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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第六章
105/208

現れる邪獣

 四十万湖周辺の地形が変動した。

 別に地震が起きたわけではない。

 まるで森が明確な意思を持っているかのように、移動を開始したのだ。

 

 この異常な現象はすぐに周囲に知れ渡る。

 四十万湖周辺の交通規制を行っていた警官隊は、速やかにその場にいる民間人に避難するよう呼びかけた。

 身の危険を感じた者たちはすぐにその指示に従ってその場から逃げていく。

 だが突然の異常事態に動揺してその場で呆然とする者、この期に及んで危機感が足りずに暢気に写真を撮っている者などその場から動こうとしない者たちもいた。

 警官たちは動こうとしない者を怒鳴りつけ、動けない者には手を貸し異常な現象が巻き起こっている現場から少しでも遠くへ避難させていった。

 

 

 行方不明者の捜索の為に四十万湖周辺、つまり現場の近くにいた者たちは無線で連絡を取り合い、事が起きた場所へと急行していた。

 何が起きているかなど彼らにもわかっていない。

 わからないから調べなければならないのだ。

 加えてもしも異常事態の起きた場所に行方不明者がいたとするならば助けなければならない。

 人命救助と事態の把握の為、彼らは自分の装備と同行者との連携を確認してから慎重に現場へと向かう。

 

 異常な現象を引き起こしている者が何者なのかを、なぜこのような事が起きたのか。

 自分たちがこの事態を正しく知る事は出来ないのだと知らずに。

 

 

 

 

 周辺の地図と睨めっこしながら、人目に付き難そうな道を選び四十万湖を目指していた辰道。

 彼は巡回中の警官を避けるために、道中にあったカフェに入って小休止を取っていた。

 

「(湖まではあと10分くらいの距離か。どうにかここまで来れたが、ここからどうするかな?)」

 

 シックな雰囲気の喫茶店は昼前という事もあり、ガラガラだ。

 注文したアイスコーヒーを飲みながら、眉間に皺を寄せてスマートフォンと睨みあっている彼の耳に外の喧騒が届く。

 

「……なんだ?」

 

 店の外の喧騒に、思わずそちらに顔を向ける。

 カウンター越しに店主も訝しげに外に視線を向けた。

 

 彼らの視線の先では車が数台、通り過ぎていくのが見えた。

 法定速度を越えていたように見えたその車に、辰道は首を傾げつつも何かが起きたと見て警戒する。

 

 さらにしばらくして外の喧騒が複数人の足音と悲鳴のような声であり、こちらに近づいてきている事に気づく。

 

「この辺りで今日何かイベントでもあるんですか?」

 

 訝しげな表情でマスターに問うも、彼もまた訝しげな表情で辰道と視線を合わせる。

 

「いや……せいぜい例の事件の調査って事で警官の巡回が増えたくらいだと思ったが」

 

 洗っていたコップを置き、濡れた手をタオルで拭くとマスターはおっとり調子で歩き、店の入り口を開けて外を窺う。

 彼の視線にはこちら側に走ってくる警官を含めた数十人の人間の姿があった。

 その必死な形相にマスターは目を丸くして驚く。

 

「何かあったんですか?」

「よくわからんが……あまり良い事じゃなさそうだな。警官が先導してるぞ」

 

 マスターの言葉に、辰道は僅かに目を細め、財布を取り出した。

 

「それは確かに良くなさそうですね。……ご馳走様でした」

「今出るのか? 余計なお世話かもしれないが外の騒ぎが気になるって言うなら止めといた方がいいぞ」

「いえいえ、そろそろ出ようと思っていただけですよ。行くのは逆方向ですしね」

「そうか。300円になります」

「では丁度でお支払いします」

 

 会計を終えた辰道は荷物を背負い直し、店を出て行った。

 

 心配げな表情で彼を見送ったマスターは、やがてため息を付いて気持ちを切り替えるとカウンターの奥へと引っ込んでいった。

 

 店を出て辰道はすぐに脇道に入り、壁に背を預けた。

 そして彼の入った脇道の前を通り過ぎていく人間たちの会話に聞き耳を立てる。

 

「(森が動いた? 湖の上に塔が見えた? どうやら事態が悪い方に動いたみたいだな)」

 

 彼の拳に力が籠もる。

 以前、騎士にコンビニで襲撃された時よりもより強く、本能が警鐘を鳴らしている。

 しかし現場に近づいてはならないと訴えかけるソレを辰道は無視した。

 

「(危ないというなら尚更。タツミは十全の力で挑まないとまずい。なら俺も行かないとな。あいつと俺は一心同体なんだから)」

 

 一度深呼吸をして心を落ち着け、人がいなくなったのを見計らって脇道を出た。

 

「混乱に乗じる事が出来れば湖まで行けるはず。逃げてくる人達と鉢合わせないかどうかは運次第」

 

 先ほどまで雪崩れ込むように溢れていた人影はもういない道路の先にある湖を見据え、辰道は全速力で走り出した。

 

 

 

「ええい、一体一体は大した事ないが数が多すぎる!」

 

 迫り来る蔦や刃物のように鋭利になった枝を片っ端から斬り捨て、大本である巨木も真っ二つにするタツミ。

 

「行方不明者がいなけりゃ火縄銃をぶっ放すところなんだが……威力が強すぎて間違いなく撃った方向を更地にしちまう。もしそこに人がいたらまず間違いなく殺す事になる」

 

 威力が高すぎる上に加減が出来ない火縄銃は広範囲の殲滅攻撃にはこの上なく適しているが、今の状況では使えない。

 それならばとタツミは目に付く敵を片っ端から切り捨てる事にした。

 

