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50:ラストダイブ

 ぽぽぽぽ~~~ん、という音と共に、ダンジョン最深層に潜っていった周作が、ベッドの上に帰還した。


「わんわんわわん!!!!!」


「あーチワキチ、ただいまっス」


「無事に戻ったか。目的のアイテムは手に入ったのか?」


「ははははいっ、えええ、えーと、これでいいんっスか?」


 周作は収納袋の中から、黒光りする板のようなものを取り出して魔王に見せた。


「おお! それだ!『魔封龍の芯鱗』!! それを使えばスマホを助けられる!」


「ふぁああああっ!!! じゃじゃじゃ、じゃあ、ははは早く!!!!」


 アイテムを受け取った魔王は、騒ぎ立てる周作に麻痺呪文をかけて黙らせた。

 それから龍の黒い鱗を、何種類かの魔法金属と共に、床に描いた魔法陣の中央に置いて錬成魔法をとなえた。


 紫色の不気味な光が、明滅しながら空中に渦を巻くように集まる。龍の鱗がオレンジ色に光りはじめ、魔王は自らの魔力を注ぎこみながら最後の仕上げに入る。バリバリと空中に電光が走り、最後に一瞬だけ強く輝いて術式は終了した。


「……完成だ」


 魔王は魔法陣の中から、黒い鎖の先に、漆黒の宝石が吊るされたペンダントを拾い上げた。


「『魔封の首飾り』。装着者の属性と反する魔法力を、体内から吸収して排出するマジックアイテムだ。 これを身につけていれば、スマホは光の魔法力に対して無限の抵抗力が得られる」


 周作は目を見開いて もぞもぞと動いたが、体が痺れてうまく動けない。バランスを崩してベッドの上に倒れた。


 魔王は周作を粗雑に転がしてベッドの下に落とし、その代わりに亜空間からスマホの体を出現させて、ベッドの上に横たえた。スマホの首に魔封の首飾りを装着し、自動修復とデータ復旧、プログラムアップデート実行の呪文をとなえる。


 スマホの体が一瞬、黒い霧のようなものに包まれたあと、再起動プロセスの魔法が発動した。


 スマホの胸が大きく上下に動き、呼吸が始まった。だが彼女の意識は戻らない。スマートフォンで言うと、起動音がしたけれど画面は真っ黒の状態である。


 魔王は周作の麻痺呪文を解除した。周作は飛び起きて、ベッドにいるスマホに近寄った。


「す、スマちゃん!? スマちゃんっ!!!!」


「あわてるな、充電しなければ目覚めない。貴様が生体エネルギーを分け与えるのだ」


「せせせ、せいたいえねるぎぃぃー」


「口づけでもプラグイン充電でもいい」


 周作は寝ているスマホの上にのしかかり、両腕で彼女の体を抱きしめた。絵面としては弱者男性が小学生の金髪美少女に襲いかかっている情景である。どう見ても通報案件である。


 というか、こういう場面では、そっとキスして目覚めさせるほうが演出的に美しい。駄目だ、何も判っていないな周作!


 とはいえいきなり振り切れて、この場でプラグイン充電を始められてもそれはそれで描写に困る。とりあえずこのまま様子を見ていこう。


 5分ほどそのままじっと抱いていると、スマホがかすかに声をたてた。


「……ん」


 彼女の目が、ゆっくりと開いた。


「……お兄ちゃん?」


 その声を聞いた周作はあわててスマホから離れ、ベッドの上に正座してスマホを見つめた。スマホは上体を起こし、怪訝(けげん)な顔で周作と向き合う。周作は顔をぐじゃぐしゃに(ゆが)めて、うわふえぇひゃあぁ、と声をあげた。


「え、何????」


「スマちゃん!? スマちゃん!!!!スマぢゃあ”あ”あ”ああああああん!!!!!」


 周作はぶるぶる震えながら、大泣きしはじめた。自分に何があったか理解していないスマホは、とまどいつつ周作の顔をのぞきこむ。


「スマちゃあああんっ!」


 勢いよく抱きしめられたスマホは、一瞬驚いた顔になったが、すぐに嬉しそうな表情になり、自分の腕を周作の体に回すと ぎゅっと抱きついて、彼女の顔を周作の胸にうずめた。


*************************


「『魔封の首飾り』を身につけていれば、光属性の勇者に接触しても問題は無い。存分に可愛がってもらうがいい」


わかっふぁ(わかった)!!」


 スマホは周作の膝の上に乗って、背中のほうから抱きかかえられながら、山盛りに具を乗せたパスタをモリモリと食べていた。充電しながら食事とは行儀が悪すぎる。しつけができていないぞ魔王!


