45:聖刀の継承
魔王はカーペットの上に胡座をかいて座り、周作とスマホはその前で正座した。チワキチもその隣でおすわりをする。魔王軍の御前会議(参加者3名)である。
「で、唐揚げの売り込み営業はうまくいったのか」
「えっと、新作の薄くてでっかい唐揚げは、パン屋の兄ちゃんが気に入ってくれたっス。お店まで届ければ、バンズに挟んで唐揚げバーガーにして売ってくれるって言ってたっス」
「台湾風の大鶏排をそう使うか。こちらもイベント出店時にバンズを分けてもらって、キッチンカーで揚げたてジーパイバーガーを売るのも良いかもしれん」
「ほんで、お惣菜屋さんがうちの唐揚げを委託販売してくれるそうっス。八百屋のおっちゃんも店先に唐揚げを置いて売ってくれるって言うんっスけど、そっちの代金は野菜で払うって言われたっス」
「うむ、それで良い。物々交換にすれば国に消費税をとられずに済む。上手に利用できればお互いの利益になる」
「ふぁっ? そうなんスか?」
「『田舎』では共同体の構成員同士が、直接的に物資や労務のやりとりをするのが常識なのだ。簡単にモノやサービスが手に入らぬ場所では、一人ですべてを調達するより、協力しあったほうが総合的に楽ができる。
まあ、『本当の田舎』だと老害が幅をきかせて若者は搾取されるだけになる場合も多いのだが、この町内であれば『ご近所付き合い』の範囲内で済む」
「了解っス。あと、古本屋のご主人が、こないだ祓った女の子の成仏を祈る場所を作ったから、毎週お供えの唐揚げを持ってきてほしいと」
「ん? 古本屋……? そんな話がいつあった?」
「巨乳幽霊事件のすぐ後っスよ。魔王様が今回はパスって言ったんで、オレっちとスマちゃんとチワキチが塩撒きに行ったやつ」
「よく覚えておらん。血まみれの女子高生が生足で顔を踏みに来る話か?」
「それは肉屋の田中さんの援助交際相手っス。毎晩天井裏に入り込んできて、中高年をディスる言葉をつぶやく女の子の話っス」
そう聞かされた魔王は、ぽん、と手を打った。
「あー、あれか、思い出した。天井裏に巣を作っていたハクビシンを追い出して、店主に正気度上昇ポーションを飲ませたやつだな。その後は出なくなったのか?」
「お祓いが効いたって喜んでたっス」
「まあ店主が納得しているならばそれで良い。薬の対価はもらわなくて良いが、唐揚げの代金はきちんと払わせろ」
「ういっス」
魔王は亜空間から大型タブレットを取り出し、情報ファイルを開いた。町内地図の上に、さまざまな色と形のマークが表示されている。
「この町での性癖調査は順調に進んでいる。新たに収集された住民たちの情報を元に、この町内を効率的に支配するプランを策定している。ヒューマン共が情動で動くのなら、情動を操ってやればこちらの意のままに動かすことができる。
その気になればいずれは町内会長になり、市議会へと入り込み、県議会、さらに国政に進出していくことも不可能ではない」
「総理大臣でも目指すんスか?」
「大宇宙神を目指しても良いぞ。複数の異世界を統べる次元皇帝でも良い」
「魔王様はそーゆーのを目指さないんっスか」
「カブトムシの国の王様になってもなあ……貴様がムシキングになるのを見ているほうが楽しい」
まあ、現在の科学技術を超えた人工知能コンピューターに守られて、魔獣のしもべを従え、超常の力を振るえる男ならば、世界制服ぐらいは普通にできるだろう。
だが、そこで「引きこもってスローライフを目指しながら、影の実力者っぽくふるまう中二病者のほうが主人公としてウケがいい」と判断できるのが、優れたシナリオライターである。
「それと、思わぬ副産物があった。調査の過程で、こちらの世界に異世界勇者の遺産が存在していることが判明した」
「ふぁっ!?」
「室町時代、関東管領の上杉禅秀が鎌倉公方の足利持氏に反乱をおこした。その際に、この地の支配者であった豊島一族の娘婿として禅秀と戦ったのが、とある異世界から転移してきた勇者、志村トンヌラ左衛門だ」
「い、異世界の勇者が」
「とはいえ魔力が自然回復しないこちらの世界では、それほど活躍できた記録はない。で、そいつの子孫が一昨日、勇者の資質に目覚め、先祖が使っていた聖剣を手に入れた」
