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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第八章
140/208

亡霊狂騒劇_壱

「(雰囲気が変わった?)」

 

 塔が現れ、遊園地に異質なモノたちが出現し始めたその頃。

 ハロウィン仕様になった迷路型お化け屋敷を楽しんでいた辰道は、突如周囲の雰囲気が重苦しくなった事に気付いた。

 

「どうした、辰道?」

 

 隣にはくじ引きで決めた相方である豊子もいたが、雰囲気の変化にはまだ気付いていないようだ。

 彼女は隣の辰道が今まで以上に周囲を気にし始めた事を疑問に思っている。

 

「何か変だ、気をつけろ豊子」

「ん? よくわからんが……」

 

 彼の感覚的というか抽象的な物言いに豊子は困惑するが、それでも彼の言葉に従い周囲を警戒するように見回す。

 元々灯りを絞っていた迷宮が先ほどまでよりも薄暗くなっているように感じた。

 灯りによって揺らめくパンプキンヘッドに不気味な物を感じたが、お化け屋敷なのだからこれくらいは当たり前だろうという先入観があるために彼女自身が異質な物を感じ取るには至らないようだ。

 

「うわっ!?」

 

 周囲を見回すのに集中していた為に彼女は前から来た何かに気付かなかった。

 

「す、すみません……」

 

 彼女と衝突した何かは明美だった。

 慌てて頭を下げた彼女はせわしなく視線をあちらこちらに彷徨わせ、何かを捜しているように見える。

 

「い、いやこちらも余所見をしていた。すまないな、怪我などはないか?」

 

 見覚えのある少女の顔に、豊子はよろめいた体勢を立て直しながら確認する。

 

「は、はい。大丈夫です、それよりこちらに高校生くらいの男の子が来ませんでしたか? 弟なんですがはぐれてしまって……」

「いやこちらには誰も……辰道、お前は誰か見たか?」

 

 豊子は問いかけながら隣に視線を向けるが、そこについ先ほどまで肩を並べていたはずの人物は存在しなかった。

 

「なっ!? 辰道っ!?」

 

 慌てて周囲を見回すがそれなりに上背があるはずの彼の姿は彼女の見える範囲には見当たらなかった。

 

「辰道さん? あ、あなたはお化け屋敷に入る前に会った……確か深森さん?」

「ああ、そうだ。君はここに入る前に会った家族連れの子だな? 私はついさっきまで辰道と一緒に歩いていたんだが……どういうわけかあいつの姿がないんだ」

 

 訝しげな彼女のその言葉に明美は目を見開いて驚いた。

 

「弟の拓真もそうなんです。ちょっと目を離したらいなくなっていて。こんなところで変な悪ふざけなんてしないと思うんですけど」

「辰道もだ。何かあったにしても何も言わずにいなくなるのは考えにくい」

 

 2人が混乱する頭を落ち着ける意味を込めて状況を整理していると、明美の頭上でダイスが舞った。

 彼女らにそれは見えていない。

 ダイス目は『2』。

 良くないことが起こる目が出た直後、彼女らの背後からぼんやりとした光が近づき出した。

 彼女らは見ていなかったが2人の背後の迷路の壁をすり抜けて、パンプキンヘッドにローブを纏った魔物『ジャックランタン』が出現したのだ。

 魔物はダイス目の影響が続いているのか己に気付いていない2人を獲物と見なしたらしく、ゆっくりと近づいていく。

 霊体系の魔物特有の冷気を感じ取った2人が、その存在に気付いて振り返る頃には魔物は己の武器である身の丈ほどもある大鎌を振り上げていた。

 

「「えっ……」」

 

 今まさに襲われているという事実を認識することが出来ず、2人は間の抜けた声を上げる。

 遺言にすらならないその声が2人の最期の言葉になる、はずだった。

 

「しっ!!」

 

 迷路の通路から飛び出した影。

 それは呆然とする2人の頭上を飛び越え、ジャックランタン目がけて勢いの乗った跳び蹴りを放つ。

 その一撃はぼんやりと光るカボチャ頭を直撃し、化け物を為す術なく吹き飛ばした。

 

「なっ!? 辰道!?」

「辰道さん!?」

 

 跳び蹴りの主である辰道は2人の言葉には応えず、目の前の『魔物』を睨み付ける。

 

