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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第一章
10/208

決着と安堵

 時はキルシェットがタツミの指示で他メンバーの元に向かった頃に戻る。

 タツミとフィリーが予想した通り、残りの青い兜の面々は別方向から村に進入してきた魔物の群れの襲撃を受けていた。


 正気を失った魔物の群れ。

 スケルトンの後ろを付いてきていた群れとは別の一団だ。

 そもそもスケルトンに魔物を統率するような理性はない。

 タツミたちの所に現れた群れは、スケルトンが瘴気を振りまきながら通り過ぎた場所にいた魔物たちが、誘蛾灯のように引き寄せられた事で形成されたに過ぎない。

 スケルトンから溢れ出た瘴気は、通り過ぎた場所にしばらく滞留し続けた。

 今、青い兜と対峙している魔物たちは滞留していた瘴気に当てられ、獲物を求めて宛てもなく彷徨い、スケルトンの一団とは別ルートでアスロイを襲撃してきたのだ。


 本来なら『白色の遮光』で村に辿り着く事すら出来ないはずだったが、彼らが村を見つけたのはスケルトンが力技で結界を破壊してしまった後の事だった。

 村の外にいたキルシェットが一早く近づいてくる群れを見つけて事態を把握していなければ、残っていた数少ない村人たちが襲われていたかもしれない。


 それはともかく。

 キルシェットからフォレストウルフの襲来、そしてそちらとは別の魔物襲撃の報を受けたゴダ、ギース、リドラの行動は素早かった。


 ゴダとギースは慣れた手つきで装備を着こみ、診療所を飛び出し魔物の群れの迎撃へ。

 リドラはキルシェットを伴って村に残っていた人間への事情説明と避難誘導に奔走した。

 ただし避難は村の外へではなく、全ての村人を診療所へと誘導している。

 魔物が群れで攻めてきた以上、迂闊に村の外に出れば他の魔物に襲われる可能性があった。

 だからこそ守るべき者たちを一箇所に集め、何かあった時に対応しやすいようにしたのだ。

 もちろん逃がす事が出来る状況になれば、村から逃がす事も考えている。

 加えて診療所の周りにはリドラ作成の魔物避けの薬を撒いてある。

 この事からも彼らは今現在、危険を冒して村人たちを外に避難させるよりも診療所に集めた方が安全だと判断したのだ。


「きっちり首を飛ばすか胴を断ち切れ!! 半端な傷じゃこいつらは止まらんぞ!!」


 ギースは言葉通りに迫りくるグレイウルフの首を断ち切り、さらに返す刃で急降下してきた鳥型の魔物『クラウドホーク』を切り捨てた。


「おおよ! 竜人族の力思い知りやがれ、オラァアア!!!」


 ゴダの斧が3メートルはあるだろう熊型の魔物『ロックベア』の胴体を両断する。

 しかし横一文字に切断されたというのに、熊は上半身だけで這いずるようにゴダに近づいてきた。


「フンッ!!」


 すかさずゴダは斧を振り下ろし、熊の頭部を押し潰す。


「これでデカブツを10体ってところか! ギース、そっちは!!」

「狼やら鷹やら小型の連中を25、6ってところか。残りは小型大型合わせて10少し……」


 瘴気に当てられ理性を無くしているが故に隊列も連携もなく襲いかかってくる魔物たちは、青い兜の前衛を受け持っている二人にとってはそれほど脅威ではなかった。

 会話もそこそこにそれぞれが手近な敵をさらに切り捨てる。


「お二人とも! 下がってください!!」


 突然、背後から聞こえてきた青年の声。

 聞き慣れたその声に一も二も無く従い、二人は後方へ飛び退いた。

 入れ替わりに魔物たちの元に何かの液体が入った瓶が勢いよく投げ込まれる。

 投げ込まれたソレは魔物の群れの中で地面に接触し、次いで爆発を起こした。


「「うおおっ!?」」


 予想外の事態に思わず野太い悲鳴を上げながら二人は舞い上がる土煙から目を庇う。

 二人が恐る恐る顔を上げると呻き声を上げながら四肢のいずれかを損傷して倒れ込む魔物たちと、それなりに整地されていた村の敷地に無残に空いたクレーターがあった。


