その1 勇者、脇目もふらず
「うっふ〜ん♡ アタシは泥棒ウィッチ、略してドロウィッチよぉん♡ じゃあさっそく、あなたの魔法も頂戴ィン♡」
風に揺れる炎に照らされて。
あのひとの長い髪が蛇みたいにくねっている、と思ったことを覚えている。
燃え盛る炎を背負った逆光の貴女は、この世の何より綺麗だった。
◇
「見事なり、勇者アレクトよ!」
歓喜が勇者たちを出迎えた。
それはすべての生命の存続が守られた日。
平穏の立役者たちは凱旋し、あらん限りの歓声が浴びせられた。
「たった四人で魔王を討伐せしめるとはまさしく英雄、伝説の勇者の再現なり!
しかも全員五体満足とは恐れ入る。まだまだ疲れているところだろうが、さっそく約束の褒美を聞こうではないか。あぁ何、先延ばしでも良いぞ! 存分に迷ってくれて良いのだぞ! 今日からゆうに一ヶ月は祝賀パーティーを国をあげて執り行うのでな! わはは! 勇者アレクト、万歳! 勇者パーティ、万歳! 万歳、万歳、バンザーイ!」
赤い絨毯が敷き詰められた玉座の間にて。
一段高い場所の玉座で笑う恰幅の良い男こそ、勇者たちに魔王討伐を命じた人間だった。
勇者アレクトがまだ小さな子どもだった頃……突如として闇より姿を現し、瞬く間に勢力を伸ばした「魔王」とその配下である魔物たち。
自分たち以外の全ての生物に侵略戦争を仕掛け、瞬く間に土地を奪い、多くの者を殺した。
大陸に点在していた国々はそれまで多少のいがみ合いがあったものの、明確な危機を前にして一丸となり、かつての「勇者伝説」の再来を目指した……。
古来より伝わる「勇者伝説」……邪悪なる存在を打ち倒した、聖なる信念を持つ者の伝説。
その者は決して《《信念を曲げず》》、己の正しさを突き通す。
正しい心を持ち、世界の危機を払いのける。
その勇者は王国に古くから伝わる封印されし「勇者の剣」を鞘から抜き放つことができるという。
それによって覚醒した勇者は強力な勇者の魔法を覚え、勇者の剣技は一騎当千となり、たちまちに敵を打ち払うと言われていた。
そして何より、勇者と勇者の加護を分け与えられるわずかな人間……当代の勇者は三人が限度だった……には魔王の軍勢が放つ「瘴気」が効かないのだ。
「瘴気」を吸えばたちまちに人間や動物、植物などの生き物は弱り、吸い続ければ身体の末端からだんだんと腐ってしまう。
「瘴気」がある限り、生物の生存圏は後退していくばかりだった。
古い伝説の通り、王国には「勇者の剣」は実在し、剣を保有していた国の王家こそ伝説の勇者の末裔とされていた……が、かつての勇者の血筋だからといって当代の勇者の素質があった訳ではなかったようで。
国王も王子も、はたまた姫君にも抜くことができなかった「勇者の剣」。
多くの猛者が挑み、我こそはと名乗りを上げ、国境をこえて現れた志願者たちはぞくぞくと列をなし、神聖なる剣を抜く儀式に挑んだ。
どのような武功を打ち立てた戦士も、素晴らしい魔法のレパートリーを持った魔法剣士も、尊い血筋の騎士様も、誰もが名誉のため……あるいは刻一刻と減っていく「生存領域」への危機感を募らせ勇者の剣へ挑んだのだ。
しかし、「勇者の剣」はピクリとも動かない。
その間にも小国は滅び、大国は目減りし、辺境から魔物に支配されていき……。
そして、とうとう王都の孤児院育ちの身寄りのない青年……アレクトが抜き放つことに成功した……。
すなわち、身分証明もろくにできない青年ですら神聖なる剣の儀式に挑戦できるほど時間が経ってから、ようやく「勇者」は発見されたのだった。
その頃には世界の半分が魔王の「瘴気」によって汚染され、不毛の大地となっていた。
やっと見つかった勇者の身分がなんであれ、もはや最大の支援をする他なく。
国の境界を超えて、勇者には至れり尽くせりの装備が与えられ、魔王討伐の暁にはなんでも願いを叶えると約束し……。
かくして、勇者アレクトと選りすぐりの天才たちは旅に出たのだった。
それから三年。
勇者アレクトが旅立ってから、魔王の軍勢の動きはほとんど停止していたことから優勢は明らかだったが……ついに。
勇者アレクトは帰城し、魔王討伐を宣言したのだった……。
「さぁ、言うてみろ。ひ孫のまたひ孫の代まで遊び暮らせる金でも、我が娘との結婚と玉座の予約でも、なんでも良いぞ。世界の半分を救った勇者に叶えてやれないことなど何もない! その権利がお前にはある!」
機嫌よく万歳を繰り返していた国王が我に返ると、勇者アレクトは周囲の笑顔とは裏腹に真剣な顔をしていた。
「まずその前に。ぼくは旅立つ前になによりも探して欲しい人がいるとの話をしていたのですが、あの件はどうなったのです?」
「うんん? おお、言うておったな。アレクトよ、お前が『魔王』と戦っている間も全世界で探し回ったぞよ。今時凶悪な指名手配犯でもやらないくらいにな! しかしながら……見つかっておらぬ。目撃情報はチラホラ上がるが、報奨金目当てなのかデタラメに近い、精度の低いものばかりだ。もちろん、今後も続けるが望みは薄いのではないか?」
途端、完全に表情を消し去った勇者はスックと立ち上がり、胸に手を当てて軽く一礼した。
「そうですか。でしたら、今後も続けてください。今の倍の人間を出してください。ぼくも自分で探しますので、……そうだ、人探しに金を出してください。それがぼくの願いです。今から出立いたします。あのひとを探さないと……」
「んんん? ま、待ちたまえよ、今日は盛大なパーティーを開くと言っておるに!」
慌てた国王が止めるも、アレクトは聞く耳を持たずにさっさと出ていってしまう。
一瞬、不意を突かれた勇者の仲間たちは出遅れたものの……すぐに勇者を追いかけて彼女たちも出ていってしまった。
「おおい、待たんか、おおぃ……」
静まり返った玉座の間には、国王のむなしい声だけが響いていた。




