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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第二章
16/208

新たな出会い

 準備を整えてホテルを出たタツミは午前9時頃にギルドへ到着した。

 東洋甲冑を身に纏ったその姿は未だに通行人の注目を集める物で、彼は通行人のみならずギルドの前に屯していた冒険者と思わしき集団からも視線を向けられた。

 既に自分に向けられる好奇の眼に慣れ始めていたタツミは、不躾なそれらを無視して進む。

 視界に見知った人間の姿を見つけたので彼はそちらへと向かった。

 彼の接近に気づいた人物は、切れ長の瞳で彼を見つめ返し口を開く。


「来たな、タツミ。おはよう」

「おはよう、ギルド長。どれくらい集まったんだ?」


 挨拶を返してさっそく質問する彼に、ギルフォードは鷹揚に頷きながら答えを返す。


「募集をかけたのが昨日の昼、それなりに厳しい基準を設けたにも関わらず、今の段階で13組ものパーティが集まっている。朝も早くから集まってくれた4組のパーティは既にアスロイに向かった。私が想定したよりも多い上に優秀な者たちが集まってくれたようだ。実に嬉しい誤算だよ」


 想定外の良い結果に、満足そうに笑う彼にタツミも頷いた。


「順調そうだな。……Aランクは?」

「……残念ながらいない。どうやら確認できたAランク冒険者でこの街にいるのはお前だけのようだ」


 先ほどまでの明るい表情を一転させ、眉間に皺を寄せながら重々しく語るギルフォードにタツミは肩を竦める。


「まぁ、そこまで都合良くはいかないか」

「そういう事だ。この件の解決には予定通りお前の力を頼らせてもらう事になるだろう。体調は万全なのだろうな?」

「勿論だ」


 自分を気遣うギルフォードに、タツミは気負うことなく答えた。


「……この件を無事に解決した暁にはお前の事情を考慮した報酬を用意するつもりだ。存分に励んでくれ」


 やる気を出させる為に報酬の話を持ち出す、というのはよくある手段である。

 ギルフォードとしては友人であるタツミの現状を利用するやり方を内心で嫌悪していたが、しかし彼にはギルド長としてこの依頼に対して万全を期す義務があり、個人的な感情を排して行動しなければならなかった。

 ギルフォードの内心を、それなりの友人付き合いの長さで理解しているタツミは苦笑いしながら返事をする。


「遠まわしな激励、ありがとう。安心しろ、多少事情は変わってもやるべき事はしっかりやる。それなりに長いこと住んでいた街が大変な事になってるんだ。損得勘定抜きでやらせてもらうさ」


 自身の内心を読み取られた上で気にするなと返された事を察し、ギルフォードは軽く頭を下げた。


「すまん、いらん気を回した」

「気にするなよ。友人なんだから」

「ふ、そうか。では改めて頼りにさせてもらう」

「ああ、任せてくれ」


 言葉少なに笑いあう二人は誰から見ても気心の知れた仲だとわかる柔らかな空気を放っていた。




 集まった冒険者たちはパーティ毎に2つのグループに分けられた。

 既に出発した4組が村の守りに就くグループ。

 残りの9組にタツミを加えたメンバーが村を中心とした探索を行うグループとなる。

 もしも新たにクエストを受ける冒険者が出た場合、フォゲッタに残るギルフォードの判断で随時送り出されてくる手筈だ。


 『青い兜』の面々は村を守った実績から1つ目のグループに組み込まれている。

 村の人間としても実際に村を守った青い兜が守りに就いた方が安心できるだろうというギルフォードの判断だ。


 集まった面々はほどなくアスロイ村へ移動を開始。

 それぞれのパーティ内で今後の相談や打ち合わせ、他愛のない談笑が行われる中で、タツミは一人黙々と歩く。


「……」


 今、彼が考えているのは『瘴気を纏った魔物』についてだ。

 ドラゴンを凶暴化させた事もあるソレについて彼は『自分が今まで見聞きした事がない』と言う事実が気になっていた。


「(タツミに見せてもらったあの時の戦いには結構な数の冒険者がいた。あんな大掛かりな戦いが記録に残らないはずがない。なのに十年以上、冒険者をしていたタツミは噂すらも一度だって聞いた事がなく、一度もああいう存在と遭遇したことが無かった)」


