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56:決断

 邪神が跳ねた。飛んだ。力強く全身をしならせて、すさまじい力で大地を蹴って大空へと舞い上がった。


 邪神の重さはどれぐらいだろうか。スカイツリーの地上部重量が3万6千トン、それよりもはるかに太い邪神なら数十万トン、いや数百万トンあってもおかしくない。


 だが特殊素材エアロゲルのようなーー発砲スチロールの5分の1以下の重さしかない――超軽量の体を、魔力で強化しているという可能性もあるので……


 などと考察しているうちに、邪神が地響きをたてて落下した。その衝撃で、破壊された建造物と大量の土砂が周囲に舞い上がる。地面が凹み、振動で大きく波打って周囲の建造物が追加で砕け飛んでいく。


 うん重かった。すっげー重かったわ邪神。むしろどうやってジャンプしたのか問い詰めたい。おそらく慣性制御とか重力制御とかの魔法を瞬間的に使ったに違いない。魔法が通れば物理学は引っ込む、小学生でも判る常識である。


 そして着地した邪神は足元、いや根元のバランスを崩し、ゆっくりと横に倒れこんでいく。とは言っても巨大なモノが倒れていくのでゆっくりに見えるだけで、実際には勢いよくコケている。


 轟音と共にふたたび舞い上がる土砂、大きく揺れ動く地面。邪神は横倒しになったまま、びっこんびっこんと激しく動いて跳ね、くねり飛び、大地を縦横無尽にのたうちまわった。何というか、動きがキモい。


 苦しんでいるのか喜んでいるのかさっぱり判らないが、とにかく邪神の動きが止まらない。町はどんどん破壊され、家屋の中に生き残りがいたとしても生存は絶望的である。


 黒い円柱が飛んだり跳ねたりする様子は、周作達がいる場所からでも目に入った。細かい状況までは判らないが、何かが燃えているらしき煙も立ち昇り始めた。


「なんか、あのひとが暴れてる!」


「ふぁああああ、どどどど、どうすればいいんっスか!!!」


「ヴォウウウウ」


 チワキチは困惑している。ミサイル程度なら当たってもどうという事はないが、何十万トンもある巨大質量のボディアタックは防具で防げる攻撃ではない。


「とっ、とりあえず、支度(したく)はできたっス」


 本格的に逃げる支度である。チワキチは魔王印の防具に加えて普通の乗馬装具を装着し、周作が背中の(くら)にまたがって手綱を握っている。こんなこともあろうかと、なんでも鞄……ではなく亜空間収納袋に入れておいた乗犬用装備である。


 スマホも周作に抱きかかえられるようにして一緒に乗っている。あとはチワキチに運んでもらえば、すぐにどこにでも移動できる。道路がすべて(ふさ)がっていても魔獣移動であれば問題はない。


「キッチンカーに戻るの?」


 スマホが後ろに体をひねって、周作を見上げるような姿勢で問いかける。


「そ、そのほうがいいっスか?」


「キッチンカーに引きこもっていれば安全だって、おじいちゃんは言ってたけど……」


 スマホは少し考える様子をしてから、言葉を続けた。


「……みんな死んじゃって、日本も滅びちゃって、誰もいなくなった場所で、ダンジョンに引きこもって暮らしていくの?」


 周作は答えられなかった。


 彼は商店街で「普通の人間」として ーー 家族から見放されたヒキニートでも、普通の就労ができないウンコでもなく ―― 普通の事を普通にできる人間として、普通に、ただ普通に暮らしていきたかった。実力者になって「すごいです」と言われなくてもいい、名も無いモブでいい。共同体の一員として受け入れてもらって、居場所が得られればそれで良かった。


 その夢が、自分には夢でしかないと諦めていた事が、ようやく実現したと思った時、邪神のせいで共同体が壊れてしまった。商店街は滅び、周作は根無し草になってしまった。


 東京が滅びても、キッチンカーで移動しながら旅を続けていくことはできる。ダンジョン産物があれば生活に不自由することもない。


 孤独耐性のある真性のヒッキーならば、世界のすべてが滅びても、部屋に引きこもって好き勝手な事ができればそれで良かっただろう。人工知能と犬だけが会話相手の一人暮らし? 他人がいない生活、この上なく快適じゃないか!


 周作が心の底からそう思える人間であれば、ここで迷わずキッチンカーに向かっていただろう。だが周作は魔王が言ったように、良くも悪くも社会生物だった。彼は ーー 一度は得た居場所を、見捨てて逃げるという決断ができかった。


 言葉に詰まって固まっている周作に、スマホが言った。


「お兄ちゃん、人生の分かれ道に立った時は、自分が求めているものは何なのか、それを見つめ直せって、おじいちゃんが言ってた!」


「も、求めているもの?」


「たとえば『たたかう』が選択肢にあっても、それは事態を変えるための手段であって、目的じゃない! だから『にげる』『おまわりさんを呼ぶ』『敵を味方に変える』を選んでもいい!」


