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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第七章
131/208

目覚めと変化

「……」

 

 タツミはゆるりと目を開く。

 彼の目に最初に入ったのはテントの頼りない布天井だった。

 身体はすぐには動かせそうにないと諦めてしまうほどに重く、起き上がろうとしても僅かに身動ぎを行うのが精一杯のようだ。

 身体を起こす事を諦め、彼が視線だけを周囲に巡らせればすぐ横に座り込んでうつらうつらと舟を漕いでいるキルシェットの姿があった。

 

「(……ミストレインと打ち合ってそれからどれくらい経ったんだ?)」

 

 右腕でぼんやりする目元を擦りながら思考する。

 意識がはっきりしだすも、倦怠感がひどく身体を起き上がらせる気力が出ない。

 

「(水が欲しいな)」

 

 思い出したように喉が渇きを訴え出した頃、テントの幕が開かれる。

 

「キル君、そろそろ交代しましょ、う……」

 

 オイチが目覚めていたタツミと視線を合わせて硬直する。

 長い黒髪が日の光を反射する姿に、彼は眩しげに目を細めた。

 

「……水、くれるか?」

「あ、は、はい! 少々お待ちくださいませ!!」

 

 慌てたように踵を返すオイチの足音が遠ざかっていく。

 彼女の声と物音で寝入っていたキルシェットがぼんやりと目を開いた。

 

「あ、れ? 僕、寝ちゃって……?」

 

 そんな少年の寝ぼけ眼とはっきりした意識のタツミの目ががっちりと合った。

 

「あ、ああ! タツミさん!!」

 

 一気に目が覚めたキルシェットが声を上げる。

 同時にタツミの頼みを聞いていたオイチが戻ってきた。

 

「タツミ様、お水です!」

 

 竹で出来た水筒を差し出される。

 彼は水筒を受け取ろうと手を伸ばすが、震える手は水筒まで届かない。

 

「まだ身体の調子が良くないのですね。キル君、タツミ様を起こす補助をお願いします」

「はい!」

 

 キルシェットがタツミの背に腕を回し、彼に負担をかけないようゆっくりと起こす。

 オイチは水筒に入れていた水を薄い小皿に移し、皿の両端を両手で大事そうに持ちながら差し出した。

 

「私が小皿をお持ちしますのでこのままお飲みください」

 

 羞恥心よりも渇きを癒やす事を優先したタツミは、小さく頷くとそのまま差し出された小皿に口を付けた。

 

「ゆっくりとお飲みください。2日も眠り続けていたのですから」

「……」

 

 優しげなオイチの言葉にタツミは疑問を抱くよりも自然に従う。

 目を閉じ、彼女の言葉通りなら2日ぶりの水分補給にのみ意識を傾けた。

 味わうようにゆっくりと飲み干すと、彼は小さく息をつき改めて気遣わしげな様子のオイチとキルシェットを見つめた。

 

「色々と聞きたい事はあるが……とりあえずはおはようと言っておこうか。オイチ。キルシェット」

「はい、おはようございます」

 

 タツミの様子に心底、安心したと微笑むオイチ。

 

「う、うう……おはようございます、タツミさん。目を覚まして良かったです」

 

 タツミが目覚めた事が嬉しいのか、涙ぐむキルシェット。

 そんな2人の様子に戸惑いながらも気恥ずかしくなり、視線を泳がせるタツミ。

 天幕の中に穏やかな空気が流れる。

 

「タツミ殿」

 

 その空気を壊さないようにと配慮された静かな呼びかけが天幕の外からかけられた。

 そちらに視線を向ければいつの間に来ていたのか、天幕の入り口から中を覗き込んでいるトラノスケの姿が見える。

 

「トラノスケ。おはよう」

「はいはい、おはようございます。まだ病み上がりなんですから、無理はなさらずキルシェットと姫様に世話焼かれて下さい。丸2日も寝てリャ頭も働かないでしょうし」

 

 言いたい事だけ言うと彼はさらりとその場を去っていってしまった。

 

「タツミさん、あんな素っ気無い態度ですけどトラノスケさんも貴方の事をずっと心配してました」

 

 つっけんどんな物言いをしたトラノスケをキルシェットがフォローをする。

 しかし言葉を向けられたタツミは全てわかっているとばかりに頷いた。

 

「あいつの素っ気無い態度が素直に喜ぶのが気恥ずかしいなんていう捻くれた性格のせいだって、もちろんわかってるさ。今更だ」

「ふふ、トラノスケはあれは筋金入りですから」

 

 気にしていないと笑うタツミと、まるで母親のような顔でしょうがない人だと微笑むオイチ。

 そんな2人の様子をどこか羨ましそうに、しかしほっとした面持ちで見つめるキルシェット。

 

 だがいつまでもそうしてほのぼのとしているつもりは彼らにはなかった。

 その雰囲気はタツミの一言で引き締められる。

 

「さて。身体はまだ上手く動かせないが、とりあえず頭ははっきりしている。2人とも、今どういう状況か教えてくれるか?」

 

 その言葉に2人は表情を改めた。

 タツミはキルシェットに肩を貸してもらわずに上半身をしっかり直立させ、2人の言葉を待っている。

 

