↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

婚約破棄ですか? では自分の領地に戻ります

作者: 黒色鮎
掲載日:2026/09/11

女性主人公の、婚約破棄だったり、ざまあだったりと色々な短編小説を毎日投稿しています。

ぜひフォローのほどお願いします。

 

「アリアナ・フォン・レストン。君との婚約を破棄する!」


 王立学院の卒業舞踏会。

 大勢の貴族が見守る中、第二王子エドワード殿下は高らかに宣言した。


 ざわり、と会場が揺れる。


 殿下の隣には、淡い桃色の髪をした男爵令嬢リリアが立っていた。

 彼女は涙を浮かべながら、殿下の袖をつまんでいる。


「僕は真実の愛を見つけた。アリアナ、お前との婚約は今日をもって終わりだ!」


 普通なら、ここで令嬢が泣き崩れる。

 あるいは怒り狂う。


 けれど。


「そうですか」


 私は小さく頷いた。


「では、婚約破棄の書類をいただけますか?」

「……え?」


 殿下が固まった。


「ですから、書類を。口頭だけでは正式な手続きになりませんので」

「いや、そういう問題では……」

「すぐに用意できないのであれば、後ほど書留として我が家に送ってください」


 殿下とリリアは共に大きく困惑の表情を浮かべる。

 彼らを無視して、言葉を更に紡ぐ。


「それから、慰謝料についてですが」


 私は鞄から一枚の紙を取り出した。


「婚約破棄に関する契約書、第七条をご確認ください」

「契約書……?」


 殿下が紙を覗き込む。

 そこには、こう書かれていた。


『王族側の一方的な婚約破棄の場合、レストン公爵家に対して、違約金として金貨五千枚を支払うものとする』


「……五千枚?」


 殿下の顔が引きつった。


「はい」


 私は微笑んだ。


「では、私はこれで失礼しますね」

「待て!」


 殿下が叫ぶ。


「お前は悔しくないのか!?」

「何がでしょう?」

「僕が……リリアを選んだんだぞ!」

「はい」

「だから、少しくらい……」


 殿下は言葉を詰まらせた。

 私は首を傾げる。


「殿下」

「なんだ」

「私、忙しいんです」

「……は?」

「明日の朝には領地の水路改修案について会議があります。今夜中に資料を確認しないといけません」


 会場が静まり返った。


「ですから」


 私は一礼した。


「婚約破棄については、どうぞご自由に」

「……」

「ただし、不都合はそちらで対応してくださいね」


 その瞬間。

 誰かが小さく吹き出した。


 それを皮切りに、会場のあちこちから笑い声が漏れ始める。

 自分に酔って、おいそれと出せない金額の借金を背負った彼ら。

 私も部外者なら笑っていただろう。


 殿下の顔が真っ赤になった。


「アリアナ! 僕を馬鹿にしているのか!」

「いいえ」


 私は首を横に振った。


「本当に、どうでもいいだけです」




 ◇


 私はレストン公爵家の長女。

 王都では「冷たい令嬢」と呼ばれている。


 理由は簡単だった。

 私は感情より先に、数字を見る。


 領地の収支。

 麦の収穫量。

 水路の維持費。

 税収。

 災害時の備蓄。

 人件費。


 王都にいる貴族たちが舞踏会で恋愛をしている間、私は領地の帳簿を見ていた。


 別に仕事が好きだったわけではない。

 ただ、父が言ったのだ。


『お前が次の領主になるなら、人間の気分より数字を信じろ』


 その言葉を守っていただけだった。




 ◇


 エドワード殿下との婚約が破棄された翌朝。

 王都の別邸で、私はいつもより一時間早く起きた。


「お嬢様。王宮から使者が」

「お断りしてください」

「まだ何も言っておりませんが……」

「どうせ婚約破棄の件でしょう?」

「はい」

「では、違約金の支払いをお願いするよう伝えてください」

「……承知しました」


 使用人が去っていく。

 私は朝食を取りながら、昨日の契約書を確認した。


 金貨五千枚。

 かなりの金額だ。


 だが、それ以上に問題なのは――。


「王都の小麦価格が上がっている」


 帳簿を見る。

 ここ三か月で、小麦の仕入れ値が二割も上昇している。


 おかしい。


 王国全体で不作になったという話はない。

 むしろ今年は豊作だ。

 なのに価格だけが上がっている。


「……誰かが買い占めている?」


 私は立ち上がった。

 婚約破棄なんてどうでもいい。

 いずれ、うちの領地にもかなりの影響が出てしまうだろう。


 今はこちらのほうが重要だった。




 ◇


 三日後。

 私は領地へ戻った。


 そこで待っていたのは、父だった。


「おかえり、アリアナ」

「ただいま戻りました、お父様」

「王子との婚約破棄は大変だったな」

「そうですね」

「悲しくないのか?」

「特には」


 父が苦笑する。


「お前らしいな」


 私は机に帳簿を広げた。


「それより、お父様」

「なんだ?」

「穀物の備蓄量を三割増やしてください」


 父の表情が変わった。


「理由は?」

「王都で小麦価格が不自然に上がっています」

「今年は豊作だぞ」

「だからです」


 私は帳簿を指差した。


「豊作なのに価格が上がる。つまり、供給量が市場に流れていない」


 父は黙った。


「買い占めか」

「おそらく」

「誰が?」

「そこまでは分かりません」


 私は一枚の紙を取り出した。


「ただ、これを見つけました」


 そこには、王都の穀物商人たちの取引記録が書かれていた。


「この三つの商会が、同じ日に大量の小麦を買っています」

「……」

「そして、その三商会の裏には」


 私は一つの名前を丸で囲った。


「王家御用達裏商会があります」


 父が息を呑んだ。


「まさか……」

「王家が小麦を買い占めている?」

「それなら、王都で価格を上げている理由は――」

「高値で売るためでしょう。直近で大金が必要になったのも原因かもしれませんね」


 私は淡々と言った。


「ですが、それだけではありません」

「何?」

「今年の冬、北部で大規模な寒波が予測されています」


 父が目を見開く。


「……そんな情報、どこから」

「気象記録です」


 私は三年前から集めていた記録を示した。


「北部の気温低下と積雪量には周期性があります。今年は危険です」


 もし私の予測が正しければ。

 冬になれば北部では食糧不足が起きる。


 そこで王家が買い占めた小麦を高値で売れば――。

 

