表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/62

62:それから2年後

 東京の とある下町商店街で、唐揚げを売るキッチンカーが2年ほど前から商売を続けている。


 1日あたりの売り上げは多くはないようだが、学生が帰宅途中で買い食いしたり、近所の主婦が夕食のおかずに買い求めていったり、それなりに固定客がついている。細く長く地元民に愛される、いわゆる地に足のついた商売をしている店である。


 店の主人は今年30歳になる、ぱっとしない地味な男である。近年の食材の値上がりなどを考えると経営は楽ではないだろうが、頑張って売り上げを伸ばそうという意欲は無いらしい。

予告もなく臨時休業したり、キッチンカーごとどこかに旅行に行ってしばらく帰ってこなかったりするので、常連客から文句を言われている。


 店主の奥さんは今年24歳だそうだが、見た目には中学生ぐらいにしか見えない金髪美女である。そういう女性が、どう見てもイケメンとは言い難い、金もなさそうな店主を、わざわざ夫に選んだ理由はよく判らない。


 旦那さんと、どこで知り合ったの? と尋ねられた彼女は、「私が生まれた時からずっと一緒だったんです。うちの主人のことを昔は『お兄ちゃん』と呼んでました」と答えた。


 彼女は、唐揚げを買いにきた男性客から言い寄られる事がある。しかし客があまりしつこく話しかけると、彼女が飼っている子牛ほどもある巨大な黒い犬が裏手から現われて、「うちの姐さんに何かご用で?」と言いたげな表情で迷惑な客に無言の圧力をかけてくる。


 魔獣のような巨大犬を見ると、ほとんどの男は驚いてすぐに逃げていく。そのため彼女は近所の小学生に「怪獣(つか)いのお姉さん」と呼ばれている。


 巨大犬は見かけは恐ろしいが、性格はおとなしく芸達者である。子供が銃で撃つ真似をして「バーン」と言うと死んだふりをしたり、ハロウィーンの時にはドラゴンの仮装をしてキッチンカーを牽いていたりするので、近所では人気者である。


 キッチンカーには小さなチワワも飼われていて、ふだんはその犬が店先で看板犬をつとめている。巨大犬と一緒にいるところは見たことがないが、飼い主夫婦からはどちらも平等に可愛がられているようだ。チワワのほうも芸達者で、時には店先で玉乗りを披露したりして大いにウケている。


 ある時、この店の評判を聞いて地元タウン誌が取材に来た。キッチンカーの中には神棚のようなものがあって、そこには銀髪の、長い顎髭(あごひげ)を生やした老人の写真が飾ってあった。


「あ、これっスか? このキッチンカーを作って唐揚げ売りを始めた、先代の社長の写真っス。何もできなかったオレっちを拾ってくれて、唐揚げの作り方から商売のコツまで、何もかも全部教えてくれた大恩人っス。

 今はこの世を去ってしまったっスけど、あっちの世界で優秀な部下を集めて、すげー仕事をしてると思うっス」


 ご自分で「すげー仕事」をなさる気はないのですか、この唐揚げならチェーン展開できる味ですよ、と取材者が言うと、店主はこう答えた。


「『すげー仕事』をする人って、『すげー仕事』が手段じゃなくて、目的になってるんっスよ」


 意味がよく判らない、という顔をする取材者に、店主は説明を続けた。


「普通の人の場合、仕事ってのはお金を稼ぐための手段っス。目的はお金なんで、できるだけ働かずに要領良くお賃金だけゲットできる人のほうが賢いっス」


 鼻の頭をポリポリと掻きながら、店主は言葉を続ける。


「だけど『すげー仕事』をしてる人達は、金稼ぎが本当の目的じゃねーんっスよ。仕事がうまくいった時の興奮を味わいたくて、興奮ジャンキーになってるんっス」


 ギャンブラーが金銭目的でなく、興奮を得るため賭け事をしているようなものである。


「仕事っていうゲームで、工夫してハイスコアを更新するのが死ぬほど楽しい。そういう人でねーとハイスコアは獲れないんっス。ほんで生活時間のすべてをビジネスゲームにつぎこんでゲーム廃人になってても、本人はその生活にまったく苦痛を感じてないんっス」


