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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第九章
184/208

時空を繋ぐ道。力を増す瘴気

 タツミたちが見ている中で重々しく開かれる『窓の無い塔』の扉。

 

 開いた扉の奥には蠢く瘴気があった。

 既に周囲は夜の帳に包まれている中、それでも尚わかるほどに濃い瘴気によって建物の中は窺い知れない。

 その瘴気が外へと放出されていく。

 

 放出された瘴気は滝の水のように真下に流れていき、見た目以上の圧力を伴って真下にあった建造物を全て押し潰してしまう。

 建物を跡形もなく潰した瘴気はその場に水溜まりのように広がっていく。

 よく見れば周囲に散っていた残り滓のような瘴気が、水溜まりとなって広がる瘴気吸い寄せられるように集まっている。

 

 『窓の無い塔』は扉を閉じ、事態を静観するかのように動かない。

 タツミは刀を構えたまま瘴気を睨み付け、トラノスケはその懐に手を差し込みながらいつでも動けるように中腰で警戒している。

 

「何が起こると思います?」

「わからん。だが絶対に碌な事じゃない」

「同感です」

 

 軽口を叩き合う二人の前で水溜まりのように広がる瘴気が少しずつその範囲を広げていく。

 そこで黒い水溜まりに波紋が広がる。

 タツミたちはじっと目を凝らし、事態の変化を警戒していた。

 

 そしてすぐに気付く。

 水溜まりの中央に何かが浮かび上がっている事に。

 少しずつ収束し、その規模を小さくし、何かの形を取り始めている事に。

 

「……仕掛けてみるか」

 

 火縄銃を構え、蠢く瘴気の浮かび上がっている地点に狙いを付ける。

 戦闘機は状況の変化を見守っているようで塔に向けて攻撃を仕掛ける事も無く、街の上空を何度も往復していた。

 

「ふむ。攻撃されるかもと警戒しておりましたが……あちらの理性的な対応は私としてもありがたいですな」

 

 その気になれば戦闘機すらも軽くねじ伏せる事が可能な老竜は、塔と戦闘機の両方を警戒していた。

 竜という存在が大抵の存在から脅威に見られる事をよく知っているが故に、彼は見た事の無い兵器である空飛ぶ鉄の鳥に対しても警戒しなければならなかったのだ。

 

「今は様子見、という事でしょう。私たちもあちらの兵士に民を受け渡しをした際に疑心や警戒の篭もった視線を向けられましたし。残念ながら言葉がわからなかったので問い詰められても首を振るくらいでしかお答えできませんが……」

 

 市民の誘導と引き渡しをする際にオイチたちはこの地の軍隊と接触している。

 彼らは見慣れぬ力を使い、竜や蛇を操る彼女らを警戒していた。

 それでも守るべき市民の安全を優先して彼女らに対して敵対的行動を取らなかったその判断は称賛に値するだろう。

 タツミ以外は知らぬ事ではあるが、この世界で彼ら彼女らの戦う姿は異質過ぎるのだから。

 

 あくまで伝承の生物でしかないはずの竜と共に現れたフィクションでしか存在しないはずの魔法やそれに類する力を使う者たち。

 そうでなくてもありえないほどに高い身体能力で飛び跳ねる様子は、彼らに敵対行動を取らせる事を躊躇わせた。

 同時に警戒や疑念もまた尽きる事はなく、それも当然の事と言えた。

 

 それでも即座に拘束などの行動に出なかったのは彼らの行動が市民を守る為の善良な物であった為であり、下手に敵対行動を取った時、彼らがどのような手段に出るか予想出来なかった為だ。

 

「あちらからすれば塔も俺たちも正体不明の侵入者だろうからな。俺たちとしても無用に敵対する事は避けたいが、それもあちらの態度次第だ。皆、きついだろうがあちら側にも隙は見せるなよ」

 

 仲間たちの返事を聞きながら、タツミは銃の引き金を引く。

 

