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その5 勇者、貢がれる

 天涯孤独のアレクトにとって興味がある人間などドロウィッチただひとりだけ。その他全ては役に立つか立たないか。有象無象だ。


 アレクトは優しい声を出しながら、フィーダの両手をそっと握った。


「フィーダ。ぼく、君のこともっと知りたいな……どんなに実用性がなくたっていい。ぼくの知らない魔法、もっと教えてくれる? 君って天才だからどんな魔法でも使えるんだろうし。ぼくは魔法を覚えるのが好きなんだ。君と新しい魔法について語らう時間はワクワクするし、かけがえがないものなんだよ」

「えっ……♡」

「君と思う存分時間を過ごしてから、ぼくは君の思い出を胸に旅立とうと思う」

「(この女! アレクトさまが魔法オタクなところがあるのを逆手に取って……!)」


 怒りに震えるシャルロッテと裏腹に、ヘンリエッタはしょんぼりした。

 しょんぼり、とは言っても計算され尽くした困り顔で……落ち込んだ瞳をうるうるとさせてアレクトの同情を引こうとしているのだが。その内心が全く嘘ではないとはいえ、演技派である。


「(そうだわ、わたくしにもフィーダと同じように明かしていない手札がある! それに勇者の剣の加護があるアレクトさまには本来わたくししか使えない聖女の魔法だって使えるのだから……門外不出の神聖忘却魔法や、人の思考を操る天使の呪文だってお使いになれる。宗主国の秘技なんて魔道大国の人間が知るはずもないし、フィーダは天才だけどあくまで誰にでも使える魔法に詳しいだけ……! フィーダから知れる魔法なんて、たくさんの魔術師に当たればいつかは学べるもの。でもわたくしの知るものは違う!)」

「勇者さま、私は魔法が使えないつまらない人間ですけれど……でも、でも……」


 考えを募らせている間にヘンリエッタが勇者に接近し、卑屈を見せて媚びている。

 「おっとりとしたお優しい聖女様」というロールは恋の道においてどうも出遅れしか招いていない。


「ヘンリエッタ、自分のことを卑下しないで。ここまで君とは肩を並べて戦ってきた。どんな屈強な男にだって出来なかったことだよ。魔王の攻撃を受け止め、ぼくが最後に一撃を切り込む隙を作れたのはヘンリエッタだからできた事じゃないか」

「勇者さま……!」


 アレクトとしては、もはや面倒だったがここまで来てボロを出すわけにはいかない。あくまで旅の時と同じ優しい男でなくてはフィーダから一切合切を聞き出す信頼関係がなくなるかもしれないと思えばいくらでも取り繕えた。

 うっとりとしたフィーダからぱっと手を離し、今度はヘンリエッタの頭をポンポンと撫でる姿はまさしくハーレム勇者のそれだった。


 嫉妬に駆られたシャルロッテは、切れない……いや、切らない手札など手足も出ないことと同義だと思った。

 それすなわち、ライバルたちに敗北を認めるのと同じ。


 愛する人を振り向かせるためなら……この世界でたったひとりの、神の加護を持つ高貴なる聖女にふさわしい、剣に選ばれし勇者を手に入れるためならば何をしたっていい。

 宗主国に足りないのは勇者の権威である。勇者の剣を持つ王国、人間の身にして魔王に匹敵する魔法を発展させてきた魔道大国に比べてただ創造神を信仰しているだけの宗主国はやや立場が弱い。シャルロッテは父である教皇に勇者を必ずやモノにしてこいと厳命されていたのだ。


 いや……それを抜きにしても、ひたむきな努力家で、真っ直ぐな心根を持つアレクトのことをシャルロッテは愛していた。姫たる自分にちっとも振り向かないことで逆に恋の炎は燃え上がり、分け隔てないように見えた博愛の精神は聖女すら感服物だった。

 そしてアレクトは、女三人連れて旅をしても一度も「清潔さ」を失わなかったのだ。清らかたれと育てられたシャルロッテにとってそれは好ましい要素だった。


 アレクトは女たちに鼻の下を伸ばさない、ぼうっと顔に見惚れることもなく、薄手の衣装を着てもチラチラ見たりしない、どれだけ戦いにおいて生命の危機に晒されたとしても本能的なものさえ見せもせず。


