1.聖女追放
「今この時をもって! 聖女、いや、元聖女のエーケを聖女を騙る不届者とし、この国から追放させていただく!」
国の重要人物が集まる審問会に呼び出されたエーケは、最高執務官である男、ウリギラにそう言い渡された。
「追放……ですか」
エーケは驚きながらも、声を荒げることなく言葉を返した。
「ああ、貴様は聖女の力を偽り、我々を騙していた。これは奇跡管理委員会の厳密なる調査の結果である」
男は舞台役者のように両手を広げて続ける。
「我々のこの小さな国が魔物に襲われずにいるのは、城の地下にある『賢者の杖』による奇跡のおかげ。それはみなさんご存知だろう。聖女とはその杖に祈りを捧げ、奇跡の力を溜めるための存在……」
もったいぶった言い方に痺れを切らし、大臣の一人が声を荒げる。
「そんな常識、子供でも知っている! ウリギラ殿、何が言いたいのかね!」
「聖女様が毎日祈りを捧げてくださっているから、安定して奇跡が発動しているのではないのか!?」
「そう、そこです。……それが偽りだとしたら?」
男の言葉に周囲がざわついた。
「これを」
男は煤けた書物を取り出した。
「それは……!」
エーケは思わず声を上げる。
「知っているようだ。では、エーケ様、説明してもらいましょう」
「……それは、人の命をエネルギーに変えて、賢者の杖へ注ぎ込む禁忌書です」
エーケは聖女の教育として、この国の歴史を教え込まれた。禁忌書はその時に教わったもので、戦乱に包まれた国が一度だけ手を染めた暗黒の歴史として言い伝えられている。
「この国では稀に人が行方不明になることがある。身寄りのないものばかりがね。ここまでくれば何を言いたいかはお分かりかな」
ウリギラは不気味な笑みを浮かべる。
「それは貴様がやっているのではないか? 聖女様に罪をなすり付けようしているに決まっている!」
大臣の一人が声を荒げた。しかし、それに同調する者は少なかった。皆黙ってウリギラを見つめている。
「これは管理委員会が実務を乗っ取るためのでっち上げだろう!」
大臣は周囲の圧に負けず大声で続けた。数人の者は「そうだそうだ」と声を上げたが、過半数以上が沈黙を貫いている。
「……そういうことか」
大臣は怒りと呆れの混じった声を出した。
「せいぜい、偽りの地位に喜ぶがいい。だが、エーケ様に危害を加えるような真似は絶対に許さんからな」
「ええ、もちろん。我々も悪意を向けたいわけではありません。処刑ではなく追放処分なのはかなりの温情では?」
ウリギラは笑う。
「国王はなんと」
「ご存知の通り、国王は今、隣国の会合に参加しており、実権は防衛大臣のヨグラ様にあります」
その場の全員の視線が、ヨグラへ向く。ヨグラは白く立派な顎鬚を撫でながら口を開く。
「奇跡の力、もとい祈りが偽りである証拠を提出せよ」
「はっ」
ウリギラが手を挙げると、彼の部下が剣を携えて現れる。
「これは祈りの剣です。賢者の杖ほどではないが、祈りを捧げることで奇跡を起こします」
「この剣は本物かね。国防第一拠点隊長。確認したまえ」
名前を呼ばれた男が立ち上がり、剣を確認する。
「ええ、間違いありません。これは祈り剣です」
「ありがとうございます。隊長どの」
ウリギラは隊長から剣を受け取ると、その刃をエーケへ向けた。
「さあ、エーケ様。あなた様のご自慢の祈りを捧げてください」
ウリギラは笑みを浮かべている。
エーケ派たちはその様子を睨み付けていた。何か裏があるに違いない。これは罠だ。そう考えながらも、立場から口を挟むことができなかった。
エーケは反論することなく祈りを捧げた。片膝をつき、両手を組み、祈りを捧げる。エーケは言葉を発していなかったが、その所作に空気が静まり返る。彼女の周囲の空気が震え、彼女自身が暖かい光に包まれていく。そして、光は祈りの剣に吸い込まれていく。
しかし、剣は光らなかった。
「どういうことだ……」
大臣の一人が信じられないと声を上げる。
「どうでしょう。ヨグラ様」
「ふむ。確かに、彼女の祈りは剣を光らせることはなかった。その様子はおかしなようにも感じるが、私の目はそれを見た。それは事実である」
ヨグラは目を閉じて息を吐いた。
「エーケ。何か意見はあるか」
「……いえ、ありません。確かに剣は光りませんでした」
「……聡いな。個人的には……これは非常に残念な決断となる。聖女エーケを、祈りの力がなくなったとして追放処分とする」
ヨグラの言葉を受け、周囲はざわめいた。
エーケを弾劾したウリギラは不服そうに手を挙げる。
「力がなくなった? 彼女は力があると我々を騙していたんですよ?」
「その証明はない。しかし、今、彼女が聖女の力を示せなかったのは事実。よってこの決定とした。文句はあるまい」
ヨグラは強く言葉を切った。ウリギラは不服な表情のまま頷いた。
「まあ、いいでしょう。結果は同じことです」