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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第二章
15/208

再会、そして話し合い

 ギルドを出たタツミはその足でかつて贔屓にしていた道具屋を訪れた。

 明日の依頼に備えて回復アイテムの補充を行う為だ。

 瘴気についてわかっている事は非情に少ない。

 瘴気自体を警戒する事は当然だが、最低限の備えとして傷を癒す術の確保を十全にしなければならない。

 自分が生き残るために。

 そして明日の依頼に関わる者たちが一人でも多く無事に生還する為に。

 

 道具屋の店主はギルドから出された盛大なお触れについて既に知っていた。

 タツミの様子から何かを察したようで、購入したアイテムを相場よりも安く、さらに多くの量を都合してくれた。

 

「無事に帰ってきて、またうちの自慢のアイテムを買いに来い」

「勿論そのつもりだ、おっさん。値引きありがとう」

 

 商人らしい激励にタツミは笑いながら応え、道具屋を後にする。

 ホテルに戻った彼は、さらに数日分の宿泊費を前払いすると部屋に戻った。

 装備を外し、綺麗に整えられたベッドに腰掛けて息を吐く。

 

「今日のところはもうやる事はない、か」

 

 腰掛けた姿勢から仰向けに倒れこむ。

 疲れは無い。

 初めてこの世界に足を踏み入れた時のような過度の緊張も、帰れない事に対する不安も無い。

 

 彼自身でさえもはっきりわかる程に体調も精神状態が安定していた。

 だと言うのに寝転んだタツミは瞼が重くなっていく。

 

「……なんだ? 無性に眠、い」

 

 抗うことの出来ない強い眠気に襲われ、彼の意識はそのまま途切れた。

 

 

 

 「っ……!?」

 

 目を開いた『辰道』の視界に飛び込んできたのは怒号が響き渡る戦場の光景だった。

 人間が、エルフが、ドワーフが、竜人が、力強い叫びと共に武器を繰り出す。

 飛び交うのは矢に魔法、果てはブーメランや手投げ式の斧。

 

 身体から血を吹き出しながら倒れこむ者。

 その治療に駆け寄る者。

 

 彼は目の前で倒れ付した人間の元に思わず駆け寄る。

 しかし伸ばした手は倒れこんだ人間に触れる事が出来ずにすり抜けてしまった。

 

 「!?」

 

 驚きのあまり声を出したはずなのに。

 確かに発したはずの辰道の声は音にならなかった。

 そして戦場を駆けずり回る者たちは誰も彼もが、辰道の存在に気づいていない、むしろ認識していないようだった。

 

「「「「うおおおおおおおおおおお」」」」

 

 武器を構えた男たちが彼の身体を通り過ぎて駆け抜けていく。

 戦闘者たちが睨み据える先に視線を向け、辰道は息を呑んだ。

 彼にとって忘れられない『黒い靄』を纏った、赤銅色の巨竜が仁王立ちしていたからだ。

 遠目からでも圧倒されるその巨躯は、どう小さく見積もっても30メートルを超えている

 赤黒く血走った目は、正気などとうに失っている事を言葉よりも雄弁に語っていた。

 そんな文字通りの怪物に、何十人という武装した者たちは臆する事なく挑みかかっていく。

 

 巨竜の口から放たれた炎の吐息と、複数の魔法が激突する。

 巨大な尻尾が近づいてくる者たちを薙ぎ倒すべく振るわれ、身軽な者たちは避け、重厚な鎧を身に纏った者たちが受け止める。

 

 激しい戦いが行われる中、辰道は『とある男女』に視線を吸い寄せられた。

 紅いバンダナを頭に巻いた男は身の丈ほどの大きさはある大剣を、まるで手足のように振るって竜の身体に傷をつけていく。

 紅色のイヤリングをつけた女性は、竜を相手にするには心もとないナイフを両手に構え、何十倍もの体躯の化け物を相手に臆することなく立ち向かった。

 

 他にも竜を相手に善戦する人間はいるのだが、彼の視線はその2人に釘付けになっていた。

 目を離してはいけないと彼はなぜかそう思ったのだ。

 

 戦いは昼も夜もなく続く。

 何人もの人間が倒れていき、その姿が彼の脳裏に焼きついていく。

 犠牲の甲斐あってか、竜はとうとう力尽き、自らが焼き尽くした荒野に倒れ伏した。

 身動ぎの一つもしない竜を油断せずに囲い込む戦闘者たち。

 

