その3 勇者、まとわりつかれる
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世界の危機が来た。
世界の半分が汚染され、人々の故郷は失われた。
絶望と嘆きが募る中、大いなる希望が立ち上がる。
そして、……あっけなく世界の危機は打ち払われた。
それを為したのは、たったの四人。
勇者に認定された青年……勇者アレクト。
宗主国の清らかなる聖女……回復魔法の名手であるの姫君シャルロッテ。
魔導大国の魔法を統べると言われるほどの腕前を持つ魔法使い、天才魔女フィーダ。
あらゆる武術をおさめ、天才の中の天才と呼ばれる闘士ヘンリエッタ。
勇者は加護を与えられるたった三人を連れて旅立ち、見事「魔王」を打ち倒したのだ。
「魔王」亡きあと、無事に「瘴気」は消え、かくして世界は美しい秩序を取り戻した……。
が。
「勇者さま……!」
早足で王都の外壁に向かって歩く勇者を最初に呼び止めたのは勇者と同じ王国出身のヘンリエッタだった。
「あぁ止めないでくれ。ぼくの旅はまだ終わっちゃいないんだ」
世界を平和にしたというのに勇者は、恩人探しの旅に出たいと言い張った。
腰を落ち着け、後継を作るように期待されているのを知らないわけではないだろうに。
……そもそも彼は魔王討伐の旅すがらも人探しをしていた。
が、「魔王」を倒すまでに見つからなかったので、最大の障害を退けた今、思う存分探したいらしかった。
聖女の父親たる教皇や勇者の血を引き入れたい王国、彼の恩恵にあやかりたい商人などがこぞって探し人の特徴を聞き出し、多くの人を使って捜索したが見つからず。
直接勇者には言わないが、もはやその人物は乱世に巻き込まれて亡くなってしまったか……あるいは、そもそも「恩人」など存在しないか。
そう思われるほど大規模な捜索が行われていたのだった。
勇者は、かつて野盗によって滅ぼされた辺境の村出身である。
当時少年だった勇者を救った恩人たる「魔女」。
彼の探し人は勇者の記憶の中にしかいない、「魔女」である。
手掛かりはわずか。
魔女ならば、どんな魔法が得意なのか……それは「魔法の簒奪」らしい。
言うならば魔法の泥棒であるらしい。
魔女。つまり性別は女性。勇者が少年だった頃に、すでに成人を過ぎた年齢だったこと。
背が高く……ただし、勇者がまだ子どもだったことによる主観のせいかもしれない……絶世の美人である、と。
勇者は旅立つ前から恩人を探したいと強く望んでいた。
とはいえ。
全てが燃やされてしまっていた現場を推察するに、そもそも野盗は村に火をつけた際に酔っぱっていたことが原因で誤って全滅したのではと思われていたし、そうでなかったとしても勇者になるべくして生まれた少年がその潜在能力を発揮して野盗を撃退したのではないかと考えられていた。
ゆえに、半ば「魔女」が実在しているとは考えられてさえいなかったが……勇者は決してそれを受け入れようとはせず。
全ての褒美、全ての立場、全ての婚姻を断ってまでもまた旅に出たいと切望していた。
強引に王城を出て、そのまま王都を出ていこうとするくらいには。
それに黙っていないのが、勇者のパーティメンバーだった……至高の才を持つ三人の女である。
これまで、その分野において並び立つ者のいなかった至高の天才たち。
勇者アレクトは彼女らの才能を上回るほどの力量を持ち、かといってひたむきな努力を惜しまず、性格も実直で、それらの能力に見合った整った容姿を持つ青年に好意を持たないはずもない。
旅のさなかも、非常に熱心に新しい魔法の習得に打ち込み、知らない魔法があればすぐに習得を目指し、実際に自分のモノとする姿は好ましかった。
かと思えば「勇者の剣」の持つチカラを引き出せるように素振りなどの剣の稽古も欠かさず。
実戦においても危険をものともせずにいの一番に魔物を打ち払う勇ましさ。
前へ進むために惜しまない努力は、同じく努力家であった女たちには魅力的に映った。
努力の末、しなやかな筋肉の覆われた細身の身体。
自分以外が年頃の娘というパーティでも少しの色恋沙汰を起こさない清潔感。
そしてその爽やかで整った顔つき。
ひとつ持っているだけでも好ましいのに、それらすべてを持ち合わせている勇者さま。
行く先々で手を差し伸べ、危機から救うごとに現地の娘たちはこぞって勇者に迫ったものだ。
三人はその時ばかりは息ぴったりの連携を見せてやんわりと、しかし有無を言わさず追い返したものだった。
ところが例に漏れず、勇者に惚れた女たちは、思い出の「魔女」に取られてたまるかと嫉妬の炎を燃やしていたのである。
村娘が手紙を持って勇者を覗いている時、勇者の想い人が自分であるかのように振る舞って諦めさせたフィーダが!
