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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第九章
192/208

時空を繋ぐ道。逃亡、修復されど傷痕は残る。

 タツミが目を覚ました喜びを仲間たちが分かち合っている間にも事態は進行する。

 

 『窓の無い塔』はいつも通り、現れた事がなかった事のように薄れ消えていく。

 タツミたちは対処法が無い為に、歯がゆく思いながらもそれを見送る事しか出来なかった。

 

 完全に塔が消えてしまえば残ったのはもはやほとんどの建造物が倒壊し、廃墟と化した街が目の前に広がる。

 

「……これからどうするか」

『次の道を探してこの場から去るしかないね。おたついてると人が来て動けなくなるよ』

 

 鎧人形から放たれる言葉にタツミは深くため息を零した。

 胡乱げな視線を何食わぬ顔(表情など見えないが)をしている鎧人形に視線を向ける。

 

「……(ステータス)」

 

 そして他人に感知されない自分のみが使うことが出来る能力を使用してその正体を看破した。

 

「婆さんの声だが、婆さんじゃない。俺の力を三分の一くらい持って行ってる竜の加護の具現化、ってところか?」

『見ただけでそこまで理解するのかい? 恐ろしい分析力だねぇ』

 

 老婆の声でからから笑う鎧人形。

 仲間たちも一見で正体を言い当てたタツミに驚いている。

 

「俺との繋がりがある事はなんとなく分かるからな。後はわざわざ婆さんの声を使う理由とかその辺から推測しただけだ」

『なるほどね。……っと何か来たようだよ?』

 

 老婆の視線を追うように全員の視線が空へと向かう。

 遠くから空を裂く轟音が複数近付いてくる事に最初に気付いたのはキルシェットだった。

 

「空飛ぶ大砲が来ます!!」

 

 彼の言葉を証明するかのように街があった場所、その上空を通過する編隊を組んだ戦闘機。

 

「塔が消えた事を察知してすっ飛んできたってところですかね? 動きが早いですね、面倒な事に」

 

 トラノスケは疲労が抜けきっていない身体の具合を確認しながら周囲を見回して逃走ルートを模索する。

 

「手は出してなかったが監視はしていたというところか」

「手を拱いていたら事態が動いた。だから慌てて来たんでしょうね、たぶん」

 

 アーリが自らの騎竜の首を「もう一頑張り頼む」と労うように優しく撫でる間に、ルンは未だに疲労から歩く事もままならないカロルを抱き上げて、ドラードの後ろに乗り込んだ。

 

「流石に拘束されるわけにはいきませんね。弁明にどれだけの時間がかかるかわかりませんし」

「俺たちの言葉、兵士っぽい連中に通じてなかったからな。時間掛けてもこっちの言いたい事わかってくれるかわからねぇし、ここは逃げる一択だろ」

 

 オイチが人が乗れるサイズの折り鶴を式神で作成して乗り込み、力を使い果たして未だにフラフラのライコーは自力で移動するのが困難な為に式神に便乗する。

 

「とはいえ逃げる宛がないと……」

 

 キルシェットは眉を寄せどうすればいいのか困った様子で周囲をきょろきょろと見回す。

 全員の意見が一致し、逃げる為の手段を考え出したその瞬間。

 ルンによってドラードに乗せられ、落ちないように抱き締められているカロルの頭上にタツミにしか認識できないサイコロが舞った。

 出目は「6」。

 最大の結果を出したカロルは、深刻な魔力不足で荒れている呼吸を必死に整えながら、今までならば気付く事が出来なかった事象に気付いた。

 それは限界を超える魔法行使によって彼の中で何かが成長した証なのかもしれない。

 

「(皆さん! あそこ見てください!! 景色が歪んでます!! あれってもしかして『時空を繋ぐ道』じゃないですか!?)」

 

 全員の視線がカロルが震える指で差す方角に向かう。

 そこはコンクリートの床が剥げ落ちてその下の地面が晒された、かつての大通りだった。

 しかしこの中で特に目が利くトラノスケ、キルシェットですらも彼が気付いた異変が『捉えられず』に困惑した表情を浮かべる。

 

「? カロル君、歪んでる場所ってどこ?」

「(えっ? あの、そこの大きな通りの真ん中です、けど……)」

 

 自分以外に景色の歪みが見えていない事に気付いたカロルは友人の問いかけに自信なさげに応える。

 トラノスケは指差された方角に改めて視線を向け目を細めるが、彼の目を持ってしても『景色が歪んでいる光景』は確認できなかった。

 

「他に誰か見えますか?」

 

 トラノスケの問いかけに精霊と関わるライコーも、タツミも、『人獣一体』によってリューと感覚を共有したルンも、首を縦に振る事は出来なかった。

 しかし老齢の竜とその人格を有した鎧は違う反応を示す。

 

「視覚では確かに分かりませんが……あの辺りに『普通はないはずの何かがある』というのは薄ぼんやりと分かりますな。集中しなければわからないほど微かな違和感ですが……それが『時空を繋ぐ道』かどうかはわかりません。あれには今まで違和感などありませんでしたからな」

 

 歪みかどうかはわからないがカロルの感覚が正しいものと後押しするラヴァイアタン。

 しかし同時にそれが『時空を繋ぐ道』かどうかは判断出来ないと忠告も行っていた。

 

『そこの老いぼれと同じく坊やが示した場所には僅かに違和感があるね。どうやらその坊やはわたしとの戦いの中で殻を破ってしまったらしい。よくわからない物が見えるようになっているのはその影響だろう。一時的にあらゆる感覚が鋭敏になっているのさ」

「(そう、なんですか?)」

 

 鎧人形はラヴァイアタンに同意を示しながら、自分にしかわからないらしい光景を怖がっている様子の少年のフォローをする。

 

