58:決着
全長10メートルの巨大な黒い狼が邪神に走り寄る。気付いた邪神は瓦礫の混じった衝撃波を飛ばしてきたが、今のチワキチをその程度で足止めする事はできない。魔王の眷属である巨大魔獣、ダークネスチワワロードは、対戦車徹甲弾の直撃にも耐える物理防御力を与えられているのだ!
とは言っても邪神はすっごく巨大である。体長600メートル超えの邪神から見れば10メートル程度の生き物は、ちっこい虫である。30センチのメガフランクソーセージに5ミリ未満の小さな蟻が挑みかかるようなものである。ここまでウエイト差があると、最終究極形態のチワキチでも倒すのは難しい。
しかし邪神から見れば、体表を走り回ってあちこち噛みついてくる生き物の存在は非常にウザかった。
邪神は身をよじらせ、魔獣を振り払おうとして暴れるが、チワキチは噛みついては離れてまた別の場所を噛み、吼えかかって注意を引きつける。
「チワキチが頑張ってくれているうちに、お兄ちゃんは準備! 聖なるトングを収納袋から出して!」
「ふぁっ!? ええええ、えっと、こ、これっスか??」
「それを空に向けて、邪神さんにぶつける唐揚げを召喚する! できるだけたくさん!」
「ふぁああああ!? ええええ、か、唐揚げさんからあげさん、おいでください!!」
聖なるトングの先に、いくつもの唐揚げが出現した。トングにはさみきれない唐揚げが、魔力で空中に浮かんでいる。
「もっとたくさん! もっと!! いっぱい!!」
「地球のみんなー! オレっちに唐揚げをわけてくれー!!!」
さまざまな唐揚げが世界中から召喚され、それらが集まった巨大な塊が周作の頭上に形作られた。 そうっ! 唐揚げ玉である!!
「射線よし! 唐揚げショット、エネルギー充填! すべてのパワーを唐揚げに! 呪文詠唱!」
「うまいうまいうまい、美味しい唐揚げほっぺた落ちる、唐揚げ本舗の唐揚げ祭り、一口食べれば寿命が延びる、二口食べれば死ぬまで生きる、至高最高究極無敵、宇宙最強唐揚げ無双おぉぉぉ!!!!!!」
「チワキチが離脱した! 今だ! お兄ちゃん、いっけええええぇぇ!!!!!」
スマホの合図で、高速画像処理にも止まらぬ速さで唐揚げが放たれた。
周作の究極奥義、グランデエクストラショットこく旨唐揚げプレミアムである。魔法力で光速の30%まで加速された、静止質量1トンの唐揚げが邪神めがけて放たれた。
―― さて、周作もスマホもまったく理解していなかったが、この邪神は光属性である。つまり光の魔法力が含まれた何かをぶつけても、邪神には効かない。
だが周作の攻撃は、その常識を力業で押し切った。超高速の唐揚げは、魔力による反発作用に打ち勝って邪神の体を貫いた。
唐揚げに込められた膨大な魔法力は、さすがの邪神も瞬時には吸収しきれなかった。光の奔流がその体を内部から焼き尽くし、邪神は地上に太陽が生まれたような、すさまじい閃光を放って爆散した。
そして同時に強烈な熱線と、大量の放射線・中性子線が放出された。
この爆発は、唐揚げ約20メガトンに相当するカロリー量だった。発生した衝撃波は地球を3周してもなお空震計に記録され、衝撃を遮る山地が無かった太平洋側では1000キロ離れた小笠原諸島でも窓ガラスが割れた。
唐揚げの常識をはるかに超えた膨大なカロリーが、関東平野全域の人や物を無差別に焼き払った。とてつもない爆風があらゆる建造物を破壊し、物陰にいて熱線の直射をまぬがれた人間も、激烈な圧力変化で鼓膜や眼球や肺が破れて死亡した。
邪神が爆発した場所には巨大なクレーターができ、人が暮らしていた痕跡は何一つ残っていなかった。
