4.新聖女と町の守り
遡ること少し前。
シャーレは聖女として与えられた部屋で悦に入っていた。
ついに聖女になれた。さらには、うざったい姉を追い出すこともできた。これ以上ない優越感がシャーレを包んでいた。
「シャーレ様」
「ああ、ウリギラ。ありがとう。上手くいったわね」
「はい。これでシャーレ様は聖女に、我々は聖女をお守りする崇高な地位に立つことができます」
「ねえ、そろそろ祈りの時間よね。した方がいいのかしら?」
「まさか。あんなものは見せ掛けだけの演技に過ぎません。賢者の杖への供給は我々にお任せください」
「そう、わかったわ」
姉の祈りが偽物だとこの男に言われた時、姉への疑いよりも先に興奮が勝った。姉を追いやることができる。そうすれば、聖女になるのは自分だ。王国内で崇められ、唯一無二の存在になれる。私は姉のおまけではないのだ。
「大変です! 防壁が消えました!」
報せを伝えに来た男は息を切らしながら叫んだ。
「それは本当か?」
「はい。それを嗅ぎ付けた魔物たちが城下町に侵入しています。衛兵たちは避難活動にあたっています」
「な、なに、何が起こったの」
「シャーレ様。ご安心ください。すぐに解決いたします」
男はそう言って部屋を出ようとする。しかし、部屋に駆け込んできた大臣たちに阻まれる。
現れた大臣たちは、ウリギラと取引をし、エーケの追放を手伝った者たちだった。
「おお、シャーレ殿! ここにいたか! さあ、急いで賢者の杖へ向かってくれ」
「え、ああ、はい」
シャーレはウリギラと大臣を交互に見たが、男は目を合わせようとしなかった。
賢者の杖は、世界樹と呼ばれる神木に竜の瞳と呼ばれる巨大な宝石が埋め込まれたものだった。
宝石は光り輝き、その奇跡の強さを、見るもの全てに知らしめていた。
しかし、今の杖からは輝きは感じられない。褪せた宝石は光を失っている。
「さあ、祈りを!」
「え、ええ」
シャーレは戸惑いながらも祈りの姿勢に入る。
これは見せ掛けの演技じゃないの? なんで?
「さあ!」
シャーレは意識を集中させる。
特訓をしたのは事実だ。姉に負けないように祈りの修行を重ねた。練習用の宝石に光を灯すことはできたのだ。やるしかない。
シャーレの祈りに応えるように、賢者の杖が反応する。
「おお! やはりシャーレの力こそ本物なのだな!」
「我々の協力は間違いではなかったのだ」
しかし、シャーレがどれだけ祈りを捧げても、エーケの時ほどの輝きは戻らなかった。
「どういうことだ」
「シャーレ様では駄目なのか?」
「ではエーケ様が本物なのか?」
「うるさい!」
シャーレは周囲のざわめきを掻き消すように大声を出した。
「この杖への祈りは見せ掛けだって! 言ったじゃない! ウリギラ、私を騙したのね!」
シャーレが吠えると、男は黙ったまま目を伏せた。その反応が、偽聖女騒動の真実を語っていた。
「逃げなければ!」
大臣の一人が声を漏らす。
「こんなところにいては賢者の杖の力に引き寄せられた魔物に食い殺されてしまう!」
「それはまずい、逃げよう!」
「どこに? 外は魔物だらけなんだぞ」
「地下に罪人を入れる用の牢がある。あそこは脱走されないためにかなり頑丈だ」
「牢に入るのか?」
「なぜ我々が牢に?」
「今必要なのは実用性だろう!」
大臣の一人がチラとシャーレを見る。
「シャーレ様。杖が光ったのは間違いありません。まだ聖女になられたばかりで力が本調子ではないのでしょう。引き続き祈りをお願いいたします」
「え、嘘でしょ。今ここにいるのは危険って話に」
「ありがとうございますシャーレ様!」
大臣たちは口々に感謝を述べると、部屋から出ていった。後に残ったのはシャーレのみ。あの男の姿すらなかった。
そして、扉が閉められ向こう側から閂をはめる音が聞こえる。
「え、ちょっと、開けなさい! 待ちなさい! 待って! だ、だれか」
騒がしい声たちが遠ざかっていく。部屋の静寂が、シャーレの不安を膨らませていく。
「そんな……」
シャーレは誰もいない部屋で杖を見つめた。