 銃口から放出された光が人のような体型に固まりつつあった瘴気に直撃する。

 集まりつつあった瘴気の一部が消滅するものの、既に構築されつつあった人型は健在だった。

 

「そこまで効果的じゃないか。さてどうするか……っ!?」

 

 人型と目が合ったようにタツミは感じた。

 

 次の瞬間。

 コンクリートで固められた大地が割けた。

 タツミの真下から瘴気の刃が勢いよく飛び出し、彼を貫かんと迫る。

 いち早く攻撃の気配を察知した彼は、傍にいたキルシェットとオイチを咄嗟に突き飛ばしながら背後に跳躍した。

 その手にあった火縄銃は既にコマンドで仕舞い込まれ、代わりに腰の刀が抜き身のまま装備する。

 

「ちっ!」

 

 跳躍した己を狙って地面から伸び続ける黒い刃を刀で切り捨てる。

 切り捨てた軌跡をなぞって生まれた真空の刃が、未だに水溜まりの上に留まっている人型の瘴気に襲いかかるも、水溜まりが壁のようにせり上がる事でタツミの攻撃を受け止めてしまった。

 

「距離を取れ! なるべく背の高い建物の登るんだっ! 瘴気は地面の中に浸透しているっ!!」

 

 瘴気の槍は人型の足元から伸びていた。

 そこから気配察知によって知った敵の情報と以前ボロスが支配していた病院で行っていた攻撃から判断し、タツミは仲間たちをすぐに地面から離す決断をする。

 既に地面の下は瘴気が染みこんでいた。

 それが示す意味は先ほどの地面を割って現れた瘴気によって明らかだ。

 地面を介してならどこからでも攻撃出来るという恐るべき事実。

 その範囲はボロスが病院を支配したあの頃よりも遙かに広い。

 市街の地面はほぼ全てがあの瘴気の支配下にあるのだ。

 

「(明らかに前よりも力が増している……)」

 

 それを説明する時間はなかったが、彼の指示に仲間たちは実に迅速に対応していた。

 アーリは傍にいたルンを騎竜の背に乗せて飛ぶ。

 キルシェットとカロルはライコーに掴まり、ライコー自身は彼らの行為に文句も言わずにシルフを介してロケットのようにその場から大きく跳躍して近くにあったビルの屋上へ。

 トラノスケはオイチを姫抱きにしてビルの壁から壁へと三角飛びをして上を上へと跳躍を繰り返す。

 ラヴァイアタンはその場から飛び立ちながら、仲間たちを追うように地面から無数に湧き出る瘴気の腕を風の魔法でその場に押さえ付けた。

 だが押さえ付けられた腕はすぐに力尽くでラヴァイアタンの魔法を突破し、彼ら彼女らに襲いかかる。

 

 それぞれが襲い来る瘴気の攻撃に対処する中、トラノスケやルン、オイチなどの洞察力に長けた面々は気付いた。

 自分たちに襲いかかる攻撃にはどうしてか、それほどの勢いは感じられない事に。

 

 まるで彼らに身を守らせる為の牽制のよう。

 程なく、それは攻撃に対処している彼ら自身に共通した所感となる。

 それほどあからさまに攻撃の手が緩かったのだ。

 

「(これが牽制という事はどこかに本命があるはず……)」

 

 瘴気の本命が何であるかはすぐに知れた。

 水溜まりの上にいる人型はずっとタツミだけを見つめていたからだ。

 攻撃した事で標的とされたのか、それとも他の要因があるかはわからない。

 しかし彼を狙う攻撃の苛烈さが、瘴気の本命が誰にあるかを言葉よりも雄弁に語っていた。

 

「(こいつらの狙いは……俺だっ!!)」

 

 それは攻撃を受ける本人が一番分かっていた。

 水溜まりからせり上がり、彼目掛けて迫る無数の腕。

 それは丸太のように太く、その数もキルシェットたちを襲う物の軽く数倍。

 ビルからビルに跳び移りながら彼はそれらを刀で捌く。

 

「タツミさん!」

 