「おまっ!? リドラ、あぶねぇだろ!! こんな威力のある『爆薬』、いつの間に調合してやがった!!」


 ゴダが背後を振り返り、唾を飛ばしながら怒鳴る。


「い、いえ!! ちゃんとゴダさんたちの位置と魔物の位置を計算に入れて投げましたから大丈夫ですよ!?」


 白衣を着た優男はごつい竜の顔をした彼の剣幕に気圧されながらも、あわあわと両手を振りながら弁明した。


「あほか!? それでも心臓に悪ぃんだよ!!!」

「リドラに絡んでねぇで転がってる連中の息の根止めろ!! 油断してんじゃねぇよ、単細胞竜人!!!」

「おおう!? わかったから耳元で怒鳴んなよ!?」


 ギースの言葉通り、立つことが出来ない程の傷を負っても、地面に這いつくばっている状態であっても動いている魔物はいる。

 いずれも痛覚が麻痺しているのか、威嚇するような唸り声と共に残った四肢で前進しようとしていた。


「しっかしこいつら、『バーサーク』でもかけられたみてぇだったな」


 全ての敵に止めを刺すとゴダは火のブレスが混じった息を吐きながら魔物について零す。

 『バーサーク』とは対象を理性の無い状態、ゲーム的には『攻撃力を2倍に、防御力を1/2に、最も近くの敵に対して通常攻撃でのみ攻撃可能』という状態にする魔法である。


「……だが魔法を受けているって感じはしなかったな。魔力を纏っているならそれが攻撃的な物であれ補助的な物であれ違和感があるはずだ」

「自然に狂気に陥る……というのは考えにくいですね。人為的なものなのか、それとも偶発的なものかはわかりませんが何かしら要因があるのだと思います」


 通常ではありえないほどに正気を失った魔物たち。

 その原因について考察しながらほんの僅かの休憩を取る。


「……リドラがこっちに来たって事は残ってた連中の避難は済んだんだな?」

「ええ、キル君が彼らに付いています。私はその事を皆さんに報告に来たんです」

「……ならゴダ。お前はリドラと一緒に診療所に行ってそこにいる連中の護衛を頼む」


 報告された状況から指示を出すのはリーダーの仕事であり、このパーティではギースの仕事だ。

 パーティを分断するような場合に限り、リーダーのいないグループメンバーが物事を決める権利を得る。

 勿論、指示が合理的でなかったり理不尽な要求ならば突っぱねる事も出来るが。


「まぁ俺は足が遅いからなぁ。割り振りとしちゃ当然か。じゃ行くぞ、リドラぁ」

「はい、ギースさんは彼とフィリーさんの方をお願いします」

「おう、さっき妙にでけぇ爆発が向こうであったみたいだし急ぐわ。後の判断はそっちに任す。とりあえずもしもの時の逃げ支度だけさせておいてくれ」


 3人は互いの事態の収拾を誓い合うように拳を突き合わせ、それぞれ行動を開始した。




 エーテルで魔力を回復したフィリーに他の魔物を任せたタツミは、再びスケルトンと剣を合わせていた。

 相変わらず瘴気が邪魔をして刀による攻撃は届かない。

 しかし続く魔方陣による爆撃は、瘴気を貫通して骨の怪物にダメージを負わせていた。

 叩き込んだ攻撃の数は20を超え、瘴気がもたらしている回復量を容易く上回る。

 誰の目にも明らかな程にスケルトンはその動きを鈍らせ始めていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 しかしタツミも無傷ではない。

 魔力を常時注ぎ続けて仕掛けた連続攻撃は彼のMPを容赦なく消費し続け、攻撃や防御にも意識を割かなければならないというのは想像以上に彼の神経をすり減らしていた。

 その上、フィリーにかけてもらった『プロテクション』の効果が切れ、瘴気を纏った攻撃が彼に実害を及ぼし始めていた。


 刃物を向けられる事は愚か、怪我をする事すらもそうはない『あちらの世界』での常識が、ここに来て彼に恐怖心を与え始めたのだ。

 フォレストウルフを視界に収めた事から始まった今までの戦いの中、彼はこの世界に来て新しく作った関係である『キルシェットとフィリーを守る為』という、ただそれだけを考え行動してきた。

