7.追放聖女と師匠
「いいですか。エーケ様。あなたはこの国の心臓です。あなたが倒れればこの町、この国に血液は運ばれなくなる。まずはそれを自覚してください」
エーケの護身術の師であるユンは強い口調で言った。
「はい」
「そして、緊急の際、自分の身を守れるのは自分自身だということも」
「はい。そして、聖女は魔物に狙われやすいのですね」
「ええ。祈り、奇跡、それらは不思議な力です。私の国では魔力と呼ばれ、潜在的な魔力が高い者は魔物によく狙われました」
「人々ではなく、私を狙うのなら好都合です。被害を抑えられる」
エーケの迷いのない言葉にユンはため息をついた。ユンは何か言いかけたが、黙って訓練用の木刀をエーケに差し出す。
「私が教えられるのは戦いだけです」
「ええ。覚悟の上です。お願いします!」
エーケは木刀を受け取ると頭を下げる。
「魔物の危険の話が出ましたが、この国を攻めたい敵なら、まずあなたを叩く。場合によっては杖の加護を遮られる可能性もあります。そんな時に頼れるのは自身の力、技、経験です。私は私の持つそれを、あなたに捧げます。それが流れ着いた私を事情も聞かずに保護してくれたあなたへの礼だ」
「感謝します」
「ふっ……。あなたならすぐに奇跡を使いこなし、身の丈ほどの武器を振り回せるようになりますよ」
エーケを囲む魔物は空に二体、地上に一体。魔物たちはすぐに飛び掛かることのできる間合いを維持しながら、エーケを中心にゆっくりと回っている。
エーケは構える。待ちの姿勢では救助が追いつかない。
攻めるしかない。
エーケは勢いよく踏み込むと、地上の獣に飛び掛かる。聖女の膝が獣の鼻を潰すと、倒れ込んだ獣を足場に彼女は空中へ跳び上がった。
空中にいる魔物の翼を掴んだエーケは素早く魔物の背に回り込み、脳天に拳を叩き込む。失神した魔物を蹴り付け、もう一体の魔物へ飛び掛かる。空中で前転するよう一回転すると、その勢いで加速した踵を魔物へ叩き付け、打ち落とした。
着地したエーケは周囲を見渡す。魔物の数は増える一方だ。国の剣士たちならば問題はないだろう。しかし、全てに手が届くわけではない。
少しでも多くの人々を救わないと。
エーケは拳を強く握りしめた。