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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第二章
14/208

再来、そして再開

あけましておめでとうございます。

今年もゆっくりとしたペースではありますが更新していきますのでどうかよろしくお願いします。

今回からまた異世界編になります。

これからタツミたちがどのように動くのか楽しんでいただければ幸いです。

 アスロイ村を守るための戦いは一先ず終わった。

 しかし拠点防衛のような相手の出方を待つ戦いの場合、襲撃者を倒す事が出来たとしてもそこで全てを終わりとする事は出来ない。

 襲撃が一度きりだという保証はないのだから。


 今回の場合、原因と思われる存在は倒されたが、他にも正気を失った魔物が近辺を徘徊している可能性がある。

 原因と思われる『瘴気』を纏った存在がスケルトンだけとも限らない。

 よってタツミと青い兜の面々はほんの少しの休憩の後、手分けして周囲一帯の探索を行った。

 結果としてフィンブ村まで手を広めた数時間の探索を行い、瘴気を纏った存在やそれに当てられた魔物などは発見されなかった。


 彼らはその結果をもって心配していた第二、第三の襲撃が今の所は杞憂に終わったという結論を出す。

 未だ『瘴気の謎』、『フォレストウルフの不可解な行動』など不明な点はあったものの、『当面の危機は去った』と彼らは満場一致で判断した。


 その旨は村長以下村の住人に包み隠さず報告している。

 皆が一様に胸を撫で下ろす中、根本的な原因が不明という事に不安を抱く者もいた。

 彼らについては今回の出来事を全てギルドに報告し、アスロイのみならずこの近辺の村に冒険者ないし自警団を常駐させられないか交渉すると伝える事で、その不安を緩和している。

 リドラが村の外周部に魔物避けの香を、駄目押しにフィリーが白色の遮光を張り直した事が彼らを安心させるのに一役買っている。

 村人への説明が一段落した頃には既に日が暮れてしまっていた。




 今は村長の家で、彼の好意で振舞われた酒と料理を食べている。

 ここに来てようやく彼らは本当の意味で一息つく事が出来た。


「しっかし結局、奴らなんだったんだろうな?」


 ずずっとスープを啜りながら疑問を口にしたのはゴダだった。


「……さぁなぁ。あの骨野郎も狼もはっきり言ってわけわからん。特に狼の方は何したかったんだか……」


 スープが染み込んで柔らかくなった鶏肉を口にかき込みながらギースが応える。


「スケルトンは元々、非業の死を遂げた者の無念が寄り集まる事で誕生するとされる魔物です。アンデッド系の魔物全般に言える事ですが、その成り立ち故に生者に対して並々ならぬ敵意を向けてくる事が多く、生者が集まっている村や町を襲うというのはある意味で当然の事と考えられます。……ですがフォレストウルフの行動については前例が無い物が多すぎて判断がつかない事が多いですね。それにフォレストウルフも生きている以上、スケルトンに敵意を向けられるはずです。だと言うのにスケルトンはかの存在と、そして瘴気に当てられて自身に追従してきた魔物には見向きもせずに村を、『人間』を襲った。そしてウルフの方はまるでスケルトンと共に在る事を望んでいるかのような行動を取っていた、と聞いています。となればやはり我々の知らない何らかの要因があり、その結果としてあの奇妙な組み合わせが出来上がったと見るべきでしょう」


 ゴダとギースが豪快に食べているのに対して、リドラは静かに具材を口に含む。

 スープを飲む際も音を発てずに、その所作一つ一つに品の良さが感じられた。

 湯気で眼鏡を曇らせながら今回の件について考察する姿は、少しシュールではあるが彼の放つ知的な雰囲気はまったく損なっていない。


「よく思い出してみると……フォレストウルフって結局、僕たちには攻撃してきませんでしたよね? 攻撃したのはタツミさんにだけで、それも聞く限りじゃ一度だけ。そして最期はスケルトンを庇って……」