「すまん、いきなり口を塞がれて連れ去られてた。たぶんそいつの仲間だ」

 

 端的に自身に起こった事象を話しながら視線は目の前の敵を注視し、他の感覚で周囲を探り出した。

 

 

 

 辰道は豊子が目を離した僅かの間に、壁を抜けてきた亡霊に口を塞がれ壁の奥へと連れ去られていた。

 

「っ!?」

 

 壁を抜ける時のなんとも言えない感覚で不意打ちのショックから立ち直り、捕まえていた女の亡霊の腕を振り払う。

 素早く周囲を見回すとそこは三方を壁で区切られた迷路の袋小路だった。

 

「ァアアアアア!!」

 

 振り払われた事が気に入らなかったらしい亡霊は擦れて聞き取り辛い叫び声と共に手を伸ばす。

 それに対して辰道はつい反射的に『あちらの世界』の要領で反撃した。

 

「(掌底・発勁!!)」

 

 掌から一瞬だけ吹き出した気の奔流に飲み込まれ、亡霊は声もなく消え失せる。

 向こうでの当たり前の結果がこちらで引き起こされた事実に、彼は無言で先ほど光を放った自分の右手を見つめる。

 

「……身体能力だけじゃなくて技まで使えるようになったのか。……いや、以前から『運命逆転』だけは何故か使えてたんだ。いつかこうなっても不思議じゃなかった」

 

 思わず出た独白に自嘲気味に笑いながら続ける。

 

「ますます人間離れしてきたな。だが……今はそれがありがたい!」

 

 即座に駆け出す。

 自身の脳裏に浮かぶマップに従い、何故か一緒にいる豊子と明美の元へ。

 

 そして今まさに襲われていた彼女らを助けるために跳び蹴りをして現在に至る。

 

 

「これは……一体、どういう事だ?」

「アトラクション、じゃない、の?」


 呆然と呟く豊子と明美を背に庇い、人の身体を一切りで両断してしまいそうな大鎌を持ったパンプキンヘッドの何かと相対する辰道。

 カボチャ頭に彼が放った跳び蹴りが効いている様子はない。

 というよりもカボチャ頭からは表情を読むことが出来ず、すぐに立ち上がったのでダメージのほどが読み取れないのだ。

 

「(俺がこいつをひきつけて2人だけで逃がすには、この場所は入り組み過ぎてる。途中でまたこういうヤツに遭遇したらアウトだ。そしてこいつは俺たちを逃がすつもりがない。やるしか、ない!)」

 

 両拳を握りこむ。

 何を考えているかわからないパンプキンヘッドの不気味な顔がゆらりゆらりと揺れていた。

 この迷路型お化け屋敷の薄暗い光に照らされ、大きな鎌が鈍く光る。


「……2人とも、そこを動くなよ。どうやらこの辺にはこいつみたいなのがうようよしてるみたいだからな」

「いや、少し待て。うようよだと? なんでそんな事がわかる? いやそれ以前にいきなり現れたそいつはなんなんだ一体!!」

 

 薄暗い中、突然攻撃されて混乱している豊子は普段なら絶対に見られないだろう取り乱し方をしていた。

 

「……なんかそれ見てると寒気がします。に、人間……じゃないですよね?」

 

 青い顔で両肩を抱きながら震える明美は、動く気力もないのかその場に座り込んでしまった。

 

「豊子、その子を見ていてくれ」


 あちらの世界での経験によって培われた有無を言わさぬ圧力の伴った言葉。


「っ……。わ、わかった」


 背中越しとはいえ、それを受けた豊子は気がつけば混乱していた頭を無理やりに静められ、その言葉に従っていた。


「ふっ!(今、この遊園地がどういう状態なのかが気になる。時間はかけられない)」

 

 辰道は目の前にいる『あちらの世界の魔物』目掛けて一歩踏み出し、握り拳を放った。

 ジャックランタンは尋常ならざる速度の拳に反応する事も出来ず、無防備な胴体にその攻撃は突き刺さる。

 枯れ枝のような足で踏ん張り切れなかったのか、または踏ん張るつもりなど元からなかったのか。

 ジャックランタンは勢いよく吹き飛び、壁に叩き付けられた。

 しかし辰道は心中で舌打ちする。

 

