9:魔王、死す
「くっくっく、勇者よ、ついにこちらの世界まで追ってきたか。だがここに来たことを悔やむがよい。この魔王がそなたらのはらわたを喰らいつくしてくれるわ!」
「邪悪な魔王め、聖なるつるぎを うけてみろー!!」
「わんわんわん」
「ぐわぁぁ! や、ら、れ、たぁ~~! だが、この魔王は100年後に復活する! その時はお前は年老いて生きてはいまい! わははは……ぐふっ!」
「……魔王様、何やってるんっスか?」
周作が部屋をのぞきこむと、床に倒れた魔王の隣でスマホが段ボールの剣を天にかかげていた。その周りをチワキチが走り回っている。
「魔王と勇者ごっこだ。貴様は『臥薪嘗胆』という言葉を知っているか」
「いや知らねっス」
「古代中国の呉の国と越の国の王様達は、戦って負けた時には固くて痛い薪の上に臥たり、死ぬほど苦い味がする胆嚢の干物を嘗めたりして、敗北の屈辱を忘れぬようにしていたという故事だ」
「変わった性癖の人達っスね」
性癖とは言わないと思う。
「この魔王も負けイベントを追体験して、その悔しさを再修行のモチベーションにしているのだ」
魔王は起き上がって、スマホにお茶を入れるように指示した。
彼女は亜空間収納につながっている戸棚から、風味の強いティンリン産セカンドフラッシュの紅茶葉を取り出し、透明なガラスポットに移した。甘い香りのするハーブ、カンナビスバッズを室内の栽培設備から少し採って加え、適温に調整したお湯を注ぐ。機械学習によってお嬢様風に最適化させた、気品ある所作である。
「スマちゃん、だいぶ動作が安定してきたっスね」
「貴様も言動が安定してきた」
「ポーション持ち歩いて、何かあったらすぐ飲むようにしてるんス」
「うむ、回復薬は冒険者の基本だ。貴様が部屋から出てコンビニまで行けるようになる日も近い」
スマホは香り高いお茶を、ガラスのティーカップに入れて皆の前に配った。砂糖やミルクは無い。全員ストレートティー派である。犬のチワキチだけはカフェインが毒なので白湯である。
「ねえお兄ちゃん、おじいちゃんがこの服を買ってくれたの!」
彼女はそう言って、周作の前でくるくると回る。
「ふわぁぁ、スマちゃんは何を着てもかわぃ……あああ、何でもないっス変な気おこしてないっス。でも何つーか……オレらの服って、微妙にダサくないっスか?」
「室内着など量販店の30%引き商品で十分だ。戦いに行くようになったら、もっとましな装備を用意してやる」
「かわいい下着も買ってもらったの!」
「ぎゃあああああ!!!! ジャージを下げちゃ駄目! おへそも見せたら駄目っス!」
「なんで?」
「スマホよ、男に下着や裸を見せるのは、その男に接続充電してほしいという意思の表れなのだ。この男なら充電されてもいい、と思う者にしかお前の下着姿を見せてはならん」
「おじいちゃんにも駄目ってこと?」
「この魔王に見せるなど10年早い」
10年後ならいいのか?
「わかった! 見せるのはお兄ちゃんだけにする!」
周作は紅茶を吹き出し、ポケットからポーションを取り出して一気飲みした。
動じることもなく飛び散ったお茶に浄化魔法をかける魔王に、周作は話しかけた。
「あのっスね、今さらながらの質問なんっスけど、魔王様って、魔王なんスよね?」
「そうだ。この魔王は、魔王と呼ばれている」
なぜか会話として成立している。日本語は偉大である。
「魔王って、何をする仕事なんスか?」
魔王というものが職業ならば、それに応じた仕事もある。というか複合軍事企業の代表取締役である。
「判りやすく言えば、魔法の国の王様だ」
はい?
