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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第二章
13/208

新しい縁、そして異変

「あ、こっちです。双葉さん」

「君たちの家までかなり歩くんだね」

「あ~、駅から少し遠いんですよ。俺は良い運動だと思って毎日走ってるんですけど明美はインドア派なんで、いっつも俺より早く出るのに駅に着く頃に追いついちゃうっていうね」

「拓馬君は体力があるんだな」

「辰道さんには負けますって。俺は中学からのサッカー部ですからこれくらいはできないと、ね」


 ホームでの転落事故で知り合った双子の姉弟の先導を受けて、辰道は彼らの家へと向かっていた。

 事の発端はしごく簡単。

 自分たちの子供の命を助けてくれた恩人に、直接会ってお礼が言いたいという電話が2人の両親から来たのだ。


「(俺の番号は拓馬君か明美ちゃんから聞いたんだろう。電話越しだったけど言葉には隠しきれないくらいの感謝の想いが篭っていたし。そんな人たちの気持ちを聞いて会いに行かないっていうのは駄目だろ。この子達にもどうしても会いたいだなんて別々で念押しの連絡が来たし、あいつと会う日と被ったけどそっちは夕方からだ。断る理由は無い)」


 スケジュールを調整しながら双子の両親との会合を承諾し、迎えた当日。

 最寄駅で待ち合わせた双子の案内で彼らの自宅に向かっているというのが彼の現状だ。


「もうすぐ着きますよ」

「ま、代わり映えしない普通の一軒家ですけどね~」


 それまでの道程でずっと談笑していた為か、限りなく他人に近い知り合いである2人に辰道は好感を持っていた。

 双子の男子高校生『斉藤拓馬さいとう・たくま』は話し上手のようで、辰道が不快に感じない程度にのんびりとした会話を繰り広げている。

 彼の姉である『斉藤明美さいとう・あけみ』は弟に比べれば口数が少ない。

 それでも弟と辰道の会話に積極的に口を挟んでいた。

 人見知りするわけでもなく、年上の男相手に緊張している様子も尻込みしているという事も無いようだ。

 この年の少女としては肝が据わっていると言えるかもしれない。


「(俺がそうだった頃の高校生はもっと考え無しにはしゃいでたと思うんだが、この子たちは大人しいというか大人びてるというか……話しやすくて良いんだけどな)」


 辰道がそんな事を考えながら会話を楽しんでいると二人の言葉通り、二階建ての洋風建築の家に到着した。


「それじゃどうぞ」

「あらためまして……いらっしゃい、双葉さん」

「お邪魔します」


 二人が玄関を開け、振り返って辰道を迎え入れる。

 歓迎すると態度で示され、内心くすぐったいと感じながら彼は斉藤家宅に足を踏み入れた。




 辰道が通されたリビングには40歳半ばと思われる2人の男女が椅子に座っていた。

 息子たちと共に入ってきた彼の姿を見ると、2人は立ち上がって頭を下げる。


「初めまして。二人の母の由里ゆりと言います」

「二人の父のたけしです」

「本日はお招きいただきありがとうございます。双葉辰道です」

「お待ちしておりました、双葉さん。どうぞ、そちらへおかけください」


 簡潔な自己紹介を終わらせると剛が着席を促した。

 彼は軽く頷くと示された椅子に座り、テーブル越しに当事者の両親と向かい合う。

 双子は両親に言われ自分たちの部屋がある2階へ上がった為、この場にはいない。

 堅苦しい話になる事は目に見えているからこその両親の気遣いだ。

 最初に口を開いたのは剛だった。


「この度は子供たちを助けていただき本当にありがとうございました」


 お礼の言葉と共に辰道へと、深く頭を下げる。

 自分たちの子供をどれだけ大切に想っているかがわかる、そんな一礼だった。


「お礼の言葉、確かに受け取りました。どうか頭を上げてください」


 何も言わずその言葉を受け取り、辰道は2人に頭を上げるよう促す。

 顔を上げた両親の瞳は彼への真摯な感謝の想いに満ちていた。


「警察の方から事故の状況は聞いています。本当に危ない所だったと、下手をすれば助けに入った貴方も危なかったという事も、です。とても勇敢で、素晴らしい運動神経をお持ちなのですね」

