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39:地球規模では小さな事件

「ただいま! おじいちゃん、商店街を回ってきたよ!」


「ううう、疲れたっス」


「無事に終わったか」


 周作とスマホが挨拶回りに行っている間、魔王はチワキチと共にキッチンカーで留守番をしていた。二人が戻ってきたのは夕焼けが西の空を赤く染め始めた頃である。


「桐箱入りの特製からあげ100セット、全部配ってきた!」


 魔王は、くっくっく、と不敵に笑う。


「都内の唐揚げ専門店の『おもたせ』を参考にした手土産セット、あれは普通よりも魔力を多く含んだ唐揚げだ。最強にはほど遠いが依存性がある。最初は無料で配り、固定客に育てあげていくのが売人の基本だ」


 とは言っても、顔を見たこともない挙動不審の男が玄関先に来て「これ食べてほしいっス」などと言って、何が入っているか判らない手作りの料理を渡してきたら怪しすぎる。というか通報案件である。落語であればキツネが化けて持ってきた馬の糞である。


「だから事前に商店会長から話を回しておいてもらい、美少女が一緒に行って警戒心を薄めたのだ。一度でも口にさせれば、その時の快楽を忘れられなくなる」


「そんなもん売って大丈夫なんスか?」


「あれは口コミを広げるための限定品だ。だから桐箱に入れて、数年に一度しか作れないという説明書を同梱しておいた。

 普段は顧客が中毒者にならぬ程度に、魔力含有量を抑えた商品を売る。貴様が唐揚げ屋になる目的は『社会擬態』なので、ほどほどに売れれば十分だ」


「しゃかいぎたい??」


「つまり、一般ヒューマンのふりをして一般社会に潜入するのだ。スパイの連絡員が喫茶店のマスターになったり、人狼がヒューマンの集落でクローズ就労したりするようなものだ。貴様の本業は魔法世界のエージェント、『唐揚げの迷宮』のダンジョンマスターだという事を忘れるな」


「あー、すっかり忘れてたっス。その設定ってまだ生きてたっスか」


「まだ生きてるが、とりあえず今は置いておく。

 で、話の続きだが、明日は商店街の弁当屋や惣菜屋に唐揚げを委託販売してもらえないか交渉してこい。この街で唐揚げを売っている連中と、共存共栄できるよう工夫していかねばならん」


「自分だけで売ったら駄目なんっスか?」


「『田舎』は一人勝ちする者を許さんのだ。その代わり、利益を分け与えてやれば、向こうも美味しい話を持ってくるようになる」


「そ、そうなんっスか?」


「だが、気軽に餌をばらまけば魔物も寄ってくる。『コンニチワー!』と言って現われた奴がヒューマンなのかゴブリンなのか、行動擬態したヒューマンの盗賊なのか見分けられなければ、貴様は頭をかち割られて死ぬ」


「ふえええええ」


「まあ、他者の正体を見抜くのはベテラン冒険者でも容易ではない。友好的な奴は擬態型でないか疑え。敵対的ならなぜ攻撃してくるのか分析しろ。

 時には殴り合う事をコミュニケーションだと思っているオーガや、生者を(ねた)んで同じ境遇に引きずりこもうとするアンデッドがヒューマンに擬態して寄ってくる事もある。そいつらは言葉を発していても会話は成り立たんので、正体に気付いたら刺激せぬよう静かに離れろ」


 仲間を呼んだり、毒を吐いてきたりしてウザいのに倒しても得られる経験値は少ない。戦っても疲れるだけで割に合わないので、距離をとるのが基本である。


「擬態型って多いんっスか」


「一般ヒューマンは弱者と関わってもメリットが無い。貴様のような弱者に寄ってくるヒューマンは田舎税の徴税人か、仲間のいない異端者か、あるいは捕食者だ」


「ろくな奴がいねぇ」


「表面的にフレンドリーでも、一方的にエネルギーや成果物を奪い取っていく者なら実質は敵。等価交換が成り立たぬ相手と付き合う理由は無い。

 しかし『運』はヒューマン同士の『縁』によって生まれてくるものなので、すべての関わり合いから逃げてしまえば運も逃げていく」


「ふえぇ、難しいっスね」


「とはいえ、開運に結びつくヒューマンなど1000人に1人しかおらぬ。人生とは、その1人と出会えるかどうかがそもそも運というクソゲーなのだ。

 貴様はたまたまこの魔王の目にとまったから物語の主人公になれているが、それが無ければ一生オメガ個体だ」


「おめがこたい?」


「オオカミの群れではリーダー個体をアルファ、一般構成員をシグマ、最下位個体をオメガと呼ぶ。オメガは群れのストレス発散要員、つまり全員からいじめをうけるために存在している」