 敵と言えどもゴダたちから聞かされたその最期に思う所があるのか、どことなく沈んだ様子を見せるキルシェット。

 食事も中々進まない様子で、そのペースはこの中では一番遅い。


「フォレストウルフが瘴気の影響を受けていたとは考え難い。直に対面したから言える事だが、あれの影響を受けてるんならすぐわかる。あれはそれくらいヤバイ。なんつうか……感じ方は人それぞれだとは思うんだが、たぶん影響されている奴に『気付かない』って奴はまずいねぇはずだ。取り込まれただけの雑魚どもはそれほどでもなかったが、あのスケルトンはほんとにやばかった。それなりに長い事、冒険者やってきたがあんなのは初めて見たぜ」


 対峙し、何合も剣を交えたギースの実感を伴った言葉は重い。


「俺らだけだったら『それなりに時間稼ぎしてお陀仏』が関の山だったろうな。悔しい限りだが……ほんと、あいつがいてくれて良かったぜ」


 彼の言葉は青い兜の面々の心中を代弁していた。

 彼らだけでスケルトンや魔物の群れと戦う事になっていた場合、前衛職であるギースとゴダは命を賭けなければならなかっただろう。

 それでも出来た事はアスロイに残っていた村人たちの避難が精一杯だったはずだ。

 最も厄介で異質な存在であったスケルトンを、タツミが受け持ってくれたお陰で大きな被害を出すこともなくこうして今、美味い食事にありつけている。

 彼らはその事をよくわかっており、タツミには本当に感謝していた。

 だからこそ今、診療所で眠っている彼の事を気にかけている。


「精神的な衰弱による失神。簡易的ではありますが、私も診断に参加しましたからまず間違いありません。おそらくは瘴気に当てられたのではないかと」

「そんだけスケルトンはきつい相手だったって事か」


 タツミは全てが一段落したと判断した直後。

 その場で崩れ落ちるようにして倒れてしまった。

 糸が切れたように、と表現するに相応しいその倒れ方に慌てたのは周りの人間たちだ。

 ゴダとギースによって診療所に担ぎ込まれ、リドラとフィリーによる診断により失神と判断された彼はそのまま寝かされる事になった。

 フィリーは彼の付き添いとして診療所に詰めている。

 僧侶として、同業者として、一人の人間として自分たちを助けてくれた人間を放っておく事など彼女には出来なかったのだ。

 キルシェットやリドラも彼女に同伴する事を申し出たのだが、怪我をしているわけでもなく命に別状はない為、人手はいらないと断られている。


「彼は私が看ておくから貴方たちは最低限の休息を取って、もしもの場合に備えて頂戴。何事もなかったら交代してもらうつもりだし」


 魔物の襲撃の可能性を引き合いに出されれば引き下がらざるを得ない。

 何度となく触れてきた事だが、また魔物が村に攻め入ってくる可能性は0では無いのだ。


「大丈夫でしょうか? タツミさん」


 キルシェットはしょんぼりとした、心配していると誰が聞いても察することが出来る弱弱しい声を上げる。

 どうやら食事が進まない理由の大部分は、彼の事を心配していた為らしい。


「助けてくれた人を案じる君の気持ちはわかります。しかしだからこそしっかり栄養補給して備えなければいけません。いざと言う時に動けなくなってしまえばそれこそ彼の頑張りを無駄にしてしまいます」