 その結果、食事も休息もとらずに仕事を続けて本当に死ぬ人もいる。


「んで、手段が目的になっちゃった人は、手段としてやってる人とは話が噛み合わなくなるんっス。インターネットで『漁師とビジネスマン』って小話があるんスけど」


 ビジネスマンがビジネス拡大の面白さを熱く語った時、それを聞いた漁師が予想外の言葉を返すという話である。


「目的が違ってる人と同じ事をしても、やる意味がねーんっスよ。自分が行きたいのはどういう場所で、今やっている事は『手段(ステップ)』なのか『目的(ゴール)』なのか、それが見えてない状態で進もうとすると、進むべき道を間違えて崖から落ちちゃうんっス」


 しかし闇の中で迷っている人間には、どちらが目的地で、どこに崖があるのかまったく判らない。


「で、実家から追い出された時のオレっちは周りが何も見えてなくて、何をしたらいいのか全然判らなくて、一歩も動けずに びゃーびゃー泣いてたんス。そこに現われて、オレっちに食料とGPS付きスマホを渡してくれたのが魔お……先代の社長っス。社長がいなかったらオレっちはヤケクソになって、崖に向かって勢いよくダッシュしてたと思うっス」


 それで、ご店主の目的地はどこだったのですか? 


「いや、それがっスね、よく考えてみたらオレっちは、生きるための手段が目的に変わっちゃった人だったんっスよ」


 つまりキッチンカーの運営が、今では生きる目的になっていると。 


「いや、そーじゃねーっス」


 横にいた店主の奥さんが取材者に麦茶のペットボトルを手渡し、お茶菓子をすすめてくれた。店主は麦茶を飲んで一息つき、話を続けた。


「昔、社長は『目的地に着くために、人間社会を乗り物として利用しろ』みたいな事を言ってたっス。社長にとって社会参加は、目的地に行く手段にすぎなかったんス。というか社長には超常の力があったんで、人間社会が滅びたとしても一人で目的地に行けたと思うっス」


 社長さんはそういう方だったのですか? と問われた店主は、魔王だったっスからねぇ、と言って遠い目をした。


「東京から名古屋まで歩いたら、ガチで歩ける体力があっても2週間はかかるっス。でも新幹線に乗ったら2時間で着くっス。社会の仕組みを利用できれば、自分一人で歩くよりもずっと早く目的地に到着できるっス」


 人間が社会生活をしている理由はそれである。


「でも電車に乗りたくなければ、自動車で行っても一人で歩いていってもいいんっスよ。生きていくだけが目的なら、社会に参加しねーでヒッキー生活してても生きてはいけるっス」


 社会と完全に隔絶してしまったら生きてはいけないが、株式投資で収入を得たり、エロ漫画を描いてダウンロード販売したりすれば、部屋から一歩も出ないで生きていく事も不可能ではない。


「んだけど昔のオレっちは、みんなと一緒に電車に乗りたかったのに、その乗り方が判らなかったんス。自分では『普通』にしてるつもりでも、周りから『普通』にしろって言われて、どこが普通じゃねーんスか? って聞くと相手してもらえなくなったっス」


 昭和以前には、『普通』でない人間はガンガン殴られて矯正され、強制的に群れの一員に組み込まれていた。しかし今は、やんわりと指摘されて変化が無ければもう相手にされない。自力で『普通』になれない者は、そのまま置いていかれるのである。


「自分のどこをどう変えればいいのか全然判んなくて、オレっちは『普通』になる事を(あきら)めてヒッキーになっちゃったんス。でも誰かに相手してほしくって、SNSに張り付いて あちこちに書き込みしてたっス」


 ネットでも気の利いた事が書き込めなければ無視されてしまうが、それに耐えられないと暴言を放って反応をもらおうとする「荒らし」になったりする。店主は闇落ち悪霊化しなかっただけ、まだマシであった。


「まー今考えてみると、『普通』から微妙にズレてる人間って、リアルタイムで他人と一緒に行動することが本質的に難しいんっスよ。運動オンチが野球に参加できねーのと同じで、判断オンチは『常識』に合わせて『普通』に行動するのが死ぬほど苦手なんっス」


 しかし集団行動から離れて、じっくり時間をかけマイペースで成果を出せる仕事であれば『すげー仕事』ができることもある。(できるとは言ってない)


「んで、オレっちは社長に拾われて、集団行動しなくてもやっていける個人キッチンカーの仕事を教えてもらって、ほんで今があるんス」


 とは言っても、キッチンカーの唐揚げ屋は『すげー仕事』とは言いがたい。


「でも、唐揚げをみんなに食べてもらって、美味しいって言ってもらって、それで金を稼いで商店街の一員として認められる。それって、昔のオレっちには死んでもできなかった『すげー仕事』なんっスよ」


 店主がそう言うのだから、彼の基準ではそうなのだろう。


「んで、その『すげー仕事』はオレっちにとっては手段で、目的じゃなかったんス」


 目的はお金を稼ぐこと?