 『彼らを守りながら敵を倒す』と自身の思考を意図せずにシンプルな物にまとめ、諸々の細かい点は頭から抜け落ちていた。

 余計な事を考える暇がない程に、ただただ必死だったのだ。


 このまま決着が付けば何も問題はなかっただろう。

 しかし戦いの長期化と疲労、集中力の低下などが重なり、今の自分にとって不利にしかならない事を彼は意識し始めてしまっていた。


 その異変は魔法で魔物の群れの動きを止めているフィリーにもわかった。

 もっとも彼女が理解できたのはタツミの動きが目に見えて精細を欠いてきた事と、兜に隠れて見辛くなっているはずの彼の顔色が尋常ではなく悪くなっている事だけ。

 それらの情報から彼女は急変したタツミの様子を『スケルトンの纏う瘴気の影響ではないか』と推察した。


「タツミ君! スケルトンから距離を取って!! 瘴気に当てられてしまっているわ!!」

「う、……くそっ……」


 彼の心臓の音は疲労と怪我や死への恐怖とが重なり、自身でも異常と思える程に早鐘を打っている。

 視野も狭まり、目の前の敵に意識が向き過ぎていた。

 自分に向けられた助言も耳に届いていない。


 タツミの動きが鈍くなった事を察したスケルトンが地面を蹴った。

 同時に瘴気がスケルトンの足元で爆発する。

 それを推進力に先ほどまでの倍はあるだろう速度で、両手持ちの突きが繰り出された。


「う、わ……っ!?」


 攻撃を避ける為に足に力を入れる。

 その最悪とも言えるそのタイミングで彼の脳裏にサイコロが出現した。

 そして悪い事は続く。


 サイコロの目は『2』だった。


 彼が感じていた恐怖が急激に膨れ上がる。

 その恐怖は全身に伝播し、まるで石化したかのように手足が動かなくなってしまった。


「(や、ば……)」


 彼の意識の中で全てがスローモーションのように流れる。

 自分の動きすらもじれったいくらいに遅く感じられる世界で彼の着ていた鎧を剣が貫通、凶刃が鳩尾に突き刺さった。


「ぎっ!? ごふっ……」


 タツミと激突したというのにスケルトンの勢いは止まらず、既に人のいない民家に剣を突き立てた彼ごと突っ込んだ。

 民家の外壁に叩きつけられタツミは血反吐を吐く。

 かろうじて背中側の鎧は貫かれなかったが、彼が受けたダメージは大きかった。

 あまりの痛みと激突の衝撃に今まで決して手放さなかった刀をその手から落としてしまっている。


「タツミ君!!」

「う、うう……(い、てぇ……苦し……し、ぬ)」


 フィリーの悲鳴のような呼びかけに、彼は答える事が出来ない。

 痛みで気絶、しかしその痛みですぐに覚醒。

 彼の意識が明滅するようにオンとオフを繰り返す間に、スケルトンは突き立てた剣を引き抜いた。


「ぐぅっ!!」


 引き抜かれた際にさらに肉を抉られ激痛が走り、タツミは呻き声を上げる。

 意識を保つのがやっとで彼の手足も痺れたように動かない。

 タツミは痛みに歯を食いしばりながら、気を抜くと下げそうになる頭だけを今出せる最大限の力で持ち上げた。

 血の付着した剣を両手で握り、自分を見下ろすスケルトンの姿が彼の目に映る。


「う、ぉ……お(やばいやばいやばいやばいやばい……)」


 痛みのせいでタツミは正常に思考が働かない。

 今の状況が自分にとってとてもまずいという事実だけが頭を埋め尽くしてしまい、行動を起こす事が出来ない。


「タツミ君!!! 立って!! 逃げるのよっ!!!」