「そうだぜ。冒険者ってのは体が資本だ。ゴダや俺みたいにガツガツしろとは言わねぇが、食える時に食うって事を忘れんな」

「人の心配する前に、まず自分の体を万全にしとけ。他人の心配なんざ余裕のある奴がする事なんだからよ」


 優しく諭すリドラと冒険者としての心得を語るギース、乱暴な物言いだがキルシェットを気遣うゴダ。

 三者三様の言葉にキルシェットはしばし黙り込み、やがて大きく頷くと勢いよくスープの具を口に放り込み始めた。

 彼の様子にゴダとギースは満足げに頷く。

 まだまだ駆け出しで未熟だが、同時に先が楽しみでもある若者にリドラは眩しげに目を細めて笑った。




 ところ変わってここは診療所の一室。

 村長宅やその近くで催される宴会の喧騒も届かないその場所で静かに眠る男。

 そして部屋に備え付けられた看病用の椅子に座り、眠り続ける彼を見つめる女性が一人。


「……顔色はだいぶ良くなってきたわね」


 フィリーはほっと息をつく。

 治療の為に鎧兜を脱がされ、軽装になったタツミを見つめる。


「(もう完治している古傷を除いて目立つ外傷はお腹の傷だけ。それも彼が倒れてからもう一度、魔法を使ってしっかり塞いだから後遺症も無し。私も迂闊だったわ。あれだけの瘴気と真っ向からぶつかって平気な訳がないのに、彼があまりにもケロっとしていたから気づかなかった)」


 じっと彼の横顔を見つめる。

 20歳を超えた青年にしては、ずいぶんと子供っぽい寝顔だ。


「他人に弱みを見せられないっていうのはわかるけれど……あんな風に倒れてしまうまで、なんて我慢し過ぎよ」


 静かな部屋にフィリーの呆れたような、怒ったような声が響く。

 彼女は僧侶という職業と面倒見の良い性格から、出会ったばかりであるタツミの事をとても心配していた。


「(ゴダやギースが分析していた通り、彼は不安定ね。……今日の戦いを思い返してみるとよくわかるわ)」


 フォレストウルフの出現とスケルトンを含めた魔物の群れの襲来。

 あの時、彼は顔には出さなかったものの内心で動揺していたのではないか?


 そうでなければ襲撃当初、ただ単調に炎の伴った爆発を起こす攻撃ばかりを使っていた理由の説明が付かない。

 斬撃と魔法攻撃を同時に放つ剣技を最初から有効に使用できていれば、もっと早く決着がついていたのではないか?

