆったりとした衣を身に纏った女性の姿をした魔物。
ただ天使が持つとされる背中の羽根に墨でも垂らしたような斑点があり、その表情もおどろおどろしい笑みの形で固まっている。
ホラー映画に出てきそうだ、というのが『彼』の感想だ。
とはいえ彼のキャラクターの能力は非常に高い。
今、対峙している魔物程度ならば苦も無く倒せる程度には。
しかしそれは何も起こらなかった場合の話。
「うわ、ここでも出るか」
画面内で起こった出来事に彼は顔をしかめた。
何の前触れもなく、ゲーム画面の左端でサイコロが転がったのだ。
『ダイスロールシステム』。
プレイヤーが何らかの行動を起こした時、ランダムでプレイの邪魔にならない画面端に六面サイコロが出現。
自動で振られるサイコロの数字によって対象の行動結果が変わってしまうという物だ。
例を挙げると出た目が『6』だった場合、そのダンジョンでは手に入らないレアな装備品やアイテムが手に入る。
逆に出た目が『1』だった場合、宝箱が爆発しダメージを受けた上に何のアイテムも手に入らない、となる。
1~3が悪い結果、4~6が良い結果を招き寄せる。
『1』が最悪の結果、『2』がその次に悪く、『3』は軽いペナルティ。
『6』が最高の結果、『5』はそれなりに良い結果になり、『4』はちょっとした恩恵が得られる。
一日に起こる回数は5回と決まっており良い結果であれ、悪い結果であれ、合計5回起こればその日はもう起こらない。
逆に言えば5回以内ならば連続でダイスロールが行われる事もある。
このゲームの特徴の1つだ。
ゲーム画面の中で転がっているサイコロが止まる。
出た目は『1』。
眉間に皺を寄せながら『彼』は思わずため息が漏れた。
『彼』はこのダイスロールシステムをとても気に入っていた。
ある程度進めていくとどうしても作業ゲーになりがちなMMORPGを常に緊張感のある物に変えてくれると考え、外した時の嘆きも当たった時の喜びも思い返せば良い思い出になると思っているのだ。
故に救済措置として用意されているダイスロールを一日だけ発動しないようにする『ノンダイスカード』と言うアイテムも彼はプレイを始めてから一度も使用した事が無い。
一種の縛りプレイを楽しんでいる彼にとって『サイコロの出目が悪い』など日常茶飯事だ。
ため息を漏らす事はあっても、眉間に皺が寄る程に苛立つような事ではないのだ。
「これで本日、3回目のロール。しかも3回が『1』でしかも連続……か」
今までは悪い結果が重なる事はあっても、ここまで最低の結果がこれほど続く事は無かった。
しかもどの効果もダンジョン攻略に置いて、かなりの影響力を持っているとなれば誰でも苛立つという物だろう。
口元を引きつらせながらも『彼』は魔物を倒すべくコントローラーを操作する。
今回のダイスロールの効果は魔物の能力が全体的に1.5倍に引き上げられるという物だ。
魔物の頭上に表示されている名前が強化されている事を示す赤色の点滅をしている。
忌々しげに点滅を繰り返す魔物の名前を睨みつけながら『彼』は使用するスキルを選択した。
一分とかからずに戦闘に勝利する。
やや苦戦したが、それでも『彼』のキャラクターが負ける程に強くなったというわけではない。
しかしこんな事が何度も続けばダメージが蓄積され、目的を達成する前に力尽きる可能性もあるだろう。
「……」
プレイヤーキャラを操作し、探索を再開する。
ゲーム画面の右端に映るダンジョンマップを確認し、地下へ続く階段に向かって最短のルートを進む。
本日、1回目のダイスロールの結果で引いた唯一の良結果である『ダンジョンの階層情報、マップ情報の開示』のお蔭で探索する上で道に迷う事はなかった。
「またエンカウントか。うん?」
現れたのは銀色の体毛をした狼『ロスト・フォング』。
物理攻撃力が高く、『狩りの本能』というスキルによってエンカウント時に必ず先制攻撃を取るプレイヤーからすると面倒な魔物。 これだけなら多少、嫌らしいと感じるものの普通の魔物である。
『彼』が疑問の声を上げた理由は狼の頭上に表示されている『ロスト・フォング』の文字が赤く点滅している事にある。
「さっきの『1』の効果が続いてるって事か。本当についてない」