「いえいえ、それほどの物ではありません。毎日、朝に走る程度の物です。しかし2人を助けられて本当に良かったですよ」

「そう謙遜なさらずに。正直なところ、現場に自分が居合わせたとして貴方のように飛び込む事は出来なかったでしょう。……親として悔しい限りですが、仮に私が飛び込んだとしても犠牲者を1人増やす事しか出来なかったと思います」


 心の底から悔しく思っているのだろう。

 テーブルに隠れて辰道からは見ることが出来ないが、自身の膝の上に置かれている剛の手はきつく握り締められていた。


「……」


 辰道は彼にかける言葉が思いつかず、どうするべきかと思案し始める。


「あなた……」


 隣に座っていた由里が、夫を諌めるように声を掛けた。


「っ……。すみません。お客様の前で情けない姿を見せてしまいました」


 眉間に皺を寄せて俯いていた剛は、我に返ると辰道に申し訳なさそうに謝罪する。

 悔いる気持ちは無くなってはいないが、押し隠す事が出来る程度に気持ちを切り替えたのだろう。


「いえ」


 辰道は剛の押し隠した感情に気づいてはいたが言葉が見つからず、最低限の返答に留めた。

 迂闊な事を言っては彼らの気分を害してしまうと考え、何より先ほどまでの重苦しい雰囲気が戻ってくる事を嫌ったのだ。


「双葉さんはこの後、何かご予定はありますか?」

「夕方から用事があります」

「そうですか。では昼食をご馳走したいのですけれど。家族を助けていただいたお礼としてはささやか過ぎるかもしれませんが腕に寄りをかけさせてもらいますので」

「ぜひ、そうしてください。あの子達も貴方に懐いているようですし」


 食事の誘いに辰道は数瞬だけ考え、そして頷いた。


「……ではお言葉に甘えて。ご馳走になります」


 由里が食事の支度をする為に席を離れるとリビングの外で様子を窺っていたらしい双子が部屋に入ってきた。


「話、終わったの?」

「待ちくたびれたよ~。俺らも辰道さんと話したいんだけど~」

「ふふ。ああ、俺たちの話は終わったよ。双葉さん、良ければ子供たちの相手をしてやってくれませんか? 昼食まで時間もありますしね」


 息子の辰道への懐きように寂しさを覚えながら剛が提案する。

 大人に対して一定の距離を置こうとする難しい年代に差し掛かった子供たちが、命を助けられたとはいえほとんど見知らぬ他人である辰道に対してまるで兄のように接している様を微笑ましく思いながら。