 彼女はそう考えていた。


「(私が傷を回復させた事で平静を取り戻したとしたら、その後の立ち回りの無駄の無さも納得できる)」


 人が変わったように効率的に敵を倒していくその背中を思い出しながら、フィリーはさらに考察を広める。


「(Aランクに上がるまで、色々なクエストをクリアしてきたはずなのに、まるで冒険に出たばかりの新人を見ているような気持ちになった)」


 恐怖による視野の狭まりなど、新人が最もかかりやすい症状だろう。


「(……それも瘴気のせい? 可能性はあるけれど……そんな安易に決め付けるのは良くないわね。出来ればもう少し話を聞きたい。彼が望めばだけれど)」


 善意の押し付けが無用なトラブルを生む事もフィリーは知っていた。

 一日にも満たない時間を共にしただけの人間にここまで心を砕く彼女の在り方は、他者から見れば十分にお人好しと言えるし、見ようによってはお節介と取られるだろう。

 お人好しが切欠で教会の手伝いを始め、挙句に僧侶となった彼女の性は筋金入りだ。


「うっ……」


 うめき声を上げながらタツミは薄っすらと目を開ける。

 まだ意識がおぼろげなのかその瞳は何も映さずに、ただ天井を見つめていた。


「っ!? ……タツミ君?」


 覚醒しきっていない彼を刺激しないよう静かに問いかけるフィリー。

 その言葉が耳に届いたのか、タツミはゆっくりと首を動かし、自身を覗き込んでいる彼女と目を合わせた。


「フィリー、さん……」

「ええ、そうよ。気分はどう? 失神してしまったからあまり良くないとは思うけど」


 言われてタツミはぼんやりとしたまま自身の両手を軽く握る。

 適度に入れられた力は、常日頃と変わらず違和感は無かった。

 続けて彼は足を動かす。

 ゆっくりと上半身を上げ、かけられたシーツをそっと外し、床に足を付けた。


「……問題ない、みたいです」

「驚いたわ。精神的にも肉体的にもかなり消耗していたはずなのに、こんなに早く回復するなんて。本当に何も違和感は無い? 気だるさや痛む所とかは?」


 滑らかに体を動かすタツミに驚きながらも、フィリーは僧侶として患者である彼を慮る。

 彼女の言葉から伝わる掛け値なしの善意に、穏やかな気持ちになりながらもタツミはしっかりと頷いた。


「大丈夫です。心配をおかけしました」


 体の調子を確認するように肩を回し、だらりと伸ばした足を揺らす。

 異常が無いことを確認できたのか、タツミは軽い柔軟をやめてフィリーに視線を戻した。

 その瞳からは緊張した様子が見受けられる。


「俺が意識を失ってからどれくらい経って、何かありましたか?」

「ふふ、心配しないで。あれから魔物の襲撃は無かったし、森も静かな物よ。何より貴方が診療所に担ぎこまれて2時間くらいしか経っていないわ」

「……そうですか。良かった」


 心の底から安堵し、緊張していた瞳からはあからさまに力が抜けるタツミ。

 その様子にフィリーは疑問を覚えた。


「(今の『良かった』は何に対してなのかしら? 戦いが無い事に対して? ……それとも他の理由?)」


 フィリーは思わずその疑問を問いかけようと口を開きかけ、しかしやめてしまった。


「(彼とはそれなりに友好関係を築いたと思うけれど、内面に深く踏み込むほど親しくなれたとも思えない。今後も付き合いを続けていきたいし、今はまだやめておきましょう)」


 自身の疑問を押し殺して、フィリーはタツミに笑いかける。


「三度目になるけれど、本当に体は大丈夫なのね?」

「はい。心配してくださって本当にありがとうございます。他の方たちは今どうされているんですか?」

「貴方が倒れてからの事、順を追って話すわ。一応、病み上がりなのだからおとなしくベッドに戻ってね……」


 そっとタツミの肩に手を添え、彼女は横になる事を促す。


「いえ、もう大丈夫……」

「戻って? ね?」


 ぐっと肩に添えられた細い手に力が入り、じっと目を覗き込まれる。

 抗いがたい威圧感を感じたタツミは、嫌な汗を流すと口元を引きつらせながら頷いた。


「は、はい……」

「うん、よろしい」


 おとなしくベッドに戻って横になるタツミに、笑みを浮かべて満足げに頷くフィリー。

 異性であれば見惚れるだろう魅力的な彼女の笑みだが、先ほどのやり取りが印象に残っているタツミは引きつった笑顔を浮かべる事しか出来なかった。

 彼が倒れた後の事を伝え終えるとフィリーは今まで座っていた椅子から立ち上がる。


「それじゃ私は食事を取ってくるわ。ギースたちにも貴方が起きたことを伝えてくるけど……大丈夫かしら?」

「ええ、大丈夫です。実は俺も腹が減ってまして……」

「ふふ、休む暇もなくずっと戦っていたものね。無理も無いわ。それじゃ少し待っていて。『おとなしく』、ね?」

「……はい」


 ベッドから出るなと暗に念押しされ、彼は苦笑いしながら体の力を抜く。

 それを確認してからフィリーは部屋を出て行った。

 静かに遠ざかっていく足音を聞き届けながら、タツミは安堵のため息をついた。


「(まさか『こっち』はあれからほとんど時間が経ってないなんてな)」


 一ヶ月以上の時間をあちらの世界で過ごしてきた記憶を思い出しながら、タツミは顎に手を当てながら考えに耽る。


「(……あの塔に入ったらこっちの世界に来た。あれは一体なんだったんだ? 確かにあの塔はこっちの世界に如何にもありそうな建造物だったが……それに意識が薄れた時に聞こえたあの声は一体?)」


 『タツミ』として目を覚ます直前に起こった出来事を思い返しながら考え込む。


「(今回はタツミとは会えなかった。出来ることなら話を聞きたかったんだが……とりあえず切り替えよう。色々と考えるのは後回しだ)」


 ため息をつきながら思考を切り替え、フィリーから聞いた情報を頭の中で整理し始めた。


「(こっちは俺の最後の記憶から2時間しか経過していない。最後の記憶との差異はなく状況的な動きも無し。時間経過がほとんど無い事については今は置いておこう。……フィリーさんは何か聞きたそうにしてたな。何かこの世界の常識から考えて俺の行動に違和感があったかもしれない。……正直、切羽詰まると周りの事を考えていられなくなる。気をつけていても気づけない部分ってのはどうしても出てくるし)」


