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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第九章
194/208

時空を繋ぐ道。変貌する者、語り合う者

 タツミたちが起きたのは翌日の太陽が真上に上がった頃だった。

 『ワールド・アヴァター』によって行われた蛮行でピリピリしていたはずだったが、疲労の方が上回ったらしく全員が泥のように眠ってしまっていたのだ。

 

 それは人間とは比べ物にならないほどの体力を有するラヴァイアタンすらも例外ではない。

 地面に身体を丸めて色濃い疲労を隠す事なく深い眠りにつくその姿は、彼を年長者として同じ竜として尊敬しているファーヴルムとウルシュ、その子供たちが見れば目を見開いていただろう。

 

 しかし彼らの疲労困憊も仕方が無い事だ。

 『ワールド・アヴァター』との遭遇以前に、瘴気と『窓の無い塔』との遭遇とタツミの救助も行っている。

 休む間もない緊張の連続で、体力気力ともに限界を迎えるのは当然と言えた。

 

 彼らが寝静まっている間に『ワールド・アヴァター』に大きな変化が起こっているなどと誰も予想出来なかっただろう。

 

 

 

 最初に起きたのはライコーだった。

 乗っ取られた後、真っ先に意識を失った彼女だからこそ誰よりも早く起きてしまったのだろう。

 それでもタツミたちの起床との時間差は2時間程度しかない。

 誰もが疲れていたのだ。

 

 彼女は乗っ取られた時に身体の自由を奪われはしたが意識はあった。

 だから自分の身体がひどく重い理由も理解していた。

 

 存在として遙か格上の存在を体内に入れた事による負荷はあまりにも膨大だった。

 ほんの5分にも満たない時間だったが、その時間が一日休んだ今でも彼女の身体に悲鳴を上げさせている。

 もう少し長い時間、身体を乗っ取られていたらどこかしらが壊れていたかもしれない。

 

 どこか他人事のように自己分析すると、ライコーは思うように動かない身体を引きずるようにテントを出る。

 日が昇っているのに薄暗いテントの中に痛む身体のままでいる事が嫌だったのだ。

 

 普段の彼女ならば自分の体調を考えて、隣で寝ているアーリを起こして同行を頼むくらいはしただろう。

 取り切れなかった疲労が色濃い事と寝起きによる思考の鈍化が、彼女に軽はずみな行動をさせていた。

 

 自分が一番重体なはずなのだが、それでも隣で眠る仲間を気遣って抜き足差し足でテントの外へ出る。

 そして。

 

 外に出た彼女の視界に真っ先に飛び込んできたのは日の光を反射してキラキラと輝く湖、ではなく。

 まさに目と鼻の先にいる昨日、自分に取り憑いた規格外の存在の顔のドアップだった。

 

「っ!?!?」

「……」

 

 悲鳴すら上げられない驚きでライコーは硬直する。

 瞬きも呼吸も出来ずに目の前の存在と見つめ合う形になったが、1分と経たずに『ワールド・アヴァター』が目を逸らして距離を取った事でライコーにとっての心臓に悪い時間は終了した。

 

 距離を取った薄透明の人型は何かを探るようにライコーを見つめる。

 ライコーは軋む身体を押して仁王立ちして腕を組み、首をもたげる恐怖心を無理矢理押し殺しながら居心地の悪い視線を真っ向から受け止めた。

 それは彼女自身の意地による行動であったが、そうして向き合っているうちにライコーはふと気付いた。

 

 昨日は存在するだけで感じた圧倒的な圧力が、今は欠片も感じ取れない。

 あれだけあった息苦しさもなく、身体も気怠さこそ感じるがそれだけである。

 見るだけで身震いしていたはずの身体も、昨日の疲労とダメージでふらつくのみ。

 あらゆる意味で加減されているという事が理解できる。

 

「……あんた、もしかして俺たちを気遣ってるのか?」

 

 この存在は先ほどから彼女の身体を検分しているように見えた。

 それは取り憑いた影響で目に見える不調が出ていないか確認しているのではないか、とライコーは思ったのだ。

 視線がどこか柔らかかった事もその推測を後押ししている。

 

「……お前は私が傷つけた。だから身体に問題がない事を確認したかった」

 

 昨日は人語を理解せず意志疎通もままならないが故の不気味さがあった。

 だというのに今はその意志が読み取れる。

 というよりもこの存在は自分の意志を隠すつもりがない。

 包み隠さず素直に感情を出して、それを言葉にしているようにライコーには感じられた。

 

