52:邪神、覚醒
『エビィ~~ビッビッビ~~! この商店街のすべての食い物は、われら邪神食品が支配するエビ~~!!』
「う~~ん、月並みなセリフっスね~~。コスチュームも安っぽいっス」
「でもお兄ちゃん、ご当地ヒーロー番組の悪役なんて、だいたいこんなもんだよ?」
「ローカルテレビの5分番組って、宣伝効果がどれぐらいあるんっスか?」
「SNSとかで紹介してバズれば、それなりにあると思う」
「んで、バズったっスか?」
「『いいね』が3件ついた」
キッチンカーに設置した無線モニターで、魔王がスポンサー提供している地元ローカル放送を暇つぶしに見ながら、周作とスマホはぼんやりと店番をしていた。番組に興味の無いチワキチは、足元で昼寝をしている。
モニター画面の中では、「魔王からあげ本舗のスーパー唐揚げ」を食べてパワーアップした正義のヒーロー、星雲唐揚げ仮面が、怪人エビフライ男に決め技のカタルシス暖め直しウェイブをかけて改心させている。商店街には特に変わった事件も無く、平和である。
「客足はどうだ」
ラップ音と共に、空間から魔王が登場した。
「あー駄目っスね。お昼時を過ぎると、夕方までほとんど客が来ないっス」
「家賃を払ったり、従業員を雇ったりしていたら赤字だったな」
周作に話しかけている魔王は、持ち手のついた四角い箱を手にぶら下げている。
スマホはそれを見て声を上げた。
「あ! ケーキだ!」
魔王はそれを聞くと、良い機会だから教えておこう、と言ってキッチンテーブルの上にケーキの箱を置き、亜空間から椅子を出して腰掛けた。雰囲気からして話が長くなりそうである。
「魔族とヒューマンでは同じ『ケーキだ』という言葉でも、使った時の意味がまったく違う」
魔王はケーキの箱を開けた。その中には、ココナッツとクルミを練乳で炊いた白いフィリングを上面にたっぷり乗せた、丸ごとのチョコスポンジケーキが入っていた。
「魔族が『ケーキだ!』と言う場合、ケーキそのものに興味がある。周りの者もそのケーキに注目して、自分と違う視点から、自分の知らないケーキ情報を与えてほしいと思っている」
「そう!スマホは、このケーキにすごく興味ある!」
「そういう者には、『これはケーキ屋の親父の出身地で誕生日の定番になっている、ジャーマンケーキという菓子だ。今日は親父の誕生日なので、年に一度だけ限定販売している』という情報を与えてやるのが適切だ」
「ふぁ? 今日って比嘉さんの誕生日なんっスか?」
「ところが、ヒューマンはヒューマンにしか興味を持たないので、こういう感じでヒューマンに関係のある情報にしか食いつかない。モノやコトに関する説明をしても聞き流して、何も覚えていない。そういう情報は定型的なヒューマンには不必要だ」
「ジャーマンケーキって、ドイツのお菓子?」
「アメリカの菓子だ。魔族は、そういう感じでケーキそのものの情報を掘り下げたがるが、ヒューマン関係の話題には興味を示さない」
「人間さんは『ケーキだ』って言っても、ケーキに興味を持っているわけじゃないの?」
「定型的なヒューマンが『ケーキだ』と言った場合、それは『ケーキを見た私はどんな気持ちか判る?』という問いかけだ。ケーキは相手と交流するための道具にすぎぬ。重要なのは相手がどう思っていて、どう答えたら相手が喜ぶかだ。
ヒューマンは何一つ意識せずにそれを考えられるが、魔族の場合はヒューマンに教わりながら訓練しないと、自分の基準で非ヒューマン的な反応をしてしまう」
「ケーキの事はどうでもいいから、相手の気持ちを考えるの?」
「そうだ。そこを読み間違って『このケーキはあそこのケーキ屋で売ってますよ』などと言ってしまうと、『お前は俺にケーキを見せびらかしておいて、分けてくれる気は無いのだな! それならお前は敵だ! 今すぐ〇す!』という反応が返ってくる」
「そこまで怒る?」
「答える時の表情や口調がヒューマン基準で不快だと、マジでそういう反応もある。ヒューマンは会話内容ではなく、相手の態度によって微笑むか殴るかを決めている。
お気持ちに寄り添っていますという態度や言動を瞬時に擬態できないと、魔族だという事がバレて討伐されてしまう。社会生物は集団に同化できぬ者を許さない」
「魔族さんの国では、みんなで寄り添い合わないの?」
「魔族が他者に求めているのは、自分の頭では考えつかぬ、異質な視点や発想だ。それゆえ変わり者だからという理由で排除はせぬが、同質な者と馴れ合う理由も判らぬ。同族と群れたいという欲求が、魔族にはほとんど無いのだ」
「それだと、みんなと行動を合わせるのが難しそう」
「だから一人で何かをするのが常態になっている。魔族が誰かと行動を共にするのは、目的地がたまたま同じで、お互いに協力したほうが有利な場合だけだ。