 自分に襲いかかる攻撃をくぐり抜け、キルシェットが声を上げながら彼の元へ走る。

 

「キルシェット! 皆に伝えろっ! 俺が引きつけてるうちにあの水溜まりの上の奴を狙えと!!」

 

 助けに入ろうとする少年に、タツミは語気鋭く言い放った。

 キルシェットはその言葉の圧力に思わず足を止めてしまう。

 そしてタツミから向けられた言葉の意図を『正しく』理解すると、悔しげに歯を食いしばりながらもすぐに頷いてその場を離れていった。

 

「(あいつじゃこのこいつらに対処出来ないと思っている事がばれたな。だが巻き込むよりはずっといい)」

 

 キルシェットの実力ではタツミに襲いかかるこの瘴気の腕には対処出来ない。

 この腕は一本一本にステータスがあり、そのレベルはキルシェットでは一撃もらうだけで瀕死になりかねないほどの強力な物だ。

 タツミを助けるために乱入したところで一瞬でぼろ雑巾のようになってしまうだろう。

 

 だからこそ近付いてくるタツミのキルシェットを止める声には力が入った。

 冒険者である以上、戦う事や傷つく事から逃れる事は出来ない。

 それでもそれなりに一緒に旅をして今やすっかり弟子であり弟のように思うキルシェットが無理をして傷つく姿など、彼は見たくなかったのだ。

 それが暗にキルシェットがまだまだ彼を手助けするには実力不足である事を露呈させる事になっても。

 

 幾つものビルがタツミを狙った攻撃の余波で破壊され、崩れ落ちていく。

 近付く腕を切り払いながら遠くへ遠くへと逃げていくタツミだが、次に降り立ったビルが着地と同時に傾いた。

 

「なにっ!?」

 

 体勢を崩すも受け身を取り、転がるようにして立ち上がる。

 すぐさま隣のビルへ飛び移り、背後を見やれば傾いていたビルの下は水溜まりのように広がる瘴気に飲み込まれていた。

 まるで底無し沼に落ちたように際限なく沈み込んでいくビルに寒気を感じる。

 

「(……時間をかければかけるほど瘴気は地面から周囲に浸透していく。このままだと被害はこの街だけに留まらないぞ)」

 

 恐ろしい未来を想像し、タツミは事態の収拾を焦る。

 その焦りが隙となってしまった。

 

 足場のビルが勢いよく崩れていく。

 慌てて飛び退こうと力を込めた足は、ビルの中から突き出された腕によって掴まれてしまっていた。

 

「う、おあああああああっ!!」

 

 好機を逃さぬと勢いを増す無数の腕にタツミはとうとう刀を振るっていた方の腕を捕らえられてしまう。

 

「タツミ殿っ!」

 

 ラヴァイアタンが魔法で引き剥がそうとするが、それよりも他の腕がタツミを拘束する方が遙かに速かった。

 足を掴まれ、粘体状の腕が頭に、胴体に巻き付き、身動ぎ一つ出来ない状態になってしまう。

 さらに老竜の元へも無数の腕が迫り、彼自身が身を守らざるをえなくなり、タツミの援護が出来ない。

 

「っ、ぐっ!?」

 

 凄まじい勢いで引っ張られ、踏ん張る事も出来ずにタツミは身体を中空へ投げ出される。

 

 視界のほとんどが封じられた中で辛うじて見えたのは勢いよく流れる景色、その先にある巨大な黒い水溜まり。

 そして人間のように口に当たるのだろう部分を三日月状に釣り上げる人型の何かだった。

 タツミは水溜まりの中へと引っ張り込まれ、彼の意識はブラックアウトする。

 

 もはや完全なる夜になったニューヨークの街に、タツミを呼ぶ悲鳴のような声が木霊した。


 タツミ自身が逃げる事に集中していた為、気付いていなかった事だが。

 足場のビルが崩れる瞬間、彼の頭上でサイコロが舞い、真っ赤な『1』という結果を出していた。

 

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