ダイスロールによって起こる効果は、内容によっては一定の時間、特定の条件を満たすまでロール結果の効果が継続する物がある
今回の魔物強化はどうやらそちらに分類される物だったようだ。
『彼』は気を入れ直すと、立ち塞がる魔物に対して有効なスキルを使用する。
どうやらダンジョンから退却するつもりはないようだ。
10年続いている『The world of the fate』だがその間に、様々なアップデート、バージョンアップが行われてきた。
就くことができる職業は次から次へと追加されていき、基本の舞台である五つの王国とは別の異世界を舞台にしたマップが追加され、はたまたプレイヤーキャラが他大陸に漂流したという設定で日本の戦国時代を模したマップを期間限定で用意するなど。
次から次へと行われるアップデートはどこからネタを持ってくるんだとまたしてもプレイヤーたちを呆れさせている。
プレイヤー側からすれば飽きが来ないくて楽しいという事になるので文句など無いのだが。
『彼』もまたサービス開始当初からその引き出しの多さを存分に楽しませてもらった人間である。
当初は暇つぶし程度にしか考えていなかったと言うのに成人した今もゲームを続けている事から、どっぷりとはまっているのは間違いないだろう。
課金こそ一度もしていないが、その代わりに時間をかけているので社会人としてはどうだろうと思う事もある。
しかしそれでもやめようとは思わない。
生活の一部と言っても過言ではないと自他共に認めていた。
時間にしておよそ二十分後。
『ロスト・フォング』を撃退した後、十数回の戦闘をこなした彼はこのダンジョンの目的地である最下層へと到達した。
「……案外、小さなダンジョンだったな。今の状況を考えるとありがたいが」
PCに張り付いていた時間が報われた事への達成感からか『彼』は、ゲームを始めてからの十年間で癖になってしまった独り言を漏らす。
ここは最新アップデートで増えた新エリアの一つである『運命神の試練場』と言う名の地下ダンジョン、その最下層である。
このダンジョンには他には見られない三つの特徴がある。
一つ目は『ノンダイスカードの効果無効』。
読んで字の如くの意味であるこの特徴はノンダイスカードに頼ってきたプレイヤーからすれば二の足を踏んでしまうような内容だ。 二つ目は『ダンジョン内でのダイスロール回数固定』。
一つ目の条件ですら普通のプレイヤーでは厳しいものだが、それに加えてこのダンジョンの中にいる間は最大で『10回』のダイスロールが行われる可能性がある。
しかもダンジョンに入った段階からカウントされるので、仮にダンジョン以外でダイスロールが行われたとしてもその回数はカウントされない。
このダンジョンに入ればどのプレイヤーにも10回のダイスロールが行われる可能性があるのだ。
極めつけの三つ目は『ダイスの目が1と6のみになる』。
ハイリスクハイリターンと言えば聞こえはいいが、本人のリアルラックによってはリターンの無い地獄と化す可能性もある鬼畜過ぎる効果である。
このようなダイスロールに特化した効果のせいで、このダンジョンを攻略したと言う情報は、『彼』が知る限り現在までで存在しない。
回数が増えた事によって発動頻度も上がっているのか、地下二階辺りまでで最悪の数字である『1』を引き当てるプレイヤーが続出しているのだ。
パーティーで攻略すると一人一人のプレイヤーがほぼ連続してダイスロールされてしまい酷い目に合ったという話も出ている。
三人で組んで挑めばロールが30回起きる可能性があるので、パーティを組んでいると巻き添えによる危険度も上がってしまうのだ。 止めに普通のダンジョン攻略ならば、それを防ぐ手段になるはずのノンダイスカードもこのダンジョンでは使用できない。
パーティで挑むのは愚策と言っていいだろう。
あまりにも被害が大きい事で、このダンジョンが公表されてしばらく経った今ではチャレンジする人間自体が減っていた。
現在このダンジョンを攻略しているのは彼を除けばいるかどうか、と言うのが現状である。
「しかし、宝箱しか置いてないな。ボスくらいは当然いるもんかと思ったんだが」
『彼』は有給を含めた三連休を利用してこの誰も攻略出来ないと噂されているこのダンジョンを制覇しにきたのだ。
ダンジョンの特殊な効果に加えて適正レベルが高めである事から敵の攻撃も激しく、そして強力だ。