 敵の足止めに意識を割かなくてはならないフィリーは、声をかける事こそ出来るもののその場を動く事は出来なかった。

 必死に声を張り上げるも彼女の声は今のタツミには届かない。

 スケルトンが止めを刺す為に剣を振り上げる。


「おおおおおおおおおお!!!」


 野太い叫びと共に目の前に影が差す。

 同時に響く鉄と鉄がぶつかり合う音。


「ぐおっ……」


 逞しい背中がタツミとスケルトンの間に立ちはだかっていた。


「フィリー!! こいつを頼む!!!」


 大きな影、ギースは怒鳴り声を上げるとスケルトンに斬りかかる。


「離れろぉおお!!!」


 下段に深く沈めた剣を切り上げ、攻撃を受け止めたスケルトンはその衝撃で吹き飛んだ。

 ギースの思惑通りに二人の距離が開く。

 その隙を逃さずフィリーは壁を背に座り込むようにぐったりとしているタツミに走り寄った。


「怪我は……思ったほど酷くないわね(でも、顔が真っ青……やっぱりあの瘴気に長く近づき過ぎたから?)」


 考えを巡らせながらも杖を腹部の傷口にかざす。


「ヒーリング」


 杖の先端から淡い光がタツミの傷口に降り注ぐ。

 ヒーリングは回復系魔法の中級魔法に当たる。

 魔力の高い人間が使用すれば重傷すらも治す事が可能だ。

 しかし。


「回復が遅い……?」


 常ならば数秒とかからずに塞ぐ事が出来る程度の傷が、何故か効き目が悪かった。

 タツミの顔色は未だに青く、目の焦点も合っていない。

 その瞳は目の前にいるフィリーを映してはいたが、映した物を認識できているのかどうかもあやしかった。


「(しにたくな、い……)」


 タツミは自分に回復魔法がかけられている事も、ギースが駆け付けてくれた事にさえも気づいていなかった。

 自分を傷つけた存在に対する恐怖がそうさせていた。


「う、ぐ……」


 だが回復魔法の効果か、判断能力が無くなっていた彼の頭は少しずつ落ち着きを取り戻していく。


「治りは遅いけれど、回復できないわけではないのね。これなら……」

「フィリー、さん……」


 未だに彼の身体は激痛を訴え続けているが、それでも周りに意識を向けられる程度には回復していた。


「良かった。タツミ君、しゃべれるくらいには回復したのね」


 ほっと安堵の息を吐いた彼女の言葉で、タツミはようやく平静を取り戻す。


「すみません。助かりました……」


 傷口から身体全体に広がる優しい暖かさが、身体を縛り付けていた恐怖心を和らげてくれた。


「いいのよ。それよりも……まだ状況は良くなっていないわ。貴方は戦える?」

「……はい」


 タツミには傷つけられた痛みが色濃く残っていた。

 今すぐ何もかもを捨ててこの場から逃げ出したいという考えすらも頭を過ぎっていた。

 しかし彼はそんな『当たり前』の思考を意図的に無視して、フィリーの言葉を肯定する。

 収まっていない震えを無理やり抑え込んで立ち上がった。


「(ここで俺だけが逃げられるわけないだろう!!)」


 タツミは自分自身を叱咤する。

 彼が戦場に目を向けてみれば、スケルトンとギースが剣を交えている姿が目に入った。

 ぱっと見たところギースに目立った外傷が無い。

 彼が自分の身を守る事を優先させ、防御に徹しているお蔭だろう。

 とはいえ長くは持たない事は容易に読み取れた。


 ギースは瘴気に守られているスケルトンに対して有効な攻撃、『魔力攻撃』を行う事が出来ない生粋の剣士だからだ。