 とめどなく湧き上がる疑問を頭の中で整理する様子は周りから見れば近寄りがたい雰囲気を醸し出しており、チラチラと窺うように視線を向けられはしても話しかけようとする者はいない。

 仏頂面のまま、黙り込んでいる様子が『話しかけるな』と主張しているように見えるのだ。


「(ドラゴンは長い年月を生きるほど身体が大きくなり、優れた知性を持つ者が多い。あの巨体からしてあのドラゴンはかなり長生きな部類だと見て良い。そんな者の理性を吹き飛ばす要因と考えられる瘴気についてギルドで情報公開していないというのは……正直おかしい。ギルフォードの性格を考えると惚けていたというのは考え難いから……瘴気についてまったく知らなかったと見ていい、と思う。となると考えられるのはそもそもあの戦い以降、瘴気が表立って関わるような事件が無かった為にその存在が忘れられていた、あるいは情報が意図的に隠蔽されていたか。たかが2、30年前の戦いが忘れられるというのは考えづらい。となるとやっぱり隠蔽の線が濃厚、か)」


 『辰道』という存在が生まれる切欠になったと思われる瘴気。

 曖昧な情報しかない今の状況を進展させる取っ掛かりになるかもしれない。

 そんな期待があってか、その考察は真剣そのものだ。

 しかし周囲の音声を全てシャットアウトして集中する姿は、ますます周囲の人間を遠ざけていった。

 

 その触れれば切れるようなピリピリとした雰囲気に、他の冒険者たちは『瘴気を纏った魔物はAランク冒険者がこれほど緊張するほどの存在なのだ』と気を引き締め直したのは余談である。

 

 

 アスロイ村に到着するまでの間、魔物の襲撃はなかった。

 これは村近辺の魔物が、スケルトンの件の際にタツミと『青い兜』に撃退された為だ。

 かなりの数の魔物がスケルトンの瘴気に当てられ暴走した結果、脅威となりうる生物がいなくなったのである。

 

「冒険者の皆様、よくぞおいでくださいました。大したお持て成しも出来ない何も無い村ですが、クエスト完了までの間、宿泊施設として診療所と民家、集会所として私の家を開放させていただきます。どうぞお役に立ててください」


 村長の案内で冒険者たちはぞろぞろと村の中を移動する。

 先んじて到着していた4組のパーティは既に村の中に散って、魔物の襲撃への備えを始めていた。

 その中には勿論、青い兜の面々もいる。

 

「タツミさん!」

「キルシェット。何か異常は……その様子だと大丈夫そうだな?」

 

 屈託の無い笑みと共に話しかけてくる彼の姿を見て、タツミは移動の間は決して動かさなかった表情を緩めて応える。

 

「はい! 僕たちが到着してからも何も無かったです」


 彼の豹変とも言える態度の変化に、遠目からAランク冒険者を窺っていた他の冒険者たちがざわめき出す。

 

「そうか。これからは俺たちも動く。そっちは村を守る事に集中してくれ」

「はい、頑張ります!!」

「無理はしないようにな。ギースさんたちにもよろしく伝えておいてほしい」

 

 キルシェットはタツミの言葉に大きく頷くと背を向けて走り去っていく。

 活力に満ちた彼の背中を見送ると、タツミは緩めていた気を張り直し、村長宅へ向かった。

 

 9つのパーティの代表が顔をつき合わせて取り決めた内容は行動するに当たって最低限の物のみ。

 具体的には3点。

 それぞれが探索を担当する範囲について。

 敵と遭遇した際には可能であれば交戦前に決められた合図を出す事。

 4時間に1度は拠点へ帰還する事。

 

