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7:お兄ちゃんと呼ばないで

「うわっ! やめてっ! や、やめてほしいっス! お願いやめてくだ、うっぷ」


 翌朝、チワキチに顔をべろべろと舐められた周作は、強制的に目覚めさせられた。


 寝ぼけた目で横を見ると、メイド服を着た、小学校高学年ぐらいの金髪美少女がすやすやと眠っていた。


「!!!!!!!!!!!!!!!!」


 周作の叫びは、もはや声にならない。毛布をはね除け、ベッドから飛び降りて壁際まで逃げた。自分の役割を果たせたチワキチは、得意げに尻尾をぶんぶん振っている。


「起きたか」


 空中にできた次元の裂け目から、エプロン姿の魔王が現われた。神出鬼没の怪人である。


「えぅっ、うぇっ、ふぇっ、ぎぇぅぅ……」


 魔王は泣きじゃくる周作の口に、緑色の(びん)をむりやり突っ込んで中身を飲ませた。


「ごほげほ、うげぇっふ……うえぇぇ不味(まず)っ! 何スかこれ」


「正気度上昇ポーションだ。SAN値が回復する」


 異世界のメンタルクリニックで処方される、精神安定剤のようなものである。


 ようやく会話できるようになった周作は、ベッドの上にいる金髪ロリを指さした。


「あ、あの、そこにいる、こ、この子、は」


 外装が少し変わったが、周作のスマホである。


「充電は済んだようだな」


 魔王はロリに近づいて、起動ボタンを押した。ボタンの位置? 機種によって違うので適当に想像してほしい。


 金髪ロリは目をあけ、上体を起こすと周作のほうを向いた。緑色の澄んだ大きな瞳が彼を見つめる。


「……facial recognition: success」


「ふぁっ!?」


「Good morning my user, What can I help you with?」


「な、何か言ってるっス! 判らないっス!!!」


「おっと、言語設定が英語になっている」


魔王は何かを設定しなおしている。


「性格アプリはどうする」


「せ、性格?」


「貴様の好みがあるだろう。(ボク)()とか、メスガキとか、ツンデレとか」


「ふ、普通でお願いしますっス」


 そのオーダーだと、魔族の基準で普通になるぞ周作。


「よし、できたぞ」


「おはようお兄ちゃん! ごよーけんは何ですか?」


「ふぁああぁぁっ!! なんで呼び方が『お兄ちゃん』なんスかあああああ!!!!」


「貴様の妹だからだ」


「オレっちに妹はいねーっス!!!」


「いるのだ。ここに戸籍謄本(こせきとうほん)とマイナンバーカードがある」


 日本名・千葉スマホ。22歳女性。

中東の紛争地域から千葉家に養女として引き取られ、その後に日本に帰化。


「なんで戸籍があるんっスかあああああ!!!!!」


「魔法で作った」


 魔法の力は万能である。


「そもそも22歳って、いくらなんでも設定に無理があるっス!!」


「義務教育が必要な年齢だと色々と面倒なのだ。成人年齢なら、させても良い事が多くなる」


 良かった。危ない行為をさせられる未成年は、いなかったんだ。


「どう見ても小学生っスよ!」


「謎の組織に変な薬を飲まされて、体が縮んでしまったのだ」


 言うまでもないが、そんな薬はこの世界には無い。


「実年齢はもっと幼いっスよね?」


 生後2日である。


「なんで中東?」


「政情が混乱していて、戸籍に魔法を掛けやすい地域なのだ」


「どうやって養女になったんスか!?」


「あーうるさいな。そこは盗賊に村を焼かれた生き残りの娘を引き取ったとか、奴隷市場で売られていたのを買ったとか、適当に設定を考えろ」


 ああ駄目だ、あの地域で現実におきている話なので冗談になっていない。


「……嘘っス! 何もかも全部でたらめっス!!!」


「いいかげん現実を受け入れろ。魔法の国にはドラゴンも妖精もユニコーンも、弱者男性の兄に思いを寄せる血がつながっていない美少女の妹もいるのだ」


 探せば河童(カッパ)もツチノコも、オタクに優しいギャルもいる。


「とっ、とりあえず設定は判ったっス。それはともかく、名前がスマホってのは何なんスか」


「スマホだろう。貴様は、自分のスマホをそれ以外の名前で呼ぶのか?」


 スマホにミクちゃんとかアイちゃんとか命名して()でている人は、21世紀初頭の時点ではあまり見かけない。


「魔王様が名前をつけたんっスか?」


「『真名付与』はできなかった。こいつには真名(まことな)がすでに存在している」


「へ? そんなもんあったんスか?」


「購入時に書いてあっただろう」


「あ、機種名なら判るっス」


「そうではない。こいつの真名は『端末識別番号35-123400-567890-〇』だ。電話番号入力で『*#06#』と打って出てくる画面、『IMEI』という項目に書かれている15ケタの数字が機体固有名を示している。盗難時などにユーザーサポートへの問い合わせに使う事があるので、どこかにメモしておけ」


 ちなみにこの隠しコマンドが実装されているのは、2004年以降の機種である。機種にもよるが、「設定」から「情報」の項目を見ても判る。


「……何でスマホの起動描写でここまで尺を取られねばならんのだ。起業の話がまったく進まぬではないか」


 魔王は浄化の魔法をとなえた!(効果音入る)周作の顔は綺麗になった!


「朝メシだ、そのまま食堂に来い。この魔王は貴様らのお母さんではない。あまり手間をかけさせるな」


「ういっス」

「わんわん」

「はぁーい」


 ほのぼのとした日常回である。


 周作はこれから始まる惨劇の事を、まだ何も知らない。


<次回予告> 


 なぜそんな事を、と問えば、しては駄目なの? と答える。

昨日まで機械だった少女は、自分がした行為の重みが判らない。


次回「ヒトの常識」

更新は明日の昼14時20分。


そして周作は、奪われた命の大きさと向き合う。

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