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彎曲のゴールデンカノン  作者: あご
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1 レイの独白

 孤児の俺は人から疎まれて幼少を過ごした。

 道ばたで腹を空かして転がりながら仲の良さげな親子を羨ましげに見つめていたとき、傍にいた辻占いに

「お前は一生望むものが手に入らない」と言われた。

 8才の時、引き取られた先は俺と同じような戦災孤児が10人いた。

 エンライトンという男は俺達に教育を施し、人並みの生活を与えてくれた。おかげで血が繋がらなくても10人の 兄弟は本物の兄弟らしく育った。

 辻占いなんて当たらないもんだと実感した。

 とりわけ3つ上の長男レジェスが俺は大好きだった。身体能力が高くて、何でも笑い飛ばすレジェス。とろくて鈍くさかった俺はレジェスを尊敬し、いつも後ろを追っていた。

 見捨てられないように、認めてくれるように、勉強や運動能力を高めようと務めた。


 15才になったとき、やはりそんなに世の中うまいわけがないことを知った。

 エンライトンが俺達を引き取ったのは軍の犬が欲しかったのだ。とりわけ自分に忠実な犬。俺達はエンライトンが立ち上げた特務機関の使い捨てだった。

 それに気づいたのは一つ上の兄が仕事であっけなく死んだ時。墓すらなかった。それはそうだ、俺達には身元がないままだ。孤児院の登録もなく、とうに死亡扱いだ。

 18までに義兄弟は半分に減った。

 それでも生活は貧乏でもなくむしろ小金持ちに近い。犬だろうが人並みに死ねないだろうが乞食の生活よりマシだ。自分をそうやってごまかした。


 20の時、クレアという少女に恋をした。政府高官のご令嬢で高嶺の花。俺とレジェスはエンライトンの護衛で彼女の自宅へ赴くことが多かった。

 レジェスはこういうとき女の子の扱いがうまい。義父たちの目を盗んで彼女との会話を楽しんでいた。

 レジェスには勝てないなと半ば諦めながらも想いを打ち明けると意外にも彼女は顔を赤らめた。

「あなたがずっと好きだった」と言われて俺は有頂天になった。

 それからも主人たちの目を盗んで俺達は合いびきを重ねた。だけど彼女はレジェスと相変わらず楽しく話している。嫉妬する俺に「だって彼の話は面白いんだもの」と返す。そう言われてしまえば俺は何も言い返せない。

 勉学と運動能力向上に励んでいた為、遊びなど殆どしたことがない。さぞかしつまらない男だろう。楽しませてやれない罪悪感が彼女を好きにさせてしまったのか。

 尊敬していた義兄と恋人の裏切りを知ったのはすぐの事だった。


 その日レジェスは仕事で隣町へ行くと言っていた。クレアは「父と出かける用事がある」と言っていた。

 俺は仕事の調整でふいに午後から休みとなった。そして自宅に向かう途中、2人を目撃した。広場の片隅で人目をしのんでくちづけを交わしていた。


 頭がどうかなりそうだった。自暴自棄になっっていたんだろう、持ち込まれた仕事を二つ返事で引き受けた。

 それは「神の国」と言われるマウリリアへの潜入捜査だった。

 その国は神々が住むと言われるほど、技術が進んだ国。貧困も戦争もない鎖国の小島。あの島は魔法か神の力が生きていると誰もが噂した。エンライトンが立ち上げた特務機関の目的はマウリリアの技術を手に入れること。

 そんな所へ行ったところでアリがゾウの行進を横切るようなものだ。誰でも知っているのにこの国の頂上にいる人間には地上が見えていないらしい。


 一人国をあとに船出をした。

 尊敬していた男と愛した女に裏切られた、惨めというより情けない気持ちを抱えながら。

 俺が望むものは愛されることだった。辻占いの通り、手には入らなかった。 

 そんな気分のまま、運の助けがあったのか首尾よく神の国へ接岸できた。


 夜でも輝く街並み、綺麗な道、巨大な階層の建物。壁の造りも見た事がない。

 秩序もすべて整った神の国。そう聞いていた。たしかにそうだが……あちこちからやかましい音が聞こえて秩序もへったくれも無い。まあいい上陸だという時俺は彼女に出会ってしまった。


「あなたは誰? 外から来たの?」

 少女が岸壁から俺を覗き込んでいた。

 こんなに綺麗な生き物がいるのか。サラリとした艶のある黒髪に、真っ赤に熟れたサクランボのような唇、その覗き込む黒い瞳の美しさを長い睫毛が引き立てている。

 ただ見惚れるばかりだった。なぜ自分が彼女からこんなにも目が離せないのか訳がわからない。

 クレアを初めて見た時とまったく違った。衝撃の度合いが違った。あんなにも思った彼女が色あせる。

「ねえ、私追われてるの。外に連れてって」


 自分はこんな人間だったのか。

 俺は少女のたったその一言で、自分の持っていたものを全て放棄した。


 少女の手を引き、船に乗せ、島から離れる。

 海流を利用した航路は行きと違って帰りは楽だ。自国には帰れないだろうが、今まで叩き込まれた技能でどうにかなるだろう。

 少女の名は「セラフィタ」と言った。

 ずっと閉じこめられて生きてきたという。部屋が変わることがあっても扉の鍵が開くことはなかった、だけどやっと逃げることが出来た。あなたのおかげよ。そう言って微笑んだ表情は息を飲むほど美しかった。


