01 斎木茂吉って知ってる?_01
「さて、……と。まぁ、ざっとこんなもんかな?」
今さっきまで布キャンバスに向って絵筆を走らせていた大藪英子は、そう呟くと木製のパレットの上に静かに筆を置いた。
テーブルの隅にある目覚まし時計をちらりと見ると、午後4時を少し回っていた。
もう、そんな時間か。シャワーを浴びていたら間に合わないかも、と英子は思った。
つなぎを脱いで下着姿になり、右手首の辺りから胸にかけて、クンクンと匂いを嗅いだ。
下着は、2日前の物をそのまま着ていたんだけどさ。
まぁ、……そもそも臭わなかったし。目立った汚れもなかったようだし。とにかくあまり時間もないので、濡れタオルで汗を拭くだけで済ますことにした。
履き心地のいいライトジーンズにお気に入りのTシャツ姿に着替えると、勢いよく化粧鏡の前に座った。
それから慣れた調子でちゃっちゃっと手早く化粧をすると、最後に鏡に向かってニッコリと微笑んだ。
うん、パーフェクト。今日の私もとってもかわいいと、英子は思った。
それから財布に手を伸ばして立ち上がって玄関のドアを開けると、下宿先近くにある母校のチャイムが清らかに鳴った。
「えぇ~っ、もうこんな時間!?」
英子はぼやきつつ、カンカンと音を立てながら階段を駆け降りてゆく。
最寄り駅の江古田から池袋行きの私電に乗ると、プラットフォームでも車内でも英子は注目の的だ。
吊革に掴まっていると、男性からだけでなく、女性達からもねっとりと全身に視線が絡み付くのを感じていた。
もしかして、私匂ってる?
さりげなく、左手首に装着した腕時計の皮ベルトに鼻を近づけてみたのだが、……。
どうやら平気そうと、……ちょっとだけ安心する。
本日の飲み会は、英子と仲のいい作家達との集まりだ。
英子は数年前に都内の美大の油絵学科を卒業して、現在はフリーター。
漫画や小説、イラストのたくさん載った同人誌「アナザーワールド」に、積極的にイラスト作品を投稿し続けていた。
正直な話、給料日前で財布がピンチでさ。本来なら不参加でも構わないのだけど。
でも、もしかしたらさ、有益な情報を得られるかもだし。とりあえず、何とか元を取らなくちゃだよねぇと、前向きに参加することにしたのだ。
そんな内心の葛藤をよそに、池袋駅東口にある、美術予備校近くの居酒屋に英子は入っていった。
「ねぇ~、英子。アンタさぁ、斎木茂吉って知ってる?」
「誰、それ?」
飲み会が中盤に差し掛かった頃、親友の緑子がおもむろにそう訊ねてきたんだけどさ。
でも、全く知らない名前なんだよなぁと英子は思った。
「魁!断筆姉さん!!」をお読み頂き、ありがとうございます!
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