「おかわり!!」


 食欲旺盛である。


 魔王はスマホに2杯目の山盛りパスタを与え、チワキチはスマホの前に座って、おすそわけが欲しいなー、という顔をしながら尻尾を振っている。周作は無言のまま、真っ赤な顔でスマホのお尻の感触を味わっている。


こえ(これ)おいひいね(おいしいね)。何へひう(ていう)料理?」


「名前は無い。『ダンジョンで飯を食う漫画に出てくる、ヒロインの地元の郷土料理』で検索すると出てくる食べ物だ。ネタバレになるので未見の者は検索禁止だ」


「おかわり!」


「それを3杯はさすがに多すぎる。腹をこわすから、そのぐらいにしておけ」


「はぁーい」


 スマホは勐庫大葉種(たかいプーアル)の熟茶を飲んで一服つき、後ろによりかかって周作に体重をあずけた。少女の細くしなやかな体の動きが、周作にダイレクトに伝わる。

 まだ成熟しきらない乙女の体の匂いが、ふわりと香る。パスタにトッピングしてあったハーブの強い香りが、彼女の息に混じって流れた。


「さて、これで一件落着だ。では落ち着いたところで、貴様の報告を聞こう。どうやってドラゴンの宝を手に入れた?」


 魔王に質問された周作は、びくっと体を震わせた。目が泳いでいる。


「……えっと、そのっスね、あのチェーンソーが、何とゆーか」


「ドラゴンに奪われたのか」


 周作は、うわぁバレてるよ! という顔をした。魔王は特に怒る様子も無く、淡々と話を続けた。


「まあそうなるだろうと思っていた。あれは爬虫種族に対する特効兵器だ。ヒューマンの手に握らせておくわけにいかぬ、魔封龍はそう判断したのだろう」


「え、じゃ、じゃあその、ま、魔王様は、す、すべて、お見通しで」


「すべてを教え、全部を指示してしまえば貴様の判断力が育たぬ。どういう行動をとるかは貴様にまかせてみたが、見事にラストアイテムをゲットしてきた。素晴らしい! さすがこの魔王が見込んだ男だ!」


 そう言われたが、周作はまだ不安そうである。


「……えーとその、チェーンソーっスけど、本当に渡して良かったんスか?」


「やむをえぬ。貴重な品ではあったが、渡すしかなかったのだろう?

で、具体的にどういう交渉があったのだ?」


 周作は微妙な表情をして黙りこんだ。スマホが心配そうに語りかける。


「……お兄ちゃん、何か怖い事でもされたの?」


「いや、怖いっつーか……まさかああいう事になるとは思ってなくて」


「わんわんわん?」


 魔王は興味深そうな顔で、何も言わずに周作の話を聞く。


「魔王様、前もって言っておいてほしかったっス。オレっちにも心の準備ってものが」


「お兄ちゃん、何を言ってるのかよく判んない! スマホにも判るように説明して!」

「わんわんわわん!!」


 魔王はくっくっく、と面白そうに(わら)った。


「教えてやるがいい。あのチェーンソーは、ドラゴンを性的に判らせるための道具だったのだと」


(続く)


<次回予告>


 迷宮の最深層で、コミュ障の弱者男性は、ドラゴン相手に何をやらかしたのか。

魔法のチェーンソーがうなる時、誰も知らない最強龍の秘密が暴かれる。


次回「魔封龍を判らせた男」

更新は明日09時50分。


力ではない。愛こそがすべてを解決する。

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