 これからの前途多難な生活、未だ解決の糸口も見えない謎の現象。

 大きな不安を抱きながら彼はフィリーが青い兜の面々と村長を引き連れて戻ってくるまでの間、現状整理と言う名の愚痴を続けた。


 その後は村長すらも巻き込んで、診療所の一室は宴会場と化した。

 酒に弱いフィリーと年齢的に飲めないキルシェットを除き、全員に酒が振舞われた。

 タツミの飲酒についてフィリーが柳眉を寄せてギースたちを諌めようとしたが、事態が収集しつつある事に気を良くした村長に取り成され、何よりタツミ本人が気分転換に飲みたがった為にため息をしながら許可した。

 一杯だけと念押しされているので、彼はそれ以上飲んでいない。

 しかしゴダとギースがはっちゃけてしまった為に飲まなかった二人とタツミ以外は酒宴が終わる頃には泥のように眠ってしまった。


 と言っても何かしらの緊急事態が発生すれば行動できる程度には自制した量の飲酒だ。

 さすがに襲撃の可能性がある状態で泥酔するような量は飲まない。

 たとえそれが善意で振舞われた物であろうともだ。


 ゴダなどは樽一個分に相当するだろう量を飲んだのだが、ドラッケンの飲酒限界は人間のソレを遥かに上回る。

 この程度の量で動けなくなることは無い。

 リドラとギースも、街で飲む量に比べれば5割にも満たない量しか飲んでいない。

 寝入っているのは飲酒が原因ではなく、昼間の戦いと宴会での騒ぎ疲れが原因だ。

 タツミが目を覚ました事は彼らにとって戦いの疲れを忘れて馬鹿騒ぎをする程に嬉しい事なのだろう。

 彼らが大して大きくも無い部屋で雑魚寝を始めた頃、タツミはその事をフィリーから苦笑いと共に聞かされ、やはり苦笑いしながら相槌を打っていた。


「フィリーさん、大変なんですね」

「わかってくれるかしら。ありがとう、タツミ君」


 寝入ってしまった者たちの為に他の部屋から毛布を取ってきたキルシェットだけが、酔っていない二人が何らかの気持ちを共有して固い握手をしている姿を目撃している。



 その翌日。

 アスロイ村は懸念された魔物の襲撃が起こらず静かな朝を迎えた。

 