 確実に殺す為、首を切り落とそうと刃物を武器としている者たちが慎重に近づく。

 武器の間合いにまで近づいても竜はピクリとも動かない。


 何人もの人間が示し合わせて武器を振り上げたその時。

 竜の身体から『黒い靄』が立ち上り、近づいていた人間たちに降り注いだ。


 まったく予兆の無い出来事に、多くの者が逃げ遅れる。

 その中に辰道が気にかけていた男女がいた。

 女性を庇うように抱きかかえ、男性は靄に対して背中を向ける。

 女性はそんな男性の行動を非難するように声を上げて離れようとするが、がっしりと抱き込まれて身動ぎする事しか出来なかった

 2人は他に逃げ遅れた者たちと一緒に靄に飲み込まれてしまう。

 

 タツミはこの瞬間、女性の腹部から光の塊が一つ飛び出すのが見えた。

 彼らが互いの無事を確かめ合うように行っている会話の内容を聞く限り、彼以外にその光が見えた人間はいないようだ。

 

 靄の直撃を受けた者は外傷は受けたようには見られず例外なく無傷だった。

 その場にいた誰もがその事を疑問視したが、肝心の竜は最期の力を使い果たしたのか、その巨体は硫酸をかけられたかのように溶け出し、骸すら残さず消え去ってしまった。

 結局、入念な身体検査を行うという事でその場はまとまり、死闘を潜り抜けた生存者たちは自分たちの勝利を誇るように武器を掲げて雄たけびを上げた。

 

 

 

 急に辰道の目の前の光景が切り替わる。

 まるでテレビのチャンネルを変えたように一瞬で、だ。

 

 どうやらこの世界における病院のようだ。

 入院用の清潔そうな服を着てベッドにいるのは先ほどの死闘の中でナイフを持って戦っていた女性。

 彼女は気落ちした様子でため息を一つ零した。

 よく見れば彼女の瞳は充血し、涙の後が濃く残っている。

 ベッドの横では紅いバンダナの男性が丸椅子に座っており、こちらも暗い表情だ。

 女性が横になっているベッドの横には、彼女の物に比べてかなり小さなベッドがある。

 そのベッドには穏やかな寝顔で生まれて間もない子供が眠っていた。


 相変わらず辰道の存在には誰も気づいていない。

 

 2人の会話を聞くと、ベッドで寝ている女性はあの竜との戦いの段階で子供を妊娠していたようだ。

 当時は気づいていなかったようで、戦いの後の身体検査で発覚。

 そのまま入院し、およそ一年の時間を過ごし子を産んだ。

 しかし生まれてきた子供は身体が弱く、このままでは1年と生きられないと言われたのだという。

 その事が彼らの気分を沈みこませているのだ。

 

「(あの時この人の身体から飛び出した光……あれが何か関係してるのか?)」

 

 辰道は竜との戦いの最後に彼女の身体から飛び出した光が生まれてくる子供に影響を及ぼしたのではないかと考えた。

 

「諦めるな。まだこの子が死ぬと決まったわけじゃない」

「ええ、そうね。やっと生まれてくれた私たちの子。絶対に強い子に育ててみせる」

 

 子を育てる親は強い。

 男女の決意表明を聞きながらタツミは、向こうの世界にいる両親を思い出しそう思った。

 自身の身体の事など知らずに静かに眠り続ける我が子に、女性は優しげな口調で告げる。

 

「幸せに、逞しく生きてね。『タツミ』」

 

 その言葉を最後にまたしても周囲の光景が切り替わった。

 

 初めてこの世界に来るときに辰道がタツミと会合した場所であり、窓の無い塔と遭遇した場所。

 どこまでも続く白い空間に彼は立っていた。

 

「……」

 

 辰道の背後に現れる気配。

 それが誰か振り返るまでもなく彼にはわかっていた。

 

「……タツミ」

「直接会うのは少し振りだな」

「そうだな」

 

 間髪入れずに返ってきた返事に苦笑いしながら辰道は振り返る。

 寝入る前の自分と同じ姿の存在がそこにいた。

 

「さっきの光景は……お前が生まれるまでの出来事、なのか?」

「そうだ。あの黒い靄にやられた時、母さんの中にいた俺の魂は半分以上が『どっか』に行っちまった。だから俺は生まれるのに一年もかかって、生まれた後も生命力が弱くてすぐに死ぬって言われる有様になった。まぁこの事を聞いたのは4つか5つくらいの時だったんだけどな」

