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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第九章
186/208

時空を繋ぐ道。蠢く瘴気、動く状況

 

 暗い暗い闇の中。

 何も聞こえない、何も見えない。

 目の前でかざしているはずの自分の右手すらも見えない、一寸先すらも覆う闇。

 そのような場所でタツミは水の中にいるかのように浮かんでいた。

 

「……」

 

 最初は水の抵抗のようなものを感じながらも体を自由に動かす事が出来た。

 ならばと武器を振り回し、周囲を照らすようにスキルを行使して周囲の状況を確認し、あらゆる行動で脱出を試みる。

 しかしタツミが何度試しても状況は変わらなかった。

 

 水のような抵抗は疲労と相まって彼の体を蝕み、思うように動かなくなっていく。

 しかも時間が経てば経つほどに体は鉛のように重くなっていき、気ばかりが焦ってしまう。

 

 あらん限りの叫び声を上げてみたものの出したはずの大声は自身の耳にすら届かなかった。

 どうやらこの空間では音が反響することがないらしい。

 

「(俺はてっきり飲み込まれると同時に瘴気が俺の体を乗っ取ろうとしてくると思っていたんだけどな……)」

 

 捕縛される失態を犯した時点で、彼は自身を取り込もうとする瘴気を弾き返す覚悟を決めていた。

 それがどれだけ無謀な事であろうとも成し遂げて見せると、『出来る出来ないではなくやるのだ』と決意していたのだ。

 

 しかし彼の予想に反して待っていたのはただ闇が広がる空間で。

 それでもと思考を巡らし、仲間の元へ帰る為に奮起して、どれほどの時間が経ったのか。

 

 ずっと意識して起動しっぱなしにしているステータスに映るバッドステータスを示す赤で記される『摩耗、疲労』の無機質な文字が憎らしい。

 

「(くそ、タツミ……タツミ。応えてくれ、タツミ……!!!)」

 

 半身に声をかけるも応答する声はない。

 

 彼が何をしても景観は何も変わらない。

 変わらぬ闇が時間の彼の感覚を容易く奪い、その精神を擦り減らしていた。

 タツミが何をしても変わらない、何も起こらない状況が彼の心を消耗させていた。

 

「くそっ……」

 

 悪態をついてみても、反響すらしない空間では自分が本当に声を出したのかすらもわからない。

 どれほどの時間そうしていたか、彼自身にも定かではないが身体はもうほとんど動かなくなっていた。

 タツミ自身の感覚では手足は指一本動かせない。

 むしろ今、自分の手足が付いているかどうかすらもあやふやになっていた。

 

「(どうする、どうすればいい? 何か……何かないのか!?)」

 

 気ばかりが焦るが光明はまったく見えない。

 出来る事と言えばどこまでも続く闇を睨みつける事だけ。

 そしてもはや自分の目が本当に開いているのかどうかさえもわからなくなっていき。

 

「(意識が……とぶ。だ、めだ……た、え……ろ)」

 

 意識が無くなれば抵抗のしようがない。

 今、微睡に身を任せれば二度と目を覚まさないかもしれない。

 目覚めない眠りに落ちた自分の体がこの空間の外にいる仲間たちを傷つけるかもしれない。

 

 それらの恐怖を糧にしてタツミは必死に意識を繋ぎ留める。

 だがそうして耐え続ける事すらもやがて限界を迎えてしまう。

 

「(う……ぁ……)」

 

 意識が途絶える寸前、彼は自身の体から何かごっそり抜き取られる感覚を味わい、そのまま気を失った。

 もしもあと数秒意識を保っていられたならば、彼は自分が取得し、マスターした上級職業のうち『レンジャー』、『重戦士』、『武道家』の文字がグレーアウトした事に気づけたかもしれない。

 その変化が何を示すのかは外の者たちが身をもって知る事になる。

 

 

 

 

 タツミを助けるという目的をパーティメンバーが共有してしばらく。

 夜が明け、太陽が東から昇り始めた頃の事。

 

「あの空飛ぶ鉄の鳥、気のせいでなければ数が増えていませんかね?」

 

 鳥よりも力強く、飛竜よりも速く飛翔する飛行物体に警戒心を露わに顔をしかめるトラノスケ。

 

「いいえ、気のせいではありませんな」

 

 その言葉を老竜が頭上を見上げながら肯定する。

 

「瘴気に飲み込まれつつある街の偵察か、はたまたあちらからすれば得体のしれない私たちへの牽制か。まぁどちらもだというのが正直な所でしょうね」

「問題はどちらを重要視、いや危険視しているかだな。我々を瘴気と同レベルで危険な存在だと認識されていると厄介な事になるかもしれん」

 

 ルンとアーリの言葉は正しい。

 タツミの救出に全力を尽くしたい一同からすればいらぬ横槍が入るのは望ましい事ではない。

 しかしこの場所の人間とは言葉が通じない事がわかっている以上、どう認識されているかはあちらの行動を持って判断する他なく、より一層の厳しい状況が待っている可能性は誰も否定できないのだ。

 

「タツミを助ける手段も思いつかねぇって言うのに。あんなのまで相手にすんのはごめんだぜ」

 

 ライコーの言葉はそのまま彼ら全員の心を代弁していた。

 

 

「動きがありましたっ!!」

 

 交代で偵察に出ていたキルシェットが走り込みながら声を上げて報告する。

 その言葉に一同の緊張が高まる。

 

「瘴気の沼全体が大きく蠢いていますっ!! 僕たちを追い回していた時以上の変化ですっ!!」

 

 アーリとラヴァイアタンはすぐにその場から飛び立ち、上空から慎重に街へ近づいていく。

 