町一番の美女がその豊満な肉体で勇者を籠絡しようとしたとき、清らかなる乙女の清楚な姿こそ勇者の好みであると吹き込んだシャルロッテが!
一世一代の決心を込めて、偉大な旅に同行を申し出ようとした女剣士を素手で叩きのめして諦めさせたヘンリエッタが!
今や、あの手この手で諦めさせてきた女たちと同じように置いていかれようとしているのだ。
なお、当の勇者は、「魔女」が非常にナイスバディであることはひた隠しにしていたのだが。
もちろん三人の女の胸囲は言わずもがなである。
彼女たちはそれぞれの分野で天賦の才を持ちながら幼いころからの努力を惜しまず、少なくない苦労の末に「至高の天才」に至った。
……そのストレスまみれの生活は彼女らにさらなる「重荷」を負わせなかった、ただそれだけである。
この経歴の勇者の性癖が貧なる乳のはずがない。
「いいえ。止めるだなんてそんな。私たちは勇者さまの仲間なんですから! 勇者さまの恩人を探す旅にぜひ、このヘンリエッタを同行させてください!」
ヘンリエッタはぱっちりした目をうるませて叫んだ。
旅が始まった頃より、大きな目を強調するアイラインや頬を染めるチークの腕前はずっと上がっていて……頬を上気させて愛する人に縋る、健気な娘が見事に演出されている。
そもそも、武に優れた彼女なら勇者を追跡することは容易だ。
だけどその手を無理に掴んで引き寄せることは乙女心がゆるさない。
ただ、健気にも声をあげることしかできないのだ。
そしてあわよくば許可を得て、抜け駆けの挙句になし崩し。
短絡的なヘンリエッタは頭の中の方程式に満足し、次からはよりうるうるとした瑞々しい瞳に見えるように化粧を調整することに決めた。
「ユーシャさま、水くさいよ! ボクもユーシャさまと一緒に行くんだよー! だいたい、筋肉バカのくせに小賢しいことばっかり考えてる辛気臭い女と一緒だとユーシャさままで暗くなっちゃうよー! ここは天才ウィッチなボクも一緒にだね、魔女を探すには魔女をだね、利用してだね、そもそもボクの方がずーっと優れた魔女だと思うしさぁ。ボクに使えない魔法なんてないよ? 簒奪魔法だって使えるし、内緒にしてたけどボクって禁忌の魔法もぜーんぶ使える天才ちゃんなの!
