44:魔王のヒューマン講座
よく晴れた昼下がり。キッチンカーでスマホが売り子をしているが、客が途絶えて暇である。空いた時間を利用して、様子を見に来た魔王からネット検索のコツを教わっている。ネット活用術は、魔王の数多くあるスキルの一つである。
「今のネットにはガセ情報が多い。広告を掲載するのが主目的の情報まとめサイトは、専門外の素人が作っているため情報選別がまともにできておらず、ガセ情報が必ずと言って良いほど混入している。最近は人工知能がそれらしく生成しただけの、何もかもが間違っている文章をそのまま転載している事例も珍しくない」
「じゃあ、スマホは何を参考にすればいいの?」
「その道の専門家が発信している、一次情報を探せ。だが、そのまま検索しても、お前には物理的に真似できぬ方法しか出てこない。
目的のキーワードに加えてお前に合った追加検索ワード、たとえば『貧乳』という単語を加える。そうすると人肌に温めたローションを手に塗り、自分の胸と手の間にはさんで刺激を与えている動画が出てくる」
ちょっと待て、何を調べているんだスマホ! 何を教えているんだ魔王!
「あ、そういう感じでやれば、お胸に挟めなくても大丈夫なんだ!」
スマホはうんうん、とうなずきながらバックグラウンドで該当情報をネット検索している。スマホの情報処理能力ならば、会話しながら動画検索するぐらいは普通にできる。マルチタスク処理である。
「とはいえヒューマンは、個体によって嗜好が異なる。
そういう行為を求めている相手に、タイミングを合わせて提供すれば最高のサービスになるが、そういう趣味が無い相手、趣味があっても求めていない時に提供すると、絶縁を決意させる不快行為になる」
「え? いつでも喜んでくれるわけじゃないの?」
いや待て、なんで喜ぶ前提なんだ。周作はそういう事をされて嬉しいのか。たとえ嬉しくても、いろいろな意味で描写できないぞ!
「普段なら大喜びしてくれる相手でも、時と場合によっては死ぬほど嫌がられる。だから状況を読み、相手を詳細に観察しながら、表情や態度から相手の情動を読み取って合わせていく必要がある」
「言葉で聞いたら駄目なの?」
「ヒューマン社会では、相手が何も言わなくても、その時の『お気持ち』を察して、相手が喜びそうな表情や行動をとるのが『常識』なのだ。
定型的なヒューマンは、口で言っている事と本心が逆の事もある。5分前と今で思っている事が変わっていたりもする。相手の情動をリアルタイムで読み取りながら、自分の表情や言動を瞬時に合わせていかねばならぬ」
つまり口頭会話は、格闘ゲームや対戦スポーツに近い。ちなみに文章でのやりとりはターン制バトルや将棋に相当する。運動系と思考系の能力配分が偏っている方は、反射的会話と論理的作文のどちらか(あるいは両方)が死ぬほど苦手である。
「思っている事がすぐ変わるなら、言うべき言葉もすぐ変わるの?」
「日常的な会話であればそれが普通だ。ヒューマンは言う事をコロコロ変える事に抵抗が無いし、その時の感情の流れに同調しないと、いきなりブチ切れて殴ってきたりする。昨日と今日で違う事を言うので、録音して証拠を残しておかないと危なくてかなわん」
「同調しないと殴られるの?」
「そうだ。たとえば『この唐揚げって美味しいね』と喜んでいる者に、『いや、肉は水っぽい冷凍ブロイラーだし、旨味調味料の味しかしないし、油も酸化していて美味くない』と言ったら殴られる」
「え、じゃあ何て言えばいいの?」
「『そうだねー』と言っておけば良い。定型的なヒューマンの会話は会話内容よりも、『相手の表情や態度から、仲間になれる相手かどうか識別する』という目的のほうが大きい。だから『相手を否定せず、好意的な態度をとる』という事を心がけていれば、交わす言葉にはほとんど意味が無くても良い」
「内容の無い会話でいいの?」
「ヒューマンの雑談は情報交換ではなく、情動の交流だ。唐揚げを極めようという料理オタクやプロの調理人は別として、普通のヒューマンは唐揚げそのものにはそれほど興味が無い。唐揚げによって作り出される『楽しい』『美味しい』という感情を共有し、それを通じて仲間意識を育てていく事のほうがはるかに重要なのだ。ヒューマンが知りたいのはモノやコトの情報ではなく、こちらの人格だ」
「じゃあ、相手が美味しいって言ったら、美味しくなくても美味しいって嘘を言ったほうがいい?」
「ヒューマン社会では、真実や正義よりも、自分を仲間だと思わせられるかどうかのほうが重要だからな。嘘を言うと受け答えが不自然になってしまう場合は、『熱々でジューシーだね』とでも言っておけば嘘にはならん」
「人間さんって、仲良しさんになる事がそんなに大事なの?」
「定型的なヒューマンは、社会生物として生まれつきそういう感性を持っている。しかし定型的な魔族は他者の心理に興味が無いので、教えてもらわなければ、目の前にいるのが『同調しない者を敵認定する社会生物』だという事に気がつかない」
「スマホ、初めて知った!」
「まあ、魔族思考のお前にはそういう感覚は理解できないだろうが、ヒューマン社会では、その社会の定型的な行動を擬態できなければ異種族だとみなされる。
何も言われなくても、相手の感情を読み取って寄り添うのが『人として普通』なのだ。その中でも『自分から言葉で説明する行為は下品』と思っている『察しろ君』『察してちゃん』は、魔族と特に相性が悪い」
「こっちから察してあげないと駄目なの?」
