その4 勇者、人でなし
「アレクトさま、あなたはその人のことをすごく大事に想っているんですね」
ヘンリエッタは誰が聞いても「羨ましい」と聞こえる声色で言った。
「でも、私も勇者さまのことが大事なんです。ここまで道ずれだったんですから、少しくらい長引いてもいいじゃないですか。私は人より体力に自信があるので、弱音を吐きません! どんなハードスケジュールだとしてもお傍に。勇者さまはお強いけれど……魔王との戦いは終わったばかり。まだまだ平穏な世の中ではありません。おひとりでは心配なのでどうか、連れていってください!
みなさんみたいに器用に魔法は使えませんが、ヘンリエッタは降りかかる火の粉を払うのが得意です!」
「な……っ!」
シャルロッテは所詮平民あがりの娘が、言外にほかのメンバーでは本気の勇者のペースについていけない、自分なら問題ないと言ったことにわなわなと震えた。
そこにすかさずフィーダが口をはさむ。
「体力なんてボクの魔法でいくらでも増強できるよー? 勿論あとからその分疲れるとかもナシ。ただちょーっと本人の魔力を消耗しちゃうからいつ戦うかわからない魔王討伐の旅で使わなかったけどね! あ、ヘンリエッタみたいな魔力がちょっぴりの脳筋女は使って瞬間干からびちゃうからやめとくね。でもご自慢の体力があれば全然大丈夫だもんねー?
ねぇユーシャさま、体力増強の魔法を使えばボクはヘンリエッタよりもずーっと頼りになるよ? ヘンリエッタより大きな斧を振り回せるし、回復魔法なんて怪我しなきゃいいだけだし、ユーシャさまの魔力があれば夜も、夜も寝ないでいいかも……えへへ~」
「(なんてはしたないの……)」
「……フィーダ、君は本当に天才なんだね。三年間も一緒に旅をしたのに、まだぼくの知らない魔法が使えるんだ?」
「そうでしょー? ボクって天才だから! 勿体ぶってたわけじゃないけど、ユーシャさまが強すぎて使わなかった手札がまだまだあるよぉ! そうだ、ユーシャさまは熱心に魔法の勉強してたよねー? ボクの魔法は血筋とか適正とか関係ないし、誰でも使えるようになるよー? 聖女さまの神聖魔法は……なぜかユーシャさまは使えちゃったけど、本来は神さまに選ばれた清らかなる処女(笑)しか使えないんだもんねー?」
「……いやですわ、ここまで旅してきた仲間をそのようにからかうなんて」
再びシャルロッテは平民あがりの娘が、今度は割とストレートに勇者を誘ったので顔を赤らめた。
恥じらい二割、怒り八割である。
聖女としての矜恃で口をつぐみつつ、いかにも初心で恥じらいを見せる少女の顔をしながら彼女の握りこぶしは小刻みに震えていた。
フィーダは聖女であるシャルロッテが保持しなければならない処女性を嘲笑い、自分は勇者と懇ろになっても戦力として問題ないと牽制していた。
「フィーダ、そんな下品な発言でマウントをとるなんてよくありませんよ」
「下品? ヘンリエッタは知性のかけらもない獣みたいな思考回路のくせに。ボク知ってるんだぁ、ヘンリエッタって個室の宿屋に泊まれると、夜な夜なしっぽり……」
「およしなさいませ、フィーダ。仲間のプライベートを辱めるなんてそれでも誉れ高き勇者パーティの人間であると自覚があるのですか?」
「ちぇっ、シャルロッテは真面目なんだから」
もちろん、聖女としてライバルをフォローしたくて助け舟を出したのではなく、自分もヘンリエッタと同じく日中の勇者を想ってふけっていたのをばらされてはたまらなかっただけなのだが。
アレクトは無感動な目でフィーダを観察していたが、フィーダの手札に知らない魔法があるのならシャルロッテにもあるに違いないと気づいた。
「うん、決めた。出発はちょっと遅らせるよ。こんなに皆が心配してくれているのに振り払って出ていくなんて不義理、ぼくにはできない」
アレクトの声色や表情は魔王討伐の旅をしていた頃のように優しく、穏やかな勇者のそれに戻っていた。
女たちを見る目は路傍の石ではなく、もっと熱っぽいような……かけがえのないものを見るような。
もちろん、真意としては彼女らの手札を絞り尽くせるだけ絞りとり、完全なる用済みにしてから旅に出た方がドロウィッチにとって二度手間でなくなるだろうから、という打算なのだが。
オリジナルたる女たちから直接ではなく、自分から魔法を奪って欲しい、という独占心の発露でもある。
かつてアレクトはドロウィッチに「ボウヤの魔法はいらない」と言われたことをよく覚えていた。
つまり当時の自分が覚えていた初歩的な魔法なんてとっくに簒奪していたという意味だ。
簒奪したことのない珍しい魔法で自分を満たせば、きっと今度は奪ってくれるはず……アレクトはそれだけの動機で勇者としての旅を完遂させたのだ。
アレクトにとって都合のいいことに「勇者の権能」は理不尽なので、「見て学習した」その瞬間には本人レベルの習熟度で使えるようになるので学習してしまえば最早オリジナルは不要。アレクトは「無自覚の簒奪」とも言える勇者の能力を気に入っていた。
なお、魔法が使えないヘンリエッタにも分け隔てなく優しくしていたのには理由がある……そもそも、ヘンリエッタは貴重な魔法の生き字引たるフィーダとシャルロッテを魔の手から守るための肉盾としての採用だった。
魔法が使えないゆえに搦手の使えない彼女に寝込みを襲われてもたかが知れている、というのもある。
アレクトにとって、容姿……厚化粧かどうかなどどうでもよく、武人ゆえに実直で、実直故に行動が読みやすいヘンリエッタは……彼女の思惑ではないが、最も純粋に仲間としての評価が下されていたのは皮肉だ。
つまり、ある意味空気のように透明で、魔法を教えてもらうためのご機嫌取りも必要ない。平民出なのでシャルロッテのように顔色を気にしたり周囲の目を気にしたりなどいちいち手間のかからない上に本人に前衛ができる頑強さがあるという、大変便利な女だと認識していたのだった。
恐れられる魔女フィーダも、崇められる聖女シャルロッテも、アレクトにとっては新たな魔法を知るためのラッキーイベントアイテムでしかなかった。
その点、純粋に仲間だと思われていただけヘンリエッタは有利なのか。
いや。
あくまで、「便利な辞書」「レアなアイテム」なのか「利用しやすい人間」なのかという違い。