誰かと仲間であり続けるために相手に合わせる、そのような同調行動を魔族は理解できぬ」
「一人で生き続けるのって、寂しくない?」
魔王はその問いには答えず、曖昧に笑ってケーキを切り分けた。
そして亜空間から出したポットから、湯気の立つ黒い液体を人数分のコーヒーカップに注ぎ、皿に乗せたケーキと一緒に配る。
「これはわが世界の、コフィマルトという飲み物だ。意訳すれば『エルフのコーヒー』だな。ジャーマンケーキと合う。
コーヒーと違って血わキ知でも飲める……ああ、熱いから冷めてからにしろ。いやお前はこのケーキは駄目だ、チョコレートを食うと死ぬから犬用の芋ケーキをやろう」
「わうーん」
「あ、美味いっス」
「コーヒーっぽいけど、材料は何なの?」
「鑑定魔法が効かぬ、謎の黒い豆だ。森エルフ族の未婚の娘だけが製造加工を認められている。独特の芳香があって、飲むと魔力が回復する。
ジャコウネコ獣人の村で作られている『コフィルアク』と共に、最も単価が高い飲用豆だ」
「高級品なんっスね」
「わふわふ」
「お芋のケーキとも合うって」
おやつを食べ終わると、周作は魔王にたずねた。
「えっと、ケーキ屋に『おもたせ』の唐揚げを持っていってもいいっスか?」
「誕生日プレゼントか?」
「比嘉さん、お店で誕生日ケーキ買う人に、うちの唐揚げを一緒に子供さんにあげると喜ばれるよ、って言ってくれてるんスよ。そのお礼をしといたほうがいいと思って」
それを聞いた魔王は ぽん、と膝を叩いた。
「うむ、そういう日々のさりげない交流が、下町商店街には必要なのだ。貴様もだいぶ、地域付き合いというものが判ってきたではないか」
周作、この間まで他人と目を合わせることすらできないヒキニートだったとは思えぬ気遣いぶりである。魔王が褒めるのも当然である。
「そ、そーっすか、えへへ……ふぁっ!!!!」
周作が突然ビクっと驚いて、胸に吊るしているペンダントを引っ張り出した。
「い、今、なんか動いたっス!!!!」
ペンダントヘッドが、一回り大きくなっていた。皆が見ている目の前で、奇妙な形をしたそれが、びくん、とはっきり動いた。
「ふぎゃああああ!!!!」
「……目覚めたか、ついに」
魔王が静かにそう言った。
「目覚めた? おっきしたっスか? 何っスかこれ!?」
「貴様の魔力が、異世界と繋がるために必要な数値に達した徴だ。この魔王が、わが世界へと戻る時が来た」
「ふぁああああ!???」
「おじいちゃん、戻っちゃうの!?」
「わんわんわわん!!」
「うむ、名残惜しいが、明日の朝、この魔王はこちらの世界を去る。今日がお前達と一緒に過ごす、最後の夜になる」
「えーやだ! スマホと一緒に、もっと勇者ごっこしようよ!」
「スマちゃん、わがまま言っちゃ駄目っス。魔王様を故郷に送り届けるっていうのが、魔王様との約束だったっス。……オレっちは、何をすればいいんっスか?」
「それは明日、あらためて指示する。……貴様も立派になったな。まだまだ未熟な部分はあるが、この魔王がいなくなっても大丈夫そうだ」
「……本当に、帰っちゃうんっスか」
「この物語も、ついに完結を迎える時が来た。貴様とは今生の別れになるであろうが、強く生きていくがよい。ヒューマンの生は短い。立ち止まっている暇は無いぞ」
「……もっともっと、色々な事を教えて欲しかったっス。オレっちは、もし魔王様と出会っていなかったら……」
「いい大人が泣くんじゃない。貴様はもう、自分が何をすべきか、自分で考えて進んでいかねばならぬのだ」
「わううううん」
「……血わキ知よ、お前はわが眷属であるゆえ、わが世界にこの魔王と共に行くこともできる。こちらの世界に留まっても良いが、お前自身はどうしたい?」
チワキチは、魔王と周作・スマホを見比べて、ものすごく困った顔をした。
「即答せずとも良い。一晩、ゆっくり考えるがいい。
今夜はお別れパーティーだ、あらゆるご馳走を食べ放題にしてやろう。短角牛のバーベキューも、ミナミマグロの大トロも、茹でたてタラバガニも、隠し持っていたあらゆる料理も全部出してやる」
「すげぇっス、魔王様太っ腹」
「魔界の王の本気、今こそ見せてやろう。ふははははは」
こうしてその日、彼らは共に笑い、共に泣き、最後の夜を共に過ごした。
日本滅亡のカウントダウンが始まった事に、魔王以外は誰一人気付いていなかった。
(続く)
<次回予告>
こちらの世界が滅びても、それが魔王にとって何の関わりがあるのか。周作が絶望しても、それに同調する必要があるのか。魔族が求めるものは自分の理想、他者に寄り添うことはない。
次回「東京、壊滅」
更新は明日11時20分。