「そうだ。情動で動いているヒューマンは、世の中のすべての者が情動を読み合っていると思っている。 だが魔族はモノやコトの情報にしか興味が無い。だから相手の情動をナチュラルに無視するし、相手が不満そうにしていても気に留めない。しかしヒューマンがそういう態度をとるのは、相手に対して悪気がある時だけだ」
「人間さん相手なら、相手の気持ちに同調しないと、悪気があるって思われちゃうの?」
「その通りだ。相手の感情に寄り添わず理屈だけ論じれば、魔族である事がバレて吊るされてしまう。あと、面倒なのは問題がおこっている時に、解決することを放棄して『お気持ち』に寄り添う事だけを求めてくる者だ」
「問題がおこっている時?」
「たとえば誰かが雨でずぶ濡れになって震えながら『一人でいるのは辛い、一緒に雨に濡れてほしい』と言ってきたら、『そうだねー』と言って一緒に濡れてやるか?」
「そういうひとには、傘をあげるほうがいいと思う」
ちなみにここで言う「傘」は「福祉」や「情報」や「就職先」など、さまざまな助力の比喩である。
「ところが傘を与えてもそれを持ち続ける能力が無く、どこかに置き忘れて、どこに置いたか覚えてない」
「お兄ちゃんがよくやるやつだ!」
「だったら傘を使わなくて済む方法を工夫するかと言えば、『雨に濡れていればいいんだ』と言って考えるのをやめて濡れ続ける。そのまま同調だけを欲して性格をこじらせると、『自分は傘を持てないから、お前も持つな』『苦しいからお前も同じように苦しめ』と言いながら、通りかかった者を雨の中に引きずりこもうとする悪霊になる」
「その前に助けてあげられないの?」
「苦しみもがいている時に下手に手を出すと、むしろ悪霊化が進んでしまうのだ。浄化の秘術を持つ大聖女や、闇耐性のある暗黒魔道士でなければ、心の中に闇が生まれた者に寄り添っていくのは難しい」
「悪霊さんと仲良くできるひともいるの?」
「闇落ちした感情が大好物で、クズ男や情緒不安定女を好き好んで世話したがる者もたまにいる。あと、わが世界には悪霊支援という職業があって」
などとその後も色々話しているうちに、商店街に営業に出かけていた周作とチワキチが、二人のいるキッチンカーまで戻ってきた。
おお見るがいい! つい最近まで部屋から出ることすらできなかった引きこもりが、きちんと朝に起きて着替えて営業回りをしているのである! 凄い! 偉い! チートの極み! さすが主人公、普通ならどれほど訓練してもありえないような発達を、平然とやってのけるっ!
「わんわんわん」
チワキチが、無事に戻ったことを魔王に報告する。周作は油断すると決まったコースからはずれて勝手に散歩しようとするので、手に握らせたリードを引いて誘導するのがチワキチの役目である。
周作にはスマホの子機を持たせてあるので、通話圏内にいれば現在位置が把握できる。すべての会話はキッチンカーにいるスマホ本体に傍受されており、商店街での活動状況はリアルタイムでスマホに記録されている。本人が会話内容をド忘れしていても、あとでスマホがフォローするので安心である。
「ただいま~~っス。何を話してたんっスか?」
「スマホにネット検索のコツを教えていたのだ。いわゆる情報活用力というやつだな」
「はえ~~、何なのかよく判らないっスけど、スマちゃん、凄く勉強してるんっスねぇ」
「スマホ、もっといろんな事を覚えるの! お兄ちゃんに喜んでほしいから!」
いやまて、何もわからない小娘のほうが好きだとか、自分で教えこむ過程からしか栄養分が得られないとかいう男もいるから、自主的にいろんな事を覚えるのも良し悪しだぞ?
「それ以外に『ヒューマンは理屈を無視して情動でつながり、その場のノリだけで集団になって敵を倒す』という解説もしていた」
その描写は省略されているが、人間は気持ちの盛り上がりで一致団結する生き物である。
「一方で魔族は『なぜ戦うのか』『戦うと自分に利益があるのか』という理屈でしか動かない。だから魔王のような強大なカリスマが統括しない限り集団にならない。『群れになって同じ行動をするのが楽しい』という感性が生まれつき欠けているのだ。
それゆえ個々では実力があっても、理屈を超え一致団結して襲いかかってくるヒューマンに各個撃破され、総体としても負けてしまう」
魔族が支配種族になれない理由である。昆虫界で最強なのはカブトムシではなく、アリやハチである。
「逆に言えば貴様のようなウンコでも、ヒューマン集団に所属して統一行動がとれるだけで『おこぼれ』をもらって勝ち組になれるのだ」
「ふぁ~~、だから商店街回りをして、商店街に溶け込む努力をする必要があるんっスね」
ちなみに人間である周作は、今説明されているような事は、わざわざ教わらなくても感覚的に判っている。ただ、溶け込むために何をすれば良いかという判断能力がとてつもなくウンコなだけである。
一方でスマホは、多くの人とつながりたいという気持ちが感覚として判らない。そして感覚だけで理解できてしまっている周作には、スマホにも判るよう言葉にして説明することが難しい。魔王が人外向けの解説をしてくれるのは、有り難い事であった。
「で、商店街での営業はどうだった。奥で詳しく聞こう」
「ふぁっ!?」
スマホをキッチンカーの店番に残し、魔王と周作は異空間にある居室へと入っていった。
(続く)
区内で見つかった謎の日本刀、それは600年前にこの世界に転移してきた異世界勇者の遺産、勇者にしか使えぬ聖なる武器だった。周作は今、それを手にして勇者の称号を引き継ぐ者となる。
次回「聖刀の継承」
更新は明日未明、03時40分。