 異なるパーティ同士のやり取りを最小限に抑えたのは、初対面の人間同士では複雑な連携など望めないという判断による物だ。

 

 タツミはさっそく自身に割り振られた地域に向かう為、村の外に出た。

 彼の担当はスケルトンが滅ぼしたフィンブ村方面。

 何かが見つかるとすれば最も可能性が高いと推測される為、彼の他にも4組のパーティがこの方向に派遣されている。

 

「(気配察知に引っかかる物は今のところ無し。……ああ、着いたか)」

 

 道なりに進んだ彼の目の前には滅ぼされた村が広がっていた。

 村と外の森を区切っていた石壁はほとんどが外からの衝撃で倒壊、ぐるりと石壁の囲いを周り、彼は半ば崩れかけている門を発見する。

 中はさらに酷かった。

 家屋があったと思われる敷地の幾つかはクレーターと化し、その周りには吹き飛ばされた瓦礫が散乱している。

 

 そして。

 あるモノは瓦礫に埋もれ、あるモノは道端に転がっている。

 フィンブの村人だった物だ。

 

「……」

 

 フィンブ村はそれほど大きな村ではない。

 フォゲッタは言わずもがな、同じ村に分類されているアスロイ村と比べても人が少ない場所。

 若い人間が自らの可能性を信じてフォゲッタへ向かう為だ。

 フィンブには一旗上げに行く人間を見送る年嵩の人間ばかりの、のどかで面白みの無い村。

 しかし確かに人が暮らしていた場所だ。

 

「……生きてる人間は、いないか」


 冷静に、村の中を見回すタツミ。

 動く物が何もない事を確認した彼は、近場の瓦礫を押しのける。

 

 壁に押し潰された状態で苦しみのままに息を引き取ったのだろう男性。

 苦しんでいる事を訴えかけるように目を血走らせたまま固まっているその表情は見るに耐えない。

 

 タツミはその目をそっと閉じさせると男の身体を持ち上げる。

 肩に担ぐようにして命を失くした冷たい身体を原型を留めていた家の中へ運び込む。

 

「(時間はまだある。可能な限り一箇所に集めよう。弔う時間まではさすがに取れないが……もうしばらくだけ我慢していてくれ)」


 それから30分もの間、彼は村の中を練り歩き見つけた遺体を運んでいった。

 力の抜けた体を持ち上げるのは結構な重労働のはずだが、疲労は見受けられない。

 死体など見た事もない世界で育ったはずだと言うのに、その心中はひどく冷静だった。

 

「……今はこれで勘弁してくれ」


 両手を合わせ、集めた者たちの為に祈る。

 何秒と過ぎたところで、彼の祈りを邪魔するように耳を劈く甲高い音が響いた。

 

「……っ!?」

 

 穴の開いた天井から外を見上げる。

 赤い煙を振りまきながら天高く昇るソレは決められていた合図だ。

 それも最も緊急度が高い『敵襲撃』を示す物。

 

 タツミは廃屋を飛び出し、一足飛びで村の外へ駆け出した。

 後ろ髪を引かれる自身の気持ちを振り切るように全力で。

 

 

 

 女性らしい優美なシルエットにぴったりフィットする軽装鎧が、女性の動きに合わせて音を発てる。

 黄色の兜の隙間から見えるミディアムの髪を振り乱しながら彼女は両手で握った槍を突き出した。

 しかしその攻撃は両手持ちの大剣『クレイモア』の剣腹で受け止められてしまう。

 

「っう!? やる!!」

 

 ぶつかり合った鉄と鉄の衝撃で僅かに震える腕を押さえつけるように吼える。

 お返しとばかりに振るわれる横薙ぎの剣を転がるようにして避け、起き上がり様の勢いで槍を放った。

 

「ギィッ!?」

「浅いっ!! だがその隙は逃さん!!」

 

 二度、三度と振るわれる連続突きが敵の鱗で覆われた身体に傷をつける。

 

「ギイィエエエエエアアア!!!」

 