「それにしてはずいぶん鮮明なイメージだったな。というかあの竜との戦いの時なんてお前生まれてもいないだろ? なんでそこまで事情に詳しいんだ?」

 

 その場で見ていたと言われても信じられるほどの現実感を伴った映像を辰道は思い出す。

 人から聞いたというにはあの光景はリアリティに満ちていた。

 

「あれはな。冒険者になるよりも前に会った人から映像付きで教えてもらったんだよ。俺の魂が普通の人間と違って色んなものが混ざってる事に初見で気づいた人にな。『使った相手のルーツを見せる魔具』って鏡を使ってな。さっきのあれは俺もお前と同じ視点で実際に見た映像そのままなんだ」

「冒険者になる前……そういえばその辺りの記憶はあんまり引き出してなかったな。さっきの映像に見覚えがなかったのはそのせいか」

 

 辰道は目を閉じ、自身の中にあるタツミとしての記憶を掘り起こす。

 

「あった……」

 

 60歳は回っているだろう、しわがれた顔で腰の曲がった老婆。

 興味深げに当時10歳だったタツミを見つめ、根掘り葉掘り彼の事を聞いてきた。

 名も名乗らず、初対面だと言うのに妙に馴れ馴れしく、人によっては不快になるだろう態度を取っていたが、そう思わせない雰囲気を持った不思議な人物。

 

「そうそう。その人が俺の魂は半分以上があの瘴気によって吹き飛ばされた事、俺の魂の足りない部分が両親の魂の一部で補填された事、そしてその半分の魂と俺にはいつ途切れてもおかしくない繋がりが残っている事を教えてくれた。繋がりが残っているという事はどういった形かまではわからないけど『その魂が生きている』って事もな」

「だからお前は自分の魂の半分を持った文字通りの意味の『半身』が存在する事を知っていたのか」

 

 動じた様子も見せずに辰道の事を受け入れられたあの会合の時を思い出しながら、辰道は納得した様子で一つ息をついた。

 初めてこの場で対面した時、あまりにも冷静に、むしろ彼が現れた事を喜んでいるようにすら見えたのは、その存在を元々知っていたからだったという事だ。

 

「そういう事だ。生きているって事以外は何もわからなかったから、探す宛てがなくて半ば諦めてはいた。ただそれでも探してはいたんだよ。こんなよくわからん出来事で会う事になるとは思ってなかったけどな」

「そもそも半身が異世界にいるなんて、わかるわけがないしな。このよくわからん出来事に見舞われなければ、俺はそもそも魂を分けた半身がいる事なんて気づく事もなかったはずだ」

「そうだろうな。俺もお前の記憶を幾らか見たけど、そっちは魔法が御伽噺になってて一般的じゃない世界なんだもんな。そりゃ気づかないわ」

 

 魔法と言えば御伽噺かフィクションの中の物。

 そういう存在になっている向こうの世界で、『魂を分かつ半身がいる』などと大真面目に考える人間などそういない。

 もしもそんな事を考える人間がいたとしても不用意に吹聴はしないだろう。

 妄想癖か中二病か、酷ければ狂人扱いで黄色い救急車を呼ばれる事になりかねない。

 それがあちらの常識なのだから。

 

「待て。お前って俺が身体を動かしている時、どうしてたんだ? 意識とかあったのか?」

「ああ、意識はあったけど身体が動かせない。そんな状態だ。お前が色々考え込んでるときに声をかけたりしてみたが、聞こえないみたいでな。どうにか出来ないか色々頭を捻って、試行錯誤してるうちに何度かお前の記憶を覗いた」

「そう、だったのか。すまん、本当なら食らわないで済むような攻撃を食らって身体を傷つけた」


 タツミが自分の身体を動かしていれば、アスロイ村での一件で怪我をする事はなかったはずだ。

 それほどの性能をこの身体は持っていると辰道は理解していた。

 

「気にするな。冒険者なんて傷作るのが当たり前の仕事だ。今更増えたって構うもんかよ」


 からからと笑うタツミ。

 しかし辰道の中の罪悪感は消えない。

 タツミの身体を上手く扱えないという事は、致命的になりうる弱点だ。

 アスロイ村での戦いはどうにか出来た、しかし今後も同じように上手くいくとは限らない。

 