「ええ、わかりました」

「やった! なら俺の部屋いこ!!」

「お、おい。付いていくから引っ張らないでくれ。それでは、失礼します」


 拓馬に手を引っ張られて辰道は椅子から立ち上がる。

 引っ張られるままについていくが、一度振り返ると剛に軽く会釈をした。

 明美も、パタパタと辰道と拓馬に続いてリビングを出て行く。


「……良い方、だな。確か20代後半だったか」

「そうですね。ずいぶんと落ち着いていて。なんでしょう、つい頼ってしまうような安心感がありますね」


 キッチンで食材を切りながら由里は、夫の言葉に自身の感想を告げる。


「確かに。私たちが彼くらいの年の時は、どうだったかな?」

「ふふ、子育てや仕事でてんやわんやだった頃ですよ? 少なくともあんな風ではなかったわ」

「ふっ、そうだな」


 2人の声はとても優しく、柔らかな雰囲気がリビングに広がっていった。




 拓馬の部屋は年頃の少年とは思えないほど綺麗に片付いていた。

 テレビ、机、ベッド、漫画や教科書の入れられた本棚。


「へぇ、きっちり整理されているんだね」

「あ、ええ。もちろん」


 辰道が感心したように声を上げると拓馬は目を泳がせながら答える。

 その態度に疑問を覚えると、それを読み取ったらしく別の人物から答えが返ってきた。


「辰道さんが来るからって昨日の夜に掃除しただけですよ」

「うわ、明美。言わなくてもいいじゃんか!!」


 姉に自分の行動を暴露されて拓馬が慌てる。


「(見栄っ張りなのも年頃って事か?)」


 褒められたい、見直されたい。

 この年頃の子供は大なり小なりそういう気持ちを抱え込んでいる。

 たとえそれがどんなに小さな事であっても。

 小、中学生の頃に比べるとその気持ちを表に出す事を忌避する傾向が強くなるが、表面上は抑え込もうとするが故に根本的な所でより気持ちは強くなるだろう。


 拓馬は辰道に対して『自分は整理整頓が出来る人間だ』と見栄を張りたかったのだ。

 『何故、自分に対して?』という疑問は残るが、彼はそう判断した。


 微笑ましいと思いながら拓馬と明美のやり取りを横目に机に置いてあったPCに視線を向ける。

 最近出たばかりの新型デスクトップだった。

 電源は入ったまま、スリープモードにされているらしい。

 23インチ程の大きさのモニターは机の半分以上を占領していた。


「これ、勉強するスペースがないんじゃないかい?」


 ふと疑問に思った辰道は未だに言い争っている拓馬に声をかけた。


「勉強は下のリビング使うんですよ。両親はあんまりテレビ見ないんで静かに出来るんです」


 口喧嘩の旗色が悪くなってきたのか拓馬は辰道に話しかけられたのを幸いに、彼の方へ駆け寄ってきた。

 話を中断された形になった明美はじっとりとした視線を弟に向けている。


「家族と仲が良いんだな。……良い事だ」

「? 辰道さんは親と仲良くないんですか? なんか友達も親と仲良くやってんの信じられないって言ってくるんすけど……俺よくわかんないんですよねぇ」

「そうだな。今はそんな事はないけど、俺が君たちと同じくらいの年の時は……まぁ親に対して無駄に反抗してたな。今思い出すと俺がただ一方的に突っかかってただけなんだが……我ながら恥ずかしい話だよ、本当に」


 まさに若気の至りと言える過去の記憶を思い出し、引きつった笑みを浮かべる辰道。

 双子は彼の様子にそれ以上聞かない方が良いと察したらしく、話題を変える事にした。


「休みの日は何をしているんですか? 私は友達と遊びに行ったりしてますけど」

「そうだな。まぁ基本的には朝、夜のランニングと日用品の買い物、あとは友人と外出、だな。家にいる時はゲームをしてることが多いよ。良い大人がって思われるかもしれないけど」


 子供たちの気遣いを受け取り、辰道は提供された話題に乗る。


「へぇ~~、意外ですねぇ。ゲームって何やってるんです?」

「オンラインゲームだよ。『The world of the fate』って知ってるかい?」

「ああ! あの10年続いてるって言うやつ!! へぇ~、辰道さん。あれやってるんですねぇ。友達がすげぇやり込み甲斐があるって言ってました」

「私も友達から聞いたことあります。確か戦士にも村人にもなれる、すごく自由度が高いゲームなんですよね?」

「へぇ、かなり古いゲームなんだけど割と今の子たちも知ってるんだね」


 彼が考えていた以上に『The world of the fate』の知名度は高いようだ。


「俺は高校生の時に始めてね。今は仕事があるから昔ほど時間が取れないけど今も楽しんでるよ」


 自分がやっているゲームを2人が知っている事に気を良くした辰道は嬉しげに笑う。


「……偶に聞きますよね。ネットゲームの、えっと有料コンテンツ、でしたっけ? それにお金を使い過ぎて大変な事になる人の話」

「あ、俺の友達。小遣い全部つぎ込んだって言ってたよ」

「ああ、課金だね。俺はお金は使ってないよ。学生の時はもちろん、一人暮らししてる今もそこまでお金があるわけじゃないし、無料で出来る範囲で楽しんでるんだ。その分、時間を注ぎ込んだけどね」


