三者三様の夢
眠っていた豊子はふと目を開く。
彼女の視界には朧気だった意識を瞬時に覚醒させるほどに驚くべき光景が広がっていた。
老若男女、誰もが美しい金髪を、異性ならば目を引かれてしまうだろう美貌を持つ者たち。
長く尖った耳を持つ彼らは一様に険しい表情を浮かべ、豊子をじっと睨み付けていたのだ。
しかし彼女はその殺気すら篭もっていると感じ取れる視線を前に、気圧されることも恐怖を抱くこともなかった。
彼らが視線を向けている『自身』には、その視線を平然と受け止めて見つめ返すだけの決意があると理解しているからだ。
「私は行く。外の世界を知る為に。何も知らずに生きる事を是とするような矮小な掟など知った事か!」
確固たる意志を持って『自身』の口から出た力強い言葉。
豊子は自分の口から出たとは思えない男性的なその声に心を震わせる。
彼の決意の言葉から感じ取れる熱意。
毎日の仕事をそつなくこなし、ある意味で淡々とした日常を送る自身からは決して出せない意志に。
「そうか。ならば出て行くといい! そして思い知るのだ、将来を約束されていながら自らそれを捨てた己の愚かさを!」
眉間のしわを深くした男、見た瞬間にその男が『父親』なのだと豊子にはわかった。
「そうだな。思い知ることが出来るその時を楽しませてもらうとしよう」
親の怒りの声をさらりと流し、彼は自身を睨み付ける者たちに背を向ける。
向けられる罵声を一顧だにする事無く。
これから自身に起こる全ての出来事を楽しもうとその口を僅かに緩めながら。
『ギルフォード・ラル・フォンバルディア』が生まれ故郷を捨てて旅立つ姿を、我が事のように感じ取りながら深森豊子の意識は途切れていった。
「(一体なんなんだ? この記憶は……)」
そんな疑問を頭に浮かべながら。
どこまでも続く真っ白な空間。
そこでは2人の少年が向き合っていた。
2人ともここに来る直前までの記憶がぼやけており、自分がなぜここにいるのかわからないような有様。
そして手がかりが何もない状況となれば、目の前の人物に多少の警戒を持ってしても声をかけるのは自然な事だろう。
「えっと……あんた誰? あとここどこかわかる?」
目の前にいる犬の耳を持つ同じ年くらいの少年の一挙一動を警戒しながら拓真は話しかける。
「えっと、僕はキルシェットって言うんだ。僕もここがどこかはわからないよ。君は?」
犬耳の少年に聞き返され、彼はなんとなく咳払いをして一呼吸を置いて名乗り返す。
「俺は拓真。斉藤拓真だよ。でなんでここにいるかはさっぱりだ」
「タクマ。……タツミさんと響きが似ているね。格好いいよ」
「え? ああ、うん。――ありがとう」
直球で名前を褒められ、気恥ずかしさでどもりながらも拓真は礼を言う。
頬の赤さを誤魔化すように彼はさらに質問を重ねた。
「ところでタツミっていうのは誰のこと?」
「僕の先生、みたいな人だよ。もう一人の先生と一緒に戦い方とか旅の知識とかを教わってるんだ」
キルシェットの顔は憧れの人物について語ることが出来てとても楽しそうだ。
拓真は彼の語る言葉に相槌を打つ。
自分にも憧れる人物がいる事もあってか、ぼんやりと感じていたキルシェットへの親近感は増していた。
「俺にもいるんだよ、憧れてる人。辰道さんって言うんだけどさ……」
2人は今や、当初の警戒心などなかったかのようにお互いに気を許し合っている。
お互いが置かれた状況を忘れて彼らは語り合う。
尊敬する人の話から、家族のこと、普段何をしているのかなど話題は尽きる事なく談笑は続いた。
拓真はキルシェットが話す冒険譚に目を輝かせて話をせがみ、キルシェットは拓真が話す学校の話に目を丸くして聞き入る。
そうしているうちにキルシェットはこのよくわからない状況に陥る直前の事を思い出す事が出来ていた。
目の前の人物がつい先ほどよくわからない場所で自分が操っていた身体の持ち主である事、タツミが拓真の尊敬する辰道という人物とどういうわけか同一人物である事も。
それについて口に出さないのは最初こそ彼を警戒しての事だったが、今となってはその警戒心も無いに等しくなっている。
