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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第八章
139/208

始まる阿鼻叫喚

「大丈夫か、明石?」

 

 辰道からもらった水に濡れたハンカチで目元を覆い、明石は力無くベンチの背もたれに体重を預けて青い顔をして天を仰ぐ。

 

「最初から絶叫系巡りとか飛ばしすぎだろ」

「皆、大はしゃぎだったな。年甲斐もなく」

 

 彼ら以外の人間は2人のすぐ傍にあるコーヒーカップで遊んでいる。

 ぎりぎり乗れると大きめのカップに4人全員が乗っているが、既に回しすぎて阿鼻叫喚だ。

 

「出てきた後はあいつらもグロッキーだろうな」

「テンション上げ過ぎだろ。特に深森、あんまりはしゃぐキャラじゃなかっただろ」

「それは俺も思った。今日のあいつはおかしい」

 

 現在もそれなりに交流している辰道や一義のみならず、高校卒業後は疎遠になっていた他の面々すらも豊子の様子がおかしいことに気づいていた。

 普段、行かない場所に来たのだからはしゃぐというのはわかる。

 しかし彼女のソレは行き過ぎであり、多少なりと交流のある人間ならばわかるほどに所々に無理が見え隠れしていた。

 

「何かあったんだろうな」

「聞き出して解決してくれよ。あのテンションに引きずられて高野たちまでブレーキ壊れ始めてるだろ」

 

 コーヒーカップから降りてきた4人がこちらに近づいてくる。

 女性陣は楽しそうだが、一義は遠目から見てもわかるほど憔悴していた。

 

「あの顔色じゃこれ以上はきついだろうな。ベンチに1人追加か」

「俺はまだ無理だぞ」

 

 目元を覆ったハンカチをそのままに立ち上がることを拒否する明石に、辰道は「そうだろうな」と頷いた。

 

「あのテンションの女性陣だけで回らせるのも怖いから俺はついて行くぞ。一義の介護は任せた」

「そっちの方があいつらに付き合うより遙かに楽だな。わかったよ」

 

 ふらつきながら近づいてきた一義をベンチに座らせ、辰道が代わりに立ち上がる。

 

「ちょっと2人が駄目そうだから休ませたい。こいつらが動けるようになるまではメインどころ以外で回ろう」

 

 女性陣は辰道の提案に不服そうに、ぐったりした様子の明石と一義を見て「この程度でだらしないな」などと好き勝手言ったが全員で楽しむという今回の集まりの趣旨は頭に残っていたようでさほど文句が出ることはなかった。

 

「それじゃ次はあそこ行きましょ!」

 

 高野が提案したのは二人一組のゴーカートだ。

 確かにメインのアトラクションではないようだが、どうにも彼女らのチョイスはスピード系に偏っているように思える。

 

「男女比が合っているなら余興代わりに男女ペアにするところだが、2人グロッキーではな。特に要望がないならじゃんけんでペアを作ってしまおう」

「「異議なし!」」

 

 未だに元気がよい女性陣に合わせながら、これから先の苦労を思って辰道は小さくため息をこぼした。

 

 

 それからしばらく。

 幾つかのアトラクションを巡った事である程度満足したらしい女性陣。

 回復した男性陣が合流する頃には落ち着きを取り戻していた。

 

「済まなかった」

「ごめんね、なんか久しぶりのメンバーで久しぶりの遊園地だったものだからさ」

「ついはしゃいじゃったね」

 

 反省している女性陣に対してずっと付き合わされていた辰道は今日何度目かのため息をつく。

 

「落ち着いたならそれでいい。今度は全員で楽しもう」

「もうちょい加減してくれればいけるからさ」

「とりあえず絶叫系抑えめで頼む」

 

 ペース配分や全員の要望をしっかり摺り合わせるようになった後のアトラクション巡りは皆が楽しむことができるものだった。

 遊園地限定の昼食を食べている間も会話は弾み、傍目から見れば数年来の再会の人間がいるなど気づくことはないだろう。

 

「次はどこに行く?」

「ホラー苦手な人いたっけ? 大丈夫ならここに行かない?」

 

 三嶋がガイドブックの地図で指し示したのはハロウィン仕様になった迷路型のお化け屋敷だった。

 

「いいんじゃない。俺は賛成」

 

 一義の賛同の言葉に全員が頷き、次の目的地が決まる。

 いざ行ってみるとそこは既に長蛇の列が出来ていた。

 やはり季節限定のアトラクションともなると他の物よりも人気のようだ。

 

「現在、2時間待ちだそうだ。どうする?」

 

 列の最後尾で掲げられている看板の内容を読み上げる辰道。

 

「双葉君、この距離からあの看板見えるの?」

 

 かなりの距離があり自身には見えなかった事を軽々とやってみせた彼に三嶋が驚く。

 

「あれ、双葉ってそんなに目良かったっけ?」

「眼鏡をかけるほどではなかったがそう良い方ではなかったな」

 

 明石の疑問に豊子が答え、やや不審げな眼差しを彼に向けた。

 

