47:スマホの寿命
「ああ、寿命が来たか」
魔王が言った言葉を、周作はしばらく理解できなかった。
「新しいスマホを用意してやろう。この体はもう駄目だ」
「あ、あたらしい、すまほ????」
とまどう周作に、魔王は言葉を続けた。
「新しいゴーレムを作成して、魔導核になっているスマートフォンをそこに移す。心配するな、スマートフォンに保存されているエロ画像は新機種に移行しても見ることができる」
「移行……って、えええ??? よく意味がわからないっス!!! そしたら、ここにいるスマちゃんはどうなるんっスか?」
「だからもう使えぬ。魔導核を取り出したら廃棄する」
「いや待ってほしいっス。スマちゃんの記憶は新しいスマちゃんに引き継がれるんっスよね?」
「残念だが、それはない。新しい機種は勇者用の光属性になるので、闇属性の時のデータは引き継げない」
「そこは引き継げるようにしてほしいっス!! 新しい体も闇属性にしてほしいっス!!!」
「それは無理だ。貴様は勇者となって光属性が今まで以上に高まった。そういう者が生体エネルギーを分け与えると光の魔力が一緒に流れ込み、闇の術式を破壊してしまう。闇属性のゴーレムは、もう貴様のパートナーになれない」
「ふぇえええ!!!!????」
「今回は聖なる武器で刺激したのがとどめになった感じだが、それが無くとも遅かれ早かれ作動不能になっていた。いずれにせよ、この体はもう稼働限界だったのだ」
「ふぇええええええええええええええええええええええ!!!!!」
魔王は、足元でキャインキャインと鳴きながら ぐるぐる走り回っているチワキチに、落ち着けと命じて話を続ける。
「新機種も外見は今までと同じにしておく。情報処理能力は今までの16倍くらいにできる。ついでに近接戦闘能力も上げておこう。オプションパーツで強化装甲も」
「それじゃ駄目っス!! 新機種に変えたらスマちゃんが、いなくなっちゃうっス!!」
「旧機種をそのまま残したければ、収納庫に入れておくと腐らせずに保管できる」
「それじゃ意味ねぇんっス!!!! このスマちゃんを生き返らせてほしいんっス!! えっとほらその、復元のなんちゃらを使えば!!!」
「復元の杖か? 活動停止前まで戻す事はできるが、どちらにせよ寿命だぞ? 元に戻してもまたすぐ故障する。もう貴様の役には立たん」
「役に立たなくてもいいんっス!!! スマちゃんはウンコだったオレっちを支えてくれた子なんっス! オレっちの大事な家族なんっス! このスマちゃんが、オレっちには必要なんっス! お願いっス魔王様!!! どんな事でもするっスからあああああっ!!」
周作は魔王の足元に土下座して床に頭をガンガン叩き付け、鼻水をたらして泣きわめきながら懇願した。
「どんな事でもと言われてもなあ……貴様には難しいと思うが」
その言葉を聞いた周作は、がばっと顔を挙げて興奮状態になった。
「あのあのその、つまり難しいけど方法はあるって事っスよね!? だったらやるっス! どんだけ難しくてもやるっス!! 何千回死んでもやるっス!! 何をすればいいのか教えてほしいっスぅぅ!!!!」
その横で、チワキチも魔王に向かって繰り返し頭を下げている。念話で周作と同じことを魔王に語りかけているが、音声言語ではないので周作には聞こえていない。
魔王はチワキチに落ち着くよう再度命じ、ため息をつきながら床に座っている周作に言った。
「……『唐揚げの迷宮』の最深層フロアボスが、スマホを魔改造するための特殊アイテムを持っている。 貴様が単独でそこまで潜って、そのアイテムを持ち帰れば、スマホを蘇らせることができる」
「ほ、本当っスか!!!」
「だがラストフロアは地下99階だ。貴様が一人でそこまで」
魔王が言い終わらぬうちに、周作はダンジョンの入り口を開けて中に入ろうとした。魔王は無言で周作に麻痺呪文をかけ、動きを封じた。
「焦るな。深層に潜るなら、それなりの準備というものがある」
