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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第六章
104/208

蠢く森

 電車を乗り継ぎ、目的地を目指す道中。

 辰道とタツミは改めて今日向かう場所の情報を集めていた。

 

「(四十万湖しじまこ。断層によって落ち込んだところに水が溜まって出来た典型的な断層湖。周囲を森に囲まれ動物の巣窟となっていたが数十年前にすぐ傍を道路が通るようになってから観光地化が進んだ。しかし周囲の景観を壊さない為に施設は最小限しかおかれていない。……一般公開されているところには特に気になる情報はないな)」

「(オカルトだとかそっちの情報も調べたんだよな? そっちはどうなんだ?)」

「(四十万湖に関連するような情報はなかったな。それこそ今回の石像事件の事がオカルト現象じゃないかって話題になっているくらいだ)」

「(前から曰くがあった場所じゃないって事か)」

「(そこまで詳しく調べたわけじゃないがな。ちなみに名前の由来は観光地化される前、それくらいの数の動物が一度にこの湖に来た事があるっていう嘘か本当かもわからない話から来ているらしいが、これもあまり関係があるとは思えない)」

 

 幾つかのWebページを切り替え、更新された部分だけを流し読みしても新情報は見つからない。

 

「(そうか。となるとやっぱり現地行ってからが勝負だな)」

「(石化が何によってもたらされるかわからんからな。慎重に行動しないとお前はともかく俺がやばい)」

 

 タツミはあちらの世界で手に入れたスキルと装備によって状態異常への耐性が非常に高く、自力で回復する術も持っている。

 しかし辰道にそのような力は無い。

 タツミと出会って以降、身体能力が格段に上がっているとはいえ、人智を超えた現象に対する耐性まで上がっているとは思えないというのが彼の考えだ。

 現場では常に警戒を絶やさず、その行動には細心の注意を払う心構えでいる。

 

「(そうでもしなければあの野鳥のように何もわからず石像になる。それはごめんだ)」

 

 スマートフォンを操作していない左手を握り締める。

 タツミの足手纏いにはなるまいという決意を新たに。

 

 

 四十万湖は最寄り駅から歩いて車で20分の距離にあった。

 辰道は当初、タクシーを捕まえる事を考えていた。

 しかし駅周辺に一目でそれとわかる警察官がおり、通行人に話を聞いている様子を見た事で考えを改める。

 

「(この状況だとタクシー会社も調査されるか、もう調査されている可能性が高い。この時期に四十万湖に行くとなると警察にマークされる可能性が高い)」

「(俺たちが事件を解決しちまう予定だしなぁ。石像破棄はなくなり、行方不明者も無事に見つかりました、となったとして、どうしてそうなったか警察が調べないわけがない。その時、乗車記録が残るようなタクシー使ってたらすぐに足が付いちまう)」

「(事件の解決も急ぎではあるんだけどな。俺たちが被害を受ける可能性はなるべく減らしたい)」

 

 前もって買っておいたペットボトルで喉を潤しながら辰道たちは歩き出す。

 

「(車で20分なら徒歩で1時間半~2時間くらいかね?)」

「(今の俺の体力なら二時間くらいは走り続けられる。荒事前提で動きやすい服装で来たんだ。ジョギングしている体を装えばそう目立たない、はずだ)」

 

 ぐっと身体をその場で伸ばし、軽く屈伸する。

 

「さて、と。行くか」

 

 ゆるりと歩いていた足を大きく上げ、目的地目指して走り出す。

 道中にも警察官とすれ違う事も多く、声をかけられる事もあった。

 いずれも無難にジョギング中だと答えて乗り切るも、事件によって立ち入り禁止になっている区域があるのでそこには入らないようにと警告されている。

 辰道たちは道中にあった公園で一休みしつつ、今後の話をしていた。

 

「(警官たちは相当ピリピリしてたな。まぁ行方不明者が10人も出れば当然だが)」

「(わかっていた事だぜ。だが予想以上に警戒が厳重みたいだな。これ以上は現場に近づくと止められそうだ)」

「(ここから四十万湖までは……歩いても30分くらいってところか。ならここからは……)」

「(俺が見てくるぜ。お前は警察官に見つからないように来れるならこのまま行けばいい。駄目そうなら最悪、駅に戻っても構わないぜ)」

「(いやさっきコンビニやら古本屋、個人経営らしいカフェを見かけた。最悪でもそっちで時間潰して待ってるさ。距離が離れすぎるとお前の能力が下がるからな。……気をつけろよ)」

「(任せとけ。そっちも気をつけろよ、前は別れたところでそっちが襲われたからな)」

 

 タツミの事場に瘴気を纏った騎士にコンビニで襲撃された記憶が辰道の脳裏を過ぎる。

 

「(そういえばそうだった。今回は前より危険そうだし本気で気をつけるよ)」

 

 ベンチの背もたれに寄りかかり、その時の危険を思い出しあらためて危機感を持った。

 

「(おう。んじゃ行ってくる)」

 