 森中に断末魔が響くまでそう時間はかからなかった。

 しかし彼女に敵を討った優越感に浸る余裕は無い。


 何故なら。

 敵はまだ片付いていないからだ。

 

「グルルルッ!!」

「キシャァアアアアアアッ!!!」

 

 爬虫類特有の鱗、ギラリと輝く目、その手には槌や斧、剣と多様な武器を携えている。

 魔物『リザードマン』は自分たちの前に立ち塞がる者たちを睨み付け、じりじりとにじり寄る。

 

「今だ!! カロル!! ルン!!」

「……」

「任されたわ!!」


 森に潜んでいたのだろう。

 リザードマンの群れ、その側面から小柄の少年と妙齢の女性が飛び出した。

 

「……『フリーズニードル』!!」


 カロルと呼ばれた少年の掌が青く輝き、リザードマンの足元から氷で出来た針と呼ぶにはあまりにも大きい刃が絶え間なく突き出る。

 足や腕、身体を貫かれて絶叫する蜥蜴人の群れ。


「『リュー』、お願いね。『ストームブレス』!!」


 そこにかかる追い討ち。

 ルンと呼ばれた妙齢の女性はローブをはためかせながら服の裾をリザードマンたちに向ける。

 裾の中からするりと現れた蛇が彼女の腕に絡み付き、その指示を受けてその口を大きく開き木々をなぎ倒すような風の吐息を吐きかけた。

 少年の魔法から逃れた者たちがその風に吹き飛ばされ、未だに増え続ける氷の刃の餌食となっていった。

 

「……まだ来るのか」

「これは、流石に厳しいわね」


 しかし敵はまだ増える。

 一体どこから現れるのか、疑問に思わずにはいられない程に刻一刻とその数は増えていた。

 

「たぶん『アギ山』を住処にしてる連中かしら?」

「……」


 蛇を絡み付かせたままどこか艶の篭ったルンの言葉に、カロルは無言で頷く。


「わざわざあんな山から降りてきたというのか?」

「この辺りでリザードマンが群生してるのはあそこくらいな物よ。まぁ辺鄙通り越してかなり厳しい環境らしいから、餌を求めて降りてきたって言うのは割とありそうね」

「厄介な話だが……我々がやる事は変わらん!!」


 どこからともなく増え続けるリザードマンを威嚇するように槍の穂先を向けた。

 

「頼りがいのある言葉、ありがとう。アーリ(と言っても私たちだけじゃ厳しいわね。ここは……)」

「……」

 

 ルンの意図を正確に読んだカロルは襷がけにしていたバックから細長い棒状の物を取り出した。

 

「『ファイア』」


 導火線に火をつけ、思い切り空へと放り投げる。

 同時に導火線の根本まで火が回り、甲高い音を発て赤い煙を振り撒きながら舞い上がるそれは取り決めていた合図だ。

 

「なっ!? おい、カロル!! どうして合図を!? 私はまだまだいけるぞ!!」

「……」

 

 槍の穂先と視線をリザードマンたちから外さず、文句を言うアーリ。

 しかし文句を言われたカロルは真顔のまま、首を横に振った。

 

「流石に多勢に無勢だもの。それに別に私たちだけで戦わないといけないクエストってわけでもないのだし」

「……」

 

 ルンが艶然と笑いながら言うと、カロルは同意するように何度も頷く。

 

「まぁ、合図を出したからと言ってもすぐに誰かが来るわけでもないだろうから、それまでは頑張りましょう?」

「……」


 くいくいとルンの服の裾をカロルが引く。

 何を言いたいのかがわからず、ルンは自身の蛇をリザードマンに嗾けながら、少年の顔を見つめて首をかしげた。

 

「あら、どうしたの?」

「……(たぶん、もう来るよ)」


 頭に直接、響いたその声にルンは目を丸くして驚きを示す。

 

「あら、なんでわかる……」

 

 彼女が言い終わるよりも早く森の中から東洋甲冑を身に纏った男が飛び出し、彼らの横を走り抜けて行った。


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