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雷鳴のあとバラバラと音を立てて降ってきた黒い氷の粒は、やがて灰の色をした大粒の雪に変わり、誰もいなくなった街に もさりもさり、と舞い落ちる。
邪神の爆発で上空に舞い上がった土砂や煤の混じった黒い雪が、街を灰色に変えていく。空は黒い雲に覆われ、日中なのにひどく薄暗い。
「……寒いね、お兄ちゃん」
「……」
「衝撃波が到達する前に、地下に避難できて良かった!」
「……」
「魔法力を含んだ熱線や一次放射線は魔封ペンダントで防げたけど、二次的な放射性物質や爆風は防げないから!」
周作達は地下鉄の線路に添って地下を移動し、被害が比較的少ない地域に来てから地上に出てきた。ダンジョン探索の経験が役立っている。
スマホは放射線計測アプリで地上の放射能を調べたが、数値はそれほど高くない。
邪神の爆発で放たれた一次放射線は強烈だったが、核分裂反応ではなかったため放射性物質はほとんど生成されていない。地下鉄出口から出て行動しても大丈夫そうだ。雪も振り方が弱くなってきて、そろそろ止みそうである。
「……チワキチは……駄目だったんスか」
周作にそう言われたスマホは、辛そうな表情になった。
「チワキチの防具では、魔力熱線や魔力放射線を防げなかったから……熱線は体力で耐え抜いたけど、中性子線で細胞が破壊されて……」
「苦しかったっスか……」
「わんわわわん」
「浴びた直後には痛くも痒くもなかったから、普通に走って合流できたって」
「わおん?」
「大丈夫! 完全回復薬を飲んだから、DNA損傷は完全に修復されてるはず! 体の大きさが変わって『復元』を使いづらくなってるから、焦げちゃった毛は生え替わるまで我慢!」
「わふん」
熱線でチリチリに毛が焦げて、トイプードルのような姿になったチワキチが、スマホに抱かれて尻尾を振っている。究極形態になった反動がひどく、回復薬を飲んでも筋肉痛がまだ残っているが、非常に元気である。
周作は地下道の出口階段に腰をおろし、死んだ魚のような目で暗い空を見上げ、ボソリと言葉を発した。
「助けられなかったっス。誰も」
そう言うと、がっくりと頭を落として沈み込んだ。
スマホが収納袋から熱々の焼き芋を取り出して差し出してきたが、周作は無言で首を振って受け取ろうとしない。
「そこはまあ、東京は全滅したけど、東京以外は助けられたという解釈で」
「……」
東京が死の街と化した状況で、前向きに明るくできる東京出身者は多くはあるまい。
落ち込んでいる周作を元気にできるアイテムが何か無いかと、スマホは収納袋の中をもう一度のぞいてみた。
「……あれ? こんなもの入れてたっけ?」
スマホが袋から取り出したのは、「呪いの人形」キーホルダーである。葉書くらいの大きさの黒いプレートが繋がっている。それを手に持って眺めていると、プレートがキラキラと七色に光り、表面に文字が浮かび上がってきた。
「……『<邪神撃破>の実績が解除されました』?」
その下に何かの数字が並んでいる。
「……これって……緯度と経度だ!! 衛星軌道上の測位システムは無傷だから、GPSを使ってこの場所を特定できる!!」
スマホはチワキチに戦獣態になれるかどうか聞いて、大丈夫だという返事を得ると周作に声をかけた。
「お兄ちゃん! 宝探しに行くよ!」
「た、たからさがし??」
「邪神さんを撃破したから、新しいシナリオが解放されたの!」
「あたらしーしなりおがかいほーされた???」
思考が停止して何も考えられなくなっている周作を、トイプーめいた姿の魔獣の背中にむりやり乗せて、一行は移動を開始した。
(続く)
<次回予告>
邪神を倒しても、話は終わっていなかった。真のエンディングがこれから始まる。すべては魔王のシナリオ通り。
次回「魔王の置き土産」
更新は明日17時30分。