 タツミは辰道のペースと比べ物にならない速度で走り出す。

 

「さて俺は……どうにか現場に入れないか探ってみるか。ええっと人目に付かない道とかなかったか……」

 

 あっという間に視界から遠ざかっていく背中を見送り、辰道はスマートフォンを取り出し、四十万湖周辺の地図を見始めた。

 

 

 

「よっと」

 

 気付かれないのを良い事に、タツミは悠々と立ち入り禁止のテープを飛び越える。

 彼は後ろを振り返る。

 テープラインの外で警官数名が四十万湖の駐車場に入られないように立ちはだかっている。

 彼らの前にはカメラを構えている人間、彼らに食って掛かっている人間、野次馬なのか携帯を構えている人間もいる。

 

「ったくすごい人の数だな。野次馬にマスコミ、警官に突っかかってるのは行方不明になってる連中の家族か?」

 

 彼らに食って掛かっている人間たちはいずれも焦っている様子である事がわかる。

 聞こえてくる声も、身内の名前と無事なのかどうか確認する声が多い。

 その悲痛さを感じさせる声に、タツミは気を引き締め直した。

 

「さっさと解決してやらないとな。……しかしまさかここにあるとは思わなかったぜ」

 

 視線を湖の方へ向ける。

 目を細め、睨みつける彼の視線の先にはこちらの世界では見た事がないほどの量の瘴気を纏った窓の無い塔があった。

 湖の中央に立っているその塔の遠目にもはっきりと理解できるその存在感は、彼らが見知っている物と何も変わらない。

 

「(魔力を帯びた精巧な石像ってだけであっち側の現象だってのが確定してた。さらに塔まである。急がないとな)」

 

 足に力を入れ、走る速度を上げる。

 最短距離を行く為に整備された道路を外れ、湖に向かって欝蒼とした森の中へと飛び込む。

 

「さて行方不明者の捜索隊ってのが出てるはずだが……」

 

 タツミは鎧を着ているとは思えない身軽さで欝蒼とした森の中を駆け抜けながら、周囲の気配を探る。

 すぐにバラバラに散らばった複数の人間の気配を感じ取る事が出来た。

 

「(複数人が集まってる。あっちは……先の方の道路を通行止めしてる連中だな。森の中にいるのは……2人1組が複数、たぶんこいつらが捜索班だな。あと気になる気配は……)」

 

 近くにいた気配については直接、見て確認しながら窓の無い塔がある四十万湖を目指す。

 

「(嫌な気配が強くなっている。身体に纏わりつくような気持ち悪さだな)」

 

 じっとりと嫌な汗が額から流れる。

 

「(今まで感じた事がない気持ち悪さだ。……これ、他の連中は感じ取れていないのか?)」

 

 湖に近づくに当たって強くなっていく気配。

 最大限の警戒を保ちながら、湖へ向かう。

 そして森を抜け、湖の畔に出た瞬間。

 

「っ!?」

 

 周囲の空気が変わった。

 一瞬、タツミは自分がまったく別の場所に移動したのではないか、という錯覚を覚えた。

 それはいつだったかダンジョンで引っかかったテレポーテーションの罠に似ていて、彼は思わず辺りを見回す。

 タツミの脳裏を過ぎったイメージとは異なり、周囲の風景は想定通りの湖の畔だ。

 強大な存在感を誇る塔が湖の中央に浮き上がるようにして建っている。

 

「嫌な予感しかしない。……っ!?」

 

 つい先ほど走り抜けた背後の森から聞こえる風切り音。

 迷わず姿勢を下げ、四つん這いになる彼の頭上を光の反射を受けて輝く針のような物が通り過ぎていく。

 

「針じゃないな。棘、か!?」

 

 第二撃が放たれた事を感覚で察し、その場を飛び退く。

 先ほどまで彼がいた場所に突き刺さるのは人の身体を容易く打ち据え、叩き砕けるだろう巨大な蔓だった。

 

「おいおいおい、まさかこの森その物が……」

 

 二撃目までも避けられた事に痺れを切らしたのか、湖を囲んでいた森が蠢き出す。

 木々がその根っこを足のように伸ばし、自身の幹を持ち上げて歩き出した。

 みるみるうちに湖の景観が変化していく。

 タツミという侵入者を排除する為に、邪悪な意思を持った巨木が砂糖に群がる蟻のように集まってきていた。

 

「前にやたら規模がでかい泥人形がいたが、それと同じ規模かそれ以上の敵って事になる、か。ったくそんなもんがこっちの世界にいるってどれだけ悪い方に影響力増してるんだ、この塔は!!」

 

 悪態を付きながら腰の刀を抜く。

 周囲の気配を探れば、いきなり起こった地形の変化に驚いたのか遠ざかっていく者、職務に忠実なのか野次馬根性なのかあえて近づこうとする者、事態についていけなかったのかその場に留まる者と反応は多種多様だ。

 

「面倒な事になってきやがった!」

 

 怒鳴りつけるように毒づき、タツミは手近な動く巨木に斬りかかっていった。

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