 とりあえずは安心だと言う事で眠りこけていた青い兜のメンバーを叩き起こし、タツミを含めた一行はフォゲッタへ向かった。

 昨晩の酒が残っているせいか時折、頭を振りながら歩くギースと文字通りに叩き起こされた頭を擦るゴダ。

 そんな二人を尻目にタツミ、キルシェット、フィリー、リドラの4人は和やかに談笑しながらフォゲッタへの道を進んだ。


 道中で魔物に襲われるという事もなく彼らは無事に到着。

 何事もなく帰ってこれた事に安堵しながらも、一息つく間もなくギルドに足を運ぶ。

 タツミと青い兜の連名での緊急報告と告げると、受付はすぐに席を立ちギルド長の元へと向かった。

 1分と経たずに戻ってきた受付はつい先日タツミが通された応接間へと彼らを案内した。

 通された部屋にはタツミが出会ったミストレイ秘書官とは別の男性秘書官とギルフォードが待ち構えていた。


「前置きは抜きだ。『アスロイ村の救援』及び『最近、頻発している魔物襲撃の調査』について報告を聞こう」


 パーティのリーダーであるギースと知恵者のリドラをメインにした報告は、それほど時間をかけずに終わる。

 タツミの知る事実と特に相違点も無かった為、彼が口を挟むことも無かった。

 説明が終わるとギルフォードは切れ長の瞳を険しくしながら同席していた秘書に指示を出す。


「空いているBランク以上の冒険者に召集をかけてくれ。Bランクにはアスロイ村の警護及び村を中心とした周囲数10キロ圏内の大規模捜索、Aランク冒険者で捕まる者がいればアスロイ、フィンブ近辺の大規模捜索及び特殊事項『瘴気』を纏った魔物の殲滅、これらをクエストとして発行。Bランクへの依頼だが、最低でもBランクになって1年以上、加えてBランクのクエストを10件以上クリアしている者たちに限定するように。ベテランである青い兜が苦戦するならば、生半可な戦力では邪魔にしかならん。金に糸目は付けないので誰の耳にも入るよう派手に喧伝するように。魔物が正気を失うとなれば竜騎士や魔物使いが使役している者たちにも被害が出るかもしれん。瘴気についてわかっている全ての情報を提示するのを忘れるな。町長にもギルドの方針を伝えてくれ。私の名前を出してくれて構わない」

「畏まりました」


 淡々と豪快な指示を出すギルフォードに疑問を挟む事なく頷き、秘書官は部屋を出て行く。

 彼がドアを閉める音を尻目にギルフォードはため息をつきながらタツミへと視線を向けた。


「はぁ……こちらが依頼するよりも先に首を突っ込むとは。……相変わらず無駄に行動力がある男だな、お前は」

「無駄を強調するな。こっちとしても想定外だぞ」


 呆れたようにため息をつくギルフォードに苦笑いしながら答えるタツミ。

 親しげなその姿に青い兜の人間は二人の姿に訝しげに視線を走らせる。


「ああ、君たちの疑問に答えよう。簡潔に説明すると彼がフォゲッタで受けたクエストは他のギルドよりも多く、さらに特殊な物もあった。彼のAランククエストもここで斡旋した物だ。つまりそれなりに付き合いという物があるので個人的に親しくなった、とそういう事だ」

「なるほどねぇ。変わりモンのエルフとは聞いてたが、人間相手にここまで友好的とはなぁ」


 なんと言っていいのか困惑した様子のゴダの発言に、気を悪くした様子もなくギルフォードは皮肉げに笑う。


「ふっ、安心したまえ。別に親しいからと言ってクエストに手心を加えるわけでも報酬に色が付く事もない。むしろ能力や性格を他者より理解しているのだから、より有益な結果をもたらすだろうクエストを回しているくらいだ」

「そのせいで何度となく危ない目に合ったがな」

「その分、危険を伴わない仕事よりも自身の成長が期待できるだろう? ……ふむ、話が逸れた。とりあえずお前との話は後回しだ。諸君の今後についての話をしよう」


 気を取り直すように咳払いを一つするギルフォードにあわせて集まった面々は気を引き締める。

 まずタツミが口火を切った。


「報告を上げた青い兜の人たちは、このままクエストへ参加か?」

「いや青い兜にこの件に参加する義務は無い。あくまで冒険者たち個人の判断で決めて欲しい。君たちへの依頼は報告を上げた今現在の段階で完了となり、提示したクエスト報酬も支払わせてもらう。ここからの依頼はまた別件として考えてくれていい。こちらとしては今回の件に直接関与した諸君の協力は是非とも欲しい所だが、それで無理をされた挙句に貴重な戦力を失うというのは論外なのでな。……荷が重いと判断したならば受けなくても構わない」


 合理的に物事を判断し、淡々とその場の全員に対して説明するギルフォード。

 ギルドとしての意向を包み隠さず語るその姿勢はいっそ清清しい物だ。


「言うまでもない事だがタツミ、お前は強制参加だ。今日一日は休むなり準備するなりしておいてくれ。他のAランクが捕まるかわからないからな。主力として働いてもらうぞ」

「……だろうな。了解」


 その言葉にキルシェットは驚きの声を上げた。


「えっ? なんでタツミさんがっ!? タツミさんは怪我をして、しかも倒れたんですよっ!? ちゃんと病院に行って休まないと!!」

「うおおい!? だぁ、落ち着けって!!」


 タツミの身を案じてか、彼は思わず強い物言いでギルフォードを問い詰める。

 ゴダが今にも殴りかかりそうな彼を抱え込むようにして抑え込んだ。


「キルシェット。俺は気にしていない。元々、Aランク冒険者はギルドから多大な援助を受けられる代わりにギルドからの要請を受ける義務があるんだ。今回のような特殊且つ至急の解決を求められるケースならこうなって当然なんだよ」

