8.追放聖女と隊長
「エーケ殿!」
馬に乗った兵士がエーケに声を掛ける。国を守る部隊長の一人だった。
「第三隊長様。無事で何よりです」
「エーケ殿、私は確認せねばならない」
隊長は剣を構える。その目には迷いがあったが、エーケから目を逸らすことはなかった。
「手短にお願いします」
「あなたは……」
隊長がそう問い掛けた瞬間だった。エーケは弾かれたように隊長に向かって飛び掛かる。あまりの素早さと気迫に隊長は身を反らした。
「何を!?」
エーケの拳は隊長をすり抜け、彼の背後にいた黒ずくめの格好の人影に命中する。倒れ込んだ黒装束の男の手から大型のナイフが落ちる。
「エーケ殿……」
隊長は背筋を冷やしながら、エーケに頭を下げる。
「助かりました。どこかの盗賊でしょうか」
「火事場泥棒であればまだ良いのですが……。この方とウリギラ様がお会いしているのを見たことがあります」
「なんと……では、この騒動に乗じて私を葬ろうと……」
「真偽はわかりません。拘束と連行をお願いします」
隊長はすぐに男を拘束し馬に乗せた。
「それで、隊長様。確認したいこととは」
エーケが隊長の目を見る。彼の瞳からは先ほどの迷いは消えていた。
「……現状確認です。エーケ様の把握している範囲で構いません」
「防壁が機能停止、飛行型と獣型の魔物が入り込んでいます。騎兵は走り回り魔物の注意を引き付けてください。私は遊撃隊として動きます」
「はっ!」
隊長はすぐに返事をし、走り出した。
「隊長様!」
エーケは駆け出した隊長の背に声を投げる。
「ありがとうございます!」
隊長は振り返らずに剣を掲げた。
エーケは理解していた。彼が追放された偽の聖女を怪しんでいたことを。しかし、それでも彼は何も言わずに協力してくれたのだ。
皆、頑張っている。私ももっと頑張らないと。
エーケは走り出した。
馬が地面を蹴る音が響く。エーケと別れた第三隊長は小盾と剣の柄をぶつけて音を鳴らし、魔物の気を引きながら走り回っていた。
彼は、エーケを見かけるまでは悩んでいた。追放された偽聖女。あちこちに現れた魔物。疑うべき相手は彼女なのではないか。そう考え、町内を走り回っていた。しかし、彼女の戦い、そして、彼女の真っ直ぐな瞳を見た時、それらは消え去った。
(疑った自分が恥ずかしい。あの方は誰よりも先に人々を守ろうと戦っていたのだ!)
「来い、バケモノども! 俺が相手になるぞ!」
隊長は声を張り上げ、魔物の群れに切り込んだ。