亡霊狂騒劇_弐
今年最後の投稿になります。
今年一年この作品を見ていただきありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
「魔物の数は多いのに人の気配がほとんどない。ほんとにここはどこなんだろ?」
ふと目を覚ました時、キルシェットは迷宮にいた。
薄暗い、しかしどこか作り物めいた違和感を感じさせる壁を撫でる。
「それに……この身体」
立ち止まり、改めて自分の身体を見下ろす。
「背丈は一緒だけど……僕の身体じゃない。耳も普通の人間の物だし……尻尾も無い。声も違うし……なんで今まで気付かなかったんだろ?」
彼は犬の獣人だ。
耳はこちらの世界で言うところのダックスフンド系で普通の人間の物とは感覚が根本的に違う。
そもそも口から出ている独り言の声音すらも、意識すればすぐに気付く事が出来るほどに違っている。
だというのに彼は今まで『そのこと』にまったく気付いていなかった。
「もし鏡を見てなかったら、たぶんこの身体の事に気付くの遅かったよね……」
迷宮型お化け屋敷(彼はここがどういう場所か知らないが)のギミックの一つである人一人の全身を映せる大きさの鏡(裏がマジックミラーになっている)を見て、彼はようやくこの身体がまったく別人の物であるという事実を認識できたのだ。
手元に装備品がないのは拉致、現状を彼はひとまずそう認識している)を行った何者かによって奪われたと思っていたのだが、身体が別人の物になっているとは思いもしなかったというのが彼の心境である。
「この人が誰かもわからない。でも服はすごく良い生地を使ってるみたいだから、どこかの貴族の人なのかな?」
自身に起きている訳のわからない事象について言葉にすることで整理しながら彼は歩く。
その道中でも魔物たちは彼を獲物と見做して襲いかかってくるのだが、キルシェットはそれを見もせずに手のドライバーで八つ裂きにしていた。
タツミたちとの一年にも満たない、しかし恐ろしいほどに濃密な日々によって彼の危機察知能力はかなりの成長を遂げている。
ゴーストたちから放たれる冷気を帯びた敵意、生者を嫉み憎しみの込められた意思を見もせずに察知するなど造作も無いことだ。
近付く敵に即座に気付いてあまつさえそちらを見もせずに対処しているその様子は、周囲から見れば不気味で異様な光景だろう。
渦中にいるはずの本人が至って普通に考え事に没頭している事が、その手に持っているのが白い光を帯びたドライバーだという事が、その不気味さを増長させている。
本来、ドライバーは刃物のように何かに向けて斬り付けるように扱う事は出来ない。
彼が行っているのは『鎧通し』や『斬空』といった技と同じ既存の技術の応用だ。
彼は今、『掌底・発勁』の応用でナイフに生者が放つ生命エネルギーである『氣』を纏わせる事で亡者の魔物を斬る事が出来るようにしているのだ。
「(……練習しておいて良かった。切れ味が良くなるし、練度次第じゃ武器じゃないものも武器に出来るって教えてくれたタツミさんとトラノスケさんに感謝しないと)ってうわぁっ!?」
一人ずつでは勝てないと思ったのか、魔物たちはキルシェットを取り囲む策に出た。
左右は壁に前後をカボチャ頭と浮遊霊の魔物に挟まれてしまい、さすがのキルシェットも無意識で対処する事は出来ない。
「ええっ、ちょっとなんで僕、こんなに目の敵にされてるの!? ここは一体どこなのっ!? っていうか何がいったいどうなってるの!?」
いくら考えても理解できない理不尽な状況にキルシェットは思わず叫ぶように声を上げてしまう。
「拓真!」
そんな彼に女性の幽霊たちのさらに後ろから声がかけられる。
「明美っ!?」
聞き覚えのないはずの名前であるにも関わらず、キルシェットはその声を『自分の物』として反応し、そちらに振り返っていた。
自分が一度も聞いたことのない名が自然と出ていた事にも気付かずに。