「『サリーちゃんのパパ』を知っているか。昭和41年から放送された、東映魔女っ子シリーズ第一作に登場したキャラクターだ」
「いや知らねっス。その頃だと、うちの親父もまだ生まれてねーっス」
「そうなのか、短命種との世代の差を感じるな」
ちなみにそのアニメは平成元年にリメイクされているが、それでも30年以上前である。知っている人は若くても40代以上である。
「そのアニメの主人公が魔法の国のお姫様で、父親が魔王、退位した祖父が大魔王」
「パパがハドラーで、おじいちゃんがバーン様。で、主人公は悪い勇者と戦うんスか?」
「まあそういう感じだ。そして魔王は、魔女っ子を見守る魔法の国の王様なのだ」
そういう感じではないし、その頃の魔女っ子は基本的に戦う相手はいない。敵と戦ったり、月に代わってお仕置きしたりするのは〇ー〇ー〇ー〇以降だ。騙されるな周作。
「そういうわけで、貴様はこれから魔女っ子になって活躍してもらう」
「オレっちは男なんっスけど」
「本来『魔女』という言葉には男性魔法使いも含まれる。最近の魔女っ子グループには男子メンバーも加わっているし、過去作には男性高齢者が魔女っ子に変身したり、世界人類すべてが魔女っ子になったエピソードすらある。
『Dancing☆Starプ〇キュア』に至ってはメンバー全員が男だ。魔女っ子は女の子、などという時代遅れの考えは捨てろ。今はもう男でも犬でも人工知能でも、望めば魔法少女に変身できる時代なのだ」
「犬も魔法少女になるんスか?」
「最近作では犬と猫が人化して魔法少女になっている。過去作ではアンドロイドはもとより、クマのぬいぐるみも心が宿って変身している」
もはや性別など小さな問題である。
「明日から魔法を使う練習をしてもらう。美味い唐揚げを作るために必要な能力だ。ゆっくり休んで精神力を回復しておけ」
「ふぁっ!? まっ、魔法なんて、本当にオレっちに使えるんスか?」
「心配しないでお兄ちゃん、明日からスマホが手伝ってあげる! じゃあ今日はもう寝ようね!」
「え、でもまだこんな時間……」
「え~? お兄ちゃんはいつも時間なんて気にしてなかったよ? ベッドの中でスマホをいじりながら寝落ちしてたよ? 画面を見ながらエッチな事してたのも、全部おぼえてる」
周作はスライムが踏み潰されたような声を出した。
「一緒に寝よ。スマホは、お兄ちゃんに充電してほしい!」
周作は絶望に満ちた表情になり、助けを求める目で魔王を見た。
「直接的な描写がなければかまわん。好きにしろ」
声にならない叫びをあげながら、周作は寝室に連行されていった。
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「……計画は順調だ」
<ですがあの機械娘の行動は、少しやりすぎのような気も>
そう思念波で答えながら、チワキチはぷるぷると首をふる。
「奥手のアラサー童貞に一線をふみはずさせるには、あれくらいで丁度良い」
<……意図的に、そういう性格設定に?>
魔王は くっくっく、と面白そうに笑う。
「ヒューマンの多くは他者に勝手に目標を設定されると反発する。反発しなくても自発的に努力する気にはならない。
だが理想の異性が自分のやっている事を褒め称え、歩む努力を支え、共に進んでくれるとしたら?」
<……女をあてがって、やる気を引き出す、と>
「だが世話されるだけの一方的な関係になってしまえば、そのうち劣等感にさいなまれて壊れはじめる。
そこであの娘を、あの男が生命力を分け与えなければ生きられぬ存在にしておいた。そうすれば互いの優劣は無くなり、しだいに共依存していくようになる」
<……すべては計画通り、と>
「そうだ。あれは、あの男に与えたダッチワイフではない。この魔王の意のままに奴を操り、あの男の本来の行動を押さえこむために創り出した拘束具なのだ」
魔王は視線を泳がせ、誰に言うともなくつぶやいた。
「……わが世界に戻るには、とてつもない魔法力が必要になる。奴はそのために必要な道具だ。逃しはせぬ。絶対に」
(続く)
周作は魔力に目覚める。しかし世界最強の魔法使いとなった彼に待ち受けていたのは幸せなどではなかった。スマホは泣き叫ぶ、愚かな兄の行動に。
次回「滅びの呪文」
更新は明日16時40分。
流れる血は、止まらない。