 職業としての『剣士』は自力で魔法攻撃を行う事が出来ない。

 その事からタツミはギースと物理攻撃を無効にしてくるあの瘴気を纏ったスケルトンでは相性が悪いと推察した。


 素早く周囲を見回す。

 フィリーの『バインドマジック』の効力が切れかけているらしく、他の魔物たちが動き出し始めている姿が見えた。

 状況をざっと確認すると彼は幸いにも足元に転がっていた刀を拾い、一呼吸をして意識を戦いに集中させる。


「行きますっ!!」


 掛け声一つで駆け出す。

 しかし彼が目指したのはスケルトンではなく。

 動き出していた魔物の群れの方だった。


「もう少しだけ持たせてください!!」

「だあっ! いきなり無茶な事を言いやがって!!! 2分だ、それで済ませろ!!」


 ぶつかり合う二者を避け、弧を描くようにして遠回りしながらタツミは駆ける。


 未だに力の底が見えないスケルトンを短時間で倒す事は難しい。

 ならばフィリーが足止めしている魔物たちの方を先に倒してしまい、彼女を自由に動けるようにするべきだとタツミは考えたのだ。 走りながら両手で持った刀を振り上げ、この短い間に何度も使ってきたコマンドスキル『斬空』を使用する。


「はぁっ!!」


 群れに近づきながらさらに2度、3度と『斬空』を放つ。

 そしてあっという間に数を減らした魔物の群れに飛び込み、直に刀で斬り伏せていく。


「……これで終わり、だな?」


 動く者がいなくなった事を見届け、素早く踵を返す。

 タツミが魔物たちに襲いかかってから僅か30秒の出来事だった。


 呼吸を整え、心を落ち着けるのに5秒だけ費やす。

 スケルトンを目視して先ほどの痛みが脳裏に過ぎり、手が僅かに震えたが今度はすぐに収まった。


「おおおおおおおおっ!!」


 スケルトンの背目掛けて駆け出す。

 ギースはその怒号で彼が向かってくる事に気付き、鍔迫り合いしていたスケルトンの剣を無理やり弾いて距離を取った。

 無防備な敵の背中に大上段に構えた刀を力一杯に振り下ろす。

 頭の中でコマンドスキルを選択、発動する事も忘れない。

 戦いの空気に飲まれ、単調に一つのスキルでしか攻撃していなかった先ほどまでと違い、タツミは自分なりに状況に対する考えを巡らせ、最適と思われるコマンドスキルを選択していた。


「斬撃・波濤はとうっ!!」


 刀が透き通った青色に輝く。

 斬りつけた瞬間、現れる魔方陣。

 そして間髪入れずそこから溢れ出す水の波が圧力を伴ってスケルトンを飲み込んだ。


 しかしその瞬間、骨の怪物の身体から真っ黒な瘴気が今まで以上の勢いで溢れ出す。

 渦巻き出す瘴気は強大な水の脅威を弾いた。

 スケルトンは瘴気の渦の中心にいる。

 刀による打撃でよろめきはしたものの、魔法攻撃のダメージは完全に遮断されていた。


「こんな事も出来るのか……なんつー強さだ」

「でもあのスケルトンはその攻撃を捌いている。……悔しいけれど私たちじゃ援護も出来ないわね」


 タツミの攻撃の巻き添えにならないよう距離を取ったギースとフィリー。

 別に彼らは呑気に観戦を決め込んでいるわけではない。

 どうにかタツミの手助けが出来ないか、状況に変化がないかを粒さに観察して二人で話し合っていた。


「さっきの技を見ると近づきすぎると巻き込まれかねねぇ。お前の言った通り、ウルフの方は俺たちに敵意も見せずにあいつらを見てるだけ。……そっちを警戒しつつ、一先ずは任せるしかねぇか」


