59:魔王の置き土産
周作達は東京北部、焼け野原になって地形も変わってしまっているが、おそらくは荒川の河川敷だった場所にいる。
「ここだ! 地面の下から、かすかに魔力波が出てる!」
「何が埋まってるんスか?」
「……古代銀河文明の遺産とか?」
「変なものが出てきたら速攻で埋め戻して、見なかった事にするっス」
収納袋からスコップを取り出して、スマホと周作は地面を掘りはじめた。横でチワキチがヴォウヴォウと吠える。
「チワキチ、手伝ってくれるの? 体は大丈夫?」
「ヴォオン」
お任せあれ、と返事をしたチワキチが、ものすごい勢いで地面を掘ると、土の中から青いビニールシートが出てきた。
「あ!」
「これって……魔王城?」
「ヴァウウウ!」
土砂に埋もれていたのに、ビニールシートハウス……ではなく魔王城は押しつぶされることもなく、しっかりと原型を保っている。
皆で土を取り除いて出入りできるようにしたが、中に入っていいのか悩む。
「ここ……入っていいんスか?」
「いいんじゃない? 駄目だったら鍵をかけてあるだろうし」
「ヴォウ」
「チワキチはとりあえず元の大きさに戻って」
「わんわんわん」
周作が入り口に触れると、ぴろりろり~~ん、と音がした。
<生体認証確認。入城を許可します>
鍵がかかっていたようだが、周作達は入っても良いらしい。スマホとチワキチも一緒に「躙り口」を通りぬけ、内部へと入った。
入り口が自動的に閉じると、部屋の明かりがついた。
今まで見たことがない白い部屋である。広さは8畳ほど。窓も家具も壁紙も無く、空間設定だけの手抜きモデリングである。
そして部屋の中央に、銀髪に長い顎髭を生やした老人がアロハシャツを着て、デッキチェアに腰掛けている。
「おお、来たか」
「おじいちゃん!?」
「ま、魔王様!?」
「わんわわわわん!!」
「この映像が再生されているという事は、3人とも無事に生き伸びられたパターンだな。ならば『死者蘇生』に関する説明は省略しよう」
「え、映像?」
「ここにいる魔王は、前もって録画しておいた3次元映像だ。魔王ガーデナーはすでにこの世にいない」
「おじいちゃん、録画なの?」
「そう、ただの録画だ。だから何かを質問されても答えられぬ」
「なんか会話が成立してないっスか?」
「貴様らが言いそうな事を予測して話をしているだけだ。ここからは一方的に話をするから、しっかり聞け」
「りょっス」
「わかったー!」
「わんわんわん」
魔王の記録映像は、くっくっく、と面白そうに笑ってから言葉を続けた。
「貴様達は見事に邪神を撃破した。素晴らしい。褒めてやろう」
そう言われた周作は、複雑な表情になった。邪神を倒しても、東京が滅び、居場所を失ってしまったのでは戦った意味が無い。褒めてもらっても嬉しくはない。
「とはいえ貴様のことだ、邪神を倒した時に街が一緒に滅びて、膝をかかえて泣いているのだろう?」
図星である。
「ああ、気にする事は無い。若い時にはうっかりミスで、国を一つ二つ滅ぼしてしまうのはよくある事だ」
「あるんスか」
「そして貴様は、もうこれですべてが終わったと思っているだろう?」
「違うんスか」
「この魔王が、そのようなつまらぬ結末で満足すると思っているのか? 真のエンディングが、これから始まるのだ。貴様の選択しだいでは邪神を倒した事も、貴様が今までやってきた努力の数々も、すべて無に帰することになる」
「む、むに、きする??」
全部まるごと無かったことになるという意味である。難しい言い回しを使うと周作には判らないぞ魔王。
「ここから先、物語のストーリーは三つに分岐している」
魔王が手を振ると、部屋の奥に3つのドアが出現した。扉にはそれぞれ「秩序」「中立」「混沌」と書かれている。