むしろ話せば話すほどに親近感が増す相手に、意図しての事とはいえ身体を乗っ取ってしまった事に罪悪感すら抱いているほどだ。
しかしそれらの、キルシェット自身の中でさえ整理がついていない事象についてどう切り出せばいいかが彼にはわからなかった。
「(タツミさんやトラノスケさん、オイチさんなら何か上手い話し方を知ってるんだろうけど……)」
聞き手に回りながら考え込むキルシェット。
「なぁ、なんか気になる事でもあるのか?」
拓真が首をかしげながら問いかける。
「……って言うか、ここってどこでどうやれば元の場所に戻れるのかわからないよな? ……どうしよ」
しかしその問いかけの内容で、今の自分が置かれた状況を思いだし、彼自身真っ青になりながら呟いた。
「えっと……どうしようか?」
「キルシェットはこういう事の解決方法とか知らないのか!?」
「いや、ちょっとわからないよ。ごめん」
心底、申し訳なさそうに頭を下げるキルシェットに、拓真ははっとして慌てて首を横に振った。
「あ、いや別にお前のせいじゃないから謝らなくていいよ。俺こそ怒鳴って悪い」
「うん、ありがとう」
ここまでのやり取りで落ち着きを取り戻した拓真は深呼吸をすると改めて周囲を見回す。
地平線の果てまで続くただただ真っ白な空間。
やはりここから出る為の手がかりと呼べるような物は見当たらない。
「「ほんとどうしよう……」」
同時に肩を落としながら一字一句違わず同じ言葉を紡ぐ。
顔を見合わせ思わず苦笑いが零れた。
そんな2人のやり取りは突然、終わりを告げる。
何の前触れもなく2人の足下に穴が開き、何か行動を起こす暇もなく落ちたのだ。
「――――っ!?!?!?」
声にならない悲鳴を上げる2人。
底の見えない闇に落下する中、キルシェットはどうにか身体を動かして混乱して手足をばたつかせている拓真の手を掴む。
人間の身体のぬくもりに安堵するのもつかの間、2人は意識を失ってしまう。
そして2人はそれぞれの世界で目を覚ます事になる。
この不可思議な会合は一体なんだったのかという疑問を抱いて。
「君は……」
「貴方は……」
辰道はあの真っ白な空間でとある少女と遭遇していた。
彼女は辰道の事を知らないだろうが、辰道は彼女の事をよく知っている。
紆余曲折の末、同居することになった白狼の姿をした老人の孫娘であり、この世界に『窓の無い塔』を生み出してしまった少女『空井静里』。
「……(まずい。何を話せば良いのかわからない)」
辰道は何を話せば良いのかわからない事への沈黙。
「……(ここはどこで、この人は誰なんだろう?)」
対する静里はこのよくわからない場所に自分がいる事への困惑と目の前の見覚えの無い人物への警戒心からの沈黙。
「んっ?」
「えっ!?」
タツミはふと自分の身体が薄れている事に気がついた。
どちらかわからないがここではない世界に『戻る』のだと本能的に理解する。
「(どうやら今回のこれは偶発的で瞬間的な物らしいな……とはいえ慌ててるこの子を落ち着かせるくらいはしないと駄目だろう)」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
突然、目の前で身体が透けだした辰道に彼女は相手が見知らぬ男性だという事も忘れて駆け寄る。
「ああ。大丈夫だ。君もすぐに元の世界に戻れるから安心するといい」
不安げに彼を見上げて問いかける静里を安心させるべく、彼はなるべく静かに優しくを心がけて笑いかける。
「元の世界? あの、それってどういう……」
彼女の声はそこで途切れ、辰道は意識を取り戻す。
見慣れた自宅の天井をぼうっと眺めながら、彼はどうしたものかと頭を掻いた。
「(顔を思いっきり見られたな。そうそう遭ったりはしないと思うが……)」
上半身をベッドから起こし、辰道はぐっと両手を上に伸ばす。
「(変な夢だと思って忘れててくれるだろう)」
事前知識無しであの世界の事を現実だと認識できるとは思わないが故に出た希望的観測で自己完結し、辰道はその日の予定に思考を移した。
しかし彼の思いはあっさりと裏切られる事になる。
思ったよりもずっと早くこの現実で彼女と再会する事になるからである。