「も、もしやその新勇者が、魔王様を倒しに?」
「倒される理由は無いが、念のため先に手を回した」
そう言って魔王は、亜空間から布にくるまれた棒のようなものを取り出した。
「ここにその聖剣がある」
「ふぁっ!?」
「勇者の子孫のところに行ったら、剣が勝手に近くに転移してきてキモいから引き取ってくれと言われた。で、遠慮なく頂戴してきた」
「いやちょっと、奪い取ってきたんスか?」
「ちゃんと対価を払って購入してきた。置き場所に困って雑に扱っていて、いい値段で引き取ってもらえたと喜んでいた」
「うわぁ、いいんスか? 聖剣を魔王に売ったりして」
もちろん駄目である。銃砲刀剣類登録証の無い武器は、売買・譲渡も所有も銃刀法違反である。
「大丈夫だ。マグロ解体包丁という事にしておけば、むやみに持ち歩かぬ限り罰則は無い」
ちなみにマグロ包丁は持ち手をわざと貧弱に作ってあるので、手に持って振り回すと一撃で根元から折れる。だから武器ではないという扱いになっている。
「これを見つけたのは地図で言うと、この場所になるが」
「……女学校?」
「この高校の陸上部の部室の、勇者が使っているロッカーの中に、体操着にくるんで押し込んであった」
「雑だな! ってか、勇者って女子高生だったんスか!?」
「貴様に先に出会っていなければ、そいつを育成していたかもしれん。出会いというのは運の要素が大きいな」
魔王ミーツ勇者ガール、アナザーストーリーとして見てみたい気もする。
「おそらくは貴様も、魔力が使えるということはトンヌラ左衛門の子孫の一人だろう。ならば聖剣を継承できるはずだ。今は剣が逃げ出さぬよう制御してあるが、初期化して貴様をマスター登録する」
「ま、ますたー???? ってその、剣って、逃げ出すもんなんスか?」
「聖剣には意思があるからな。今は勇者の体臭がついた布で包んで活動を抑えている。貴様の手にその臭いを移してから、包みを開けろ」
「臭いを? 手に??」
「カエル食のセイブシシバナヘビを餌付けする時に、代用食にする冷凍マウスにカエルの粘液をなすりつけて餌だと誤認させるだろう? そういう感じだ」
そう言って魔王は、周作の手に聖剣の包みを握らせた。
「ふぁっ? えっと、この布の臭いを……なんか湿ってて、納豆みたいな臭いがするんっスけど」
「二日間、汗が染みたままロッカーに突っ込んであったからな」
「汗??……うわ! よく見たらこれ、体操着じゃねーっスか!!」
「それは最初に言った。心配するな、現役女子高生のものだ。ちょっと熟成されているが」
「現勇者、雑だな! うへぇ、嬉しくねぇぇ!!」
「いいからその中の聖剣を握れ」
「あー、これって……日本刀っスか?」
「その聖剣は、使う者の個性に合わせて姿を変える。ある者には槍、ある者には斧の形に。筋力に応じて短剣や細剣になったりもする。
貴様が魔力を流し込んでマスターだと認識させれば、貴様専用の武器に変わる。魔力はほんの少しでいい」
そう言われた周作は、黒塗りの鞘に納められた日本刀の柄を握り、恐る恐る魔力を流しこんだ。
日本刀はきらきらと白く光り輝くと、今までとまったく違う形になった。
鞘も含めて全体が銀色の金属体に変化し、ぐぐっと真っ直ぐに伸びたあと中央から二つに折りたたまれた。
周作が二本の柄をまとめて持ち、そのまま軽く握ると先端が閉じて合わさり、カチッと鳴った。握った手を緩めると先端が開く。握ったり緩めたりするのに合わせてカチカチと鳴る。
「……これってその、アレっすよね。パン屋でトレイにパン取る時に使うやつ」
「トングだな。貴様専用の聖トングだ」
「せいとんぐ」
「これで貴様は聖なる武器の新たなる主として認められた。 これからはそれを、貴様専用の宝具として使うがいい」
(続く)
聖なるトング。それを手にした者は、世界を統べる力が授かるという。それはすべての闇を払う力、すなわち闇の者の命を挟み取る。
次回「滅びゆく闇」
更新は明日早朝04時50分。
それは周作にとって、絶望の始まり。