特に先ほど遭遇した『運命の天使』の呪歌によるランダム状態異常攻撃は単独攻略ではなかなか手強い相手と言える。
しかし盗賊系職業を極めてスキルを全て覚えた『彼』のキャラクターには基本的な状態異常を無効化するという大きなアドバンテージがある。
さらに数ある職業の中で8種類もの職業をマスターしたお蔭で、人間種でありながらその能力はとてつもなく高い。
多少のピンチはごり押しでどうにかなるのだ。
敵の強さよりもダイスによるペナルティの方が厳しい。
先の魔物強化を加えて『彼』は既に4回、ダイスの洗礼を受けている。
ダンジョンに入った瞬間にロールされ、『6』が出た事で「幸先がいいな」などと能天気に考えていたら、その後に三連続で『1』という非常についていない状態だ。
最初の『6』でダンジョンの階層情報、マップ情報がすべて開示されたのは良かった。
しかしその後は散々な物だ。
アイテムを使った時に『1』が出た為に、一日のアイテム使用禁止というペナルティを受け。
続けて敵が落としたアイテムを回収した際に『1』が出て罠が発動、ダンジョンの入り口に戻されている。
さらにモンスターとのエンカウント時に『1』が出てしまい、その階層の敵全ての能力が1.5倍に底上げされて倒すのに時間がかかる上に苦戦を強いられる。
実に鬼畜過ぎる効果のオンパレードだった。
これで今日はあと6回ものダイスが振られる可能性があると言うのだから、さすがの『彼』ももう少しで心が折れる所まで来ていた。
入り口に戻された時点で彼自身「もう今日は諦めようか」とも考えたのだが、翌日に再チャレンジしたところでこれより悪くならない保証は無い。
それならばと半ば自棄になって攻略に勤しんだ結果、なんとか最下層である地下四階まで降りてこれたのである。
最下層には部屋が一つしかなかった。
内装は神を奉る礼拝堂。
踏破してきた階層と同様、ダンジョンの中とは思えない程に神々しい雰囲気の背景だ。
モンスターの姿はない。
コントローラーを操作して念入りに部屋を探ったが、部屋の一番奥に安置されている宝箱しか調べる場所もないようだ。
だからこそ彼は警戒していた。
今までで間違いなくトップクラスである性悪ダンジョンの最下層。
そこがただのアイテム拾得の場だなどとは、とても信じられない。
恐らくあからさまに置かれている宝箱を開けた途端に『何かが起こるはずだ』と『彼』はそう考えていた。
しかしここまで来て何もせずにダンジョンから出るわけにもいかない。
ダイスロールのペナルティでアイテム使用不可になっている為に帰還アイテム『脱出の羽』が使えない以上、帰りもダンジョンを踏破しなければならないのだ。
何かしら目に見えた成果が欲しいというのが『彼』の正直な気持ちである。
故に躊躇いはしても、この宝箱を開けないという選択肢はなかった。
『彼』は10分ほどコントローラーを離して時間を置き、ようやく覚悟を決める。
コントローラーを操作して宝箱を開けられる距離までキャラクターを近づけた。
ここまでの行動でダイスロールは起こらなかった。
その事に彼は嫌な予感が膨らんでいったが、今更引く気もない。
「南無三!」
躊躇に震える指先に喝を入れるように掛け声一つ、『彼』は決定ボタンを押した。
次の瞬間、宝箱が開きアイテムが手には入った旨のメッセージウィンドウがゲーム画面にポップする。
ウィンドウには『『スキル書:運命逆転』を入手しました』と書かれていた。
「運命逆転?」
スキル書とはスキルを覚えるあるいは既に覚えているスキルのレベルを上げる為のアイテムだ。
基本的に手に入れると同時に自動で使用される。
職業や種族によっては取得できないスキルもある為、『取得できない』あるいは『スキルレベルが既に限界まで上がっている』場合にのみアイテムとして所持する事が出来るのだ。
『彼』は手に入ったスキルの詳細説明を読み始めた。
効果は至って単純。
自分に発生したダイスロールで悪い結果が起こった場合、それを良い結果と入れ替える事が出来る。
任意で発動出来るタイプのスキルなので使わなくても良いと判断すれば使わないでいる事も出来る。
使用出来るのは1日に1回。
「(なるほど、ここまでの苦労に見合ったスキルだ)」