「貴様はこれから、どれか一つの扉を選んで、その中に進まねばならぬ。選べるのは一度だけ、先に進んだらもうここには戻れぬ。それぞれの先にどのような運命が待っているか説明する。よく聞いて進む先を決めろ」
周作はこくこくと無言でうなずく。
「まず左、『秩序』の扉。この中に進むと、この魔王との出会いがすべて無かったことになる」
「ふぁっ!???」
「時空が巻戻り、貴様は実家を追い出されてネットカフェにいた時点まで戻される。だが、この魔王は貴様の前に現われることはなく、血わキ知やスマホと出会うこともない」
周作はそれを聞いて戦慄した。横にいたスマホとチワキチを思わず抱き寄せた。
「この魔王の手の中で踊らされていた事が許せぬなら、何もかも無かった事にできる。貴様は元の無職に戻って、最初から自分一人でやり直すのだ」
「ひ、一人で???」
スマホが不安に満ちた顔で周作にすがりつく。チワキチはスマホの右腕に抱きかかえられた状態で、ぷるぷると震えている。
魔王は再び、くっくっく、と面白そうに笑った。
「まあ貴様が、せっかくできた家族を捨てるとは思っておらん。そういう選択肢も選べるという話だ。貴様が望むのは残りの二つのうち、どちらかだろう」
そう言うと魔王は、右の扉を指差した。
「そちらは『混沌』の扉。その中に進めば時は戻らない。東京が滅び、不可逆の混沌に呑み込まれたこの世界線で、現時点の続きをそのまま生きていく事になる」
「滅びたままなんスか!?」
「日本政府は政治家もろとも消滅した。この政治的空白を狙って、各国列強は日本列島の実行支配を狙って軍事的駐留を進めてくるだろう。その混乱を勇者の力で鎮め、新しい国家秩序を創り上げて新生日本のリーダーとなっていく事も夢ではない」
「いや夢にしてほしいっス。考えただけで面倒臭くて死ぬっス」
「あるいは南インド洋の海底に眠り続ける古代銀河帝国の遺産を貴様が継承し、銀河統一王朝の再興を目指すのも一興」
「面倒臭ぇなんてもんじゃねえっス」
「そこには宇宙を股にかけた大冒険と、銀河のさまざまな美少女達が」
「いらねえぇぇぇ」
「そういう要素を望まぬのであれば、右の扉は選ばなくても良い」
そう言って魔王は、今度は真ん中の扉を指し示した。
「中央の扉は『中立』だ。この扉に進めば、邪神が復活する直前の時点まで時間が巻き戻る。東京の壊滅は無かった事になるが、世界線の修復力が作用して、それ以外のさまざまな要素も無かった事になる」
「さ、さまざまな……と言うと?」
「たとえばこの魔王は、巻き戻った世界にはもう存在していない。邪神もいなくなっている。扉をくぐる時に、貴様が絶対に失いたくないと望んだ物は優先的に残す仕様にしてあるが、願いが足りなかった場合は永久に失われる」
周作は、スマホとチワキチを両腕でしっかりとかかえこんだ。
「その世界線では、貴様が日本の支配者になれる可能性も、宇宙の覇者になる未来もすべて消え去る。貴様が得られるのは、ぬるま湯にひたったような、つまらぬ日常生活だ」
「つまらなくねぇっス!」
「それで良いのなら真ん中の扉に進め。だがその前に、貴様が本当に望んでいるものは何なのか、もう一度考えるのだ」
「本当に……望んでいるもの」
「社会的な地位を得て、豊かな財産を持ち、伴侶や子供に恵まれていても幸せだと感じられない者も世の中には居る。たまたま運に恵まれて出世ゲームやマネーゲームや恋愛ゲームでランキング上位になっても、上に昇っていく事が目的でなければ楽しくは無い」
「運に、恵まれて……」
「そうだ。人生というゲームは、運の良し悪しだけで勝敗の9割が決まってしまうクソゲーだ。ならば引きが悪くてウンコのような手札しか得られなかったプレイヤーは、何をすれば勝てると思う?」
(続く)
<次回予告>
次回「永遠の別れ」
更新は明日18時40分。
最終回まで、残り3話。