「……あれは、なんだ? 何かが瘴気の中から外へ出てこようとしているのか?」

 

 竜騎士の卓越した視力は街すべてを支配下に置いている漆黒の地面の変化を正確に捉えていた。

 気泡のような物が瘴気の沼に浮き上がっては消えていき、大きな波紋を幾つも作り上げて震えている。

 まるで地震でも起きたかのような波紋は後から後から揺らぎを大きくしていた。

 

 そうそれはまさにあの中から何かが出てこようとしているように見えるだろう。

 

「中でタツミが何かした、と考えるのは希望的観測だと思われますか? ラヴァイアタン殿」

「そうであって欲しいとは思いますが……そう判断するにはまだ早いでしょうな」

「……もう少し近づいてみましょう。頼むぞ、ドラード」

 

 彼女の相棒は一鳴きして意図を汲み取った事を伝え、翼を大きく羽ばたかせて街の上空を飛翔する。

 彼女らの後ろを追随するように飛翔するラヴァイアタンは瘴気の沼の変化を注意深く観察していく。

 

 2体と1人の編成部隊が背の高いビルの屋上を幾つも通り越す。

 瘴気の水面に不気味に浮かび上がる気泡が尋常ではない数になり、そして彼らが気泡が湧き上がる地点の直上に差し掛かった時。

 

 瘴気の沼から紫色の光を纏った何かが飛び出した。

 それはまるで弾丸のように一直線に、それも凄まじい速度で空を舞う竜たちへ向かう。

 何かが起こる事を警戒していたアーリとドラードは自らに向かって下から飛び上がってくるソレに対して即座に反応した。

 

 飛翔するそれに対して騎手が正面から向き合うようドラードは一回の羽ばたきでわずかに浮き上がり、勢いをつけて己の体を垂直にして降下。

 それを見越していたアーリは己の槍を頭上に掲げ、ドラードの動きの勢いも合わせて迫りくるそれに槍を振り下ろす。

 

「ぐぅっ!!」

 

 ぶつかり合う両者は同時に弾かれ、ドラードとアーリは空中を何回転かして衝撃を弱めて停止。

 対する弾丸のように迫ったそれは近場のビルに激突して風穴を空けた。

 

「ご無事ですか、アーリ殿、ドラード殿!!」

「ああ、問題ない!」

 

 軽く槍を持つ手を掲げて身を案じる老竜に応えるアーリだが、その視線は風穴が空いたビルに集中している。

 建物が破壊された事で上がった煙によって彼女を襲った何かの姿は確認出来ないが、しかしそこにいる事は理解できた。

 隠すつもりなどまったくない濃い気配がそこからしているからだ。

 

 煙は何かの腕が一払いするとあっという間に晴れていった。

 そしてその姿がアーリたちの眼前に晒される。

 

「なんだ、あれは?(そして感じ取れる気配……これは)」

 

 それは黒一色の全身鎧の人物だった。

 しかしただの鎧というには着ている者の身体にフィットした造りになっており、外見からも装着者が男であることが窺えた。

 顔もまた鉄兜によって隠され、その奥にあると思われる瞳は見えない。

 痛いほど強い視線にはこちらを打倒しようという意思のみが感じ取れる。

 

「体格は完全にタツミそのままだな。であればあれは……やはり彼は乗っ取られてしまったのか?」

 

 沈痛な面持ちで顔の分からない敵対者を見つめるアーリの絞り出すような言葉に返る応える声はない。

 そう声ではなく、返ってきたのは『強烈な足蹴り』だった。

 

 容赦も加減もない踏み込みと共に鎧の人物が跳ぶ。

 背後で踏み込みの衝撃によってビルが倒壊していく様からも込められた力が尋常でない事が理解できた。

 

「う、だぁっ!!」

 

 その踏み込みで飛び出した鎧の力強い前蹴りを、アーリは槍で受け流した。

 いや受け流さなければならなかった。

 その一撃を正面から受け止めてしまえば、槍など容易く粉々にしてアーリの華奢な体を鎧ごと文字通り貫いていただろう。

 通り過ぎた鎧はそのまま向いにあったビルに突撃し、またしても上がった白煙によってその姿を隠してしまう。

 

「あ、危なかった……」

 

 当たれば即死と直感出来る攻撃を捌いたという事実に遅まきながら彼女の体から冷や汗がどっと吹き出す。

 過度な緊張はまずいと必死に呼吸を整えるアーリの様子にラヴァイアタンは敵が突っ込んだビルと彼女との間に割って入った。

 

「ここは私が引き付けましょう。アーリ殿は皆に報告へ向かい、増援を連れてきていただきたい」

「……わかった。無理はなさらぬよう!」

「無論。心得ておりますとも」

 

 最低限のやり取りを終えて老竜に背を向けて一目散にその場を去っていくアーリ。

 無防備なその背に向かって収まらぬ煙の向こうから拳が突き出される。

 突き出しの勢いで空気が弾け、拳の形をした衝撃波がアーリたちの背後を襲う。

 しかしそれは彼女らを貫く前に不自然に吹いた強風によって消え失せてしまう。

 

「貴様の相手は私だ(むぅ、こやつが瘴気の海から現れた時に見えた紫色の魔力、それに感じた気配……覚えがある。……しかし今は感じられない、か。確かめねばなるまい)」

 

 立ちふさがる巨体。

 その大きな瞳に見つめられながら、鎧の人物は臆することもなくビルの屋上に軽々と上がると構えを取った。

 堂に入ったその姿を見れば無手で戦うつもりらしい。

 

「……来い」

 

 ラヴァイアタンの言葉を合図に鎧の人物は屋上を蹴って中空へ跳び上がった。

 

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