 自身の力不足に不満げに舌打ちするギース。

 フィリーは真剣な面持ちで油断なく二人の戦いに目を向けながら彼を諌めた。


「でも私たちが手を抜いていいわけじゃない。自分に出来る事を捜せ。自分に出来る事を精一杯やれ。それが青い兜の信条でしょ?」

「わかってるよ。俺は狼の警戒を続ける。状況変わったらすぐ教えてくれ」

「ええ……今の所、動きは見えないけどウルフにも十分気を付けて」

「おう」


 二人がこのような会話をしている事など露知らず。

 タツミは再びスケルトンにのみ意識を集中させていた。


 既に数十合と打ち合ったがお互いに決定打には至らず。

 タツミは瘴気によって付けられた掠り傷が数か所、スケルトンは瘴気に守られており目立った外傷は無い。

 『斬撃・爆裂』で幾らか負わせた傷は、ギースを相手にしている間に回復してしまったようだ。

 だが瘴気を纏った為か、その動きが単調で動作の一つ一つが遅くなっている事にタツミは勘付いていた。


「(瘴気のせいで防御力は格段に増した。だがそれで動きが遅くなっているのなら……なんとかなる)」


 昂っていく精神を落ち着けるように息を吐き、彼は言葉を紡ぐ。


「悪いが……これ以上、お前に付き合っていられない。倒させてもらう」


 答えなど期待していない。

 しかし口に出す事で自分の意志をより確固たる物とした。

 次で必ず仕留めるという決意を込めて、刀を握る。

 その為のスキルを選択し、迷いなく使用。

 今までの倍の魔力が吸い上げられ、刀に集まる事を感じる。

 準備は整った。


「(倒す)」


 余計な事を何も考慮しないシンプルな意志。

 その想いに彼の身体は最善の動きを持って応えた。


 一歩踏み込む。

 瘴気を体に纏い、ペンキの黒を頭から被ったようなスケルトンに到達する前に、刀を振り上げ柄を握った両手に力を込める。

 同じように刀を振り上げるスケルトンの姿がスローモーションのように彼の目に映った。


 彼の脳裏にサイコロが舞う。

 構うものかと心中で吼える。

 出目は『1』。

 しかし絶望的な数字が出た状況にありながら、タツミは冷静にスキル『運命逆転』を選択していた。

 

 出目が『1』から『6』に変更される。

 

 その瞬間、彼は感覚で理解した。

 自分の方が速い、と。

 

 音を置き去りにした空間の中、ふとタツミはギースが声を張り上げている事に気が付いた。

 彼は、ギースがかけている言葉がなんなのか気になった物の目の前の敵に集中する。

 

 タツミが放った一撃『斬撃・聖光』は真っ白な光を伴って、纏った瘴気ごとスケルトンを切り裂いた。


 いつの間にそこにいたのか。

 彼らの激突の間に入り込んだフォレストウルフ諸共に。


「……えっ?」


 身体ごと横入りしたのだろう。

 フォレストウルフの身体は腹から斜めに引き裂かれ、見事に両断されていた。

 スケルトンを庇ったのか、と考えタツミは警戒する。


 しかし骨の怪物は彼の一撃を受け、肩関節から腸骨までを見事に両断されていた。

 先ほどまで暴れていた事が嘘のように力無く倒れ伏している。

 あれほど猛威を振るっていた瘴気も、その余韻すら感じさせないほど綺麗さっぱり消え失せていた。


「……お前は一体、何がしたかったんだ?」


 既に瀕死の狼に問いかける。

 すると狼はぐったりとした顔のままタツミの姿を見つめると一言だけ呟いた。

 タツミにもわかる言葉で。


「やっ、と……みつけた。ま、た……会お、う」

「なにっ……?」


 まさか返事が返ってくるは思わず驚きに目を剥く。

 しかし彼の言葉に対する答えは返ってこなかった。

 力無く目を閉じたウルフはそのまま眠るように息を引き取ったからだ。


「……本当に、なんだったんだ?」


 疑問の声に答える者は今度こそ無く。

 タツミは肩の力を抜いて大きく息を吐き出した。

 こちらに近づいてくるフィリーとギースの方を振り返り、精神的な疲労を押し隠すように無理やり笑みを浮かべる。


「終わりましたよ」

「はははっ! なんだその辛気臭い笑い方はよぉ!! もっと喜べ!!」


 剣ダコの出来た手でガシガシと撫でられる。

 タツミは戦いが終わった事に舞い上がっているギースの様子に苦笑いしながら、特に嫌がる素振りを見せずにされるがままになった。

 もう撫でられて喜ぶような年ではないはずなのに、今はその温もりがありがたかった。


「ふふ、ご苦労様。タツミ君、怪我があるなら遠慮なく言ってね」


 安堵の笑みと共にかけられるフィリーの優しい声にタツミはほっと息を付く。

 彼はここでようやく終わったのだという実感を噛みしめた。


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