「……勇者様」


 ……単に、アレクトのアレクトはドロウィッチ以外に反応できないほど幼少期に強烈な印象を抱いていた不能だっただけなのだが……。


「勇者様、わたくしにだって……まだお見せしていない秘術がありますわよ。門外不出の奇跡……人の記憶を操り自在に書き換える神秘、天使から授かった思考誘導魔法、他にも沢山……決して外に漏らしてはならないものたちですが、他ならぬ勇者様にならお教えすることならきっと神も許されましょう」

「え?」

「あぁ。洗脳、と言い換えてもいいかもしれませんね。いかなる人間をも傀儡にできる天使の魔法……他にも、聖女の祈りによって土から死をも恐れぬ神の兵を作り出す魔法。勇者様、シャルロッテから神聖なる奇跡を学んでみませんか?」

「本当かい、シャルロッテ」


 アレクトの温度のない目は、ちらりと熱を宿した。

 真実、アレクトはその時シャルロッテに全集中していた。


 聖女はこの世にただひとり。聖女が聖女でなくなった時、あるいは聖女が死んだ際、神は新たな聖女を十年以内に選定する。

 すなわち聖女の魔法はシャルロッテからしか得られない。

 そして、シャルロッテはドロウィッチに会ったことがない。

 シャルロッテの魔法は愛執の君に捧げるにふさわしいプレゼントだ。


 すなわち、アレクトにとっては千載一遇のチャンス。アレクトはシャルロッテの差し出した手を情熱的に取り、その手の甲にキスをした。勇者の魔法と聖女の魔法、両方を持ち合わせるならばドロウィッチがきっと黙ってはいないだろうと夢想する。


 熱っぽくシャルロッテを見る目は、目の前のちっとも胸のない女を通して……溢れかえるほどに豊満で謎めいた、妖艶な女だけを見ている。


「ちょ、ちょっとぉ! シャルロッテってばずるい! ボクにだってあるよ! 魅了のおまじないどころじゃない禁忌の魔法! ぜーったいに誰にも教えちゃいけない、ボクが最後の継承者って呪いがねー! ねぇねぇユーシャさま、世界を救ったキミなら教えていいはずだよね! ボクのはすごいよー? 

その名も『偽・死者蘇生』! 死体を操る魔法! ネクロマンサーになる魔法! あとあと、付近一帯の人間をみーんな不治の病みたいにして、流行病で全滅したように見せかける『無血の支配』! それからそれから、人間を生贄に捧げることで自分の魔力を回復する魔法! コスパ悪いけど、別に味方を犠牲にする必要なくってさー! 戦争の時に敵国で魔法をぶっぱなす時に敵国の一般人を一網打尽にしながら魔力回復するやつ! ヤバすぎて名前ついてないんだけどさー、あはは! でもユーシャさまになら教えちゃう! ぜーんぶ!」

「ちょっと、何を言っているのです? 今わたくしがアレクトさまと素敵な勉強会をですね、」

「確かにシャルロッテの天使の魔法なんてボクには使えないよ? でも、この世界の誰もボクの虐殺魔法を知らないよ? だって、この魔法は戦争が起きた時に備えて魔道大国のイチバンだけが代々継承してきた呪いの言葉なんだもーん! 世界が平和になったから、本当ならボクで最後にしちゃおうかなって思ってた。でも、アレクトになら教えていいよ。魔道大国の全ての結晶、血に濡れた文字で書かれた冒涜の記録……ね、ボクの魔法はボクの中にしかないよ。シャルロッテの魔法は次の聖女だって使えるでしょ?」