 それでも10年というプレイ時間は長かった。

 マイペースな彼は他プレイヤーが課金によって強力な武器やスキルを入手しレベルアップの効率を上げる中、有料コンテンツには目もくれずゲームを進めていた。

 地道なプレイをひたすら続けた結果、今や彼のキャラクターである『タツミ』は立派な廃人に数えられている。

 これからもそのまま自分のペースでサービスが終わるまでプレイし続けるんだろうと、彼自身そう思っていた。

 つい一ヶ月ほど前のあの出来事に見舞われるまでは。


「(本当に……どうして俺だったんだろう? あの出来事に遭遇したお蔭でこの子達を助けられたんだから、悪い事ばかりというわけじゃないんだが)」


 しかし辰道の中で、今自分が持っている力に対する不安感があった。

 なぜ自分にこんな力が身についたのかがわからないからだ。

 

「(一ヶ月、ずっと他人には発動しなかったダイスロールが、なんでこの子達に適用されてしまったんだろう? そもそも発動する条件がゲームの時と同じとは限らない。この2人が危険な目に合ったのが、そもそも俺のせいだって事も……)」


 双子と関わる切欠になった出来事がその彼の不安に拍車をかけていた。

 

「無料で楽しむ、かぁ。俺、始めたらなんかすぐ課金しちゃいそう……熱くなると後先考えなくなるし。うちの学校アルバイト禁止だしなぁ」


 そんな内心を子供たちに悟られないように取り繕っているお蔭か、彼らの他愛の無い世間話は続く。


「私は……ネットゲームにはあんまり興味ないですね」


 申し訳なさそうに、しかし正直に自分の気持ちを話す2人に辰道は苦笑いした。


「まぁ何をどう楽しむかなんて人それぞれだからね。とりあえずやりたいようにやればいいと思うよ。ただお金がかかる事はしっかり考えて、場合によっては親に相談してからやるべきだってだけさ」

「なるほど~」

「でも、そうよね。私たち、まだまだ子供だし」


 雑談は由里から食事の支度が出来たと呼び出されるまで続いた。




 夕方。

 悪友との約束の時間、辰道は待ち合わせ場所である駅前広場に来ていた。

 広場にある時計台の下で彼は待ち人が来るのを待つ。


「少し早かったか? (いや、あいつよりも後に着いたら文句を言われるに決まってる。ただでさえあいつの機嫌は悪いだろうし、これくらいが正解だろうなぁ)」


 小学生からの腐れ縁と書いて悪友と呼ぶ人間の顔を思い出して、ため息を零した。


「ため息をつくと幸せが逃げるらしいぞ?」

「……いきなり後ろから声をかけてくるなよ」


 辰道は驚いた素振りも見せずに背後に振り返りながら話しかけてきた人物に文句を言う。

 話しかけてきたのは長髪をストレートに下ろし、仕事帰りなのか隙の無いスーツ姿をした女性だった。

 ストレートの長髪が身じろぎする度に揺れる。

 整った顔立ちは自然と注目を集めるだけの物だが、仏頂面と鋭い目つきが近寄りがたい印象を周囲に振り撒いていた。


「驚かんのか。つまらん奴だ」

「つまらん言うな。まったく……呼び出しておいてその言い草はなんだ、豊子ほうこ

「馬鹿な真似をした男友達を叱る為に時間を作ってやったんだ。ありがたく思え、辰道」


 彼女の名は深森豊子ふかもり・ほうこ

 それなりの頻度でメールや電話を交わし、都合が合えば職場の愚痴を言う為に飲みに行く、そんな間柄の人物である。

 付き合い自体は小学生の頃から続いているが、お互いを異性として意識した事はない。

 成人した今は大手銀行に勤めている。


「心配掛けたのは悪いと思ってる。悪かったな。……しっかしそのコミュ障一歩手前の話し方はいい加減直したらどうだ? 歯に衣着せない上につっけんどんなその物言いが婚期を遠ざけてるって事にいい加減気づけよ」