通常、一日に5回起こるダイスロールのうち、悪い目を引き当てる確率を減らせるのだから相当の代物だろう。
使い所は難しいが、あるだけでも安心出来るスキルと言えた。
しかもこのスキルは現在のレベルが『1』だ。
普通、成長しないスキルは取得した時点でマスターという意味の『M』で表示される。
つまりこのスキルには成長の余地があるという事だ。
現段階ではレベルが上がれば使用できる回数が増えると予想される。
最大レベルが不明だが、元々ダイスロールそのものを楽しんでいた稀有なプレイヤーである彼からすればそこはそれほど重要ではない。
それどころか通常のダイスロール回数である5回に対応できるようになるなら、このスキルは使わないようにしようとすら考えていた。
適度な刺激が無いとゲームがつまらなくなってしまう。
よっぽどまずい結果が予想されない限りは使う事は無さそうだ、と『彼』はほんの少し落胆した。
「またか……」
その時、さっそくアイテム入手に合わせてのダイスロールが起こる。
ロールの結果は『1』。
まさかの四連続での最低の結果に彼は辟易とした。
さすがにレアスキルを手に入れた喜びを台無しにされるのは『彼』でも嫌だった。
なので丁度良い機会だと思い直し、さっそく手に入った『運命逆転』を使ってみる事にする。
「おおっ?」
『1』だったダイスの目が一瞬で切り替わり、『6』に変化する。
その様子に妙な感動を覚え、思わず声が漏れた。
今回の効果はHP、MPの全快。
これからダンジョンを戻らないといけない以上、これは非常にありがたい効果だ。
『彼』は深呼吸を一つして浮かれた気分を切り替える。
ダンジョンから出ようとコントローラーを操作しようとしたところで、またしてもゲーム画面上にメッセージが表示された。
無機質な文字にはこう書かれていた。
『称号:運命に立ち向かう者』を手に入れました。
思わず『彼』は首をかしげる。
「称号? なんでこのタイミングで……」
『称号』と言うのはプレイヤーがやってきた行動によって自動で手に入る物だ。
キャラや職業と違って成長はしないが、入手すると同時に様々な恩恵をプレイヤーに与える。
魔法のスキルを全てマスターしたプレイヤーには『魔を極めし者』という称号が手に入り、全ての魔法の消費MPが半減する効果がある。
適正レベルのモンスター500体を一時間以内に物理攻撃で倒したプレイヤーには『殺戮者』という称号が手に入り、物理攻撃の威力が常時1.2倍される効果がある、などなど。
稀少な称号では職業が商人で且つプレイヤー間でやり取りした金額が一千万を越えると『天性の商売人』、期間限定の戦国時代エリアで誰かに仕えて成り上がった末に戦に勝利すると『戦乱の大将軍』という称号がもらえる。
『戦乱の大将軍』は『彼』も持っていた。
手に入れるまでのイベント過程が個人的に面白かった事から『彼』はこの称号を特に気に入っている。
称号の効果はもらった瞬間から永続的に、他の称号と重複して発動するので持っていればそれだけで効果がある。
よって手に入れる分には損はないものだ。
「(しかしダイスロール直後のタイミングで手に入るなんて、この『運命に立ち向かう者』ってどんなものなんだ?)」
疑問点を解消するべく、『彼』はコントローラを操作する。
メニュー画面からステータスを表示し、称号の詳細を呼び出した。
称号:運命に立ち向かう者
条件:ダイスロールシステムを10000回発動及びノンダイスカードの使用回数3回以下
効果:危機的状況下に陥るほど基礎ステータスが上昇する
最大上昇効果は2倍、HP半分以下から発動し一割以下で2倍になる
武器の破損やバッドステータスの重複でも効果が発動する
「これはまたとんでもない効果だな。と言うかこんな物が手に入るようになるまでこのゲームやってたんだな、俺は」
自分自身に呆れたというニュアンスを隠さずに『彼』は呟いた。
詳細情報に記された情報から察するにダイスロール回数が10000回を突破した事になるのだ。
毎日プレイしたとして1日5回、1年が365日、それが10年続いたとすると18250回。
『彼』とて日がな一日ずっとPCに噛り付いてプレイしていたわけではない。
ダイスロールが起きない日も勿論あった事から、10年と言う時間を考慮すると意外とタイミングとしては妥当なところなのかもしれない。