「うぎゃああああ!!!」


「いじめに耐えられず群れから逃げ出した個体は『1匹狼』になる。気の合う群れを見つけてそこに合流したり、はぐれ者を集めて新しい群れを作ったりもするが、多くの場合1匹ではまともな狩りができず、そのままのたれ死ぬ」


「し、死ぬぐらいならっ、いじめられながらっ、群れにっ、入れておいてもらうって、言うんっスかっ!!!」


「オオカミだけではない。集団生活をする脊椎動物は、集団で弱い者いじめをするのが普通なのだ。その行動に同調できぬ者は群れの一員にはなれない」


 数少ない例外は、交流ストレスを喧嘩以外の方法で解消しているピグミーチンパンジー。あ、調べなくていい調べなくて。


「じゃ、じゃあっ、最下位の奴はっ、一生いじめられ続けるか、のたれ死ねと!!」


「無能な奴ほど、そういう極端な思考に走って絶望する。ヒューマンの場合、本人が無能でも序列を上げる手段がある」


「ふぁっ!?」


「無能だからウンコなのではなく、無策だからウンコなのだ。チートが無ければチートを外付けして機能拡張しろ」


「そとづけ??」


「たとえば、スマートフォンは異世界モノでは代表的な外付けチートだ」


 横で聞いていたスマホが、目をぱちくりさせている。


「考える能力が無ければ考えられる者に聞き、技術が無ければ技術者を雇い、金が無ければクラウドファンディングで資金調達し、権力が無ければ権力者にこびてコネを作る。すべてのヒューマンは貴様の外付け拡張オプションだ」


 本人は何も生み出せなくとも、人脈が作れればでっかいプロジェクトを動かせる。その逆もある。


「だが対人スキルがウンコだと、周囲が力を貸してくれない。

 身近なヒューマンを上手に利用できるよう擬態と対人交流のスキルを学び、食い物にされぬよう擬態を見破る訓練もせねばならん。そして周囲のヒューマンに頼るだけでなく、人工知能や便利道具の助けも借りるのだ」


「か、借りてもいいんっスか?」


 横でスマホが、こくこくとうなずいている。


「仮に貴様が射撃と『あやとり』と昼寝しか特技の無い弱者男性であったとしても、人工知能をパートナーにして便利道具を使いこなせば、宇宙を救う救世主になることも可能だ」


「……『あやとり』って何スか?」


 ごめん、話が進まないからその質問はパス。


「まあ、いずれにしても地道に訓練していく必要がある……話は変わるが、ちょっと貴様に頼みたい事がある」


「ふぁっ? 何っスか?」


「今日、河川敷に野草を摘みに行ったら血わキ知が、首の無い若い女を見つけた」


「ふえええええ!!!???」


「良く見たら、胸の形が立派だったので拾ってきた」


「いや拾ってこないでほしいっス! 警察を呼んでほしいっス!」


「それでだな、持ち去られた頭を探したいのだが」


「だからですね、えっとその、聞こえてるっスか魔王様」


「それには光属性の探査魔法が必要なので、貴様の魔力を少し分けてもらいたい」


「おまわりさん!」


「今、体のほうをここに運んでくるのでよろしく頼む」


「うぎゃああああ!!!!」


(続く)


<次回予告>


 猟奇!首の無い美女!

 首が無いのにどうして美女だと判るのか。身体欠損フェチは頭部が無い女体にも萌えるのか。闇の中で惨劇の幕が開き、禁断の性癖の扉がこじあけられる。


次回「首無しナイスバディ」

更新は明日22時40分。


魔王は、女性の価値を顔で判断しない。

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