「そーじゃなくて、仕事を通じて社会に居場所を得る事が、オレっちが本当に望んでいた事だったんス」


 社会は、目的地に行くための乗り物なのでは?


「社長はそう言ってたっスね。でも、オレっちには行きたい目的地ってのが特に無くて、座れる席があれば行き先はどこでも良かったんス。ほら、目的地に行くために電車に乗るんじゃなくって、電車に乗りたいから乗ってる「乗り鉄」って人達がいるじゃねーっスか。オレっちはアレなんスよ」


「乗り社会」という趣味嗜好の人だと。


「手段が人生の目的になっちゃってるんスね。社長がここにいたら『群れの一員になれればそれで幸せなのか? ヒューマンの習性はこの魔王には理解できぬ』とか言うと思うっス」


 では、ご店主の目的はもう達成できたと。


「これからは、恩返しをしていきたいっス」


 恩返し? 誰にですか?


「社長に直接恩返しできれば一番いいんっスけど、もうこの世にいねーっすから……今度はオレっちが誰かを助けることで、受けた恩義を返していきたいっス」


 知らない誰かを、助けるんですか?


「そういう恩の返し方もあるって、商店街の会長さんが言ってたっス。昔のオレっちみたいな迷える人間がいたら熱い唐揚げを食わせて、これから先に進むためのパワーを分けてやる。それがオレっちの恩返しっス」


 昔の自分のような人間に、手を貸したいと。


「オレっち自身は社長みてーな事はできねーっスけど、人生って、何かに出会ったり、誰かのほんの一言で大きく変わっちゃう事があるっス。それがたまたまオレっちの唐揚げだった、って事もあるかもしれねーっしょ?」


 唐揚げパワーで人生は変わる、いや、変えられるのだと。


「だからオレっちは泣いている人間がいたら、揚げたての唐揚げを腹一杯食わせてやるっス。んで、教えてやるんっス。ここでオレっちに出会ったお前は、出会わなかった世界線のお前とは、もう違う人間になっているのだ! 今まで見えていなかったものが見えるようになって、ここから人生が変わっていくのだ! って」


そう言って、店主は間の抜けた顔でにゃははと笑った。


****************************


 東京の とある商店街で、唐揚げを売るキッチンカーが営業している。その店を訪れた者は、店主に運命の分かれ道を選ばされるという。


「お客さん、あなたがこの『魔王からあげ本舗』を見つけたのは単なる偶然だったと思っているっスね? 実はそうじゃなかったんっスよ……

 星の数ほどある選択肢の中からなぜかここが目についた、その時点であなたは運命の女神様が書いたゲームシナリオに組み込まれていたんっス。 

 これからあなたが選ぶ選択肢によって、ここからのルートは大きく変わってくるっス。……さて、ここにあるこの唐揚げ、食べますか、食べませんか、それとも別の選択肢を選ぶっスか?」


 そう言って、店主はにっこり笑う。彼の言葉が真実なのか、それとも嘘なのか、それが判るのはこれからの話である。


(完)


拙作をお読みいただきましてありがとうございます。


本作に登場する魔王ガーデナーは、作者の過去作品、

「社畜転生 異世界来たらもう休む」https://ncode.syosetu.com/n1530gh/

その続編「オオアリクイは俺の嫁」https://ncode.syosetu.com/n2350hb/

に「封印されし魔王」として登場するラスボスです。


 上記2作品は、主人公の日本人転生者が新生魔王軍に目をつけられ、魔王復活後にヘッドハンティングされて8人目の幹部となり、人間陣営と対立していくという構想でした。ですが作者の根性が途中で尽きて、5人目の幹部(旧四天王の生き残り)が登場した時点でそのまま中断しております。


 本作に至るまでの途中経過が抜けているため時系列的には問題があるのですが、よろしければ本作と合わせてお読みいただけると嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