 とはいえ今回の場合、邪神には警察も自衛隊も役に立たないし、話し合いのできる相手でもない。『たたかう』『にげる』の二択である。


「でも、求めているものが『戦い』だったら、『たたかう』以外は要らない! 手段のためなら目的は選ばない!」


「それって、ただのバトルジャンキーっスよね?」


 まあ戦いに限ったことではなく、誰かと仲良くするのも、他人から評価されようとするのも、共同体に参加するのも、仕事をするのも、ファッションセンスを磨くのも知識を学ぶのも食事をするのも健康に気をつけるのも、本来は自分の生存率を高めるための手段にすぎないはずである。


 それなのに手段にとらわれて目的を見失い、「評価点が低いから首を〇る」「健康のためなら死んでもいい」というような思考にとりつかれる。人間にはよくある行動錯誤である。


「で、たたかうのが好きだったとしても、強豪さんとガチで勝負して自分のワザマエを高めたいひとと、仲良しさんを集めてバトルゲームを楽しみたいひとと、弱そうな相手をいたぶって娯楽にしたいひとでは、求めているものがみんな違う!」


 同じ趣味に見えてもガチ勢とエンジョイ勢では目的が水と油、というか水と金属ナトリウムなので、両者を接触させると炎上する。


「だから自分が本当に求めているものは何なのか、それを理解してから選択肢を選ばないと、周りを巻き込んで爆発するシナリオ分岐に進んじゃうんだって!」


 他人が嫌な顔をしても自分のこだわりを追求したいのか、自分の好みは二の次で(どうでもよくて)周りの人に褒めてもらいたいのか。

 一人だけになってもモノやコトを形にしたいのか、みんなで作業する一体感が無いとやる気がおきないのか。

 正論で殴りつけて感情を踏みにじる奴と、お気持ちを振りかざして原則をねじ曲げる奴、どちらのほうが許しがたいか。


 人間の性癖は百人百様(ひゃくにんひゃくよう)、すべての人間を満足させられる展開は無い。あちらを勃てれば、こちらが勃たないのである。


「で、お兄ちゃんは今、何がしたい?」


「ふぁっ!? な、何がしたいって、何をすれば?」


「それをいま決めるの。邪神さんをやっつけるのか、放っておいて関わらないようにするのか」


 周作はスマホの言葉を聞いて、思いっきり引きつった顔になった。


「や、やっつける? あれを?? いや無理無理無理、そーゆー非現実的な話は無しにしてっスね、やっぱ逃げるしかねーっスよね?」


「……お兄ちゃん、判断オンチ」


「ふぁっ!???」


「おじいちゃんは、『頑張ればお前達でも倒せる』って言ってた!」


「た、倒せるって……邪神さんを? そ、そんな事言ってたっスか????」


「言ってた!」


 確かに53話で言っている。「頑張ればお前達でも倒せる程度の小物」だと。


「おじいちゃんとお兄ちゃん、どっちの判断が正しいと思う?」


「そ、そりゃまぁ魔王様」


「だから倒せる! お兄ちゃん一人では無理でも、みんなで力を合わせて頑張れば倒せる! おじいちゃんは嘘を言わない!!」


「そ、そうなんスか???」

「ヴォウ」


 周作は救いを求めるようにチワキチに話しかける。チワキチは一声鳴いて、肯定するようにうなずいた。


「だから、お兄ちゃんが本当に求めているものが何なのか、それをスマホに教えて! 現実的かどうかは考えなくていい! お兄ちゃんには正しい選択肢を選ぶための知識も判断力も無いから、何をしたらいいかはスマホが考える!」 


 自分に知識や判断力が無い場合、やりたいことを誰かに伝えて、何をしたら良いのか判断を任せるのも一つの方法である。しかしその場合、相手が正しく判断できる能力を持っているか、信用して良いのかが問題になる。判断をまかせた相手が詐欺師だったり無能コンサルだったりオカルト医療師だったりすると行き着く先は地獄の深淵である。


 とは言っても、周作にとってスマホはこの世で一番信頼できるパートナーだった。何をすればいいか悩むのはやめて、やるべき事の考案は彼女に丸投げすることを決意した。


 あとは自分が本当に求めているものを正しく理解する、それだけは周作が自分自身でやらねばならぬ仕事であった。


 周作は考えた。自分にとって戦いは目的ではない。「たたかう」も「にげる」も何かを達成するための手段である。ならば、自分が本当に求めているものはいったい何だ?


「……商店街っス」


「商店街?」


「オレっちがウンコ呼ばわりされずに、普通の人間として暮らしていける居場所。唐揚げを売って学生さんに美味しいって言われたり、クリーニング屋のおばちゃんに晩酌のつまみに買ってもらったり、そーゆーすっげー平和で、何もかもが普通で、ぬるま湯に浸ったよーな暮らしができる場所」


 周作は何かが吹っ切れた顔になり、遠くで暴れている邪神を見た。


「邪神を倒して、東京を元の姿に戻して、商店街の皆様を生き返らすっス!!!!」


(続く)


<次回予告>


 ついに立ち上がった唐揚げの勇者。邪神調伏、東京復活、護国救民! 魔法の力で商店街を救うのだ!


次回「邪神大戦」

更新は明日15時10分。


いよいよ始まる最後の戦い、滅びるのはどっちだ!(え?)

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