「で、でも……」

「いいんだ。それに……あのスケルトンと同程度の相手ならもう遅れは取らない。心配してくれるのは嬉しいが、大丈夫だ」


 尚も言い募ろうとするキルシェットを制し、安心させるようにタツミは笑いかけた。

 気負いのまったく見られないその態度に納得したのか、キルシェットは落ち着きを取り戻す。

 そこでようやく自分がギルド長に失礼なことをしている事に気づき、蚊の鳴くような声で「すみませんでした」と謝罪し、ゴダの背中に隠れるように引き下がった。


「構わない。私の言い回しが時として他者を不快にさせる事など自覚している。……さて青い兜の面々への話としては以上だ。君たちは規定通りに報酬を一階受付から受け取って欲しい」

「了解した。俺らとしては考える時間があるのはありがたい。とりあえず今のところ、参加の方向でいるとだけ伝えておくぜ。命とクエストクリアの恩を返さないといけないからな」

「承知した。ほどほどに期待させてもらおう。ああ、タツミ。お前は残れ。まだ話がある」

「ほんと、容赦の無い物言いだな。しかしそれくらいわかりやすい方がこっちもやりやすくていいぜ」


 ギースが立ち上がるのを合図に、青い兜の面々は次々と席を立ちギルフォードとタツミに対して一言声をかけてから応接室を出て行く。

 最後に秘書官が外に出て、ドアを閉める。

 ギルフォードとタツミだけが室内に残ると、それまでとは違った緊張感が部屋を満たした。


「さて、タツミ。……お前自身の問題について何か進展はあったか? 私見としては二日前に私の元に来たときに比べて随分と精神的に落ち着いているように見えるぞ。あの時のお前ならば『遅れを取らない』などと自信に満ちた物言いは出来ん」

「……そうだな。ちょっと先走って今回の件に関わったが結果的に良い方向に運んだんだ。怪我の功名と言っていいかは微妙だが。向こうに戻れた事も大きい」

「なに?」


 想定外の言葉にギルフォードは驚き、聞き返した。

 昨日の今日でタツミが異世界に帰っていたなどと思ってもいなかったのだ。


「さっき報告したと思うが俺は戦闘が終わった後に気を失ったんだ。そしてその時、向こうの世界に帰っていた。もう一人のタツミとも少ないが会話をして、な。それから一ヶ月、俺は自分がいた世界で生活をしていた」

「一ヶ月? お前がこの街に来てからまだ2日しか経っていないぞ? いや……それはつまりあちらとこちらでは時間の流れが違う、とそういう事か?」

「恐らくは。2回目も自分の意思でこっちに来たわけじゃないんだ。確かに気になることは色々とあった。心残りと言える事もあったから出来うる範囲で調査の真似事を向こうでしてみたが、何をすればあっちの世界からこっちの世界に移動できるのかまったくわからなかったんだ」

「だというのにお前はお前としてまたこの世界にいる。……今度はどんな切欠があった? あともう一人のお前との会話の内容も話せ」

「それがな……」


 二人の話し合いはそれから30分もの間、続いた。


「結論。お前が言う元の世界に戻ることは不可能ではない。しかし今のところ自らの意思で戻ることは出来ない。逆もまた然り。あちらからこちらに来る時はその世界の常識としては考えられない現象に見舞われた結果、こちらに来る傾向がある」


 美しい指を一本ずつ折りながら、ギルフォードは今回の話し合いでわかった事を列挙する。


「まだ2回目だからな。傾向と決め付けてしまうのは気が早いとも思うが、今のところはそういう事になる。あと元の世界での一ヶ月がこちらでは2時間しか経っていない。あちらに一度、戻った時も時間経過はほとんど無かった」