「成人してからサプリメントとか使って気を遣い始めたら思った以上に効果があってな。目はあの頃より良くなったんだよ」

 

 肩を竦めながら彼が答えるとそういうものかとほとんどの人間が納得する。

 豊子と一義がやや訝しげな顔をしているがそこまで気にするものでもないと思ったらしく、それ以上追求されることはなかった。

 

「それよりどうするんだ? 並ぶのか並ばないのか?」

「ハロウィン限定らしいし、行こうぜ。それなりに回ったし、これくらい構わないだろ?」

 

 明石の意見に全員が同意し、そのまま歩いて最後尾に並ぶ。

 すると先に並んでいた家族連れらしい4人組の少年と目が合った。

 

「あれ、辰道さん!?」

「えっ?」

 

 素っ頓狂な声を上げた少年の言葉に隣にいた明美が弟の視線を追う。

 父親の剛と由里も同様だ。

 

「拓真君? 明美ちゃんに、ご夫妻まで?」

 

 しかし驚いたのは辰道も同じだ。

 彼らが遊園地に行くという話は聞いていたがまさか鉢合わせるとは思っていなかったのだから。

 

「なぁんだ、やっぱり辰道さんも興味あったんじゃないですか! そっちの人たちと一緒なんですか? 会社の同僚さんとか?」

 

 目を輝かせながら視線を豊子たちに向ける拓真。

 

「こら、拓真。不躾な事を聞くんじゃない」

「あいたっ!?」

 

 そんな彼を諫めるために軽く頭を叩く剛。

 痛いと言ってはいるが力など入っていない事は誰の目にも明らかだ。

 

「辰道さん。すみません、拓真が……」

「いや気にしなくて良いよ。拓真君、こいつらは高校の同級生だ。今日は同窓会みたいなものでね」

 

 彼は明美に気にしないよう言い、簡潔にどういう集まりかを拓真に話す。

 

「剛さん、由里さん。お久しぶりです」

「こちらこそお久しぶりです、双葉さん」

「こんなところでお会いするなんて思いませんでしたわ」

 

 夫妻と談笑を始める辰道。

 その後ろでは拓真が豊子たちに話しかけている。

 

「初めまして! 辰道さんとはちょっとした知り合いの斉藤拓真です!」

「あ、ああ。俺は仁田一義。この中だと辰道と付き合い長い方だね」

「私は深森豊子。一義と同じ程度には辰道と付き合いがある」

 

 明石たちも名乗り、その後は拓真の独壇場だ。

 しきりに辰道の事を聞かれて彼女らは戸惑い気味である。

 明美が彼の服の袖を引いて諫めているが、あまり効果はない。

 

「そろそろ入れそうだから戻りなさい、拓真、明美」

 

 父親に言われ、拓真は名残惜しげに彼らの元に戻る。

 

「子供たちの話し相手になっていただきありがとうございます」

「い、いいえ。お礼を言われるほどの事ではありません」

 

 いまいち辰道との関係性が見えない年上の人間から礼を言われ、豊子たちは終始困惑していた。

 

「次の方どうぞ、足下に気をつけてください」

 

 係員の指示に従い、斉藤家の面々が出入り口である屋敷の扉をくぐり抜ける。

 

「では我々はこれで。双葉さん、良ければまたうちに来てください」

「ええ、折を見てお伺いさせていただきます」

「家族でお待ちしておりますね」

「それじゃ辰道さん、また!」

「失礼します」

 

 薄暗い屋敷へ消えていく家族の背中を見送る辰道の肩を一義が軽く叩く。

 

「あの人たち、なんの知り合い? なんか結構親しい感じだったけど」

 

 一義の横では他のメンバーが同感だと頷いている。

 

「あ~~、少し前にちょっとあってお子さんの方と知り合ってな。親御さんともその後に」

「おいおい、そこで濁すなよ。余計気になるだろ」

 

 不満そうな明石の言葉に続いて、問い詰める面々。

 しかし辰道としてはテレビ報道もされた事件の事なので、自身と何より彼らの事を考えて不用意に掘り下げたくない話題である。

 どうにか話題を変えられないかと彼が四苦八苦している間に彼らの出番が回ってきた事でこの話はひとまず有耶無耶になった。

 

 

 斉藤家との関係についてどう追求を躱すかを考えていた辰道はこの時、遊園地のシンボルとも言える城のすぐ傍に現れた異質な気配に気づくことが出来なかった。

 異質は形を成し、どこともしれぬ場所とつながる扉を開く。

 そして扉から現れた異形は、獲物を求めて遊園地全体へと広がっていく。

 

 その頃になって異常な事が起きている事に人々が気づき始めた。

 突如、現れた塔が人々の目に映るようになったのだ。

 その塔は半分倒壊しているような状態であっても、その場にいる全ての人間に本能的な恐怖を感じさせる。

 

 塔と言う異質が目にとまるようになった事で、そこからこちら側に現れる存在も見えてしまうようになり、そして。

 休日の遊園地が阿鼻叫喚の巷と化すまであっという間の出来事であった。

 

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