彼が振り返ったのと同時に女性の姿の幽霊の姿が背後から放たれた白い光に飲み込まれて悲鳴を上げる事もなく消えていく。
「だぁっ!!!」
光を放った人物である辰道は、目を見開く拓真の身体を使っているキルシェットの横をすり抜け、ふらふらと近付いてくるジャックランタンに向けて淡く光る右手を振り抜く。
「せいっ!」
光の奔流が通路を遮るように立っていた数体のカボチャ頭の魔物を消し飛ばした。
キルシェットはその動きにある人物を連想する。
「タツミさんっ!?」
この世界でほとんどの人間が認識していないその名が、拓真の口から出た事に辰道は目を見開いて驚いた。
思わず足を止め、拓真を呆然と見つめてしまい、敵に隙を晒してしまうほどに。
「拓真君、今俺の事をなんて……」
拓真に問い詰めようとした次の瞬間、背後の壁が轟音と共に破壊された。
問いただそうと発していた彼の言葉は誰にも聞き取れずに消えてしまい、壁が破壊された時の土煙が彼らの視界を閉ざしてしまう。
「なんだっ!?」
辰道は振り返りざまに土煙を払うように右手を振るう。
腕が風を切る音と共に煙りが払われ、阻まれた視界が回復するとそこには見上げるほどに巨大なパンプキンヘッドがいた。
「な、なんだぁっ!?」
どうやら施設の壁ごと破壊して現れたらしいパンプキンヘッドの背後から外の日差しが差し込んできている。
辰道は僅かに目を細め、暗がりに慣れていた目を日の光から庇いながら目前にいるパンプキンヘッド相手に腰を落として構える。
巨大パンプキンヘッドは火が灯っているような朧気な光を発する口を大きく開く。
そして凄まじい勢いで周囲の物を吸い込み始めた。
そんなことをする器官などあるように見えないその口が空気も、人も、幽霊も、果ては建造物までを吸い込まんとする。
そのあまりの吸引力に拓真が踏ん張っていたコンクリートの地面が崩れ、彼の足が地面を離れてしまう。
「わぁあああ!?」
「っ! 拓真君!!」
辰道は自身の真横を通り過ぎてパンプキンヘッドの口に吸い込まれようとしていた拓真の手をなんとか掴んで引き留める事に成功した。
「辰道さん!」
「手を離すなよ! ってうぉっ!」
しかし人間ならば顎が外れるだろうほどに開かれたパンプキンヘッドはその吸引力をますます強め、踏ん張っている足が少しずつやつに引き寄せられていく。
「(このままだと誰も助からん。せめて豊子たちだけでもここから遠ざけないと)豊子! 明美ちゃんを連れてここから離れろ!」
その大口に吸い込まれないように精一杯踏ん張る辰道の言葉は、しかしそれなりに距離を取って彼の後ろにいるはずの2人には届かない。
「は、離せ! くそっ、斉藤さんっ!?」
「あ、うぅっ!?」
聞こえてきた悲鳴に辰道がそちらを振り返れば、幽霊とジャックランタンに捕まり今まさにどこかに連れ去られそうになっている豊子と明美の姿があった。
「明美っ!」
「豊子っ! 明美ちゃんっ!」
知らないはずの人間を知らないはずの名で呼ぶ事にキルシェットはまるで抵抗がなくなってきていた。
むしろその名を呼び、彼女を案じる事で自身の中で何かが急速に混じり合い、自身が『キルシェット』であると同時に『斉藤拓真』であるという事実を知らず知らずのうちに認識している有様だ。
今の彼にとって彼女は既に見知らぬ誰かではない。
自分と共に育った大事な家族なのだ。
「辰道さん、僕を明美たちの所に投げてください!」
「っ! お前……」
拓真の雰囲気が明らかにあちらの世界の仲間のソレである事を確信し、辰道は数秒だけ考え込む。
「出来るんだな?」
「はいっ!」
「わかった!」
最低限の確認を済ませ、辰道は掴んでいた拓真の腕をハンマー投げの要領で振り回し、2人を抱えてふらふらと宙に浮かぶ魔物たち目がけて放り投げた。
「いけぇっ! 『キルシェット』!!」
「っ!? はい、『タツミ』さん!!!」
あちらの世界で当たり前になった応酬。
それにより、お互いを完全に認識した彼らはあちらの世界のように現状を打開すべく動き出した。