「なんだろう、すごい達成感があるな」
『彼』がそこまでやり遂げたと感じるのは二つ目の条件のせいだろう。
まさかダイスロールの回数に加えてノンダイスカードの使用回数が条件だとはゲームプレイヤーは誰も考えていないはずだ。
「イベントで10枚1セットの品を全プレイヤーにプレゼントしておいて、この条件とは……性格悪いな」
ダイスロールシステムを楽しむ『彼』のような縛りプレイをする変わり者がいなかったなら、この称号は日の目を見る事はなかっただろう。
おそらく開発者側からすればこの称号自体、入手される事をあまり考えていないお遊びのような代物だと考えられる。
だからこそこのようなゲームバランスを崩壊させかねない強力な効果を設定したのだ。
「まぁ……いいか。さっさと戻ってプレイヤー仲間たちに報告しよう。攻略サイトも編集しないとな」
などと呟き、せっかく手に入れた称号やスキルを無くしたくないという想いから心持ち慎重にコントローラーを操作した瞬間。
またしてもダイスロールが起こった。
「嘘だろ!?」
こればかりは操作どうこうの話ではなく完全な運の問題だ。
警戒したところでどうなる物でもない。
『彼』は仕方なく結果を待つ。
結果は『1』。
5回連続での『1』である。
どうやら今日の『彼』はリアルラックがどん底レベルのようだ。
コントローラーを投げ出したい衝動に駆られながら、天井を見上げて今まででもっとも大きいため息をつく。
「(さてどんな効果があるんだ? さすがに手に入れたばかりのスキルや称号がパーになるとかは勘弁してほしいんだが……)」
そんな事を考えながらPCモニターに視線を戻した瞬間。
パソコンのモニターが突然、光りだした。
「うわっ!? 何だ!!」
『彼』は思わず腕で目を庇う。
驚いてコントローラーは手放してしまった。
光は瞼の裏からでも感じ取れるほどに強くなっていく。
痛みすら伴うほどの閃光に椅子ごと後ろへ倒れこみそうになり。
気づいた時には目の前に『彼』自身が作ったプレイヤーキャラ『タツミ』が立っていた。
『彼』がキャラを作った10年前に憧れていた『無骨だが精悍さを持った頼りになる男性』のイメージそのままの姿で。
「なん、だ……こりゃ?」
瞼の裏に焼きつくほどの光は既に無い。
「なん、だ? ここはどこで、……俺は、どうなったんだ?」
周りを見渡すがそこは何もない真っ白な空間だった。
『彼』とタツミ以外には何もない。
家の中にいたはずだというのに地平の果てまでまったく何もない気持ち悪さを感じる場所にいる。
目の前にいるタツミは目を閉じたまま、微動だにしない。
唾を飲み込む音が嫌に大きく感じる。
嫌な汗が背筋を伝う感覚がやけに鮮明に感じられる。
『彼』には何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。
混乱し、どうしていいかわからずに、思わず目の前のタツミの腕に触れる。
とにかく彼は自分以外にその場に何かが存在する事を実感したかった。
何もない場所に、わけもわからないまま放り出され、何も出来ない。
その事実からどうにかして逃れたいという無意識の行動だった。
するとタツミの腕に触れた『彼』の手がそっと掴まれた。
強い力ではない。
むしろ優しく慈しむような、転んだ子供を助け起こすようなそんな気遣いを感じさせる手つきだった。
「えっ?」
『彼』は驚き、思わず手を掴んできた存在の顔を見つめる。
その手の主であるタツミはいつの間にか目を開いて、困惑する『彼』を見つめていた。
その目はとても優しい物だった。
「ようやく会えたな。『俺』よ」
暖かいその言葉に、掴まれた手から感じられる温もりに、『彼』は異常事態の渦中にいる事も忘れて、ただただ反射的にタツミの言葉に頷く。
自分の言葉に反応した事が嬉しかったのか、タツミは子供っぽい快活な笑みを浮かべる。
それを見て何故か『彼』は目の前の存在の言葉の意味を漠然とだが理解した。
何か論理的に証明できるわけではない。
直感的に、ただすとんと心がその事実を認識したのだ。
『目の前の人物が自分』で『自分は目の前の人物なんだ』、という事実を。
「会えて嬉しいぜ」
その言葉を最後に『彼』の意識はそこで途切れた。