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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第六章
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再会を終えて

 突然、タツミの姿が見えるようになった。

 その事実に和弥はもちろんだが辰道とタツミも混乱していた。

 確認の為にと、タツミから呼びかけてみれば和弥は頷きを持って返し、やはりその声は聞こえていると見て間違いない。


「(予兆なんてなかったはずだ)」

「(となるとお前とのやり取りの中に何かきっかけがあったはずだが……)」

 

 思わずうなりながら考え込む2人。

 腕の組み方から眉間に皺を寄せた表情まで完全に一致した動作に、和弥は混乱していた事も忘れて思わず笑ってしまった。


「ふふっ……」

「近藤さん?」

「ああ、いや失礼しました。お二人の行動があまりにそっくりで、その微笑ましさに思わず。気分を悪くされていたのなら申し訳ない」

 

 ゆるりと頭を下げる和弥にタツミチたちは一瞬だけ視線を交え、首を横に振る。


「俺たちは気にしていませんので頭を上げてください。それよりも話を戻しましょう」

「ええ、そうですね。しかしまずは場所を変えませんか? 先ほどの我々の態度を不審がられているようです」

 

 和弥は声を潜めながら、店員がいる注文カウンターにさりげなく視線を送る。

 彼に倣って視線を向けると怪訝そうにこちらを窺う女性店員の姿がある。

 

「……・かなり長居していますしね。とりあえずここを出ましょう」

 

 辰道の言葉に従い、和弥は席を立つ。

 タツミもまた立ち上がり、彼と肩を並べて歩き出す。

 背丈も顔立ちもまったく異なる2人の行動が妙にシンクロしている姿を見て、和弥は自然と2人が『元々は1つの魂である』という話を思い出す。

 

「(ふとした動作が同じ、と言うのは見ていて面白いものですね。双子や長年共にいる友人などもこんな感じなのでしょうか?)」

 

 そんなどうでもよい事を考えながら和弥は彼らに続いて店を出る。

 午後の日差しに一瞬、目を細める彼に辰道は話しかけた。

 

「どこか当てはありますか? 人目を気にせずに話せる場所に」

 

 他人の視線がある事を意識したお蔭で多少は落ち着いたとはいえ、動揺が完全に収まったというわけではない。

 今後も予期せぬ出来事があるかもしれない事も考慮すると、話を続けるにはなるべく人目につかず且つ腰を据えられる場所が必要だった。

 彼の言葉の意図を正しく読み取り、和弥は頭の中から数箇所の心当たりをピックアップする。

 

「ふむ。すぐに思い当たるのは自宅くらいでしょうか」

「俺も自宅くらいしか思いつきませんね。ここから近い方の自宅という事でどうですか?」

「私はそれで構いません。ちなみに私の方はここからですと電車で30分というところですね」

「うちは電車で10分、その後歩いて10分というところです。距離的にはうちになるようですがよろしいですか?」

「そちらがよろしければ」

 

 目的地がすんなりと決まり、彼らは連れだって向かう。

 先ほど出会ったばかり、それもお互いに心中で警戒していたと言うのに。

 2人の間の距離は友人同士と言っても差し支えない程度に縮まっていた。

 

 

 辰道の自宅に到着し、一心地着いたところで和弥はさっそく本題を切り出す。


「なぜ私にタツミ殿の姿が見えるようになったのか。移動する間に考えてみました。心当たりというほどの物ではないただの推測ですが」

「! ……お聞きしましょう」

 

 一人暮らしでは持て余す程度には広いリビングに置かれたウッドテーブルを間に2人は向かい合う。

 タツミはこちらに現れてからずっと特等席と定めているソファーに寝そべりながらもしっかりと話を聞く心構えだ。


「まず私は一連の出来事をただの夢とは思っておりませんでした。しかしその反面、心のどこかで夢であって欲しいと思っているところも確かにあったのです。自身に起きた出来事を『ただの妙な夢』として片づけたい、という気持ちが」

 

 それは仕方のない事だろう。

 タツミチだってあちらに行き、そしてこちらに戻ってきた時はそれまでの出来事を夢だと思った。

 ゲーム画面越しにタツミと会話していなければ、駄目押しとばかりにダイスロールが行われなければ、『子供じみた夢だった』とこの出来事のすべてを記憶の片隅に追いやり、普段通りの生活に戻っていただろう。

 

『非現実的な出来事を無かった事にしたい』


 実際にこういう事に出くわした人間ならば、まずそう考えるだろう。

 特に年齢を重ねている者であればあるほど、それまで歩み培ってきた常識をあざ笑う出来事への忌避感は大きい。


「ですが私はあなたとこうして面識を持ち、あなたが体験した出来事を知った。そうする事でこの夢を第二の現実として認識する覚悟を決めた。そして改めてその事を宣言しようとしたところで……」

 

 彼の視線がソファーへと向く。

 自身に向けられる視線に気付いたタツミはのそりと身体を起こし、和弥と目を合わせながら彼の言葉の先を続けた。

 

「俺の姿が見えるようになった、か」

「はい、その通りです」

 

 2人の言葉を聞いた辰道は背もたれに体重をかけながら考え込む。

 テーブルとお揃いの造りのウッドチェアの軋む音が小さな室内に響く。

 目を閉じたまま顔を天井に向ける彼の結論を待つ為、その思考を妨げないように和弥もタツミは沈黙した。

 