「……行くかどうかで悩んでいるようだがね。現状、あれしか逃亡の手立てがないって言うなら行ってみるしか無いんじゃないかい?』

 

 どこか挑発的な口調で老婆の声が悩むタツミたちに問いかける。

 それが尻込みする者へ発破をかけようとしているのだと言う事に気付かない者はいない。

 ミストレインに突っかかる事が多かったライコーですらも、声を荒げて言い返すような事はせず、覚悟を決めるように目を閉じるだけだ。

 

「捕まるくらいなら逃げる。それは変わらないな。トラノスケ、ロープはまだあるか?」

「はいはい、こちらにありますよっと!」

 

 放り投げられた太いロープを手早く自分の腰に結び、傍にいたオイチに渡す。

 オイチは一つ頷くと自分の腰にロープを巻き付け、キルシェットへ。

 キルシェットが結んだ後は式神の上でぐったりしているライコーの腰に結びつけ、最後にラヴァイアタンの首に巻き付ける。

 

 その間にトラノスケはもう一つのロープをアーリに放り投げていた。

 彼女もまた意図するところを理解し、ドラードと自分をロープでしっかり固定し、ルンとカロルも同様に結びつける。

 こちらもしっかり結べた事を確認すると飛翔し、最後の結び目をラヴァイアタンの首へ。

 

 その間に戦闘機の編隊は二度、三度と上空を通り過ぎていった。

 

「全員、最低限はぐれないようには出来たな?」

 

 戦闘機が通り過ぎた後に出来る飛行機雲を睨み付けながら、タツミは最終確認する。

 その言葉に全員が頷くと、彼は最後とばかりに何もしていなかった鎧人形に視線を向ける。

 

「そろそろ戻ってもらって良いか?」

『そうだね。あんまり長く離れているのも良くないし、そろそろ戻らせてもらうよ』

 

 鎧人形はそう言うや否や、まるで中身が無くなったかのようにその場に硬質の音を立ててその場で崩れ落ちた。

 鎧その物が力で編み込まれた物だったため、崩れ落ちた端から散り散りになって消滅していく。

 

 かつて鎧の頭部があった位置には淡い紫色のボールのような光の球が浮遊していた。

 それはタツミの胸へと移動し、そうである事が当然とでも言わんばかりにあっさりと飲み込まれていく。

 タツミも球体が胸の中へと沈み込んでいく事に抵抗感を示さない。

 

『もうこんな形で加護である私が出てくるような事はないようにしなよ』

 

 忠告する老婆の声はやけに鮮明で、タツミが一度はしてやられたという事実を本人を含めてその場の全員が改めて噛み締める結果となる。

 

「わかっているさ。二度と遅れは取らない。俺も……仲間たちもな」

 

 タツミは独り言のような声量で忠告に回答した。

 しかしその内容は全員の決意の代弁でもあった。

 

「それじゃラヴァイアタン殿。またその背に乗らせてもらいますね」

「構いませんとも」

 

 快諾する彼に口々にお礼の言葉を述べて、彼らはその背に乗り込んでいく。

 そして彼は全員が乗り込んだ事を確認し、その翼を大きくはためかせて飛翔。

 カロルが景色が歪んでいると断言し、自身が僅かに感じた違和感の場所へと突撃する。

 

 背に乗る彼らは口を真一文字に引き結び、その時が来る瞬間に身構えた。

 そして彼らの視界が歪み、景色は一変する。

 

 その先にある物が何であるかはまだ誰にもわからない。

 

 

 

 そして彼らが去った後の崩壊した都市。

 戦闘機の偵察によって危機は去ったと判断されて軍用車が次々とやってきた。

 僅か二日程度の間に変わり果てたアメリカ有数の都市の姿に誰もが呆然として動けずにいた。

 しかし彼らの見ていた景色は一変する。

 

 誰が最初に気付いたかはわからない。

 あるいは誰もが同時にそれに気付いたのかもしれない。

 

 都市部の上空に現れたそれは人型をしていた。

 空色のような水色のような薄透明の身体。

 女性的なラインをした、しかし性別を断定する事がなぜか出来なかった。

 それは意志があるのか無いのかわからない瞳で空を見上げ、空に浮かびながら立ち尽くしていた。

 

 都市部にやってきた人間たちにとって先ほどまであった『塔』や鎧武者、竜などと同じくらい得体の知れない存在である。

 軍人たちは銃を手に、母国語で声を張り上げた。

 半ば恫喝のようになってしまうが、それほど彼らにとってこの人型の何かは恐ろしかったのだ。

 

 しかし彼らの思いを知ってか知らずか、人型は突然発光する。

 身体全体で放つその柔らかな光は、自分に注目していた者たちの目を潰すような事もなく。

 光が収まったその時には何かの姿はあっさりと消失していた。

 

 しかし彼らが驚いたのは得体の知れない人型の消失だけではない。

 もはや原型すら残っていなかった建物。

 その全てが光が収まった頃には、倒壊する前の状態に戻っていたのだ。

 まるで全てが無くなったさっきまでの出来事が夢だったかのように。

 

 この二日で常識外の出来事に見舞われ続け、精神的に疲労困憊だった現地民たちは今度こそただただ立ち尽くした。

 

 しかし今までの事を質の悪い白昼夢で済ませ、日常に帰る事は許されない。

 

 『窓の無い塔』という奇々怪々な建造物の記憶。

 フィクションの世界から飛び出してきたような不条理な化け物に襲われた記憶。

 そしてそれらを追うように現れ、人々を救い事態を解決したと目される者たちの記憶。

 

 この街を襲った悪夢のような出来事は人々の記憶に確かに残っているのだから。


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