 しかしやはり大技や飛び道具は攻撃の方角に誰かがいた場合に巻き込んでしまう危険があって迂闊に使用できず、攻撃手段が制限されてしまっていた。

 加えて敵の数も異様に多い。

 その攻撃の全てが自身に向けられている状況では、タツミと言えども苦戦は必至であった。

 

「邪魔だっ!!」

 

 迫り来る巨木を下段からの切り上げで斬り飛ばす。

 吹き飛んだ巨木は襲いかかろうとしていた別の巨大な花を押しつぶした。

 

「(ち、誰かは知らんが近づいてくる気配がある。俺から見て、奥から2人。この辺を捜索していた連中か? ち、他の連中みたく逃げてくれれば楽だったのによ)」

 

 劇的な打開策のないまま時間が経ち、状況は悪化していく。

 

「な、なんだこれは!!」

 

 タツミを挟んで植物の魔物たちの背後から姿を現した2人組みは制服を着た警察官だった。

 目の前で広がる蠢く木々や巨大な花の存在に驚いている。

 そしてその驚愕から出た声は思いのほか森の中に響き渡り、彼らの存在を敵意を持った植物たちが認識してしまう事になる。

 

「(やばいっ!)下がれっ!!」

 

 普通の人間にタツミの声は聞こえない。

 それどころかその姿を認識する事すらも出来ない。

 しかしそれでもタツミは思わず声を上げていた。

 

「えっ? な、何だ!? 鎧武者ぁ!?」

 

 男がタツミと視線をがっちり合わせて素っ頓狂な声を上げた事で、今度は彼の方が驚愕する事になる。

 

「(俺が見えている!? いや今はどうでもいい!) いいから逃げろ! 攻撃されるぞ!!」

 

 タツミの警告を証明するように、巨木のツルが警官目掛けて振り下ろされる。

 

「ひぃっ!?」

 

 自身に向けられる敵意と放たれた攻撃に理解が追いつかず、警官は回避すると言う発想を忘れてしまっていた。

 

「危ない、三木崎!!」

 

 棒立ちになった彼に一緒に来ていた同僚が駆け寄ろうとする。

 しかしそんな彼よりも、迫り来るツルよりも早く動ける人間がこの場にはいた。

 

「ちぃっ!!」

 

 タツミは強く地面を蹴り、一足飛びでツルを操っている巨木へと切りかかる。

 木の幹を真っ二つに斬り捨てると振り上げられていたツルはだらりと地面に落ちる。

 

「良いから逃げろっ! 死にたくないだろうが!」

 

 攻撃されそうになっていた警官を背に庇い、刀を中段に構えるタツミ。

 

「な、何を言ってる! こんな異常事態、放り出して逃げられるわけないだろう!」

 

 腰が抜けてしまった同僚に肩を貸しながら、駆けつけたもう一人の警官が怒鳴るように叫ぶ。

 

「足手纏いだって言っているんだよ! あいにくこっちにもそっちを庇って戦えるほど余裕はねぇ!」

 

 言いたい事だけ言い捨て、タツミは再度、植物の魔物の群れ目掛けて駆け出す。

 

「んっ!?」

 

 次の瞬間、辰道と離れた距離に比例して身体に感じていた制限が緩んだ。

 今までよりもタツミの攻撃は力強く、身のこなしはより鋭くなっていく。

 この感覚が意味する事象をタツミはよく知っていた。

 

「(辰道が近づいてきている。感覚的には……森の入り口辺り。となればここまであいつの足で……10分ってところか)」

 

 力が増していく、否、あちらの世界での調子を取り戻しつつある己の身体を冷静に制御しながら、タツミは改めて周囲を窺う。

 仁王立ちする彼の後ろで、普通の木々の影に腰を抜かした同僚を引っ張り込んで頭を下げている警官。

 彼はしきりに胸元に入れていた無線でどこかに連絡を取っていた。

 

「こちら四十万湖捜索C班! 本部! 応答してください! 捜査本部っ!!」

 

 しかし腹の底から搾り出すような大声に応える物はない。

 無線からの返事はノイズだけだ。

 

「(連絡が取れなくなっている? こいつらのせいか? それとも何か他に原因がある?)」

 

 思考を広げつつ敵の攻撃を捌くのを怠る事はない。

 後ろの2人を意識の隅で必ず意識し、攻撃を通さないように自身の身体を壁に、自身の身はその手の刀で全て防ぎ、返す刀で斬り伏せる。

 

「(辰道がこっちに来てくれたお蔭で、少し余裕が出来たな。)」

 

 僅か3分ばかりの時間で、彼は自身に敵対する植物の半数を屠っていた。

 

「ん?」

 

 唐突に。

 それまで執拗に攻撃してきた植物たちがさざ波のようにタツミの傍から引いていく。

 勝てないからと言って攻撃を緩めるとは思えない苛烈な攻撃がぱったりと止んだ。

 

「なんだ?」

 

 森がまるごと消え、竜巻が通り過ぎた後のように荒れ果てた周囲を見回す。

 そして気付く。

 

 両開きになって開かれた塔の扉の奥。

 そこからこちらを見つめる紅い瞳に。

 

 血を連想させるその瞳は真っ直ぐにタツミを見つめ、ゆっくりと塔の中からその全容を露にする。

 牛のような体躯に、爛々と輝く瞳。

 引き裂かれたような巨大な口からは涎のような物が湖に滴り落ちている。

 

「いつだったかギルドの珍しい魔物が載ってる文献で見たな。……数年に1回その姿が確認されるかどうかの邪獣。確か名前は、『カトブレパス』だったか? 確かその瞳に睨まれた者は石になるんだってな。なるほど、今回の事件の主犯はお前か」

「ブル、ルルルォオオオオオオオオオーーーーー!!」

 

 タツミの言葉を理解したらしい、獣は不気味な喜悦を滲ませた咆哮を上げた。


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