「はい。タツミ様はどこまで覚えていらっしゃいますか?」

 

 オイチの質問に、タツミは僅かに沈黙する。

 

「……俺が砲撃と打ち合ったところまで、だな」

 

 彼がゆっくりと思い出すように告げるとオイチは頷き、彼の記憶が途切れた後の事を語り始めた。

 

「あの後、タツミ様の放った剣撃がミストレイン様の砲撃を切り裂き、あの方の肉体を両断しました」

「僕たち皆が倒したんだってそう思ったんですけど。でもその時、竜の瞳が紫色に光って……その光を浴びたタツミさんは意識を失ってしまったんです。僕たちが何をしても反応しないタツミさんはまるで……まるで死んでしまったように見えました」

 

 倒れてしまったタツミにオイチとキルシェットは盛大に取り乱したが、1人平静を保っていたトラノスケがテントを設営し、その中にタツミを放り込んだのだと言う。

 

「お恥ずかしながら私はあの時、冷静さを失っておりまして……トラノスケにはどれだけ感謝してもし足りません」

 

 当時を思い出すオイチの顔には取り乱した己を恥じ入る気持ちと、それ以上にタツミがこうして無事でいる事実を噛み締めているように見えた。

 

「僕も倒れてしまったタツミさんを見て頭が真っ白になってしまって……本当に目を覚ましてよかったです」

 

 ぐすりと鼻を啜りながらキルシェットは当時の自身について語る。

 何も出来なかった不甲斐なさとタツミが無事に目覚めた事への安堵。

 両方が合わさった複雑な表情には、それだけタツミの事を案じていた想いを感じさせた。

 

「それからずっと俺は眠っていたって事か。心配かけて本当に悪かった(その後、『あの世界』でミストレインには色々と話を聞いていたんだろうな。……しかしこっちでは2日も経っていたのか。あっちにいたのは俺の体感で大体2、3時間だったと思ったが)」

 

 沈んだ心情を表すように犬耳をぺたんと垂らして俯く少年の頭を雑な手つきで彼は撫でる。

 心配してくれてありがとうという気持ちを精一杯乗せたその行動は、乱暴であっても少年の心に届いたようだ。

 

「はい」

 

 俯きながらもはにかむキルシェットにタツミの表情も思わず緩んでいた。

 

「ミストレインの傍にあった『窓の無い塔』はどうなった?」

 

 タツミはどこか羨ましそうに2人のやり取りを見ていたオイチに話の水を向ける。

 

「あ、はい。塔はミストレイン様とタツミ様の攻撃のぶつかり合いの余波を受けて、まるでそこにあったという事実その物が幻だったかのように消えてしまいました」

「また逃げられた、か。気にしている余裕はなかったが……歯がゆいな(出来ればここで潰しておきたかった)」

 

 無念だと容易く読み取れるほどに沈んだタツミの声音に、同調してオイチとキルシェットもため息を零した。

 

「(これからどうするか考えないとな。まずはギルフォードに連絡、その後はアーリたちと合流だな。ミストレインが教えてくれたからあいつらがメデューサを倒した事は知っているが、無事かどうかは自分の目で確認したい)」

 

 思考に耽るように黙り込んだタツミの姿を具合が悪いと判断したのか、キルシェットは心配げに声をかける。

 

「タツミさん。やっぱりまだ病み上がりですし、もう少し休んだ方がいいんじゃないですか?」

「……そう、だな。心配かけてすまないがまだ身体がだるいんだ。迷惑のかけ通しで悪いがもう少しだけ休ませてくれ」

 

 言いながらタツミは静かに、しかし彼女らの返事を待つ事なく横になった。

 上体を起こしている間も彼は倦怠感を感じていたがそれが急激に増し、これ以上はきちんと話を聞く事も難しい状態になっていたのだ。

 

「(まるで何かに力を吸われているような……)」

 

 横になるとおぼろげに考えていた思考はあっという間に霧散し、彼の意識は強烈な眠気に襲われる。

 

「迷惑だなんて誰も思っておりません。ごゆるりとお休みください」

 

 にこりと微笑むオイチの顔を最後にタツミは眠りへと落ちていった。

 

 

 

 タツミの静かな寝息が聞こえ始めた頃。

 それまで彼の事を見守っていたオイチの顔が不意に曇った。

 

「キル君、タツミ様の目を見ましたか?」

「はい。紫色に光っていました」

 

 本人は気付いていなかったようだが、オイチたちには彼に何がしかの異変が起きている事に気付いていた。

 

「ミストレイン様が今際の際にタツミ殿にかけた瞳術と同じ色。やはりあの方が何かした、のでしょうね。それがタツミ様にとって良い事かどうかは判りかねますが……」

「タツミさんは大丈夫なんでしょうか?」

 

 不安げに尋ねるキルシェットを安心させるようにオイチは笑いかける。

 

「タツミ様なら大丈夫ですよ。呪詛の類を弾いた実績には事欠きませんから」

 

 きっとと続く言葉を彼女が飲み込んでいた事に、キルシェットは気付いていた。

 しかし自身の不安を押し殺して自分を励ます彼女の気持ちを慮り、それを口にする事はなかった。

 

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