5.裏切り者(1)
ウリギラは逃げる大臣たちに紛れて部屋から出ると、そっと裏口へ向かった。
面倒なことになった。賢者の杖に祈りを阻害する細工をしたが、まさかここまで早く奇跡の力が枯渇するとは。
エーケを追放し、頭の悪い妹を聖女に置き換えて裏でこの国の防衛権を掌握しようとしたが、一度、この状況を整えなければならない。
まずは身の安全を確保し、魔物たちの襲撃をやり過ごす。兵士たちが魔物を追い払い始めた後、横流しさせた死刑囚を禁術で祈りの力に変え、賢者の杖に注ぎ込み防壁を復活させる。その後は、シャーレが生きていれば担ぎ上げ、死んでいれば適当な女を聖女として当てはめる。
我々が賢者の杖の機能を復活させたとあれば、ある程度の地位に就いても国のものたちも納得するだろう。
用意していた逃げ道用の通路を通りながら、ウリギラは思考を巡らせていた。
私の生まれでは、この小さな国では管理委員会のある程度の役職になれても、それ以上は望めない。ならば、周りを陥れてでも実権を握る。この騒動で、多くの命が消えるかもしれない。しかし、それは私には関係のないことだ。私が全ての問題を解決し、消えた命に対して涙を流しながら「二度と同じことは繰り返させない」と訴えれば、愚かな国民たちは私に賛同するに違いない。
通路を進み、階段を登る、さらに通路を進むと、小さな扉にぶつかった。
ウリギラがそれを開ける。
扉の先には何もなく、下には堀の水が見えている。大昔の戦争で城が破壊された時の名残で、現在は何もない外壁に扉がついている状態になっていた。
ウリギラは縄を取り出すと、扉脇の鉄格子に括り付け、壁を伝って下へ降り始めた。堀の水に入り、少し泳いだところに洞窟がある。そこでしばらく様子を見る。
「私こそが、この国を治めるにふさわしいのだ」
ウリギラは声に出す。私は獣相手の匂い消しを持っている。魔物相手にも効果は確認済みだった。このままひっそりと姿を消して機を伺うのだ。
「キィアアアアア」
魔物の声が聞こえる。ウリギラが目を向けると、翼を持つ魔物がこちらに飛んで来ていた。
大丈夫だ。奴らは目はそこまで良くない。見つかるはずがない。
しかし、魔物はまっすぐウリギラの方へ飛んできている。
「なぜだ……」
ウリギラは困惑する。
「まさか、奇跡か……!?」
担ぎ上げた聖女のシャーレ。彼女の祈りは微々たるものではあったが、賢者の杖を光らせた。あの時、奇跡の残滓をあの場にいたものは浴びてしまったのだ。
奇跡は、異国では魔力とも呼ばれ、魔物が好むという。
「くそ、あの馬鹿娘が!」
ウリギラは上下を見渡す。中途半端に降りてしまっていたので、扉に戻るも下に降りるも距離は変わらなかった。
堀の水に飛び込めば、助かるかもしれない。
しかし、ウリギラの足は動かなかった。
「キィアアアアア!」
魔物の足がウリギラを捕らえる。ウリギラは、大型の鳥に捕獲された小動物のように掴まれてしまう。
「は、離せ!」
ウリギラは必死に身を捩るが、魔物の足はがっしりと彼を掴んでいた。
「くそ、誰か! 助けてくれ」
ウリギラの叫びは誰にも届かなかった。人の気配のない逃げ道が、彼を窮地に追いやった。
魔物は堀の水の上空を通り過ぎる。ウリギラは背筋が冷えていく。
今落とされれば、地面に叩き付けられる。命はないだろう。ウリギラは必死に身を捩り、水上へ誘導しようと動いた。しかし、抵抗虚しく、魔物は町の中心へ進んでいく。