53:東京、壊滅
「うむ、良い天気だ」
魔王と周作たち一行は、魔王城のある荒川の河川敷に来ていた。気温は低いが風は無く、空は雲一つなく晴れ渡っている。
「貴様のペンダントを出せ」
魔王に言われて、周作は胸元から黒い円柱を引っ張り出した。ペンダントヘッドは昨日よりもさらに大きくなり、長さ30センチほどになっている。
「ふえぇ、なんかもう、ペンダントっていう大きさじゃないっスよ。言われた通り抱いて寝てたっスけど、夜中にムクムクおっきくなってきて、触ると熱いし、時々ビクンって動くんで、すっげー気持ち悪かったっス。何なんっスかコレ」
「何なのかはすぐに判る。それを地面に立てて、先端を天に向けるのだ」
「ふぁ?……こうっスか?」
周作が地面に立てた謎の物体は、先のほうに溝のようなくびれが一周している。先端は弾丸状にふくらんでいて、全体の形は目鼻の無いコケシ、あるいは地面から生えたキノコのようにも見える。より具体的に言うならマツタケ、あるいは珍菌のタケリタケに似ている。先端部はテラテラと光沢を帯び、茎の部分には血管状の筋が浮き出て脈動している。
「それを手で撫でさすって刺激しろ」
「な、なでるんっスか?」
「もっと大きくなるよう念じつつ、貴様のすべての魔力をそれに注ぎ込みながらマッサージするのだ」
「ふぇえええ???」
周作は、言われたとおりペンダントヘッドに魔力を注ぎ込んだ。日本全土を何回も吹き飛ばせるほどの膨大な光の魔力が、音も無く吸い込まれていく。
周作が魔力切れになり、一息ついて究極回復薬を飲んでいる時に、突然それは起こった。
円柱がいきなりビクンビクンと動きはじめ、周作は驚いて手を放した。しかし円柱はしっかりと自立したまま動きが止まらない。そして長さも太さも急激に大きくなっていく。異様な状況に驚いたチワキチが、戦獣モードにチェンジしてガウガウと吼える。
パニック状態の周作はスマホに抱きつきながら悲鳴をあげ、スマホは周作を背中にかばいながら目の前の状況を見つめる。
不気味に高笑いする魔王の前で、謎の円柱はあっという間に高さ634メートルの東京スカイツリーに匹敵する高さまで伸び上がり、天空に向かって黒々とそそり勃った。
円柱から大量の熱気が立ち昇る。それが空中で黒い雲を産み出し、一定の高さまで上がると、今度は水平方向に平たく横に広がっていく。そして空を覆った雲は渦を巻きながら、東京都の紋章のような奇妙な模様を創り出した。
黒い円柱が脈動し、先端から白く輝く奔流が噴出して、上空に描かれた模様の中心部へと吸い込まれていく。
「なななな、何っスかあれ!!!」
「『邪神のかけら』が復活したのだ」
「何っスかそれ!!!」
「かつて、わが世界に邪神と呼ばれる存在が降臨した。魔王の力でも勇者の力でも倒すことはできず、精霊族や古龍族など、あらゆる種族が協力してその活動を止めた。
そしてふたたび動き出すことがないよう、邪神の活動を司る中枢部分を切り落とし、魔力をすべて抜き取って封印した。それがあの『邪神のかけら』と呼ばれるアイテムだ。この魔王が密かに封印場所から拝借していた」
うん駄目だ、保管しているものを勝手に持ってきたら泥棒だ。
だがまあ魔王は魔王なので、そういうヤンチャな話はよくある事である。
「いや待ってほしいっス! そんなもんに魔力を与えたら蘇っちゃうじゃないっスか!!!!」
しかし周作は焦っていた。邪神復活イベントには慣れていないようである。
「うむ、見事に蘇った。貴様の功績だ」
「いやいやいや功績とかじゃなくてですね、そんなもんを蘇らせて危なくないんっスか!?」
「蘇った邪神は、完全体になるため、わが世界にある他のかけら達と繋がろうとして、神の力を使って異世界ゲートを開く。その時、この魔王は元の世界に戻ることができるのだ。すべては計画通り」
そう語る魔王の目前で、「邪神のかけら」の上空、怪しい紋章の中心が白く輝いた。空間が割れて、その中に青い空が見えた。