 莫大な利益になる。


「ですが」


 私は首を傾げた。


「そんなことをしたら、どこに富が集中しているかなんて、すぐにわかるのに。報復が怖くないのかしら」


 私がそう呟くと、父が苦笑した。


「……お前、本当に婚約破棄されたことを気にしていないんだな」

「はい」

「王子より自領の食糧事情か」

「だって」


 私は帳簿を閉じた。


「お腹が空いた人のほうが大変でしょう?」





 ◇


 二週間後。

 王都から急使が来た。


「アリアナ様! 至急、王都へ!」

「嫌です」

「え?」

「仕事があります」

「ですが、殿下がお呼びです!」

「私は婚約者ではありませんよね?」

「……はい」

「私を呼び立てる正式な書面もありませんよね? では行く理由も義務もありません」


 使者が困り果てている。

 すると父が口を挟んだ。


「アリアナ。行ってやれ」

「お父様?」

「どうやら王都が大変なことになっている」


 私は少し考えた。


「分かりました」





 ◇


 王宮へ着くと、以前の舞踏会とはまるで違う空気だった。

 貴族たちが青ざめている。


「北部で大雪だ!」

「街道が閉鎖された!」

「食糧価格が三倍になっている!」

「備蓄が足りない!」

「この商会から大量に売られている分は、三倍どころではないぞ!」

「......この商会って、王家の――」


 私は目を細めた。


 やはり。

 予測通りだった。


 そして国王陛下の前には、エドワード殿下が立っていた。

 その顔には疲労が浮かんでいる。

 だが、食料はしっかり取れているのだろう。

 疲れはみえるものの、それ以外は普段通りだ。


「アリアナ……」

「お久しぶりです、殿下」

「君に頼みがある」

「お断りします」


 即答した。


「まだ何も言っていない!」

「食糧の件でしょう?」


 殿下が黙る。


「レストン領には十分な備蓄があります。ですが、無償では出せません」

「金なら払う!」


 やはり。

 裏でしっかりと動いていたようだ。


 さきほど議論に上がっていた、とある商会から暴利で売られている食料。

 これこそが資金源であろう。

 そして、蓄えた食料量と今出回っている分を考えると――。



「違います」


 私は一歩前へ出た。


「必要なのはお金ではありません」

「では何だ?」

「王家御用達商会の帳簿を公開してください」


 部屋が凍った。


「……何を言っている?」

「王家が小麦を買い占めていたことは把握しています」


 国王の顔色が変わる。


「誰から聞いた」

「誰からでもありません」


 私は書類を差し出した。


「私が調べました」


 そこには商会の取引記録。

 そして王族関係者の署名。


「これを公表すれば、国民は王家を信用しなくなるでしょう」

「脅すのか?」

「いいえ」


 私は首を横に振った。


「提案しています」

「何を?」

「王家が買い占めた小麦を、適正価格で放出してください」


 もちろん、今ある分全てです。

 その言葉は静まり返った部屋中に響いた。


「……」

「そうしたら、レストン領の備蓄も市場へ流します」


 殿下が呟く。


「なぜ……そこまで」

「簡単です」


 私は答えた。


「人が死ぬと、領地経営が大変になるので」

「……」


 国王が頭を抱えた。





 ◇


 その後、王家御用達商会の不正は明るみに出た。

 王家による直接の指示ではなかったものの、エドワード殿下の側近たちが関与していたことが判明した。


 そして。


「第二王子エドワードを王太子候補から外す」


 国王はそう宣言した。

 理由は、商会との癒着だけではない。


 婚約者であった私との契約を軽視し、違約金の支払いすら拒もうとしたこと。


 そして危機に際して、自分で解決する能力がなかったこと。