お望みなら、ユーシャさまになら門外不出のおまじないも見せてあげようかー? ぐふふ、ボクのとっておきの魅了魔法、とか!」
追撃、いや。
ヘンリエッタを踏み台にするようにたたみかけたのは天才魔女のフィーダだった。
溢れる自信を隠すこともできない彼女は、ただ好きな男に「好いている」ことを伝えることができなくて……天才の自分が自信満々に口に出せないことがあることを面白がり、気づけばドツボにはまっていた。
アレクトが探し求める「魔女」より自分の方が優れているとアピールしながら、ヘンリエッタのことを鼻で笑った。
「魔女」を追い求め、魔法の習得に余念のない勇者の恋人は自分の方がふさわしいと心底信じ切っていたので。
そのためになら魔導大国の秘術の一端を勇者に見せてもいい、とまで考えていた。
「辛気臭いとは何ですかこの女狐!」
「女狐とはなんだよー、このぶりっこ女! 辛気臭いし、化粧臭い! どれだけ厚化粧してるのさー」
「あ、厚化粧とは失礼な!」
「かわいいボクは化粧なんて要らないなー」
「怪しい呪術で魔物の生命力を吸収しているからでしょう!」
「ゲッ、何で知っているのさ……」
「気配を消すことくらい朝飯前です! 魔法なんて使わなくてもね!」
「日に日にぶりっ子に気合入ってるヘンリエッタは一番最初にオバサンになっちゃうねー?」
「口が過ぎます! そもそも同い年ですよね?!」
愛する勇者を前にしてキャットファイトを繰り返すのも、旅ではおなじみのことだった。
旅の途中では眉を下げた困り顔で仲裁に入っていた温厚な勇者だったが……。
今は近寄ろうともせずに無表情で言い合う女たちを眺めているだけだった。
「喧嘩はやめなよ、みんな仲良しが一番だよ?」などと言いながら彼女たちを握手させ、喧嘩をやめればふにゃりと笑って見せる……もちろんそんな穏やかなところも女たちを虜にした一因だったのだが。
今はただ温度のない目をして、路傍の石ころでも見るような目で見やるだけ。
が、アレクトの様子が変わっていることにライバルを蹴落とすことに夢中な女たちは気づかない。
「ま、まぁまぁみなさん抑えてくださいまし。争いはよくありませんわ。
勇者様、ここはみなの心がひとつとなっている証明。すなわちわたくし、地の果てまでもお付き合いいたしますわ」
最後に声をあげたのは聖女シャルロッテだった。
一見、おっとりとした彼女は、しかし胸を焦がす恋に夢中なひとりの女。
生まれながらにして女神の加護を受け、王家の人間として何不自由なく育ち、欲しいものが手に入らなかったことがない彼女。
知らず知らずのうちにライバルたちのことを、その能力が高くとも所詮は平民出の有象無象にすぎないと考え、勇者は最後には高貴な自分を選ぶと確信していたのだった。
とはいえ、生まれながらの「聖女」であるのでそのような態度はおくびにも出さないけれど。
彼女たちが勇者の気を引こうと行動する度に無駄な努力、という言葉が脳裏をよぎるも清廉潔白な聖女の顔をして「いけないわ、はしたないわ」と胸の内でつぶやく。
「みんなが協力してくれようとするその気持ちは嬉しいよ。でも、もう大義名分も使命もない、勇者としてのお役目でもない。ただのひとりのアレクトとして恩人を探すだけの……ただの自己満足なんだ。分かってくれるかい。三年間の旅の中で色んなところを訪れたけどあの人はいなかった。あのひとはぼくより年上だから、一生を賭けて探すつもりとはいえグズグズしてはいられない。誰かのペースに合わせる気もなければ、危険を顧みる気もないんだよ。旅の仲間として美しい思い出のままでいたいなら、どうか着いてこないで欲しい」
アレクトは慎重に言葉を選んだ。
邪魔だ、着いてこないで欲しい。
その気持ちをはっきり口に出すには姫のシャルロッテの権力が孤児院育ちとして恐ろしかったし、いくら勇者の権威があったとしても各方面で顔が効くフィーダやヘンリエッタの恨みを買うのは得策ではないと分かっていた。
アレクトは彼女らが自分のことを仲間として尊重してくれ、出自など問わずに対等でいてくれたことには感謝していたが……あくまで「魔王を倒す旅」のために必要なだけの人物たちと割り切っていた。
そもそもアレクトが剣の儀式に参加し、勇者であるかどうかを知りたがったのは世界を救う高尚な気持ちがあった訳ではなく「勇者の魔法」や「魔王の魔法」に興味があったからだったし、……パーティの中では勝気で扱いづらいフィーダにも分け隔てなく優しくしたのは彼女が強力な魔女だったからにすぎない。
勇者として与えられた能力を存分に発揮し、アレクトは旅で目にした魔法を全て自分でも使えるように学習していた……聖女の回復呪文も、天才魔女の切り札も。
そうすることで簒奪魔法の使い手である恩人に「手土産」ができ、ドロウィッチが自分を狙ってくれるのならば再会の近道になるはずだと考えていた。
三人の女は、熱心に学ぶ勇者を見ても生真面目な性格によるものだとしか考えなかったが。
まさか、ただ見ただけ、なんなら話に聞いただけで習得できるほど勇者の権能が理不尽だとは知らなかったので彼女たちの過失という訳でもなかったが……。