「……ゲートが開いた。今まで世話になったな。これで貴様とはお別れだ」
そう言って、魔王は装備換装の呪文をとなえ、漆黒のフルアーマー姿に変わった。髑髏を模したフルフェイスマスクを装着したので、表情はもう読めない。
「この魔王がわが世界に戻ったら、むこうの世界にある『残りのかけら』がこちらの世界に召喚されてくるのを食い止める。そのあと、わが魔力で異世界ゲートを塞いでおく。放置しておくと空間エネルギーが乱れて両方の世界が滅んでしまうからな。それですべて終了だ」
「ちょちょちょ、邪神は? あそこにいる邪神さんはどーするんっスか!??」
周作は天に向かってゆっくりと動き続ける、巨大な黒い円柱を指さした。
「アレは、ここに残していく」
「ええええ、暴れたりしないんっスか!?」
「邪神なので普通に暴れる。完全体になるのを寸止めされれば、奴は欲求不満が爆発して23区内を徹底的に破壊しつくすだろう。日本は国家として機能不全になり、世界経済は不可逆の混沌に飲み込まれる」
「えええええええええ!!!!!!」
「とはいえ、こちらの世界では魔力が自然回復することはない。放っておけばそのうち力を使い果たして萎えしぼんで消滅する」
「しょ、消滅するまで、どれぐらいかかるんっスか!??」
「暴れ方にもよるが、100年ぐらいかな」
周作は絶望に満ちた顔になった。
「ああ心配するな、キッチンカーは核シェルターよりも強度が高い。中に入って引きこもっていれば貴様らは安全だ。
『唐揚げの迷宮』の宝箱内に食料や魔法薬、さまざまな備品類がランダムでポップしてくる設定にしておいたから、暇な時に娯楽兼用でそれを拾って回れば、外に出なくても生活には不自由しない。その気になればダンジョン内の自然環境エリアで農業もできる。
衛星インターネットサービスも契約しておいたので、東京が壊滅しても外置きアンテナを設置すればインターネットが見られる」
ちなみに統計によるとネットでの日本語発信者は東京近郊が一番多い。東京が壊滅したら日本語情報は激減しそうである。
「おじいちゃん、あのひとをやっつけてから帰るんじゃ駄目なの?」
スマホが泣きそうな声で、魔王にたずねる。
「駄目だ。あれを倒してしまったらゲートが閉じてしまう。奴に何かするのは、この魔王が帰ってからにしてもらわねば困る」
「でも、あのひとが暴れたら、東京が滅んじゃうんでしょ? 商店街のおじさんやおばさんや、うちのお客さん達も、みんな死んじゃう!」
「尊い犠牲だ。良き来世に転生できるよう祈ろう」
スマホの横で聞いていたチワキチが、ええええ、という顔をした。
「ねえおじいちゃん、おじいちゃんなら、あのひとを止められるんでしょ? お願い、あのひとに暴れないように頼んで!」
「邪神は頼みなど聞かぬ。むろん、この魔王ならば倒すのは簡単だ。頑張ればお前達でも勝てる程度の小物にすぎぬ。だが倒してしまったら、この魔王は二度と元の世界に戻れなくなる」
スマホが苦しそうな表情になり、涙があふれた。それを見た魔王は近づいてそっと手を伸ばし、彼女の頬に流れた涙を浄化した。
「……お前の顔を見ていると、この魔王の決心が鈍る。このままお前たちと一緒に、こちらの世界で過ごすのも悪くないと思ってしまう」
「おじいちゃ……」
「だからもう」
そう言いながら、魔王はスマホの顔を手で掴んだ。
「その顔を、この魔王に見せるな」
魔王は指に力をこめ、太い骨でも簡単に粉砕するその握力で、
スマホの顔を、
ぐしゃり、 と握り潰した。
(続く)
<次回予告>
機械は死なない、壊れるだけだ。
画面が割れたスマートフォンも、基板が無事なら蘇る。
頑張ってスマホ! ほらっ、新しい顔よっ!!
次回「元気100倍、スマホちゃん!」
更新は明日12時30分。
ここからは、本当の死と隣り合わせのシリアス展開。




