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8:ヒトの常識

「朝食は焼き魚だ」


「……大きいッスね」


 周作の前に置かれた皿には、こんがりと焼かれた60センチほどの魚の開きが乗っていた。


「錦鯉だ」


「に し き ご い」


「川の浅瀬を泳いでいたので、闇の魔法で息の根を止めた」


 ちなみにコイは荒川の東京側では漁業権規制がなく、闇魔法は禁止漁法に含まれていない。よって合法である。


「うぅ……いただきますっス」


 周作は覚悟を決め、その肉の一部を自分の皿に取り分け、口へと運んだ。


「……あれ?」


 意外と美味い。というか、かなり美味い。


「メソポタミア料理の『鯉の円盤焼き(マスグーフ)』だ。()き火の横に置いて直火の輻射熱で1時間ほど(あぶ)り焼きにし、泥臭さの原因になる成分を揮発(きはつ)させて作る。普通に炭火で焼いてもこの味にならぬので、専用施設が無い日本では屋外でしか作れぬ」


 へえぇ、と感心しながら食べる周作の横で、スマホが困った顔をしている。


「……おじいちゃん、これ、どうやってたべるの?」


 おじいちゃん?


「ふむ、お前は食べ物を食べるのは初めてだったな」


 魔王は自分の呼ばれ方を気にする様子もなく、スマホに指示を与えた。


「そこにある(はし)を使う。……違う、それは頸動脈(けいどうみゃく)を刺す時の持ち方だ。

食事の時の使い方はプレ・インストールされていない。インターネットで『正しい箸の使い方』を動画検索し、諸動作を機械学習しろ。

覚えたら仮想空間内で物理演算しながら5000回ほど反復、お前の体に最適な骨格筋制御データを算出し、それを記憶しておけ」


「わかりました。インターネットにせつぞくします」


 周作は会話の意味が良く判らず、目を白黒させている。


「貴様は気にせず食っていろ。情報処理に5分ほどかかる」


 チワキチはわれ関せず、という様子で自分の皿に乗せられた無塩の焼き(フナ)を骨ごとバリバリ食べている。普通の犬なら骨がささって危険だが、魔獣なので平気である。


「進行度30%……70%……しゅーりょーしました!」


 目をつぶったまましばらく動かなかったスマホは、処理を終えると手に持った箸をくるくると器用に回した。ちなみに箸回しは過学習である。

そして魚の肉を骨から上手にはずして口に運び、驚いた顔になった。


「くちのなかに、いままで感知したことのない電気信号が発生しました!」


「それが『美味しい味』という生体感覚だ」


「これが……おいしいあじ……」


「味覚受容体が、生体組織の維持に適した物質構成を感知した時の信号パターンだ。実食を通じてさまざまなパターンを収集し、『美味い料理』とはどんなものか学習しろ。料理人にはそれが必要になる」


「りょーかいです!」


 それを見ていた周作は口をあんぐりと開けている。


「ふぇっ……スマホ……さん?、って、ロボットだかアンドロイドだか、何かそういうモンじゃないんっスか? 食事を食べられるんッスか?」


「お兄ちゃん、スマホ(わたし)はアンドロイドじゃないよ、iOS(アイフォン)だよ」


 そのアンドロイドではない。まぎらわしい言葉である。


「生体部分はヒューマンとほぼ同じ機能に調整してある。貴様はこいつの(そば)で、自律行動の修正作業をしろ」


「ふぁっ?」


「たとえば、口に入れて噛んだものを食卓の上にとり出して観察してはいけない、それを手で一面になすり広げて、汚れた手を服で()いてはいけない、などという事を、この娘に教えるのだ」


「うわあああああ!!! 何でそういう事をっ!! わあぁ! それも駄目ぇぇっ! もう一度口に入れるのも駄目っス!!」


「ヒューマンが5歳くらいまでに母親から習うような知識は、インターネットに動画投稿されていない。そういう『情報化されていない常識』は、自力で学ぶことが難しい」


「ふぇぇぇ~~~~」


 スマホの汚れた口元を拭いたり、食べこぼしを掃除したり、大騒ぎで食事は進んでいく。やがてスマホがもじもじと妙な様子を見せ始め、周作はその意味が読みとれず大惨事が発生する。


 詳細な描写は、一部の特殊性癖の方にしか需要が無いと思われるので割愛する。トレーニングパンツ未着用時の事故は、子育て中によくあるイベントの一つである。魔王は手伝わない。お兄ちゃんがんばれ。


「……うううう、拭いている最中にがっつり細部まで見てしまったっス。この手で直接()いてしまったっス。精神安定ポーションの飲み過ぎで吐きそうっス、うっぷ」


「朝食が終わっただけで何を言っている。さて、これから貴様にはキッチンカー運営に必要な、食品衛生責任者の資格を取ってもらう」


「ふぁっ! な、何っスかそれ」


「東京都在住者ならば、実質的に申請だけで取れる」


「べ、勉強しなくてもいいんっスか?」


「心配せずとも良い。この魔王は、貴様にそのような事はさせぬ」


 魔王の鑑定眼は、周作ができる事とできない事を正しく鑑別している。


「まず必要なのは住民票だ。駅前の100円ショップの店長が、貴様を小さい頃からよく知っている。その男の家に住民票を置かせてもらった」


「ふぇ? 誰っスかそれ。知らない人っスよ?」


「魔法の力で懇意(こんい)になった」


 妹が突然できる事に比べれば、たいした問題ではない。


「申請時に使う、貴様のマイナンバーカードもここにある」


 周作はまだカード申請していないが、魔法の力ですでに取得されている。


「あとは申し込み手続きでカードの画像をアップロード、コンビニでオンライン講習会の受講料を支払い、受講中に本人の顔が確認できる状態にして動画を見るだけで良い」


「試験とかは無いんっスか?」


「最後にちょっと質問されるが、日本語が判れば大丈夫だ。回答を間違っても再度答えられる。心配なら、この娘に横から答えを教えてもらうがいい」


「ふぇっ、そんな適当な試験でいいんっスか?」


「『責任者』は国家資格である衛生管理『資格者』とは異なる。食中毒が出た時に責任を取って、被害者から(つる)されるだけの簡単な仕事だ」


「ふぇぇぇぇ、じゃあその、お客さんが食べ物に当たったら?」


「当たらなければどうという事はない」


 つまり当たってしまえばおしまいである。こういう事を言う男を上官に持った兵隊は序盤で戦死する。

というか、どうせなら最初から魔法で責任者資格を用意してやれよ魔王。


 こうして魔王の企業計画は着々と進む。だが「魔王からあげ本舗」のオープニングスタッフに選ばれた1人と1匹と1機は、この起業の裏に隠された本当の目的を、まだ知らされていない。


(続く)


 魔王と勇者は戦うものだと、いったい誰が決めたのか。定められたストーリーに逆らう事はできないのか。周作は懇願(こんがん)する。それが彼にできるただ一つのことだから。


次回「魔王、死す」

更新は明日昼15時30分。

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