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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第六章
103/208

怪事件、再び

「あ、あああ……」

 

 男性は動かなくなった自分の手を見つめる。

 まるで鉄のように冷たく、鉛のように重くなった腕。

 いや『まるで』ではない。

 

 彼の腕は血など通わない無機質な白い石へと変貌していた。

 自分の身体が得体の知れない何かによって変えられていく恐怖に体中から脂汗が噴き出す。

 

 しかし動く事は出来ない。

 逃げ出そうにも、彼の両足は既に腕と同じようになってしまっているのだから。

 

 身体の石化は今も続いている。

 最初は指先だった石化は既に肩までを侵蝕し、足からの侵蝕は腰の上までに届く。

 

 自分がこれからどうなってしまうのか。

 男性は今まで目を逸らし続けてきた事実を認識し、その恐怖に引きつった顔をさらにくしゃくしゃに歪めて涙を流した。

 

「どうして俺が、こんな目に遭うんだ(俺たちはただ遊びに来ただけなのに)」

 

 嗚咽が漏れる。

 立ち尽くす彼の頬を伝って零れ落ちた涙は地面に落ちるまでに石と化した。

 

「ああ、アアアア!!」

 

 正面にいる『ソレ』の怪しく光る眼差しが強くなり、その視線のあまりの強さに男性はとうとう金切り声を上げる。

 

 石化はとうとう首元にまで到達し、彼は発声する事すらも出来なくなった。

 男性は風景写真を取っていた自分たちの前に突如として現れた、まさしく魔物としか表現できない怪物の顔を脳裏に焼きつけながら意識を失った。

 

 物言わぬ石像と化した彼の周囲には、彼の友人知人なのだろう同年代の人間の姿をした石像が立ち並んでいた。

 そのいずれもが恐怖に引きつり、あるいは泣き叫んだ表情をしており、その精巧さは彫って作った物には決して出せないリアリティに満ちていた。

 

「……」

 

 男性が最後に目に焼き付けた怪物は、自身が作り上げた石像たちをぐるりと見回す。

 その顔には動物では決して見る事が出来ない醜悪な感情に満ちており、この怪物に確かな知性が宿っている事を表していた。

 

「貴様!」

 

 そんな彼の眼前に真っ白な毛並みの美しい狼が現れた。

 その口からは獣の唸り声ではなく、闊達とした老人男性の声が紡がれる。

 数奇な立場に立たされた少女の祖父『空井健志』と彼の飼い犬だった『シン』の魂が混ざり合い、あちらの世界のフォレストウルフと一体となった狼。

 彼は辰道たちが探している人物だった。

 

「塔から出ては動物を襲い、とうとう人間にまでこのような事をしおったか!! 今日こそはただでは済まさんぞ、怪物ぅ!!」

 

 その怒声は気の弱い人間ならば思わず身体を震わせるほど強く鋭い。

 しかし怪物は彼の息巻く姿に感じ入る物などないのか、欠伸すらしていた。

 

「グルルル……」

 

 唸り声を上げる健志。

 次いで跳躍。

 猛然と飛び掛かる狼の前足が、怪物の怪しく光る目を狙う。

 

 しかしその瞳が先ほど男性を見つめていた物と別の紅い光を発した瞬間。

 

「がふっ!?」

 

 狼の身体は突撃の勢いの数倍の速度で弾き返され、背後にあった湖へ叩き落とされた。

 

「……」

 

 その無様な様子を喜悦に満ちた顔で観察し、怪物はのそりと立ち上がった。

 のしのしと牛のような鈍重さで歩く先には。

 外から見てもわかるほどに外壁が破損、亀裂が走っている『窓のない塔』があった

 破損した外壁にはまるで補修するかのように瘴気が纏わり付いており、今までよりも一層、不気味になっている。

 

「く、くそぉ! また私は何も出来なかった……」

 

 なんとか湖から抜け出した健志。

 荒れる呼吸を整えながら出るのは苦渋に満ちた、己の不甲斐なさを嘆く言葉だけだ。

 

「塔の中から消えた静里はいったいどうなった? 以前にも増して凶悪なあの魔物は、なぜ塔を介してこちらに現れた? 以前の騎士は攻撃できなかったと言うのになぜ今はヤツを攻撃できるのだ? なぜ生き物を石化させる能力がありながら敵意を持つ私を石に変えない!? 誰か、私に教えてくれ! ……何が起こっていると言うのだ、彼らはどうなったんだ!!」

 

 何もかもが彼にとって不明瞭だった。

 塔の最上階から彼の孫娘が消えてから、彼は塔の周辺から離れる事が出来なくなっていた。

 故に一度として孫が眠っている病院に行く事が出来ず、辰道たちの行動を切っ掛けにして、孫娘が目覚めたという事を未だに知らずにいた。

 

 何の情報も得られぬまま、気まぐれに塔から出て人間を襲うあの怪物に挑み、そして敗れる。

 彼は孫娘の現状を知る事が出来ない事への不安に苛まれながら、ずっとそんな日々を送っていた。

 

「くそぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 慟哭が響く。

 しかしその叫びを聞く生物はここにはいない。

 この湖に近づいた動物は、何であれあの怪物に石にされているからだ。

 

 辰道、タツミと和弥が協力関係となるまでの間にも事態は静かに動いていたのだ。

 

 

 

 和弥と協力関係を結んで数日。

 

「んっ?」

 