 目の前の存在が、昨日までとはまるで別人のように見えた。

 

「なんか……すっげぇ人らしくなってないか? なんでだ?」

 

 彼女はまず遠回しに探りを入れようと考え、しかし思い直して直球で問いかける。

 ライコー自身がそういう腹の探り合い、話術的なものが苦手だった事もある。

 しかしそれ以上に昨日の横暴の張本人が気軽に話せる相手になっている事が、乗っ取られた時の恐怖を緩和させていた。

 だから真っ向から問いかけたのだ。

 

「……今までずっとお前から読み取った記憶を見た。……だから感情というものを少し理解した」

「げっ……取り憑いた時に吸い出したのって言葉だけじゃなかったのかよ」

 

 そして透けた人型からの回答に、彼女は「うげぇ」と顔を歪めると同時に加速度的に人らしくなってきた理由を理解した。

 

 この存在がライコーの記憶を読んだ事を嫌がったわけではない。

 過去に感じたライコーのその時その時の気持ちから、感情を学ばれた事が嫌だったのだ。

 

 何者にもなれない半端者と蔑まれ、疎んじられた過去。

 彼女は半人半鬼。

 その生まれからして望まれて生まれたわけではなかった。

 どこに行っても迫害された。

 何も分からず、教えてくれる者もいなかった。

 そんな過去に彼女が抱いた感情など、負の感情しかないのだ。

 

「なんでよりにもよって俺の記憶から学んでんだよ。自慢にもならないけど大陸出る前の記憶なんてほとんどろくでもないもんばっかりだぞ」

 

 誰か他の奴の記憶だったら、自分よりはましだっただろう、と。

 もっと綺麗な感情を学べただろうに、と口には出さずに彼女は本気でそう思った。

 自分自身が思い出したくもない暗い記憶なんて、他人が見たところで面白くもなかっただろうに、とも。

 

「……すまない」

 

 人型は顔の部分を伏せて俯きながら、言葉少なに謝罪する。

 何を指しての謝罪かはわからない。

 しかしライコーは今自分が考えた心情を正確に読み取られた事を察した。

 

 だからこそ余計に違和感を覚えた。

 昨日の無慈悲な超常的な存在が、たった1日でここまで他者を気遣えるようになるものなのか、と。

 

「……なぁ、お前。やっぱり別人じゃないか?」

「いいや。私は昨日、お前に無体を働いた『ワールド・アヴァター』本人だ」

 

 疑問の声は即答で一蹴されてしまう。

 しかしその回答内容を聞いたライコーは、目の前の存在と昨日の存在が『違う』という疑念を強めていた。

 

「(こいつは俺にやった事を本気で悪いと思ってる。昨日俺を乗っ取った時の空っぽな感じがない。いくら記憶を読んだって言ってもこんなに変わるもんかぁ?)」

 

 疑問は尽きないが、しかしそれについてこれ以上追求しても白状する事はないんだろうという事も彼女は理解していた。

 

「わかったよ」

 

 追求する事を諦めたと意思表示するためにライコーは言葉を紡ぐ。

 しかしそこで話は終わらせない。

 

「なら皆が起きるまで話し相手になってくれよ。それで俺の記憶を見た事はチャラだ」

「えっ……」

 

 人型の瞳が驚いた事を示すように明滅する。

 してやったりと笑いながらライコーは「どうだ?」と問いかけた。

 

 昨日の恐怖を忘れたわけでは無い。

 しかし恐怖を飲み込んで、これから先を考えられる。

 それはライコーが持つ強さの一つであった。

 

「……わかった」

 

 考え込むように頭部を明後日の方向に向けて黙り込んだ『ワールド・アヴァター』はやがて観念したように頷いた。

 

 世界と命を共にする存在の生きた年月は何百年、何千年前という単位ではとても表せないほどに古い。

 かの存在が語る大昔の話にライコーは大いに興奮し、次から次へと話をねだるようになる。

 目の前の存在が超常的な存在である事など次第に忘れて。

 

 ライコーがその事を思い出すのはこの2時間後。

 湖の畔で足を水につけてリラックスして話し合う自分たちの姿にぎょっとする仲間たちの顔を見ての事である。

 

 

 

「(本当の事を言う事が出来ない事、本当にごめんなさい。そして私を気遣ってくれてありがとう)」

 

 彼女が興奮して話を聞く様子を見つめながら『ワールド・アヴァター』の現人格となっている『人物』が謝罪と感謝をしている事には幸か不幸か誰も気付かなかった。


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