周作が、理解した、という動きをしたので魔王は麻痺呪文を解いた。亜空間からリュックサック的な荷物を取り出して周作に渡す。
「深層探索用の冒険セットだ。回復アイテム、帰還の術符などが入っている」
「えっと、体力や魔力を回復しながら、地下99階まで行けばいいんっスか?」
「特定階層ごとにフロアボスがいる。そいつらを倒していかねば先には進めぬ。99階のボスを倒せば、スマホを救うためのアイテムが手に入る」
そこまで話を聞いた周作は、聖なるトングをにぎりしめると、リュックサック的な異次元収納袋を背負って、ダンジョンの入り口にとびこんでいった。
「……やれやれ、攻略方法も聞かずに行ってしまった」
<スマホ殿は、助かるのでしょうか?>
チワキチが不安そうな思念を魔王に送る。魔王はくっくっく、と面白そうに笑いながらそれに答えた。
「まあ無理だな。あの男の実力では最下層どころか、途中の階層で挫折する」
<で、ではスマホ殿は……>
「ああ心配するな、あとで生き返らせておく。性能アップは無理だが、フリーズしないよう絶縁処理するだけなら難しくはない。お気に入りの『ぬいぐるみ』が破れて泣いている子供がいたら、修理してやらねば可哀想だろう?」
<なんと!……では何故に、あのような物言いを>
そう聞かれた魔王は何か企んでいる顔をして、にやりと笑う。
「定型的なヒューマンは魔族と違って、社会的に評価されない事をするのが生理的に耐えられない」
社会の中で生きる者は、社会的に承認欲求を満たせる行為でなければ、やる意欲がおきない。幼い子供なら家族や友人に褒められる程度でも満足できるが、周作ぐらいの年齢になると「社会」というものが身近な人間よりも重要になってくる。
たとえばネット小説を投稿した時、普通の人は多くの人達から肯定的な評価がもらえないと続きを書く意欲が失せる。誰にも読まれず評価もされず金にもならない作品を純粋に趣味で書き続けている人は、「普通の人」ではない。
「その一方、わが世界の当代勇者もそうだが、『自分が頑張れば、誰かの命を救える』という状況になった時には、なぜかテンションが爆上がりする」
<……そういう状況を作って、社会的に評価されない「ダンジョン修行」に、周作殿を自発的に向かわせた>
「そうだ。ある意味ではスマホを人質……ゴーレム質に使って、ダンジョンに棲むハイレベルな連中と闘わざるをえない状態に仕向けた。
勇者が誕生した時には、こちらから計算されたイベントを順番に提供し、魔王にとって都合の良い存在になるよう上手に歪めながら育てあげていく。それが近代魔王の対勇者戦略だ」
さすが魔王、やり方が非人間的である。人間ならば「そういう事をされたら相手がどう思うか」を無意識のうちに配慮してしまうので、理屈としては合理的でも心情的にためらう戦略である。やはり魔族、人間とは相容れない。
<ハイレベルな魔物が、深層に棲んでいるのですか>
「尿道陵辱テンタクルとか、菊門フィストファックゾンビとか、空腹カマキリ発情娘とか、ハードゲイ嗜虐ミノタウルスとか、300種類ぐらい次々に襲いかかってくる」
< そ ん な に >
「1000種類以上いるポ〇モンに比べれば、たいした数ではない。が、性癖が特殊な連中ばかりだからな。
まあ大部分は『唐揚げショット』で出会い頭に吹き飛ばせば倒せるが、33階層、風俗エリアのエリアボスだけは別格だ」
<どのような魔物なのですか>
「サキュバス・クイーン。相手の深層心理を読み取って、理想の女性の姿になって相手を性的に誘惑する女怪だ。そのささやきに身をまかせれば、骨の髄まで精気を吸い取られて命を落とす。さて、あの男がどのような対応をするか、楽しみに待つことにしよう」
(続く)
<次回予告>
迷宮の深層、暗闇の中でエロスをふりまく妖しい女。その美しき姿に周作は何を思うのか。
次回「サキュバス・クイーンの、わからせるまで出られない部屋」
更新は明日朝、06時20分。
女の部屋には、甘い罠が待っている。