 他国に上陸し、本国の目から逃れて暮らしていく決意は楽についた。

 彼女がいればいい。セラフィタがいればあとは何もいらない。あんなに欲しがった愛情とやらも別にどうでもいい。

 2人で見知らぬ街での生活を始めた。

 セラフィタはあまり喋らないし、何をしたがるわけでもない。ただそこに座って微笑む。それは俺が望んだことでもある。彼女に何かをさせるなんてできやしない。その手が汚れるなんて許せない。俺以外の誰かに微笑むなんて気が狂うだろう。

 生活のことは俺が全部してやる。小間使いでも雇えばいいが、どんな人間にも彼女を触れさせたくはなかった。

 だがある日出かける俺を追って彼女も外に出てしまった。

 その時の光景は、夢でも見ているように現実味がなかった。

 彼女を目にした人間は皆、呆けたように動かなくなる。うっとりと見つめる者もいれば跪いてすがる者もいる。

 男も女も恍惚として彼女を見つめる。

 ……ここまで人を惹きつけることができるとは。

「お前は天使なんだよって言われていたわ」

 セラフィタは言う。そうかもしれない。彼女の美しさは人間じゃない。

 扉を叩く音が日に日に強くなる。窓から侵入しようとする者もいる。皆セラフィタを見かけた人間達だ。

 跡をつけられ、会わせてくれと懇願され、敵わぬとなれば力づくで奪おうと狙っている。皆セラフィタを狂おしいほどに欲しがる。

 誰がやるものか。彼女は俺だけのものだ。俺だけの。

「あなたも皆と同じなのね」

 そう呟く彼女は相変わらず人を狂わす微笑みを俺に向ける。

 俺には分かっていた。彼女は俺など眼中にない。外で喚く連中となんの区別もつけない。やはり俺はいくら求めても何も手にできない。

 それでもよかったはずだ。そばにさえいてくれれば、俺を見てくれなくても、俺を愛してくれなくても。

 そう思っていたはずなのに、いつしか彼女の心までも切望している。

「俺を見てくれよ、なんでもするから」

 虚しく彼女の膝で泣く。俺の頭を撫でるその手はからくり人形とかわりはなかった。


 それから河岸を変えることにした。

 セラフィタを欲しがる連中の騒ぎが大きくなり、人里離れた場所で暮すことにした。

 彼女は子供を産んだ。俺に似たところがないが俺が抱き上げてやるとよく笑った。

 セラフィタは子供を産んでもなんら変わるところはなかった。赤子には微笑みかけても構うこともない。それがセラフィタらしくて俺は苛立つどころか安心さえした。

 馴れないながらも俺は子供を育てた。女の子はアラニアと名付けた。アラニアは俺によく懐き、元気に育ってくれた。

 めったに人の来ない山の暮らしは気楽さもあって、この頃が一番平和だった。

 7年たち、またセラフィタは子供を産んだ。今度は男の子だった。ダリルと名付けた息子は俺に似ている部分が多かった。アラニアも俺の言いつけを守って弟をよく可愛がった。

 2人の子供は元気そのものでこの子たちを見ていると満ち足りた気持ちになる。そうやって愛情を小さな子から貰い、俺も与え、いつしか俺の中で2人の子供の存在は大きくなっていった。

 セラフィタを凌駕するほどに。


 2人の子供がたまに見ていないところで怪我をする。一度など火かき棒の跡があった。

 子供達は口をつぐんでいたがある日原因を知ることになった。夜中ダリルの泣き声が聞こえ、声を辿れば崖の方から。そこではまだ3歳のダリルが泣きながら必死に崖の岩に捕まっていた。

 その傍らでアラニアが頭を崖に突き出している。彼女の上にはセラフィタがのしかかり我が子の首を絞めていた。

 夢中でダリルを抱き上げ、セラフィタを突き飛ばしてアラニアの上から取り除いた。

 アラニアはごほごほとむせてはいるものの、命に別状はなかった。怒りにセラフィタの方を見、俺は唖然とした。

 初めて彼女の別の顔を見た。その顔は笑っておらず、目を見開きぽろぽろと大粒の涙をこぼしていた。

「……あなたが盗られてしまう」

 頭が混乱した。セラフィタの言葉をすぐには飲み込めなかった。

「君は俺が子供たちを見ているのがイヤなのか? 君の子でもあるんだぞ?」

「あなたは私のものなんでしょ? どうして私以外のものを見るの? そんなのイヤ。どうして前みたいに私を見てくれないの」

 茫然とするしかなかった。彼女の中には完全に母性というものがない。いや、それより。あんなに狂おしいほど欲しがった彼女がいつの間にか俺を見ていた。俺が彼女を欲したように今度は彼女が。

 胸に抱いていたアラニアが小さな手でぎゅっと俺の胸にしがみついてくる。それを感じた時自分の中の気持ちがよくわかった。

「……どうして今更」

 今更。俺はもう狂った愛はいらない。俺の欲しいものを手に余るだけくれたこの子供たちがあればあとは何もいらない。


俺のこの拒絶が、こんなちっぽけな理由が、国を巻き込む騒動の原因になるとは思いもしていなかった。

 いや、彼女はとうに…………。


別の話の設定確認の為ずらずらと書き殴った為、詰め込み過ぎなところがあるかもしれません。ご了承下さい。

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