「(手応えがない。普通の物理攻撃じゃダメージにならない純粋なゴースト系の魔物だ、こいつ!)」

 

 カボチャ頭は彼の懸念通り何事もなく立ち上がった。

 緩慢な動きで大鎌を振り上げながら、ゆらゆらとおぼつかない足取りで敵と見做したらしい彼に近付く。

 

「(……確実にここ以外にも敵はいる。こいつ一体に時間はかけられん)」

 

 背後を窺う。

 豊子が座り込んでしまった明美に声をかけながら肩を貸して立ち上がらせているところだった。

 

「豊子、走れるか!」

「無理だ。何故かはわからないがこの子がやたら弱っている。私1人では支えて立たせるのが精一杯だ」

 

 辰道に答えながら彼女は言葉通りに明美を支えて立ち上がる。

 しかし足に力がほとんど入っていない明美はすぐに迷路の壁に寄りかかり、かろうじて座り込むのを防いでいるという有様だ。

 

「(なんで明美ちゃんはこんな風になってる? 俺が駆けつける前に何か敵の攻撃を食らったのか!?)」

 

 心中の疑問に答えは出ない。

 

「(2人を抱えてこの場から逃げる? こいつをそのままにすれば別の誰かが狙われるだけ。それじゃ意味がない。……この場で倒すしかない)」

 

 辰道は振り下ろされる大鎌を回避しながら、一般的に見れば『異能』に分類される自身の力を使う覚悟を決める。

 時間をかければ被害は増えるばかり。

 不特定多数に広まればただでは済まないが故の葛藤は人命の重さの前に呆気なく消えていた。

 

「豊子、明美ちゃん! その場でじっとしていろ!」

 

 辰道は2人からの返事を待つことなくあちらの世界の要領で己の右掌に力を集める。

 使い慣れた力はあっという間にその右手にぼんやりとした光を宿した。

 

「待て、辰道! 一体何を!」

「はぁっ!!」

 

 力の宿った右手を振るう。

 その手が触れたパンプキンヘッドは白色の閃光によって文字通り消滅させられた。

 頭部を失った胴体は倒れ込んでしばらくはそのまま存在していたが、やがてかぼちゃ頭と同じように消滅した。

 

「(まだ敵は残っている。急がないとな)」

「お、おい、辰道……」

 

 物問いたげに彼に呼びかける豊子。

 明美も青い顔をしながら訳のわからない化け物を倒した彼を凝視している。

 辰道は彼女らが抱いている数々の疑問に答えるだけの時間的余裕がない事から困ったように眉を寄せた。

 

「すまん。いずれ話すから今は触れないでくれ。お前たちは俺が守るから」

「う、うわぁっ!?」

 

 早口で捲し立てるように告げ、両脇に2人を抱えると彼はその場から駆け出す。

 抱え上げる際に聞こえた妙に男勝りな豊子の悲鳴に僅かに気を緩ませながら。

 悲鳴すら上げずに為すがままの明美の様子に緩ませていた顔を引き締め、早期の状況改善を心に決めて。

 

「(なるべく早く、なるべく見られないように事を納める。……難易度高すぎて眩暈がするな)」

 

 条件を満たすための方策を幾つも練りながら、彼はまずはお化け屋敷内の魔物を一掃するべく動き出した。

 事態が彼の想像を遙かに超えて進行していた。

 

 

 

「えっと。どういう状況なんだろう、これ?」

 

 目の前で八つ裂きになって消滅していくパンプキンヘッドを呆然と眺めながら、『斉藤拓真』は呆然とつぶやく。

 彼を見知っている人間がその様子を見れば明らかに普段の彼と雰囲気が異なる事に気付くだろう。

 そんな彼の手には偶々迷路の壁の影に置き去りにされていたそれなりに大きなドライバーが握られており、その刃に当たる部分は辰道の拳同様の薄ぼんやりとした光を宿していた。

 

「見たことない場所だし、そもそも『僕』は宿で眠っていたはずなのに……」

 

 自らが置かれた状況が理解できず混乱の只中にある少年は、このままここにいても仕方ないと思い直し歩き出す。

 

「『タツミさんたち』もここにいるんだろうか? とにかくここがどこか調べないと……」

 

 自身の置かれた状況、起きた異変を把握すべく『キルシェット』は拓真の身体で行動を開始した。

 

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