「ふん。猫を被って結婚などしたところで長続きなどせん。そもそもそんな事をしてまでの結婚願望は私には無い」


 下手な男よりも男らしい発言をする女性に、辰道は呆れて肩をすくめた。


「とりあえず場所を移すぞ。こんな所で男女が口論なんてしてると妙な邪推をされるからな。それはお互いの為にならないだろ」

「そうだな。行くぞ、いつものバーに予約を入れてある」

「はいはい」

「はい、は一回だ」

「……やれやれ」


 待ち合わせ相手である彼に背を向けてズカズカと歩き出す豊子。


「(ずいぶん怒ってるな。やっぱり心配をかけてしまったか)」


 長い付き合いだ。

 彼女が何を思って、何を考えているかはそれなりに理解できる自負が彼にはあった。


「(危ない事をした自覚はあるし……今日くらいは諦めて文句を聞くとするか)」


 肩を怒らせて周囲を威嚇するように足早に歩く彼女を追いかけながら、観念したように笑う。

 

 それから3時間、彼らは静かな雰囲気のバーの一角を占拠した。

 厳しい言葉で辰道の行動を責め立てながら酒を煽る豊子。

 特に反論する事も無く、慣れた様子で彼女を宥め賺す辰道。

 傍目から見れば絡み癖のある彼女とそれに振り回される彼氏に見えたかもしれない。

 

 

 予約した時間も過ぎ、2人はバーを出てその場で別れた。

 豊子は飲み続けた割にしっかりとした足取りで帰っていく。

 別れるその時まで彼女は辰道への文句を言い続けていた。

 

「ふぅ……疲れた」

 

 斉藤一家の自宅訪問と、ペースを考えない酒豪との飲み会という名の責めを受けた。

 どちらも自身の行動がもたらした結果とは言え、精神的疲労が出てしまうのは仕方の無い事だろう。

 

 私服の上着を脱ぎ捨て、ベッドに倒れこむ。

 

 「……今日はこのままで、いい、か」

 

 襲い来る眠気に逆らう事無く、彼は目を閉じた。

 

 

 

 ふと違和感を感じて彼は目を覚ました。

 

「……はっ?」


 目の前には巨大な塔が建っていた。

 ビルに換算しておよそ20階建てに相当するような円柱の、半径20メートルはあるだろう塔。

 間違っても、都会にあるはずがない物。

 彼の記憶には無い、見た事の無い塔が、目の前に在った。

 

「……あからさま過ぎてどうしたら良いか迷うな」


 自分の頭を掻きながら、辰道はしばらく思案する。

 そこで彼は自身がかつてあちらの世界に行く切欠になったあの真っ白な空間に立っている事に気がついた。

 周囲に視線を巡らせるも、塔以外には何も無い。

 同じ空間で遭遇した『タツミ』はいなかった。

 

「ええい、くそっ!」

 

 もう一度接触できるかもしれないという期待を裏切られ、彼は吐き捨てるように忌々しげに叫ぶ。

 しかし悪態をつくだけでは事態は進展しない。

 

 彼は意を決して塔に向かって歩き始める。

 塔までの距離はおよそ20メートル。

 彼は慎重に、ぐるりと塔の周りを回る。

 出入り口らしき木で作られた門以外に手を出せそうな場所は見当たらない。

 よく観察してみればこの塔には窓が存在しない事がわかった。

 それが意味するところは辰道にはわからないが、壁を壊そうとしない限りはこの門から入る事しか出来ない事はわかった。


「矢でも鉄砲でも持って来いって気分はこういう事を言うんだろうなぁ」


 ぼやくように呟き、彼は門に両手を添えて、力を込めて押し開いた。

 何の抵抗もなく開く門。

 次の瞬間、彼の体がふわりと浮き上がり、悲鳴を上げる間もなく意識を失った。


「誰か……助けて」


 彼は意識を失う寸前、今にも泣き出しそうな女の声を聞いた気がした。


今年最後の投稿になります。

楽しんでいただければ幸いです。

来年もよろしくお願いします。

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