 即ち。

 とかげの尻尾切り。

 王家の信用回復の為の生贄されたのだった。




 ◇


「アリアナ」


 国王が私を見る。


「レストン家に、今回の食糧支援への褒賞を与える」

「ありがとうございます」

「何か望みはあるか?」


 私は少し考えた。


「では」

「うむ」

「今後、王宮から私への急な呼び出しを減らしてください」

「……」

「あと、領地の水路改修費を少し」


 国王が笑った。


「お前は本当に欲がないな」

「あります」


 私は即答した。


「予算が欲しいです」





 ◇


 王宮から帰る馬車の中。

 私は一人の青年と向かい合っていた。


 レオン。


 レストン領の財務官だ。

 幼い頃から私の補佐をしてくれている。


「アリアナ様」

「何?」

「婚約破棄されて、よかったですね」


 私は眉をひそめた。


「どういう意味?」

「殿下と結婚していたら、今頃あなたは王宮に縛られていたでしょう」

「……確かに」

「領地にも来られなかった」

「……そうね」

「私も、あなたの補佐を続けられませんでした」

「それは困る」


 私は真剣に答えた。


「レオンがいないと帳簿の整理が大変だから」


 彼は苦笑した。


「そこです」

「何が?」

「あなたは、そういうところです」

「?」


 レオンが窓の外を見る。


「私は、あなたが好きですよ」


 馬車が揺れた。

 私は固まった。


「……仕事仲間として?」

「違います」

「幼馴染として?」

「違います」

「では……」

「女性としてです」


 私は黙った。

 頭の中で計算する。


 レオン。

 財務能力、非常に高い。

 誠実。

 健康。

 家柄も問題なし。

 領地経営にも理解がある。


「……条件としては悪くないわね」

「条件?」

「結婚相手として」


 レオンが目を丸くする。

 私は少しだけ笑った。


「それなら、婚約してみる?」

「……本当に?」

「ええ」

「理由を聞いても?」

「あなたが必要だから」

「それは嬉しいですが……」

「それに」


 私は窓の外を見た。

 雪が舞っている。


「これから忙しくなるでしょう?」

「ええ」

「だったら」


 私は手帳を開いた。

 新しい予定を書き込む。


『来月、レオンとの婚約について父に相談』


 そして、その隣にもう一つ。


『南部水路改修計画、開始』


「仕事のできる人が隣にいると助かるもの」


 レオンが笑った。


「では、死ぬほど働かされそうですね」

「嫌なら婚約破棄してもいいわよ」

「しません」

「どうして?」

「あなたが好きだからです」

「……そう」


 私は少しだけ頬を赤くした。


「それに、婚約破棄して破滅した人をこの目で見ましたからね」


 そう言って彼は笑った。

 釣られて、私も少しだけ笑顔を見せる。

 一通り笑ったら、一言。


「では、よろしくお願いします」


 婚約破棄されたあの日。

 私は何かを失ったと思っていた。


 けれど、よく考えてみれば。

 失ったのは、私の人生を決める人だけだった。


 代わりに手に入れたのは。

 自分で決められる人生だった。


 私は手帳を閉じる。

 最後のページに、こう記した。


『婚約破棄――結果的に成功』


 その下に、小さく付け足す。


『ただし、違約金五千枚はきちんと回収すること』


 私は満足して、馬車の窓から外を眺めた。

 雪の向こうに、私の領地が見えている。


 明日も仕事だ。


 ――そして今度は。


 誰かに決められた未来ではない。

 私が選んだ未来を、私自身で作っていく。


 それでいい。


 そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。