「……改めて整理してみても面妖、としか表現できん現象だな。1回目と2回目で状況が違っている事も気になる。しかしお前が前に会った時に比べて安定しているように思えた事には得心が行った。お前は異常な現象を経験した上で一ヶ月もの間、生活をしていたわけだからな。要は『慣れ』、そういう事だろう?」


 その的確すぎる分析にタツミは苦笑いしながら頷いた。


「……そうだな。原因究明はもちろんやりたいが、それは今回の件を片付けてからだ。もしかしたらまたあちらに戻る可能性もあるが……それは考えても仕方ないな」

「こちらから向こうに戻るのは何が切欠で起こるのかがわからないからな。こちらでも時間が出来た時に調べよう。『こちらの造型で作られたと思われる窓の無い塔』と『人語を話す狼』についてならば調べれば何か手掛かりが得られるかもしれん。情報が少ない現状では広大な砂漠で指輪を探し出すような難儀な作業になるが……だからこそやり甲斐はある」


「(ああ、知らない事を知るために全力を尽くす、こいつの旺盛過ぎる好奇心に火が点いたか……)」


 切れ長の瞳の奥にじりじりと燃え上がる炎のような物が見えたタツミは諦め混じりにそう悟った。


「頼んでる側だから止めろだなんて言わないが……なんだ、その無理はするな。あと優先順位を履き違えるなよ?」

「クックック、誰に言っている。ギルド長という責任ある立場の私が個人的な知的好奇心を満たす為に大局を見失うはずがあるまい」


 現在進行形で不気味な笑みを浮かべながら、ギラギラとした目で何かに思いを馳せている姿はギルフォードの怜悧な美貌も相まって妙な迫力があった。

 凄みを感じさせるギルフォードの様子に不安を抱いて釘を刺すものの、彼に届いたかどうかは微妙なところだろう。

 本人の弁を信じるならば、興奮している様子ではあるが冷静に物事を判断できているようにも見えるが。

 エルフ族の卓越した知性と理性、長い付き合いでわかっている目の前の人物の高い倫理観をタツミは信じることにした。


「それじゃ俺も行くぞ。明日に備えたいんでな」

「ん? コホン。ああ、わかった。明日はよろしく頼む。疲れなど残すなよ?」

「わかっているさ。それじゃまた明日」

「ああ」


 簡潔なやり取りを終えるとタツミが退室するのを待たずにぶつぶつと「どこから調査するか? やはり書籍関連になるか?」、「まずは魔物図鑑を漁るか?」、「遺跡を含めた歴史的な塔についてを……窓が無いというのが重要だな」などとギルフォードは呟き出す。

 その態度にタツミは不快になるよりも先に不安になるが、下手に口出しすると逆効果になりかねない事も知っていた為、放置する事にした。

 なるべく静かに応接室を出た後、シックな外観をした廊下を歩く。


「(念押しすると逆に暴走するかもしれん。こういう変な所に熱中するスイッチがある所もあいつに似てる……ん?)」


 ふと無意識に浮かんだ言葉に彼は疑問符を浮かべた。

 常識外れの知識欲を持ったエルフの友人の顔を思い出して考え込みながら歩くことしばらく。

 ギルドから出ると同時に、タツミは彼が『誰』に似ているのかをはっきりと理解した。


「(そうか。ギルフォードの雰囲気、豊子にそっくりなんだ……)」


 彼の体感時間ではつい先日に会っていた友人の顔が、ギルフォードに重なって見えた気がした。


「(あの後、あっちの世界の俺はどうなったんだろう?)」


 次いで考えるのは自身の状態。

 どれほど考えても今の自分ではわからない事、と浮かんだ疑問を頭の隅に追いやる事にした。


「……あっちにいた時はこっちの事が気になる。こっちに来たらあっちの事が気になる。嫌なループに嵌まってるな、我ながら」


 深いため息を一つつくと、彼は気持ちを切り替え泊まっているホテル目指して歩き出す。

 これからの事を考えながら。


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