 食事しながら朝のニュースを見ていた辰道は、自分の脳裏でダイスが舞うのが見えた。

 出目は『5』。

 良い事が起こるという事がわかり、何が起こるかと緊張していた身体から力を抜く。

 そこでふとテレビから聞こえる報道内容が引っかかり、ただのBGM代わりとして聞き流していたテレビへと視線を向けた。

 

『昨日、○×県の四十万湖しじまこで数人の男女のグループが消息を絶ちました。現在、付近を警察が捜索中ですが見つかっておりません。この湖では先月から『精巧な動物の石像が放置される』という珍事件が起きており、このグループはこの事件に興味を持ち、湖を訪れたとの事で関連がある事も視野に入れて調査が行われています。行方不明者は全部で10人。名前は---』

 

 ニュースに聞き入っていた辰道は現場の様子が写されている映像に見入る。

 自然発生した綺麗な湖の光景。

 そして件の動物の石像。

 その石像が映された瞬間、彼は思わず椅子から立ち上がりテレビを凝視する。

 

「……石像から魔力を感じる?」

 

 映されたのは翼を広げ飛んでいた姿勢の野鳥の石像だ。

 あまりにもリアルな石像にアナウンサーやコメンテーターも驚きの声を上げている。

 しかし辰道はこの石像が『生きている野鳥』であると理解得来た。

 

「(薄気味悪い魔力だ。たぶん普通に飛んでいた所をこの魔力の持ち主に石にされたんだろうが……こんな騒ぎになるような事をしてなんになる?)」

 

 そこまで考察したところで石像が画面から消え、同時に話題がスポーツ関連の物へとシフトしてしまう。

 

「(まさか行方不明者10人も石に? ……誰がやったか知らないがこのまま放置するわけにはいかない。○×県の四十万湖……えっとどこだ?)」

 

 会社に行く準備をする片手間にスマートフォンで検索する。

 

「(静里さんが入院している病院よりはここから近いな。……とはいえ仕事帰りに行けるような場所じゃない。次の休みは明後日か。それまでにどれだけ被害者が出るかわからん。既に犠牲者が出てしまっている可能性が高い以上、速やかに事態を収拾しないと)」

 

 髪を整えながら悩む事数秒。

 辰道は社会人としての葛藤に区切りをつけてため息を零した。

 

「(仕方ない、会社は明日休もう。幸い今は仕事が落ち着いているし、休みは取りやすいはずだ。それでも突然休むとなれば迷惑をかける事になる。この埋め合わせは必ずしよう)」

 

 鞄を手に有給を消化する決定を下す。

 急な有給休暇など褒められた物ではないが、人命がかかっている状況では辰道の心情としては仕事に集中などとても出来ない。

 タツミだけで行かせるというのも考えたが、辰道と離れると全力を出す事が出来ない彼を厄介事があるとわかり切っている場所へ一人で行かせる事もまた辰道には出来なかった。

 

「はぁ……行ってきます」

 

 朝から職場に迷惑をかけなければならない事に憂鬱な気分になりながら、辰道は家を出て行った。

 

「おや、明日休みたい? 珍しいね、君がこんな急な申請するなんて」

 

 重たい気分で切り出した突然の有給休暇だったが。

 

「うん、まぁ今は仕事が落ち着いているし。問題ないよ。まぁ味を占められたら困るけど、君はそういう事しないだろうしね」

 

 上長である裕也は疑問こそ抱いたものの特に追求する事もなく申請を受け入れてくれた。

 

「すみません」

「いいよいいよ。君の顔見る限りただ疲れたから休もうってつもりで取るわけじゃなさそうだしね」

 

 何かあるとわかっていながら詳しく聞かない上司の心遣いが辰道にはありがたかった。

 

 

 

 その日の仕事を手早く終わらせて帰った辰道は、戻ってきていたタツミに出迎えられた。

 病院のラウンジにある巨大テレビでニュースを見て、相談が必要だろうと思ったのだと言う。

 明日の朝一で病院にタツミを迎えに行くつもりだった彼からすれば好都合だった。

 

 早速と明日からの方針を話せば、タツミも同意した。

 タツミの報告によれば静里の周辺には今のところ変化は見られないとの事。

 彼女自身は順調に回復してきているらしく、中庭を散歩している姿も見ているらしい。

 

「お蔭で何度か見つかりそうになった。見た目の儚い雰囲気と裏腹に妙に勘が鋭いお嬢ちゃんだったぞ」

 

 ため息を漏らすタツミ。

 

「(それなりに隠密行動も出来るはずのタツミが見つかりそうになるほどの勘か。直接関わるのは少し怖いな)」

 

 なにせ彼らは彼女に対しての隠し事が多い。

 迂闊な接触で、彼女がショックを受けるかもしれない情報を漏らすわけにはいかないのだ。

 

「まぁそっちはともかくとしてだ。明日は朝一番に四十万湖に行くぞ」

「おう、何があるかわからんからお前もさっさと休めよ」

「わかってるさ」

 

 何が待っているかわからない不安をそれ以上の気合で飲み込み、彼らは明日に備えて早々に眠りに付いた。

 

 

 

「ふぅん、こんなリアルに作られた石像がポイ捨てされてて、しかもそんな所で行方不明事件。ちょっと興味あるかな」

 

 辰道の友人で自由人と言う名の無職である一義が、この事件に興味を持ったという事実を知らぬまま。

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