第7章 アメリア
やっと半分です。
この日、アルケミスト領はお祭り騒ぎである。年に一度の成年の儀を執り行う予定だからだ。
「ユリアン、おまえも今日から大人の仲間入りだ」
彼女も本日成人する一人。この日のための晴れ着を着て、花火の打ち上げられる空を見て思い出す。
「ユリアン、何を考えているんだ?」
たった一人の肉親の兄に手を引かれ、広場への道を行く。
「えっと……何も」
「アメリアのことは忘れろって何度も言っただろう」
「!?」
兄は妹の胸の内をピタリと当てて見せた。
「あの娘は死んだ。葬式だって、半年前にしたじゃないか」
「遺体が見つかった訳じゃないわ!」
「でも、もう半年以上見つかっていないんだぞ。きっとプレッシャーに耐えかねて自殺したんだろう」
ユリアンは兄の手を振り払った。
「どうしたんだ」
「アメリアは自殺なんてしない! そんなことするような子じゃないもの!」
「普通ライバルが減ると喜ぶものだぞ、ユリアン。本当だったらおまえは今頃、年下のアメリアの影に隠れて注目なんてされないのだか――」
「私、探しに行ってくる。約束したもの」
冷淡な兄に逆らうようにユリアンは走り出す。
「おい、成人代表の言葉はどうするんだ!」
「兄さんが代読して!」
(本当に自殺したというなら亡骸があるはず。証明するんだ。生きてるなら――約束を果たすんだ。私の成人の日に来てくれるって言ったんだから)
「言い分を聞いたげる」
アメリアはランデイという少女にシャツを着せて寝かせてから、男共の相手をする。
「まず、あの娘はナニ?」
「あの、言い分じゃなくてそれ、質問ッス――」
「黙りやがれこのロリコン男」
傍若無人な女王様に仕える家臣の如く身体を震わせる。
「ランデイ…………」
クラウスが蚊の泣くような声で言った。
「はん? ランデイはキツネだろうが」
「それに関しては、女王様、私めが」
ロリコンと蔑まれたヴァレリーがキリッとして話し始めようとした刹那、ヴァレリーの頬に紅色の線が入った。
「誰が女王様だロリコン! 次は外さないからな」
(ねえヴァレリー、どうして性格変わってるの!?)
跪く男二人が会議を始める。
(ブチギレるとこうなるんだ。ちなみに二回目)
(その時はどうして怒らせたの)
(勝手に日記読んだ)
(…………キレやすいんだね)
「さっさと話せよ」
「「ははあ――――」」
土下座姿勢のままヴァレリーは遂に「ランデイ事件」(クラウス命名)の真相を語る。
「えっとですね、魔術には通常のタイプと特殊タイプがありましてね、クラウスはその後者に当てはまるようです。特殊タイプは魔術書を使用すると発動が阻害されてしまい……」
「え!?」
「ふうん、顔上げていいよ」
話題がアメリアの好奇心の対象「魔術」だと判明した瞬間、態度が激変した。
ただし、事の本人、クラウスは目を丸くして驚いたが、見事にスルーされた。
「ありがたきお言葉」
「……………………で?」
聡明な少女に戻ったアメリアは目を細めた。
「その能力が全知全能なゴッドの俺様はこう考えたわけだ。クラウスの魔術は、『移植する魔術』なんじゃねえか、ってさ」
「移植する魔術って……」
「要は自分の中の魔術を使う源の魔力を動物とか剣とかに移すって事だな。まあ、その分自分の魔力は激減するが。さらに、こいつの魔術の場合、魔道書使ってスパンスパン華やかな魔術は使えね…………おい、クラウス。どうした!? なんで、ぶっ倒れた? おい! 今、ゴッドパワーで復活させてやる! うおおおお!」
「ショックで倒れたって推測しない!? あと、馬乗りになって殴るのは、格闘技だと思う!」
「流石に、ヴァレリーが少女の服を買うのは、怪しいわよね。いやだけど、私が行くわ」
漆黒のマントと同色のフードを纏い、アメリアは家を出る。
そして、数分後、床で気を失っているクラウスのうめき声が。
「ぐああ、体中が痛い……」
「おはようございますなのですう」「大丈夫か! アメリアが馬乗りになって殴ったんだ!」
クラウスははっきりと覚えていた。
――おい! 今、ゴッドパワーで復活させてやる! うおおおお!