「状況から考えるに近藤さんが見えるようになったのは、あちらの世界の事を認めたから、って言うのは合っていると思われます。というよりもそれくらいしか考えられないというのが現状ですね」

 

 辰道の言葉に2人は無言のまま首肯で持って応える。

 

「そしてこれが事実だとすると……近藤さんと同じようにタツミの姿が見える可能性がある人間がいます。俺がわかっているだけでもカロルだと思われる人物は、特に可能性が高いです。夢であちらの世界の出来事を体験しているので」

「カロルと言うと……ライコー選手とアーリ選手の身内の方ですね」

「そうです。近藤さんと違って『The world of the fate』との関わりがない事から、あちらでの出来事については『奇妙な夢』だと思っていますね。今の状態が続くと精神的に不安定になるかもしれません。ですが、だからと言ってあの出来事を現実として認めるには取っ掛かりがありません」

「私の時の初期症状、というところですか。経験則ですが、そのままにしておくとその人物の日常生活が脅かされる可能性が高いですね」

 

 一週間仕事を休む羽目になった頃の混乱を思い出し、和弥の眉間に皺が寄る。

 

「かと言ってそれを現実だと認識される事が、果たして良い事なのかというと微妙です。先ほどスマフォのメモでお伝えした通り、こちらの世界でも瘴気は出ていますし、それに関連する害意ある者が現れています。そういう存在を感じ取れるようになる、と言うのは……」

「確かに危険ですな。お話を聞く限り、その人物は未だ精神不安定にまでは陥っていないようですからその件について触れないように、しかし定期的に心のケアをする、という事で様子見にするというのも一つの手段かもしれません。しかしどう対応するのかは面識がある双葉さんが決めるべきでしょう」

「……近いうちにもう一度会うようにします。その時の様子を見て決めます」

 

 明美への対応は結論付けると彼らは自分たちが今後何をするかという話題にシフトした。

 

「俺は今まで通り既に見えているあの子のところにいるって事でいいか?」

「ああ。あの子は目を覚ました後、なぜか瘴気に取り憑かれた人間に狙われている。この前の大量動物殺傷事件みたいな事件が彼女の近辺で起こる可能性は高い。タツミはこれからもあの子の周りを監視して、何かあったらそっちの判断で対処を頼む。あともしも音信普通になった彼女のおじいさんに会えたら話を聞いておいてくれ」

「了解。任せとけ」

 

 タツミは自分の役割を確認するとまたソファーに寝転がった。

 しかし寝たという事ではなく、横になりながらも話に聞き入っている。

 

「そう言えば既にタツミ殿が見えているというその少女は、なぜ見えるようになったのでしょう?」

「近藤さんの理屈での推測になりますが……こちらとあちら、どちらの世界にも存在する塔を作ったのが彼女ですから意識的か無意識かは置いておくとして、あちらの世界を認識した上でどっぷり浸かっている状態なんでしょう。それに彼女はタツミ曰く魔力があるそうですし、元々あちらの世界と縁があったんだと思われます(だからこの子の周辺は一番そういう事件が起こりやすいはず。そしてそれは俺も同じはずだ)」

 

 辰道は和弥からの疑問に答えながら自分たちの今後を考え、陰鬱とした気分になる。

 

「魔力を持っている、ですか。ちなみに私には魔力はあるのでしょうか?」

「あんたは持ってないな。だからこそ俺が見えるようになる条件から魔力の有無が外せたんだよ」

「なるほど……。私はゲームに直接関わった身として内部から情報を集めてみます。システム関連は畑違いですが、部署が違うだけですので話を通せば色々と調べられます。調べた情報はこちらでまとめて随時そちらにお送りしますので確認してください」

「ありがとうございます。正直、貴方に手伝う義理なんてないというのに骨を折っていただけるとは思っていませんでした」

「いえいえ、乗りかかった船と言うのもありますし。私としてもこの事象には興味があります。好奇心を満たせて且つこの事象が解決できるかもしれない。私にとっては一挙両得に成り得るという打算あっての協力ですので双葉さんが気にされる必要はありません」

 

 そう言っておどけるように肩を竦める和弥はそれならばと一度だけ礼の意味で頭を下げた。

 

「今日のところはこれでお開きにしましょうか。近藤さんも色々あってまだ完全に落ち着いたわけじゃないでしょうし」

「そう、ですね。では今日はこれで失礼します」

 

 こうして辰道が解散を提案する頃には日は完全に落ち、月が顔を出していた。

 

「話に夢中になったとはいえ長い時間、居座ってしまって申し訳ない」

「いえいえ、盛り上がっていたのはこちらも同じです。次はどこかに飲みにでも行きましょうか?」

「ああ、それはいいですね。私の行き着けの店を紹介しますよ」

「それは楽しみです」

 

 玄関までの短い見送りの間にも和弥と辰道の話は続く。

 靴を履きドアを開けたところで、和弥は振り返り軽く頭を下げた。

 

「では今日はありがとうございました。お蔭で心に溜め込んでいたもやもやが解消されました」

「ただお話していただけですが、お役に立てたようで何よりです。お気をつけて」

「ええ。それではまた」

 

 こうして二度目の初対面を終えた3人はお互いに大きな成果を上げて別れた。


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