「どうにかお前に身体の主導権を返せないのか?……そもそもお前の身体を俺が動かしている今の状態がおかしいんだ。俺はお前の身体に『取り憑いている』って状態で、能力の高さから言って俺がお前を乗っ取ることが出来るとは思えない」

「たまに身体を動せる事があるんだが……ほらキルシェットを助けた時とか、自分で動かしてないのに身体が動いた時があっただろ?」

「……ああ、あの時か」


 辰道の脳裏に過ぎるのは身体が自分の意思を離れて動き出す気味の悪い感覚。

 

「あれはお前からの援護だったんだな。不気味な感覚だとか罰当たりな事を考えて悪かった」

「いやいやいや、何もわからなけりゃあんなの気持ち悪いだろうよ。俺だってそういう感想になるし」

「しかし……お前が体を奪い返せるのは一瞬だけ、意識まで出すことも出来ないって事か。なんなんだ? これじゃまるで俺がこの身体の主人格みたいじゃないか」


 それはつまりタツミの身体を完全に奪い取ってしまったという事。

 他人の自由を奪い、己の自由にするという事。

 そんな事を辰道は望んでいない。

 

「冗談じゃない。この身体で、あの世界で、今まで生きてきたのは俺じゃない。タツミなんだ。俺が……俺が主導権を握っていいわけが無い。なんとかしないと、どうにか……なにか、何かないのか? くそっ!!!」

 

 まして被害者本人が目の前にいて、こうして自身と話をしている。

 なんとかしなければいけないという義務感と考えれば考えるほど増していく罪悪感が辰道を焦らせていた。

 

「まあ落ち着け。お前が俺の事を考えてくれる事は嬉しい。それに俺だってずっとこのままでいるつもりはない。だがな、焦っても仕方ない事なのもわかるだろ?」


 窘めるように軽く肩を叩かれ、辰道は延々と続きそうになっていた自身への罵倒を飲み込んだ。

 

「それは、まぁ……そうだ」

「ぐだぐだとここで愚痴っても仕方ない。自分を罵倒しても先には進めない。今の状況がずっとこのままなのか? それとも今後、何か変化していくのかは俺にもわからん。けど怯えてばかりじゃどうにもならねぇだろう? 自分の足で探してくしかないんだよ。だから考えすぎて身動き取れないようにだけはなるな」


 辰道の両肩を握り締め、タツミは諭すように言葉を紡ぐ。

 一人ではないのだと辰道に伝えるように優しく、しかし二の足を踏んでいる暇はないのだと厳しく。

 

「忘れるなよ、お前が俺を助けたいって思うのと同じで、俺もお前を俺の身体から解放して向こうの世界で平和に暮らして欲しいって、そう思ってる事をな」

「タツミ……」


 その頼もしい言葉に、辰道の中の焦燥感は和らいでいく。

 未だに燻る気持ちはある。

 しかしそれでも冷静であろうと心を落ち着かせる事は出来た。


 焦り逸る自身を宥めすかしながら彼は改めて決意する。

 自分たちに起こっている事態を必ず解決する、と。

 

「どうやらそろそろ目を覚ますみたいだ」

「お? そうか」


 辰道の身体が後ろに引っ張られる。

 決して強くはないが、しかし抗えないという矛盾した力がかかっている事に顔をしかめる彼に、タツミはまた笑いかけた。

 

「俺の身体、上手く使えよ? それと、どうしても駄目だと思う時でも諦めるな。お前の中には俺もいる」

「ああ、ありがとう。またな、タツミ」

「ああ、辰道」


 噛み締めるように互いの名を言い合った直後、辰道の意識は白い光に飲み込まれる。

 そして白い空間には『誰も』いなくなり、物音一つしない静寂が訪れた。



 タツミが目を覚ましたのは翌日の明け方だった。

 あの真っ白な空間にいる間は深く寝入っていた為、夕食も取らずにずっと眠っていたようだ。

 

「……やるべき事はまとまった、な。どうやればいいかなんてまだ全然わからないが……やってやる」


 タツミと会合を経て、改めて決意を固める事が出来た。

 これは彼にとってとても大きく、大事な事だ。


「ギルドの集まりに寝坊しなかったのは幸いだったな。たっぷり食って備えないと」


 泊まっているホテルの食事の美味しさを思い浮かべながら、タツミは寝汗を流すべく大型風呂へと向かう。

 腹を割った話し合いのお蔭か、その足取りは今までよりも軽い物だった。

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