ヴァレリーが自分を殴ったことだけは、何度でも思い出せそうだった。
「あれ? クラウスくん? 神様の俺様をそんな白い目で見るなんて……」
身体とは正直なものだ。口ではいくらごまかせても、顔に冷や汗をどっぷりかいて、目が泳いでいるのでは図星としかいいようがない。
「うがぁ……」
「ご主人様~、またオヤスミですかぁ?」
「あ」
勢い良く飛び起きて、ヴァレリーに訊く。
「僕って、使えないんでしょ?」
「ん? 使えないことはないが、こいつがお前の魔術の塊だろ」
ヴァレリーはランデイの頭をポンと叩く。
「うにゅっ」
「お?」
もう一度、ヴァレリーはランデイの頭をポンと叩いた。
「うにゅっ」
また叩く。
「うにゅっ」
まだ叩く。
「うにゅっ」
叩かれると声を上げるランデイが相当面白いらしく、ヴァレリーは何度も叩いていた。
「うにゅにゅ~、痛いですぅ~……」
「へっへっへ……」
クラウスは絶望した。自分の魔術の塊だというなら、少しくらい対抗する術はないのだろうか。
「おりゃあ」
「うにゃあ~」
頭を抱えて縮こまるランデイは、どうもか弱い愛玩動物にしか見えないのだ。
「はあ」
「さて、お遊びはこれくらいにして」
「あう!? 本気でぶつですかぁ? 怖いですぅ……」
ランデイがひとりパニックに陥っている中、ヴァレリーはクラウスの手を引いた。
「え?」
「神様パワーは伊達じゃねえぞ!」
クラウスを庭へ導くと、一本の棒を渡した。
「なにこれ……」
「見りゃわかるだろ! ゴッドパワーが詰まった木刀さ!」
そして、同じ木刀がヴァレリーの手にも握られていた。
「何するの?」
「弱虫少年を鍛える」
面と向かって弱虫と言われ、下を向くクラウスにヴァレリーは頭をなでてこう言った。
「でもさ、格好いいだろ? この島で剣なんて振り回してる人いないだろ?」
「うん」
「魔術も使えない、錬成術も使えない。そりゃあんまりだよな? 残念ながら、どちらも使えないということはその道の最底辺、むしろそれ以下だ。じゃあどうすればいいって? 目玉が飛び出るほど簡単なんだぜ。自分がトップでいられる道を探し出せばいいのさ」
クラウスの頭から手を遠ざけた。
「さて、まず我が流派についてだ」
「り、流派……?」
木刀をビシィッと構え、クラウスの胸に突きつけると、流派の名前を言い放った。
「『俺様神様最強流』! 師範はもちろん俺様だぜ!」
期待はしていなかったけどね、とクラウスは笑顔を作って見せた。
「さあて、まず『俺様神様最強流』の構えだが……」
突き出した剣を元に戻し、だらりと剣先を地面につけた。
「こう」
「え? 構えてないようにしか見えないんだけど……」
「理由か、うーん。色々あるんだけどさ、第一原則としては、構えてないように見せて相手を油断させる」
そんなことを聞きながら、ヴァレリーの形を真似てみる。
「そうそう。そして、振るときは……」
ブウンと、大振りかつ華麗に木刀を振り回した。
「オーバーでビューティフォーに振り回せ、やってみろよ」
ぎこちない動きでクラウスが剣を振っているのを見ると、ヴァレリーは首を振って、
「うーん、動きが鈍いよなあ。そうだ、剣技は舞踊だ。リズムに身を任せて剣を振れば、オーバーアンドビューティフォーが達成される」
悪いところと改善点とそのコツを素直に述べると「もう一度、やってみ?」と促す。
「とりあえず、楽しむことからだ。魔術も錬成術も楽しいはずだろ? だから、この『俺様神様最強流派』も楽しめ。楽しくやってれば、技術云々はあとから自然に身についてくる」
続編書こうにも時間がない。