「なッ」


 シャルロッテが狼狽えたのが答えだった。


「フィーダも、ぼくに教えてくれるの?」

「もっちろん! 手とり足とり、おはようからおやすみまで魔法尽くしの時間を過ごそうよー!」


 アレクトは両方ともの魔法を学びたかったので、ここでどちらかを選ぶ訳にはいかなかった。

 うまいことなだめすかしてふたりから根こそぎ学習したかったし……出来るなら、本当にもう隠している秘術がないのかを聞き出したかった。


 とはいえ、アレクトは勇者に選ばれる程度には「悪意ある人間ではない」。洗脳できる魔法を覚えようが、病気に見せかけて人を殺せるようになろうがそれを実際に使おうとは思わない。

 現に、アレクトは魔王から「魔界置換魔法」……すなわち、瘴気を出す魔法を習得したが当然使う予定はない。


 ドロウィッチに簒奪してもらったあとはどうなろうが知ったことではない時点で真の意味での「善良」ではなかったが。


 幸い、勇者による大量虐殺は起きないのである意味勇者を愛している女たちの見る目は正しい。


「さっきも言ったね、出発を遅らせるって。参ったよ。負けたよ、君たちの熱意には……」


 アレクトは困り顔で頭を搔き、旅の時のように穏やかで心優しい勇者アレクトの振る舞いをエミュレートし始めた。


「(やりましたわ! 邪魔な女までは排除できなかったけれど、過ごす時間が長ければ、きっと……! そうだわ、アレクトは権力も金も興味がないけれど、権力を使えば世界中からたくさんの魔術師を招聘できるのだからただわたくしの隣に座っているだけで新しい魔法を学べる環境にあることをお伝えしなくては……戦争好きの魔道大国と違ってうちは敵対国がない。世界中に声をかけられる!)」

「(やったー! 本当はマンツーマンがいいけど、アレクトはみんなに優しいところもアレクトらしさだもんねー! でも、お上品な聖女にはないキョーレツな記憶でボクにゾッコンになってもらうしー! そうだ、ヤバすぎて言えてなかったボクオリジナルのホントの切り札も教えちゃおう! そうしたら聖女なんて目じゃないに決まってる! えへへ、重力操作で人間ぺちゃんこパンケーキにできる魔法! 加減間違えたら仲間も自分も皆殺しになっちゃうしー、魔王との戦いはヨユーだったから封印してたけど、もう本気で戦うことなんてないからいいよねー。残ってる魔物なんて雑魚ばっかりだしー)」

「(魔法の使えない私には、何も……教えられることは何も無い、けれど。アレクトさまは学んだ魔法をすぐに上手に使いこなせる。ということは、学ぶだけ学んでしまえばあの二人は用済みの出涸らし! 旅立たれる時に改めて同行を申し出たらいいだけのこと! あんな危険な魔法を使える人間を傍に置きたいものですか! 魔法が使えない……つまり私が最も安全で、力仕事もできるベストパートナーに決まってる! 

よし、ここはむしろふたりをサポートして、アレクトさまに喜んでもらおう! あのふたりの優位性がなくなるまでぜーんぶ吐かせる! そうしたら、もうアレクトさまを誘惑できないし……ふふ、どんなすごい魔法だとしても、ご自分が使えるなら対処もできるだろうし! ふたりに魅了するような魔法があったとしてもそれももう効かなくなるんだ! なんて名案なんだろう!)」


 それぞれの思惑が交差する中。

 聖女と魔女はそれぞれの危険な手札のありったけを……ヘンリエッタの巧妙なアシストもあって……すべて吐かされ、学習され。


 その代わりに、わずかばかりに距離の近い想い人を堪能した。

 理想の騎士のように紳士的な想い人にすっかり骨抜きにされたシャルロッテとフィーダ。

 勇者パーティに抜擢されるほどのふたりはそれはもうとんでもない数の魔法、もはや人類を滅ぼせるような禁忌技ばかりを吐き出し、カラッカラの出涸らしとなったのだ。


 本人たちは人生で最大にツヤツヤとしていた……もちろん、ドロウィッチ以外に不能なアレクトがなにかした訳ではない……が。


 めくるめく日々を過ごし、アレクトはふたりの魔法を学習できるだけ学習しきる。

 そしてある朝。


 三人はアレクトはこっそりとひとりで旅立とうとしていたのを目撃してしまう。

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